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第21話

 時刻は23時45分。


穂野垣(ほのがき)学園高校のすぐ近くに、池原公園という小さな公園がある。その池原公園に設置されている公衆トイレに身を潜めるようにして、俺と上野は公園の中央を見ていた。


 仄かに冷たい風が肌を掠める。日中は既に夏を感じさせるほど暑い日が続くが、夜になると気温は一気に下がり、適度な冷たさが心地良い。


 なぜこんな夜遅くに俺と上野が、刑事の張り込みの真似事をしているのか。もちろんそれには理由がある。






 時は昼休みまで遡る──。


「ところで、協力というのは具体的に何をすればいいんだ?」


 具体的にと言われると返答に困る、というのが本音だ。その場の勢いで協力を仰いだため、具体的なことは何も考えていない。


 とはいえ、ここで「今は特に何もない」というのも少し失礼な気がする。


「とりあえずは、忌憚のない意見がほしい。さっきも説明したが、連続死を止めるために、俺が今していることは死亡予定のクラスメイトと会話をするっていうことのみだ。これについて、どう思う?」


 ひとまず俺の行動について評価してもらおう。上野はきっと俺よりも頭がいい。自分より賢い人物からフィードバックをしてもらえるなら、それはかなりの価値がある。


「そうだな──何もしないよりはいい、と言ったところだな」


 クールなクラスメイトは中々シビアな評価をしてきた。でも実際に今のところ、事態は何も好転していないのだから「無意味な行動だ」と言わないだけ、むしろ配慮が入っているのかもしれない。


「そういえば、死因は必ず脳出血になるんだよな?」


「ああ」


アプリの説明によれば、そういうことになっている。


「本当に脳出血で死んでいるか、確かめたことはあるか?」


「確かめる?」


「クラスメイトが死ぬ瞬間に立ち会ったことはあるのか?」


「それは……ないよ」


 死亡予定時刻は0時、そんな夜遅くにクラスメイトと会うのは難しい。それに、人が死ぬ様子なんてものを見たくはない──。


「そうか。だったらまずはそれを確認するべきだな」


「ちょっと待ってくれ!」


「どうした?」


「それはつまり、クラスメイトが死ぬ瞬間を観察しようって言っているのか?」


「それ以外に何がある?」


 上野は表情を全く崩さない。


 こいつは人が──クラスメイトが死ぬ瞬間を見ることに何も抵抗はないのか?


「死の瞬間──というよりは、死の直前の様子を見ることは大事だと思う。もしかしたら死ぬ前に、何か死の兆候があるかもしれない。その兆候次第では、手を差し伸べることによって命を救うことができるかもしれない。死因が脳出血にしろ、脳出血じゃないにしろな」


 俺にはなかった視点だ。


 上野の言っていることは理にかなっている。本当にクラスメイトを救いたいならば、死の直前の様子を見ることが必須かどうか分からないが、決して不必要な行動ではない。


 理屈は理解できるが、心が追いついていない。


 できることなら、クラスメイトが死ぬ瞬間は見たくない……。


「俺一人で見ておこうか?」


 情けないと思ったのか、それとも気を遣ってくれているのか、上野はそう言った。


「……いや、俺も一緒に見るよ」


 一人でも多くのクラスメイトを救うためだ。これぐらいのことから目を背けるわけにはいかない。


「だったら早速今夜、行動しよう。今日の死亡予定者は誰だ?」


「──菊池だ」


 クラスのアイドル的存在、菊池真理亜。今日の0時に死亡するのは、本物のアイドル並みの容姿をもつ女子生徒だ。


「なるほど、菊池か」


「問題は、どうやって0時に菊池に接触するかだな」


 一般的に、女子高生を0時にどこかへ呼び出すのは困難だろう。かといって、そんな夜遅くに家を訪問するのもおかしい話だ。


「それなら多分大丈夫だ。俺に任せてくれ」


 どうやら上野には何か良い考えがあるみたいだ。ここは任せてみるのが賢明だろう。






 任せてみた結果、現在の状況に至る。


 夕飯を食べ終えた後、上野からLINEで「23時半頃に池原公園に集合」というメッセージが届いたので、俺は家族に見つからないように家を抜け出て、自転車でこの場に来た。


「菊池には放課後、0時に池原公園に来てほしいと伝えてある」


「菊池はOKを出したのか?」


「ああ」


 どういうことだろうか? いきなり深夜の公園に来いという申し出なんて、普通断られると思うのだが。


「例のことで話がある、と言ったら二つ返事で了承してくれた」


「──例の話ってなんだ?」

 まさかルーレットのことを話したのか? 一瞬そのような考えが頭をよぎったが、上野の口から出たのは全くの別話だった。


「以前あいつがコンビニで万引きする瞬間に、偶然居合わせたことがあるんだよ」


 菊池が万引きを? クラスのアイドル的存在として、みんなから愛されていた女子生徒がそんなことをしていたことに驚く。


「つまり、万引きのことをバラされたくなかったらおとなしく言うことを聞けと、脅しを入れたのか?」


「人聞きが悪いな。そんなんじゃないさ」


 上野は否定した。


「ちょうど一ヶ月ぐらい前の話だ。学校帰りにコンビニに寄ったら店内に菊池がいたんだよ。そわそわしていて、やたらと周りを警戒していてさ。なんか声がかけづらくて、少し遠いところから様子を伺ってたら、チョコレート菓子を素早くカバンに入れた所を見てしまった。そのまま店外に出ようとするから『やめとけ』って声をかけたんだが、あいつ、めちゃくちゃ驚いた顔をしていたな」


「そのお菓子は結局どうしたんだ?」


「元の棚に戻させたよ。幸い、店員にはバレてなさそうだったし。店を出た後、俺は別に追及するつもりがなかったから普通に帰ろうとしたんだが、菊池に呼び止められてさ、話をしたいって言うから聞くことにした」


 話を聞く限り、上野は菊池の万引きについて全く興味がないようだ。万引きを止めたのも、ただの気まぐれだったのかもしれない。


「菊池は自分が万引きの常習犯であることを自白した。コンビニ以外に薬局やスーパーでもやっていたらしい。少なく見積もっても30回以上はやったことがあるとか。盗む物はお菓子や化粧品、文房具で、動機は物が欲しいからではなく、ストレス発散のためだと言っていた」


「教室で見せる表情からは、ストレスが溜まっているようには見えなかったけどな。クラスのアイドル的存在で、順風満帆な学校生活を送っているように思っていたが」


「その『アイドル的存在』としての立ち位置がストレスだと言っていたぞ。キラキラした目で見られるのが嫌だったらしい。それと、何人もの好きでもない男子から告白されるのが辛かったとも」


 贅沢な悩みだなと思う人もいるかもしれないが、菊池にとってはモテすぎるというのは、愉悦よりも苦痛が優っていたということか。


「『万引きをやめたいけど、衝動的に体が動いてしまってやめることができない。どうすればいいのかな?』と泣きつかれてな。だから俺は言ったんだよ、『だったら物を盗ることに飽きるまでやり続ければいい』と」


「──飽きる前に、捕まるのが先になるんじゃないか?」


「普通ならな。だからこうも言った。『万引きをしたくなったら俺を呼んでくれ。お前が商品を盗ろうとした瞬間に止めに入ってやる』と。そうすれば店に損害を出すこともないし、万引き犯として捕まることはない。まあ、威力業務妨害に該当する可能性はあるけどな」


 万引きの一歩手前行為を何度もやらせることで、徐々に飽きさせるという方法を上野は菊池に提示したようだ。少々危険なリハビリだ。


「それから俺と菊池は連絡を取り合い、何度か万引き未遂行為を行ってきた。今日の呼び出しも、きっと次の万引き未遂行為についてだとあいつは思っているはずだよ。だから決して脅しじゃない。そもそも俺はあいつの万引きのことを誰かにバラすつもりはないしな。」


「俺は今聞いてしまったけど、いいのか?」


「説明の必要があると思ったから仕方ないさ。その代わり、誰にも言わないでほしい」


 俺は首を縦に振った。菊池の万引きの事実は意外だったが、それを誰かに言いたいとは思わなかった。


「それにしても、なんで菊池に協力しようと思ったんだ?」


 誰が何と言おうと、菊池はアイドル並みの容姿をしている。男であるならば、菊池に対して下心が出てしまうのは仕方ないが、上野にはそんな様子が感じられない。


「理由は特にない、何となくだ」


 多分だが、嘘偽りのない本音だろう。上野らしい返答だった。


「来たようだな」


 上野が公園入り口を見てそう言った。俺も入り口の方に視線を向ける。すると、暗闇の向こうから菊池真理亜が歩いてくる姿が見えた。

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