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第22話

 暗がりで、遠目から見ても容姿の良さがはっきりと分かってしまう。流石はクラスのアイドル的存在、菊池(きくち)真理亜(まりあ)だ。


 正直言うと、恥ずかしながら、学校生活において彼女の顔を見ることは、目の保養になっていた。男子高校生なんてものは、かわいい女子を見ると誰でもそうなるだろう。(上野は例外だろうが)


 でも、自身の顔の良さのせいで、犯罪行為に手を伸ばすほどにストレスを抱えていると知ったら、見方はガラッと変わる。


 今、こうして菊池の顔を見ていても、俺の目は以前のように保養されない。ただ、いたたまれない感情が湧いてくるだけだ。


 菊池は公園中央まで来ると立ち止まり、辺りをキョロキョロとさせた。


「お前を探しているようだけど、行かないのか?」


「今行っても意味がない。0時になるか、その前に菊池に何か変な様子が起きない限りはここで見ている」


 スマホで時刻を確認すると、23時59分だった。


 0時までは残り1分しかない。


 何もせず、隠れて見ていて本当にいいのだろうか? だからと言って、何をすればいいかも分からない。


 このまま様子を見ることは、今後、クラスメイトたちを救う手掛かりになり得るかもしれない。だけど、目の前にいるクラスメイトは、ほぼ確実に死ぬ。


 クラスのアイドル的存在である女子生徒が、生贄のように見えてきた。


 そもそも、今やっていることが本当に、クラスメイトを救う手掛かりとなり得るのか疑わしく思えてきてしまった。これは、意味のある行動なのか?


 いや、意味があるかどうかなんて考えてはダメだ。そんなことをいちいち考えていたら、現状は何も変えられない──。


 ドンッ! 夜の静寂に、鈍い音が響いた。


 菊池真理亜が地面に倒れた。


 もがいたり、声をあげたりすることもなかった。まるで等身大の人形が、見えない何かに押し倒されたかのようだった。


 クラスのアイドル的存在は、地面に仰向けになったまま動かない。


 上野が素早く駆け寄り、少し遅れて俺も後に続く。


「ダメだ、もう亡くなっている」


 脈や呼吸、心音を確認して上野はそう告げた。


「財前、119番をお願いできるか?」


「……あっ、ああ。分かった──」


 俺はポケットからスマホを取り出そうとしたが、上野に止められる。


「公園の外に公衆電話がある。それでかけてくれ」


「なぜだ?」


「スマホでかけたら、俺たちがこの時間にここにいることがバレてしまうだろ? そうなったら色々とめんどくさいことになる。公衆電話で電話をかけたらすぐにずらかるぞ」


「でも、菊池が家族や友達に、上野に呼ばれてここに来ることを既に話しているかもしれなくないか?」


「菊池は万引きの件で呼ばれたと思っているはずだ。自身にとって後ろめたいことが関わっている以上、誰かに言っているとは思えない」


 だとしても可能性は0ではない。でもそれはきっと、上野も承知の上だろう。


「なあ、119番にかけたとして、何て言えばいいんだろう?」


「女性が倒れている、とだけ言っておけばいい。くれぐれも自分の素性を言うなよ。何か色々追及された場合は、電話を切っても構わない。最低限、公園の住所さえ伝えておけば救急車と、ついでに警察も来て事後処理はしてくれるはずだ」


 俺は頷き、公園の外へ駆け出した。今は深く考える必要はない、とりあえず上野の言う通りにしようと思った。





 

 空を見上げると、曇天が広がっていた。星々の光は雲の海に遮られ、月の姿も見えない。


 公園から西の方に自転車を走らせること約20分、土手沿いにたどり着いた俺と上野は自転車を停めて、斜面に腰を下ろしていた。


 まるで時の流れが止まっているかのように、川の流れが鈍い。


 ここに来るまでの間、救急車とパトカーのサイレン音が聞こえた。119番通報した際、池原公園で女性が倒れていることを伝えた後に名前を聞かれたため、思わず電話を切ってしまったのだが、それでも救急車とパトカーは出動してくれたようだ。


 菊池真理亜が死んだ。クラスメイトの遺体を見たのはこれで2回目。1回目は第二理科室での柏木の遺体だ。しかしあの時は、既に死亡している遺体だった。


 生きている人間が死ぬ瞬間を見たのは、人生で初めてだ……。


「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


 俺に気遣いの言葉をかける上野。いつもと変わらないクールな表情をしている。


「一応大丈夫、とだけ。正直、気分はかなり悪いよ。クラスメイトが目の前で死ぬ瞬間を見てしまったんだからさ……お前は、平気そうだな」


 上野はイエスともノーとも答えない。良くも悪くも無表情なため、感情を読み取ることもできない。こいつは今、何を考えているのだろうか。


「結局、死因は脳出血だったのか?」


「おそらくな。まあ、俺は医者じゃないから明確な判断はできないが。ただ、今回分かったことは、死因が何かということは、重要じゃないということだ」


「どういうことだ?」


「菊池は何の前触れもなく、0時ちょうどに突然倒れた。仮に死因が脳出血だろうが心筋梗塞だろうが、死ぬ直前に死の兆候が何も見られない以上、その死を防ぐことはできないってことだよ。もしも誰かにナイフで刺されて死亡するっていう死因だったならば、死の原因となる犯人を犯行前に拘束することで、死を防ぐことはできるけどな。だけど今回は原因が何もない。原因がなければそれを取り除くことももちろんできない。生と死の間に、刹那の時間すらないんだよ」


 言いたいことは分かったし、納得もできる。でもそうなると──。


「俺たち2年1組は全員、この謎の連続死から逃れらない……」


 最悪の結末を、恐怖に怯えながら待つしかないということになる。


「俺はそうは思わない」


 しかし、上野は否定した。


「でも、死を防ぐことはできないんだろ?」


「一人一人の死を個別に防ぐのは、まあ無理だと思う。」


「だったらどうするんだよ?」


「アプリのルーレットシステムそのものを破壊すればいい。そうすれば、この連続死を止めることができる」


 上野には珍しく、声に少し力がこもっていた。


「誰かを救うという発想は結局、その場しのぎの対症療法だ。この謎の現象を完全に終わらせるには、ルーレットそのものを機能停止にするっていう原因療法の発想が必要だってことだよ」


 俺はスマホを取り出した。赤色の背景に黄色で「R」と書かれたシンプルなアイコンのアプリが目に留まる。

 

 こんなアプリさえ、ルーレットさえなければ誰も死なない、死ななかった。


 こんなものさえなければ──。


「試しに、アプリをアンインストールしてみるっていうのはどうだ?」


 アプリのアンインストールは以前考えたことがあった。だけど、削除すると何か不吉なことが起きるような気がしてできなかった。


 でも、ただ死を待つぐらいなら、やってみた方がいい。


 俺はアプリをアンインストールする作業を行なった。しかし、何度やってみてもエラーが起こり、アプリをアンインストールすることはできない。


「スマホ、壊してみた方がいいか?」


 物理的手段を提案してみたが、上野は首を横にふった。


「アンインストールのエラーっていう不可思議な現象が起こる以上、スマホを壊したところで解決できるとは思えない」


「じゃあどうやったらルーレットを破壊することなんてできるんだ?」


「分からない。しばらくは様子見だな。今のところはやれることがない」


 上野の言っていることは基本正論だ。でも、感情は正論で抑制できるものではない。


「俺はこれからも、死亡予定のクラスメイトとの会話を続けることにするよ」


 無意味な行動かもしれないが、何もせずにはいられなかった。それがただの自己満足だったとしても、俺は何かをし続けていたかった。


「今日はひとまず解散しよう」


 無表情で上野はそう言い、去っていった。時刻は既に、深夜の1時を過ぎていた。

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