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第25話

 ビーチバレーをしていると、あっという間に時刻は正午を過ぎていた。昼食を食べるためにビーチバレーをやめてブルーシートへ戻る。


「サンドイッチ、たくさん作ってきたから遠慮せずに食べてね」


 清水は大きなリュックからバケットを取り出して俺たちの前に差し出した。


「凄い! これ全部、風香の手作り?」


 芹沢がバケットの蓋を開けて驚きの声を出す。中には様々な種類のサンドイッチが敷き詰められていた。


「もちろん! これぐらい、ちょちょいのちょいよ!」


「とっても美味しそうだね。ありがとう清水さん」


 慶成の言葉に清水はピースサインをした。


 俺も「ありがとう」とお礼を言うと、清水はピースサインから親指を立てたグッドポーズに指の形を変えて微笑んだ。


 サンドイッチは見た目も良ければ味も最高に良かった。どれも美味しかったが、特にシーチキンとレタスのサンドイッチが美味で、無限に口の中に入るんじゃないかというぐらいの逸品だった。


 20個以上あったサンドイッチはあっという間に俺たちの胃袋に消え、バケットの中は空っぽになっている。


「皆様、食後のデザートはいかが〜♪」


 鼻歌交じりに清水はクーラーボックスから、直径10センチぐらいの大きさのチョコレートタルトを4つ取り出した。


「これ、うちの店の新商品なの。お父さんがみんなに差し入れだって」


 甘い香りが鼻腔をくすぐる。サンドイッチを食べたばかりなのに、食欲が腹の底から湧いてきた。


「美味しそう! 風香のお父さん、いただきます!」


 両手を合わせ、満面の笑みを見せる芹沢。


「いい匂いだねえ。よだれが出ちゃいそうだよ」と、慶成。


 新商品だというチョコレートタルトは、サンドイッチ同様にとても美味しかった。チョコは上品な味わいで、サクッとした食感のタルト生地が、これまた絶品だった。


 何枚でも食べたい。今度清水の店に行って大量に購入しよう。


 最高のサンドイッチとチョコレートタルトで腹が十分に満たされた後、俺たちはしばらくブルーシートの上で紙コップに入ったコーヒーを飲みながら、たわいもない会話をしてくつろいでいた。ちなみにコーヒーは、清水が自宅のコーヒーメーカーで作り、それを魔法瓶に入れて持ってきてくれたものだ。もちろん紙コップも清水が準備したもの。


 なんともまあ、気の利くというか、仕事ができるクラスメイトだ。


 連続死のことは一切話題に上がらなかった。今日ぐらいは残酷な現実を忘れたい、そういう思いが全員の心に共通して宿っていたのかもしれない。


 ふと、海の方を見てみた。穏やかな波が渚へたどり着いて、静かに消えていく。その上を、四羽のカモメが気持ち良さそうに飛んでいた。






「ちょっと散歩しようよ」


 この海は浜辺に沿って遊歩道が設置されている。慶成の提案で、その遊歩道を散歩することになった。


「せっかくだし、男女ペアで分かれて歩くっていうのはどう?」


 遊歩道は東西に伸びている。清水は東に続く道と西に続く道を両手の人差し指でそれぞれさしながらそう言った。


「それはいいアイデアだね、清水さん!」


「うん、そうしよっか」


 慶成と芹沢が清水の提案に賛成する。俺も特に異論はなかったため頷いた。


「じゃあ私と彩乃でグーパーじゃんけんするから、松島君と財前君でしてくれる?」


 言われるがままに俺と慶成はじゃんけんをした。1回目はお互いにグーを出して決まらなかったが、2回目は俺がパーを出し、慶成は引き続きグーを出したため分かれることができた。


「男子は決まったぞ」


 俺は女子二人に声をかけた。


「こっちも決まったよ」


 清水は右手をパーの形にしてそう返答した。隣の芹沢は右手をグーの形にしている。


「俺と清水のペア、慶成と芹沢のペアか」


「よろしくね、財前君!」


 ウィンクをする清水に俺は「ああ、よろしく」と返事をした。


「東と西、どっちに行きたい?」


「どっちでもいいかな」


「私もどっちでもいいけど、じゃあなんとなく東で」


「了解」


 慶成と芹沢も、どちらの道を歩くかにはこだわりがないようで、俺たちが東に進むと伝えると「おっけい」と即答した。


 東に伸びる遊歩道は、左手に穏やかな海、右手に深い緑の松林が続いている。歩いているのは俺と清水の二人だけで、周りには人影が全くない。


 歩いている最中、清水との会話は途切れることがなかった。別に俺は人と話すのが苦手ではないが、彼女の話題の振り方、話の盛り上げ方、そして相手の話を聞く力はとてもレベルが高いように思えた。


 同じクラスにいながら今まであまり会話をしたことがなかったが、話していて非常に心地良い。


 こういう人間を、コミュニケーションの権化というのだろう。


 そんな感じで清水との会話を楽しみながら歩くこと約20分──。


「あ、あんなところにベンチがある」


 清水は前方を指してそう言った。見ると、木でできた背もたれのない簡素なベンチが遊歩道の左端に設置されている。


「あのベンチで少し休憩しない?」


「そうだな」


 特に疲れてはいなかったが、俺は清水の提案に賛成した。


 並んでベンチに腰を下ろす。目の前に広がる海は相変わらず、穏やかな波が水面をそっと揺らしていた。


「いい眺めだねえ」


「ああ」


「ずっと見ていられる気がするよ」


 俺も同じことを考えていた。正直言うと、以前テレビで見た沖縄の海の方が遥かに美しかった。白い砂浜の向こうに広がるエメラルドグリーンの世界は絶景だった。でも、今はそんな沖縄の海よりも、目の前の海の方が魅力的に思えた。


 穏やかな波を立てるだけの特徴がない海なのに、不思議だ。


「私たち、何か悪いことをしたのかな?」


 正面の海を見つめたまま、清水はそう声をもらした。


「当然、どうしたんだ?」


「クラスのみんなが次々に亡くなっているのって、過去に私たち2年1組が何か悪いことをしてしまって、その罰が今、降りかかっているのかなって思ってさ」


「清水は2年1組の悪行に、何か心当たりはあるのか?」


「──ない、かな。宿題を忘れる人が他のクラスよりも多いっていうのはあるけど、命を奪われるほどの悪いことなんて絶対にしていないよ。財前君は、どう思う?」


「──俺も、同意見だ」


 一瞬、菊池真理亜が万引きをしている様子が頭に浮かんだが、俺はそう答えた。


 万引きは犯罪だ。とはいえ、罪の重さはどんなに重くても懲役10年といったところだろう。決して死刑判決になることはない。


「そうだよね、私たち、何も悪いことなんてしていないよね……」


 俺の知る限り、殺されなくてはいけないほどの悪事をはたらいている生徒はクラスの中に一人もいない。久我山は殺人を行ったが、それは連続死事件が引き起こした精神崩壊によるものであり、連続死事件がなければ殺人は起こっていないはずだ。


 だけど俺や清水が知らないだけで、残虐行為をはたらいている極悪非道人が、クラスの中に隠れている可能性は0ではない。


 クラスルーレットはその極悪非道人を裁くために俺のスマホにインストールされたのだろうか? だとしたら、やり方が回りくどすぎる。そいつだけを裁けばいいのであって、他のクラスメイトの命を奪う必要はない。それとも、連帯責任ってやつか? その非道人は、自分一人では償えないほどの大罪を犯したというのだろうか?


 いくら考えても、俺たち2年1組がターゲットにされた理由は分からない。でも、今一つ言えることは──。


「少なくても、清水は何も悪くない」


 清水が原因で、2年1組がクラスルーレットの舞台に上げられたとは、到底思えない。もし仮に、誰かが罪を犯し、その報いが今の現状だとして、彼女が過去にそれほどの悪行を犯している姿なんて想像がつかない。彼女は悪行なんかではなく、善行が似合う人間だ。


「ありがとう。財前君って、優しいんだね」


 清水はこちらに顔を向けて微笑んだ。


「先祖代々ジェントルマンの血を引き継いでいるからな」


「ふふっ、なにそれ? よくわかんないよー」


「気にしないでくれ、俺もよくわからん」


 不意にクラスの女子生徒に「優しい」と言われて気恥ずかしかった。照れ隠しから、思わず意味不明な発言をしてしまった。


「いつかきっと、終わる日がくるよね。死に怯えなくていい日が、きっと」


「必ずくるさ。止まない雨はないからな」


「そうだね。雨は止んで、空には虹がかかる。その虹を、一人でも多くのクラスメイトたちと一緒に見たいなあ」


 穏やかな潮風を浴びながら、俺たちはしばらく、水平線の向こう側を静かに眺めていた。

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