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第24話

◇6月19日(土)


 穂野垣(ほのがき)学園高校から北西に向かって車に乗ること約1時間、海に到着した。


風香(ふうか)、帰る1時間前になったら連絡してくれ。迎えに行くから」


「ありがとうお父さん」


 本日俺たちを車で海まで送ってくれたのは清水の父親だ。体が縦にも横にも大きく、顎には立派な髭を蓄えている。見た目はプロレスラーにしか見えないが、職業はパティシエで、ケーキ屋を営んでいる。地元では結構有名な店らしく、一度テレビの取材を受けたこともあるのだとか。


 清水の父親が営むケーキ屋は、本来なら今日は営業日なのだが、俺たちを車で海まで送るために、店を臨時休業日にしたらしい。良く言えば娘思い、悪く言えば娘に甘い過保護な父親だ。


 目の前には青い世界が広がっていた。水平線がくっきりとしていて、まるでボールペンで真っ直ぐに線が引かれているかのように見える。


 この海には過去に一度来たことがある。あれは確か小学校一年生の夏休み。父親が「海水浴に連れて行ってやる」と突然言い出したのだ。その時は人が多く、賑わいを見せていた記憶があるのだが、今はオフシーズンということもあり、砂浜で犬の散歩をしているおばあさんぐらいしか人の姿は見えない。


「まるでプライベートビーチみたいだね」


 芹沢(せりざわ)はニコッとした笑顔でそう言った。本日も赤いシュシュのポニーテールがよく似合っている。


「そうだね。天気も良いし、来て良かったよ」


 慶成(けいせい)の言う通り、空は雲一つない快晴だ。ただ、太陽の日差しが少々強い。


 俺たち4人は砂浜に足を踏み入れることにした。流木がいくつか視界に入るが、空き缶や菓子袋といったゴミの類は全然落ちていない。定期的に清掃されていることが分かる。


「ちょっと待っててね」


 清水はそう言うと、探検家が担いでいそうな大きなリュックからブルーシートを取り出して砂浜に広げた。そしてさらに、折りたたみ式のパラソルを取り出して慣れた手つきで組み立てる。なんともまあ、準備と手際がいい。


「今日は風があまりないから大丈夫だと思うけど、ブルーシートが飛ばされないように、それぞれ端にリュックを置いて」


 指示通り、俺たちは各自のリュックを四隅に置いた。


「じゃあ早速ビーチバレーをしよっか!」


 清水は大きなリュックから萎んでいるビーチボールを取り出した。緑色に黒色の線が何本か入っている。おそらく膨らますとスイカのようなボールになるのだろう。


「松島君、財前(ざいぜん)君、どっちか膨らませてくれる?」


 男子の方が肺活量が多いと思ったのか、芹沢がそう言った。


「じゃんけんで負けた方が膨らませるってことでいいか?」


 俺は慶成にそう提案したが、慶成は首を横に振った。


「俺が膨らませるよ」


 親指を立てる慶成。


「ありがとう、松島君」


「ありがとう、よろしくね!」


 女子二人にそう言われて、慶成は頬を少し赤くしていた。慶成に良いところを持っていかれたような気がして、俺はなんとも言えない気持ちになった。


 ビーチバレーをすると言っても試合はせず、俺たちはひたすらラリーを続けて遊ぶことにした。


 慶成が膨らませたスイカ柄のボールを落とさないように、4人で協力してトスやレシーブでパスを繋げる。風が全然なく、全員それなりに運動神経があるためか、ボールが落ちることはあまりなかった。


 とはいえ落ちることはある。そして落とした人は腕立て伏せ20回という微妙な罰ゲームが待っている。ちなみに提案したのは清水だ。


「こういうのがあった方が盛り上がるでしょ?」とのことである。


 罰ゲームがあるおかげかはさておき、ビーチボールは大いに盛り上がった。


 高校生男女4人が砂浜でビーチボール。それはきっと、多くの高校生が羨む青春の一ページに違いない。


 誰かから羨望の眼差しを向けられて愉悦を得たいとは思わない。俺はただ純粋に、クラスメイトと遊ぶことが楽しいと感じていた。


 罰ゲームで腕立て伏せをしている慶成を見て、平和だなあと思った。この平和がずっと続いてほしい。


 でも、週が明ければまた恐怖の日々が始まってしまう。今の平和は仮初に過ぎない。シャボン玉のようにすぐに消えてしまうものだ。


 それでもいい。とりあえずは今のこの時間を満喫しよう。


 ふわりとしたスイカが空に浮かんでは沈み、沈んでは浮かぶ。「79、80、81……」俺は心の中でラリーの回数をカウントしていた。


 そして記念すべきちょうど「100」回目、スイカは俺の頭上に降ってきた。トスをしようと両腕を構えたとき、突如強い日差しが襲いかかり思わず目を閉じてしまった。


 目を開けるとスイカは砂浜の上に着地していた。


「財前君、罰ゲーム!」


 清水は両手で大きなバツ印を作ってそう言った。


 両手を砂浜につける。思った以上に砂浜は熱くなっていたが我慢できないほどではない。俺は素直に罰ゲームを実行することにした。


「七希、背中が曲がっているぞ。もっと伸ばして!」


「財前君、顎をしっかり地面につけないと!」


 慶成や芹沢が好き勝手に野次を飛ばしている。そんな二人を清水はニコニコしながら眺めていた。


 青春と平和が入り混じる情景。


 この4人で夏を迎えたい。そう思いながら俺は腕立て伏せをした。

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