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次期竜王のつがい  作者: あいら


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14/34

14

(――今)


世界が、落ちた。


音が遠のく。


悲鳴も、足音も、風のざわめきすら、薄く引き延ばされたように遅れて聞こえる。


サラの視界は、ひどく澄んでいた。


余計な情報が削ぎ落とされ、必要なものだけが浮かび上がる。


刃の位置。

首筋との距離。

拘束している腕の角度。

指先にかかる力。

呼吸のリズム。

足の踏み込み。


すべてが、まるで図のように明確だった。


(右手に刃。力は七割。左腕で固定。重心はやや前)


男の身体の癖が、透けて見える。


焦り。興奮。過信。


(……雑)


それが結論だった。


経験はあるのだろう。だが、荒い。


力に頼り、勢いで押し切るタイプ。

だからこそ――


(崩しやすい)


サラは、ほんのわずかに呼吸を整える。


心拍は安定している。

恐怖はない。

焦りもない。


ただ、“処理”するだけ。


「その剣、捨てろ」


男の声が、やけに遠く感じる。


刃がわずかに肌に触れる。


普通なら、身体が強張る瞬間。


だがサラは違った。


(刃はまだ入っていない。角度も浅い)


つまり――


まだ安全圏。


そして。


(……来る)


男の意識が一瞬、ダレンへ向く。


ほんの一拍。

呼吸のリズムがずれる。


指先の力が、ほんのわずかに緩む。


それは“誤差”に過ぎない。


だがサラにとっては確定した隙だった。


「――っ」


呼吸を一つ、落とす。


そして。


動いた。


足を滑らせるように半歩引く。


同時に、体を沈め、背後へと体重を預ける。


予想外の負荷。


男の体勢が、わずかに崩れる。


「なっ――」


声が漏れた、その瞬間。


肘が、鳩尾へと突き刺さった。


狙いは正確。


力の逃げ場を奪う角度。


「ぐ……ッ!」


空気が抜ける。


呼吸が止まる。


腕の拘束が――緩む。


(ここ)


サラの動きは止まらない。


手首をひねり、関節の可動域の外側へ押し出す。


骨の動きに逆らう形。


無理に力を使う必要はない。


(力は要らない。構造を使う)


拘束は、外れた。


そのまま身体を回転させる。


視線は動かさない。


男の重心の位置を、感覚で掴んでいる。


足を払う。


ほんの軽い接触。


それだけで、男のバランスは崩れる。


「くそ――!」


言葉が終わる前に。


膝が、顎を正確に打ち抜いた。


衝撃。


脳が揺れる。


意識が飛ぶ。


男はそのまま、糸が切れたように崩れ落ちた。


三手。


たった三つの動き。


それだけで、状況は反転していた。


「……は?」


誰かが、間の抜けた声を出した。


盗賊の一人だ。


理解が追いついていない。


当然だった。


今起きたことは、“偶然”でも“勢い”でもない。


計算された制圧。


しかも、余裕を持って。


ダレンでさえ、動けずにいた。


(……何だ、今の)


見えていた。


だが理解が追いつかない。


まるで最初から「そうなる」と分かっていたかのような動き。


「てめえ……!」


盗賊の一人が怒鳴る。


だがその声には、明らかに恐怖が混じっていた。


サラは何も言わない。


ただ、静かに立っている。


呼吸すら乱れていない。


まるで何事もなかったかのように。


その姿が――


異様だった。


「っ、やれ!」


別の盗賊が叫ぶ。


自分に言い聞かせるように、突っ込んでくる。


剣を振りかぶる。


力任せの一撃。


だがサラの目には、その軌道がはっきりと見えていた。


(遅い)


踏み込みの癖。


肩の動き。


視線のブレ。


すべてが“予測通り”


一歩、横へずれる。


それだけで刃は空を切る。


風が頬をかすめる。


サラはそのまま、男の死角へ滑り込む。


(ここ)


肘で、側頭部を打つ。


急所。


脳を揺らす一撃。


「がっ……!」


男はそのまま崩れ落ちる。


残りの盗賊たちが、後ずさる。


誰も、前に出ない。


「……なんだ、こいつ」


「女だぞ……?」


「いや、でも……」


言葉にならない。


理解が拒絶している。


“あり得ない”と。


だが現実は、目の前にある。


仲間が、次々と倒されている。


それも――


一方的に。


サラは、一歩踏み出す。


それだけで。


盗賊たちが、さらに下がる。


剣を構えているのは彼らの方なのに、恐れているのは彼らだった。


「強すぎる……」


誰かが呟く。


サラはほんのわずかに首を傾げた、その仕草すら場違いに見える。


「……まだやるの?」


静かな声。


だが、その一言で空気が凍る。


殺気ではない。


威圧でもない。


ただの“事実確認”

それが逆に、恐ろしい。


その場にいた人々は、この場を支配しているのが、

1人の少女である事を認めざるを得なかった。


覇者だけが持つ、静かな覇気が支配する。


「そこまでだ!」


鋭い声が響く。


警備隊が到着する。


足音。鎧の音。統率された動き。


だが――


彼らが見た光景は、予想と違っていた。


盗賊たちはすでに戦意を失い、動けない。


あるいは倒れている。


そして中央に立つ、一人の少女。


無傷で。


静かに。


「……」


先頭の男――ロイドは、足を止めた。


一瞬で状況を読み取る。


(……制圧済みか)


視線が中央にいる少女に向く。


「君がやったのか」


問い。


サラは少しだけ考えてから答えた。


「少しだけ」


その言葉に、周囲の空気が揺れる。


“少し”で済む光景ではない。


ロイドの目が、わずかに細まる。


ダレンがようやく動き出す。


サラの元へ駆け寄る。


「おい!」


声が少し荒い。


「無事か!」


「ええ」


いつも通りの声。


呼吸も乱れていない。


「怪我は?」


「ないわ」


「……」


ダレンは言葉を失う。


(なんだよ、それ)


あの状況で。


あの動きで。


無傷?


「お前……何者だよ」


思わず漏れる。


護身術が基本のようだが、それだけではない暗殺術に近い動き、

普通に習えるようなものでははい。


しかもあの技術、相当な訓練を受けているはずだ、

それも――かなり高い水準の。


サラはきょとんとする。


「何って」


「いや、その……」


言葉が続かない。


その時、クリスが戻ってきた。


息を切らし、周囲を見渡す。


倒れた盗賊たち。


静まり返った広場。


そして――


「サラ!」


クリスはがばっとサラに抱き着く。


そして、あわてて体を離して、


「大丈夫?怪我はない?」


とサラを心配しておたおたしていた。


サラはそんなクリスを、「大丈夫よ」と笑っていた。


ダレンは静かにその場に膝を着く。


騎士としての最上位の礼だった。


「危険な目に合わせてしまいました、申し訳ありません」


サラはきょとんとして、くすくすと笑った。


「ダレンはちゃんと私を守ってくれたわ」


「危険とはどうゆう事だ!」


声を荒げるクリスに、ポカリとサラが頭をなぐる。


「ダレンは皆を守ったの!怒っちゃダメ!」


サラに言われて。


「分かった、不問にする」


とクリスが穏やかに言った。


ダレンはまだ膝をついたまま。

内心、”王太子をなぐった!”と思ったが声には出さない。


そんなダレンにサラが手を伸ばす。


「さあ、行きましょう」


サラは”つがい”だと聞いていた、

次期竜妃だと。


しかし、どう見ても平民でしかないサラに、

特別な意識は何も持っていなかった。

ただの、平凡な少女だと思っていた。


しかし、今、確信する。


民を守って、自分を危険にさらせる覚悟、

そして、それをうわまる戦闘力。


盗賊を黙らせた、静かな覇気。


次期竜妃


すとん、と納得した。


この方が、自分が命を懸けてでもお守りする方だと。


民を守り、導く方だと。


何気なく、自分に手を差し伸べる次期竜妃。


「貴女に永遠の忠誠を」


「まるで騎士とお姫様みたいね、その忠誠を受けるわ」


そう言って、ダレンの腕をつかみ、えいやっと立たせるサラ。


忠誠という言葉に目を見開くクリス。


盗賊が警備に捕らえられ、連れられていき、

町中の人から拍手、喝采を浴びる中、

1人の騎士は、永遠の主を決めたのだった。

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