第2話
6月といえば梅雨。しかし今日の天気は快晴で、湿気なんてものは微塵も感じない。俺の記憶が正しければ、ここ一週間はこんな天気がずっと続いている。雨雲はどこか遠くでバカンスを楽しんでいるのかもしれない。
高校には電車通学をしている。自宅から歩いて15分の場所にある駅で電車に乗り、5つ先の駅で下車して5分ほど歩けば学校に着く。
中学生の頃、電車通学に憧れていたので高校一年生の頃はウキウキな気分で通学をしていたが、その気持ちは1ヶ月ほどで消失していた。今はめんどくさいという気持ちしかない。
「おっ、七希じゃねえか」
駅に向かう道を歩いていると突然後ろから名前を呼ばれた。振り返るとそこには見知った顔が。
「おはよう、誠也」
白の半袖シャツにジーパンという、ラフな格好でママチャリに跨っている誠也に挨拶をした。
杉崎誠也は中学校の頃の友達だ。三年間同じクラスだったこともあり、中学生の頃は一緒によく遊ぶ仲だった。
「今から学校か?」
「まあな。誠也は、仕事?」
「ああ」
誠也は公立の工業高校に進学していた。しかし、学校の雰囲気が合わなかったらしく、一年生の三学期で自主退学をしており、今はフリーターをしている。朝はコンビニで働き、夕方から夜にかけてはファミレスの厨房で働いている。
「仕事行きたくねえなあ」
「何か嫌なことでもあったのか?」
「先週店長が変わったんだけど、その新しい店長がそれはもうムカつく野郎なんだよ。何かといちゃもんをつけてきてすぐキレるジジイでさ。俺や他の男性スタッフには厳しいのに、若い女性スタッフにはキレるどころかいつも笑顔で優しくするような変態だよ。マジで気持ち悪い」
それは災難だ。俺は働いたことがないから分からないが、きっと職場というものは、上司がいかにムカつく相手でも下っ端は我慢するしかないような雰囲気なのだろう。
「働くって、大変なんだな」
「大変だよ。こんなことなら、学校を辞めなきゃ良かったわ」
誠也はそう言って大きなため息をついた。
「七希は最近どうなんだ? 学校生活は順調か?」
「順調かどうかは分からないが、まあ特に大きな問題もなく平和だよ」
俺の知る限り、俺が通う高校ではいじめのような問題も起きていなければ、教師の不祥事といった問題も起きていない。至って平凡で穏やかな毎日だ。
「いいねえー。何だか羨ましいよ。俺もお前と同じ学校に行けば良かったかな」
「偏差値が足りないぞ」
「分かってるよ、冗談に決まってるだろ」
誠也は少しムスッとした表情でそう言った。
その後2、3分ほど雑談をしてから誠也と別れ、俺は駅に向かった。
「私立穂野垣学園高等学校」それが俺の通う高校だ。トップ進学校とは呼べないが、毎年難関大学合格者を多数輩出しており、ある程度勉強ができないと入ることができない高校だ。勉強が苦手な誠也にとっては合格を勝ち取ることはほぼ不可能だろう。
電車の遅延はなく、無事に学校にたどり着くことができた。
2年1組の教室に入ると、既に半分以上のクラスメイトたちが登校していた。
「おはよう七希」
真っ先に声をかけてきたのは松島慶成だ。慶成は高校に入学して初めてできた男子友達であり、一年生の頃からずっと仲良くしている。いわゆる親友というやつだ。多分向こうも俺のことを親友だと思っているはずだが、本人に確認したことはないため、真実は不明だ。
「おはよう、慶成」
「七希、スマホの充電器持ってない?」
「いや、持ってないけど、どうして?」
「昨日の夜、寝る前に充電器を差したつもりだったんだけど上手く差さってなかったみたいでさ。さっき教室でスマホを見たら充電が残り10%しかなくてびっくりしたよ。だから充電器を持ってたら貸して欲しいなあって思ってさ」
充電器の差し忘れはともかく、充電されていないことは家を出発する前に普通気づかないか? 慶成はいいやつだが、少し抜けているところがある。
「悪いな、持ってない」
「それは残念」
言葉とは裏腹に、慶成はさほど困った表情はしなかった。
「何の話をしてるの?」
俺たちにそう声をかけたのは林莉璃だ。
「林さん、おはよう。実はさ、スマホの充電が残り10%しかなくて──充電器持ってたりしない?」
「持ってるわよ、ちょっと待ってて」
林莉璃はそう言うと、教室後方のロッカーに行き、そこに置いてある自分のカバンから充電器を取り出して「はい、どうぞ」と慶成に渡した。
「ありがとう林さん、助かるよ」
「放課後までには返してね」
林莉璃と俺は家が隣同士の幼馴染だ。親同士も仲が良く、昔はよく両家で旅行にも行っていた。莉璃とは幼稚園、小学校、中学校、高校が全て一緒であり、何ともまあ長い付き合いである。
「いつも充電器を持ち歩いているのか?」
素朴な質問を莉璃にしてみる。
「もちろん。女子高生にとってスマホの充電器はメイク道具と同じくらい必需品よ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのよ。七希は昔から女心が分かってないわよね」
ふふふっ、と微笑む莉璃。実際に俺は女心というものをあまり理解できていない自負があるため、反論はしないことにした。
「キーンコーンカーンコーン」
教室のスピーカーから朝のホームルームを知らせるチャイムが流れた。しかし、担任がまだ教室に来ていないため、クラスメイトたちは特に席に戻ることもなく友達同士で談笑を続けている。
朝のホームルームは比較的すぐに終わる。担任からの連絡事項と出席確認ぐらいしかないためだ。
出席確認──ああ、そういえば。
「莉璃、慶成、二人とも出席番号は何番だ?」
突然の質問に二人は少しだけ目をキョトンとさせたがすぐに答えてくれた。
「俺は25番だよ」
「私は21番だけど」
二人とも22番ではないようだ。
「このクラスの出席番号の一覧表みたいなものってどこかにあったりするかな?」
「確か教卓の中にクラスの名簿表ならあったはずだけど」
莉璃がそう教えてくれたので、俺は教卓まで行き中を見てみた。多くの書類が乱雑と詰め込まれている中にクラスの名簿表が埋もれているのを発見し、取り出す。そしてスマホのカメラ機能を使って撮影してから元に戻した。スマホの画面越しに名簿表を見ると、2年1組の出席番号22番は「坂東大毅」ということが分かった。
教室を見渡すと、坂東は窓際の席付近で体をクネクネさせた不思議な踊りをしていた。それを爆笑しながら何人かのクラスメイトたちが見ていた。
坂東大毅はクラスで一番のお調子者だ。隙あらばウケ狙いをするという男子生徒で、将来の夢はお笑い芸人になってゴールデンタイムの番組MCを務めることだと、以前言っていた。
坂東のギャグ線はとても高い。彼のギャグはクラスメイトたちのみならず教師たちにも、これまでに数えきれないほどの笑いを提供している。
番組MCになれるかは分からないが、彼ならきっとお笑い芸人としてデビューすることができるだろう。
坂東の方を見ると、今度は尻を高速で何度も突き出すという踊りを披露していた。面白くて思わず「クスッ」という声がもれる。
ユニークなやつだよなあ。
「もうチャイム鳴ってるだろ、早く席につけよー」
教室の前扉から担任の村上先生が入ってきた。三十代前半、前髪を七三に分けた男性教師である。談笑を続けていたクラスメイトたちが次々に自身の席へ戻っていく。
いつもと変わらない学校生活が、今日も始まろうとしている。




