第17話
「ここはあまり長居するような店じゃないぞ」
周りを見ろと言わんばかりに飯島は店内に視線を移す。店内は満席。カウンター席の一人客はもちろん、テーブル席のグループ客たちも雑談をしている様子はなく、ひたすらラーメンを啜っている。
「外で並んでいる客のためにも、さっさと出よう」
店内からは見えないが、店の繁盛っぷりから外に行列ができていることは容易に想像がつく。実際に俺たちも店内に入る前は外で順番待ちをしていた。
「分かった、とりあえず店は出よう」
外に出ると、10人ぐらいの列ができていた。その中に高校生らしき客はいない。全員が仕事終わりのサラリーマンの風貌をしている。
「じゃあ、もう少し話をしようか」
話題は思いつかないが俺はそう提案した。
「財前、悪いけど今日はもう帰らせてくれないか? 部活でくたくたなんだよ」
飯島はため息混じりにそう言った。あからさまに乗り気でないことは、表情の暗さからも分かる。
「そこを何とか、頼むよ」
「何とかって……ひょっとして、家に帰りたくない理由でもあるのか?」
「別にそういうわけじゃないけど──」
言ってしまった後に後悔する。何か適当に、家に帰りたくない理由を作れば引き止められたかもしれないのに。
「だったらもう帰ろうぜ。お前の母親も、帰りが遅いときっと心配するぞ」
「お前の母親、も?」
「俺の母親がな、めちゃくちゃ俺のことを心配してるんだよ。ほら、例のクラスメイトの連続死のことだよ。帰りが遅いと俺の身に何かあったんじゃないかって思うらしくてな。無駄に母親の心労を増やすような真似はしたくないから、ここ最近はできる限り早く帰宅することにしてるんだよ」
部活で疲れているのは事実だろうが、帰りたい本当の理由はそれなのだろう。
「めちゃくちゃ愛されてるな」
「──まあ、な。以前母親が『あなたは私にとっての生きがいなの』って言ってたよ。坂東が……クラスメイトが次々に死んじまってるけど、俺は死なない。母親を残しては死ぬことなんて絶対にできない」
拳を強く握りしめている飯島からは、必ず生き残ってみせるという意志が感じられた。
『母親を残して死ぬことなんて絶対にできない』
だったら尚更、ここで帰すわけにはいかない。今帰してしまったら100%死ぬ。だからと言って事実を言うわけにもいかない。そして仮に呼び止めることに成功し、話を続けられたからといって救うことができるという保証もない。
正解が見つからない。出口のない迷路をひたすら彷徨っているみたいだ。
そもそも答えなんてものがあるのだろうか──。
「悪いな財前、また一緒にラーメン食いに行こう」
そう言って飯島は背中を向けて歩き出した。夜の闇に消えていく姿を、俺は呆然と見ていた。
まだ間に合う、追いつける。羽交締めにして0時になるまで拘束し、その間にひたすら思考し続ければ、救う方法が頭に降ってくるかもしれない。
でも俺は、動き出さなかった。
飯島の姿はもう見えなくなっていた。
「こんなに遅くまでどこ行ってたの?」
家に帰ると母親が少し不機嫌そうにしていた。
「……友達とラーメン食ってた」
「だったら連絡しなさいよ。夕飯作っちゃったわよ」
「ごめん」
「──なんか、やけに素直ね。何かあったの?」
「まあ、色々と」
母親は「そう」とだけ言い、深く追求してこなかった。あえて詮索してこない優しさが嬉しかった。
「──母さん」
「どうしたの?」
「……いつもありがとう」
俺はまだ死なない。少なくとも、今日の0時に死ぬことはない。でも、いつ死ぬかわからない。だからできる時に感謝を伝えた方がいい。
もちろん、アプリのルーレットなどという訳の分からないものに殺されるつもりは毛頭もないが──。




