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第26話

 右手に穏やかな海、左手に深い緑の松林。ベンチから立ち上がった俺たちは現在、ブルーシートとパラソルが設置している場所に帰るため、歩いて来た道を戻っている。


「松島君、上手くやってるかなあー」


 突如、清水が慶成の名前を声に出す。


「どういう意味だ?」


「実はね、松島君と彩乃ちゃんがペアになったのは偶然じゃないんだよ」


 それは、つまり──。


「清水が仕組んだってことか?」


「松島君が彩乃と二人になる時間が欲しいって言うからさ」


 両手を合わせて「ごめんね」と付け足す清水。たかだかペア決めのジャンケンで不正があったところで、俺は怒ったりしないのだが。


「ジャンケンをする前に、私はパーを出し続けるから、松島君はグーを出し続けてって提案したの」


 至ってシンプルなやり方だが、それなら必然とペアは決まる。


「遊歩道の散歩を発案したのも実は私だよ」


 数十分前の記憶を遡る。「ちょっと散歩しようよ」と言い出したのは慶成だったが、なるほど、あれは清水の差金だったのか。


「慶成は、芹沢が好きってことか?」


 清水は即答で「うん、そうだよ」と答えた。


「彩乃のことが好きだっていう恋の相談をこの前されてさ、それで今回の海に遊びに行く計画が実行されたってわけ」


「慶成のやつ、俺には一言も相談なんてなかったぞ。結構仲が良いと思ってたんだけどな」


「仲が良いからこそ、話せなかったんじゃないかな? 思春期の頃の恋愛って、非常にセンシティブな問題だからねえ」


 人生二周目しています、と言わんばかりな口調だな。


「松島君、今日彩乃と二人っきりになれたらその時に告白するって言ってた。さっきの『上手くやってるかなあー』っていうのはそういう意味」


 西に伸びる遊歩道で、慶成が芹沢に告白している姿を想像する。きっと顔を真っ赤にして、手汗が酷いことになっているんだろうなあ。


 頑張れよ、慶成。俺は心の中で、親友の恋路が上手くいくことを願うことにした。


「ちなみに財前君は今、好きな人っているの?」


「──いないよ」


 先日、ルーレットの犠牲者になってしまった幼馴染の顔が一瞬、脳裏に浮かんだがすぐに消えた。


 あいつはもう、この世界にはいない。


 俺は彼女のことが好きだったが、正直なところ、それが恋愛感情の「好き」だったかどうかは今でも分からない。


 一緒にいて楽しかった。いなくなってしまって、胸が裂けそうなぐらい心が痛んだ。もっと一緒にいたかったと強く思った。


 それでも俺は、分からなかった。


 6月12日──亡くなる前夜、『私、七希のこと──大好きだよ』莉璃はたしかにそう言った。


 思えば、果たしてあの『大好き』という言葉に、恋愛感情は込められていたのだろうか──。


「そっかあ。ちなみに、私もいないよ」


 正面に伸びる遊歩道の先を見ながら、清水はそう言った。


「今好きな人ができたとしても、まあ、告白はできないかな」


「どうしてだ?」


「今の現状が続くなら、仮に好きな人と付き合えたとしても、次の日には私が死んでるかもしれないでしょ? それだと、せっかく彼氏になってくれた相手に申し訳ないなあって思って。それに、好きになった相手がクラスメイトだった場合、その相手が翌日に亡くなる可能性もあるでしょ? そんなことになったら私、きっと悲しすぎて心が保たないよ……」


 そういうことか。


 今の俺たちは、普通の高校生のように青春を謳歌することができない。本来、高校生活は人生の中でも光眩く時間のはずだ。それなのに俺たちは、深い闇を彷徨い、いつ訪れるか分からない死に怯えながら、時間を溶かさなくてはいけない状況に立たされている。


 一生に一度の高校生活が、こんなことになるなんて思いもしなかったな。


「だから松島君はすごいなって思う。多分、色々な覚悟を決めて今日の告白に臨んでいるはずだよ」


「──俺は、清水もすごいと思った」


 首を傾げ、こちらを見る清水。


「恋愛に対して、めちゃくちゃ真剣に考えているんだなって思ってさ。尊敬するよ」


「尊敬されるほどのことじゃないと思うけど、でも、ありがとう」






 ペア決めのジャンケンをした場所まで戻ってくると、手を繋いでいる二人組の男女が立っていた。


「上手くいったみたいだな」


「そうみたいだね」


 俺たちは笑顔でこちらを見ている二人組に歩み寄った。


「二人に報告があります。俺たち、付き合うことになりました!」


 顔を赤くさせながら慶成はそう言った。隣の芹沢も、頬がりんごのようになっている。


「彩乃、松島君、おめでとう! うんうん、とってもお似合いなカップルだね!」


 盛大に拍手をしながら清水は祝福の言葉を贈った。続けて俺も「おめでとう」と一言添える。本当は「末長くお幸せに」と付け足したいところだが、その言葉は今の俺たちにとって残酷すぎて、口が裂けても言えなかった。


 二人がカップルでいられる時間がどれくらい残されているか分からない。そんなことは当人たちも理解しているだろう。それでも目の前の高校生カップルは、今が人生の絶頂と言わんばかりの幸せそうな表情を浮かべていた。


 穏やかな風が吹き、潮の香りが鼻腔を掠める。


 海の上をカモメの群れが飛んでいる。クァークァーという鳴き声が響き渡り、それが二人を祝福する合唱曲のように聞こえた。






「いつから好きだったんだ?」


 海から帰宅後、俺は慶成に電話をかけてそう質問した。


『5月のゴールデンウィーク明けぐらいかな。一年生の頃はあまり接点がなかったけど、同じクラスになって、少しずつ会話をするようになって、気がついたら好きになってたって感じ』


「気がついたら、か。せっかくだから、芹沢の好きなところを教えてくれよ」


『恥ずかしいこと聞くね。たくさんあるけど、一番は、優しいところかな。俺に対してもそうだけど、芹沢さんって誰に対しても態度を変えずに、優しいんだよ。そこが彼女の最大の魅力かな』


 はつらつとした声で慶成はそう答えた。顔は見えないが、デレデレとした表情をしていることがように想像つく。


「慶成、今、幸せか?」


『当たり前じゃないか。大袈裟に聞こえるかもしれないけど、これまでの人生の中で、今が一番幸せだよ』


 俺はその言葉を聞き、嬉しさと悲しさが混ざった、奇妙な感情を胸に抱いた。


「──そうか。頑張れよ」


 何を頑張って欲しいのか分からないのに、そう声をかけた。慶成は嬉しそうな声音で「ありがとう」と返してきた。


 頑張るのは慶成じゃない、俺だ。


 一日でも早く、アプリのルーレットシステムを破壊する方法を考えなくてはいけない。それができれば、この不条理で残酷な現実を終わらせることができる。親友の青春を守ることができる。


 まずは明日だ。徒労に終わるかもしれないが、今はとにかく行動するしかない。


 ふと、亡くなったはずの幼馴染の顔が脳裏に浮かんだ。そして、『絶対に──この惨劇を打開する方法はあるはずだから!』という夢で聞いた言葉が脳内で再生される。


 ああ、絶対にあるはずだ。俺はお前の言葉を信じるよ。


 改めてそう決意すると、幼馴染はとびっきりの笑顔を見せた後、静かに脳内から消えていった。

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