第19話
◇6月17日(木)
スマホの画面には、忌々しいルーレットが表示されている。
昨日までは24等分だったルーレット。今は「6」の数字が抜けて、23等分になっている。
画面をタップしてルーレットを回す、もう一度タップして回転を止める。
今日当たった番号は「7」だった。出席番号7は──菊池真理亜。
菊池真理亜はクラスのアイドル的存在の女子生徒だ。艶やかな黒髪、パッチリとした二重瞼の目、整った鼻筋に寒天のようにぷるんとした薄紅色の唇。一ヶ月に1回は誰かに告白されていると、風の噂で聞いたことがある。
極度に可愛い容姿をもつ女子は同性に嫌われる、そんな偏見を持っている俺だが、菊池にはそれが当てはまらなかった。菊池は女子からも人気があり、いつも笑顔を絶やすことなく学校生活を過ごしているように見える。
まあ、裏で何か嫌がらせを受けている可能性はあるが──。
女子高生とは、怖い生き物だからな。
「みんな、席についてくれ!」
息を切らした村上先生が、教室の前扉を思いっきり開けて入ってきた。朝のホームルーム開始まではまだ、5分程時間がある。村上先生はいつもチャイムが鳴ってから教室に入ってくるため、これはかなり珍しいことだ。
言われるまでもなく、クラスメイトたちは既に自分の席に座っていた。ここ数日、朝の教室で交わされる会話はほぼない。みんな、誰が死んでしまっているのか気が気でないため、席を離れて誰かと話す余裕なんてものはない。
謎の連続死が起こる前は、朝の教室は賑やかだったのに、今では見る影もない。クラスの雰囲気は180度変わってしまった。
「どうしました、先生?」
大野が代表して村上先生に尋ねた。
「誰か何人出席しているか、今すぐ数えてくれ」
クラスメイトたちは教室内を見渡した。俺も同じく見渡し、人数を数えてみる。自分を含めて23人の生徒が席に座っていた。
大野が「23人です」と答えた。
「昨日出席していた人数は?」
「昨日も、──23人のはずです」
「ということは、今日は誰も亡くなっていないということだ! いつもは遅くとも8時前には学校に訃報の連絡が入っていたんだが、今日はなかった。もしやと思い急いで来てみたら、やっぱりそうだ!」
両手を勢いよく天井に向けて振り上げ、村上先生は大喜びした。遅れて、事態を理解したクラスメイトたちが歓声を上げる。
教室内は葬式ムードから一転して、結婚式のようなめでたくて、明るい雰囲気となった。
「終わったんだ! やっと──悪夢から解放されたんだ!」
大野の叫び声が教室に響き渡る。他のクラスメイトたちも思い思いの言葉を発声させている。
ふと、小西の方を見てみた。小西は自分の予想が外れたことが悔しいのか、不貞腐れた顔をしている。しかし、どこか安心している表情も垣間見せている。
連続死が止まり喜びに包まれる教室だが、俺は一切、頬を綻ばせなかった。
何も終わってなどいない──。
ルーレットは今日の朝も回り、0時に死亡する人物を確定させた。
既に亡くなっている生徒がルーレットに当たった場合、一体何が起こるのか。その答えは、何も起こらないというものだった。
クラスメイトたちは今、希望を抱いている。しかしその希望は明日、絶望へと変わる。
明日にはまた死の恐怖が蘇る。今の希望は蜃気楼のようなもので、すぐに消えてしまうものだ。
クラスメイトたちの嬉しそうにしている表情を見ていると、胸が締め付けられるように痛くなってくる。
いや、でもまだ、菊池真理亜が死んだと決まったわけじゃない。0時までに彼女を救う方法を見つけることができれば、希望は希望のままで、絶望になったりしない。
今日こそ必ず、クラスメイトを救ってみせる。そう、強く決心した。
午前の授業が終わり、昼休みになった。昨日までは物静かに弁当や購買のパンを食べていたクラスメイトたちだが、今日は祭り会場にいるかのように賑わっていた。
もう誰も死なない、みんなそう思いこんでいる。でもそれは幻想だ。だけどその幻想を、現実にしなくてはいけない。
「財前、ちょっといいか?」
昼食を食べ終え、トイレに行こうと思い廊下に出たところで上野に声をかけられた。
「ごめん、トイレに行ってからでいいか?」
上野が無言で頷いたので、俺は急ぎ足でトイレに向かった。
それにしても、上野が俺に話しかけてくるなんて珍しい。仲が悪いわけじゃないが、日頃から会話をする相手ではない。
用を足し、上野の元へ戻る。
「お待たせ」
すると上野は「ついてきてくれ」と言って歩き出した。不思議に思いながらも、俺は素直に後についていくことにした。
上野に連れられてやってきた場所は、北館四階に位置する第二理科室だった。
ここは以前、久我山が柏木を殺害した場所だ。そのためか、現在は授業で使用されていない。扉には「生徒立ち入り禁止」の張り紙が貼られているが、上野はお構いなく教室へと入っていった。
どうしてこんな場所に?
室内の床には、柏木の生々しい血の痕がまだ残っていた。さっき食べていた弁当のおかずが、喉から出そうになるのを我慢する。
「財前、お前に聞きたいことがある」
上野はいつもと変わらないクールな表情をしている。
「何を聞きたいんだ?」
「お前はクラスメイトの連続死について、何か知っていることがあるだろ?」
その言葉を聞き、俺の体は雷に打たれたような衝撃が走った。




