14
(――今)
世界が、落ちた。
音が遠のく。
悲鳴も、足音も、風のざわめきすら、薄く引き延ばされたように遅れて聞こえる。
サラの視界は、ひどく澄んでいた。
余計な情報が削ぎ落とされ、必要なものだけが浮かび上がる。
刃の位置。
首筋との距離。
拘束している腕の角度。
指先にかかる力。
呼吸のリズム。
足の踏み込み。
すべてが、まるで図のように明確だった。
(右手に刃。力は七割。左腕で固定。重心はやや前)
男の身体の癖が、透けて見える。
焦り。興奮。過信。
(……雑)
それが結論だった。
経験はあるのだろう。だが、荒い。
力に頼り、勢いで押し切るタイプ。
だからこそ――
(崩しやすい)
サラは、ほんのわずかに呼吸を整える。
心拍は安定している。
恐怖はない。
焦りもない。
ただ、“処理”するだけ。
「その剣、捨てろ」
男の声が、やけに遠く感じる。
刃がわずかに肌に触れる。
普通なら、身体が強張る瞬間。
だがサラは違った。
(刃はまだ入っていない。角度も浅い)
つまり――
まだ安全圏。
そして。
(……来る)
男の意識が一瞬、ダレンへ向く。
ほんの一拍。
呼吸のリズムがずれる。
指先の力が、ほんのわずかに緩む。
それは“誤差”に過ぎない。
だがサラにとっては確定した隙だった。
「――っ」
呼吸を一つ、落とす。
そして。
動いた。
足を滑らせるように半歩引く。
同時に、体を沈め、背後へと体重を預ける。
予想外の負荷。
男の体勢が、わずかに崩れる。
「なっ――」
声が漏れた、その瞬間。
肘が、鳩尾へと突き刺さった。
狙いは正確。
力の逃げ場を奪う角度。
「ぐ……ッ!」
空気が抜ける。
呼吸が止まる。
腕の拘束が――緩む。
(ここ)
サラの動きは止まらない。
手首をひねり、関節の可動域の外側へ押し出す。
骨の動きに逆らう形。
無理に力を使う必要はない。
(力は要らない。構造を使う)
拘束は、外れた。
そのまま身体を回転させる。
視線は動かさない。
男の重心の位置を、感覚で掴んでいる。
足を払う。
ほんの軽い接触。
それだけで、男のバランスは崩れる。
「くそ――!」
言葉が終わる前に。
膝が、顎を正確に打ち抜いた。
衝撃。
脳が揺れる。
意識が飛ぶ。
男はそのまま、糸が切れたように崩れ落ちた。
三手。
たった三つの動き。
それだけで、状況は反転していた。
「……は?」
誰かが、間の抜けた声を出した。
盗賊の一人だ。
理解が追いついていない。
当然だった。
今起きたことは、“偶然”でも“勢い”でもない。
計算された制圧。
しかも、余裕を持って。
ダレンでさえ、動けずにいた。
(……何だ、今の)
見えていた。
だが理解が追いつかない。
まるで最初から「そうなる」と分かっていたかのような動き。
「てめえ……!」
盗賊の一人が怒鳴る。
だがその声には、明らかに恐怖が混じっていた。
サラは何も言わない。
ただ、静かに立っている。
呼吸すら乱れていない。
まるで何事もなかったかのように。
その姿が――
異様だった。
「っ、やれ!」
別の盗賊が叫ぶ。
自分に言い聞かせるように、突っ込んでくる。
剣を振りかぶる。
力任せの一撃。
だがサラの目には、その軌道がはっきりと見えていた。
(遅い)
踏み込みの癖。
肩の動き。
視線のブレ。
すべてが“予測通り”
一歩、横へずれる。
それだけで刃は空を切る。
風が頬をかすめる。
サラはそのまま、男の死角へ滑り込む。
(ここ)
肘で、側頭部を打つ。
急所。
脳を揺らす一撃。
「がっ……!」
男はそのまま崩れ落ちる。
残りの盗賊たちが、後ずさる。
誰も、前に出ない。
「……なんだ、こいつ」
「女だぞ……?」
「いや、でも……」
言葉にならない。
理解が拒絶している。
“あり得ない”と。
だが現実は、目の前にある。
仲間が、次々と倒されている。
それも――
一方的に。
サラは、一歩踏み出す。
それだけで。
盗賊たちが、さらに下がる。
剣を構えているのは彼らの方なのに、恐れているのは彼らだった。
「強すぎる……」
誰かが呟く。
サラはほんのわずかに首を傾げた、その仕草すら場違いに見える。
「……まだやるの?」
静かな声。
だが、その一言で空気が凍る。
殺気ではない。
威圧でもない。
ただの“事実確認”
それが逆に、恐ろしい。
その場にいた人々は、この場を支配しているのが、
1人の少女である事を認めざるを得なかった。
覇者だけが持つ、静かな覇気が支配する。
「そこまでだ!」
鋭い声が響く。
警備隊が到着する。
足音。鎧の音。統率された動き。
だが――
彼らが見た光景は、予想と違っていた。
盗賊たちはすでに戦意を失い、動けない。
あるいは倒れている。
そして中央に立つ、一人の少女。
無傷で。
静かに。
「……」
先頭の男――ロイドは、足を止めた。
一瞬で状況を読み取る。
(……制圧済みか)
視線が中央にいる少女に向く。
「君がやったのか」
問い。
サラは少しだけ考えてから答えた。
「少しだけ」
その言葉に、周囲の空気が揺れる。
“少し”で済む光景ではない。
ロイドの目が、わずかに細まる。
ダレンがようやく動き出す。
サラの元へ駆け寄る。
「おい!」
声が少し荒い。
「無事か!」
「ええ」
いつも通りの声。
呼吸も乱れていない。
「怪我は?」
「ないわ」
「……」
ダレンは言葉を失う。
(なんだよ、それ)
あの状況で。
あの動きで。
無傷?
「お前……何者だよ」
思わず漏れる。
護身術が基本のようだが、それだけではない暗殺術に近い動き、
普通に習えるようなものでははい。
しかもあの技術、相当な訓練を受けているはずだ、
それも――かなり高い水準の。
サラはきょとんとする。
「何って」
「いや、その……」
言葉が続かない。
その時、クリスが戻ってきた。
息を切らし、周囲を見渡す。
倒れた盗賊たち。
静まり返った広場。
そして――
「サラ!」
クリスはがばっとサラに抱き着く。
そして、あわてて体を離して、
「大丈夫?怪我はない?」
とサラを心配しておたおたしていた。
サラはそんなクリスを、「大丈夫よ」と笑っていた。
ダレンは静かにその場に膝を着く。
騎士としての最上位の礼だった。
「危険な目に合わせてしまいました、申し訳ありません」
サラはきょとんとして、くすくすと笑った。
「ダレンはちゃんと私を守ってくれたわ」
「危険とはどうゆう事だ!」
声を荒げるクリスに、ポカリとサラが頭をなぐる。
「ダレンは皆を守ったの!怒っちゃダメ!」
サラに言われて。
「分かった、不問にする」
とクリスが穏やかに言った。
ダレンはまだ膝をついたまま。
内心、”王太子をなぐった!”と思ったが声には出さない。
そんなダレンにサラが手を伸ばす。
「さあ、行きましょう」
サラは”つがい”だと聞いていた、
次期竜妃だと。
しかし、どう見ても平民でしかないサラに、
特別な意識は何も持っていなかった。
ただの、平凡な少女だと思っていた。
しかし、今、確信する。
民を守って、自分を危険にさらせる覚悟、
そして、それをうわまる戦闘力。
盗賊を黙らせた、静かな覇気。
次期竜妃
すとん、と納得した。
この方が、自分が命を懸けてでもお守りする方だと。
民を守り、導く方だと。
何気なく、自分に手を差し伸べる次期竜妃。
「貴女に永遠の忠誠を」
「まるで騎士とお姫様みたいね、その忠誠を受けるわ」
そう言って、ダレンの腕をつかみ、えいやっと立たせるサラ。
忠誠という言葉に目を見開くクリス。
盗賊が警備に捕らえられ、連れられていき、
町中の人から拍手、喝采を浴びる中、
1人の騎士は、永遠の主を決めたのだった。




