第13話
学校から歩くこと約20分、船木の家に到着した。白い壁を基調とした二階建ての一軒家で、家の前に駐車場があるが車は停まっていない。
二階にある船木の部屋に入る。広さは六畳ぐらい。ベッドや勉強机に本棚、パッと見た感じ特に変わった物はなく、普通の男子高校生の部屋という印象だが──。
「にこまるの時計だ」
直径20センチぐらいの円形のアナログ置き時計が本棚の上に置かれていた。遠目で見ると普通の時計だが、よく見ると「6」「8」「9」「10」の数字の輪の中に小さくにこまるが描かれている。
「ちょっと待ってて」
そう言うと船木は部屋の押し入れを開けて、中から大きな段ボール箱を取り出した。
「これがマグカップで、これがクリアファイル。これはアクリルスタンドで──」
段ボール箱から次々とにこまるグッズを出して紹介する船木。ぬいぐるみやパーカー、タペストリー、その他にも様々なグッズが姿を見せる。
「すごいな。こんなに集めるのは大変だったんじゃないか?」
「そうだね、結構時間をかけて集めたよ」
「久しぶりにアニメが見たくなってきたよ」
ずらりと床に並べられたグッズを見ていると、そのような気分が湧いてきた。
「じゃあ、今から見る?」
「──見れるのか?」
「DVD持ってるから」
船木の部屋にはテレビがないため、一階に降りてテレビが置いてあるリビングに行くことになった。
DVDレコーダーを操作する船木。すぐにテレビ画面にはにこまるのアニメ映像が映し出された。小学生の頃の記憶が蘇る。確か毎週木曜日の夕方6時に放送されていた。夕飯前のため、当時の俺は腹を空かせながら見ていた。
まさか高校生になって、再びにこまるのアニメを見ることになるとは思わなかった。しかも今日初めてまともに会話を交わしたクラスメイトの家で。
そんな家主は俺の隣でアニメ映像に見入っていた。瞬きをしていないんじゃないかというぐらい、テレビ画面に釘付けになっている。
せっかくの機会なので、俺もにこまるのアニメを堪能することにした。
気がつけば、DVD3枚分のアニメを見終わっていた。1枚に4話収録されているため、計12話見たことになる。実に、4時間以上の時間が過ぎていた。時計を見ると時刻は18時過ぎだった。
流石にお互い目が疲れてきたので、船木の部屋に戻って休憩することにした。
「いやあ、めちゃくちゃ楽しかった」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
「改めて見直すと、にこまるっていいやつだな」
「世界を救うヒーローだからね。当然さ」
その後も俺たちは、にこまるの話題で盛り上がった。普段クラスでは口数の少ない物静かな男子生徒が、今はまるで、凄腕の実演販売士の如く饒舌に話している。
こんな船木の姿は学校では見たことがなかった。
そして俺は船木と話すことを楽しいと感じていた。「にこまる」という共通の話題があるからというだけではなく、どことなく波長が合う気がして、一緒にいて居心地が良い。
「続きを見に行こうぜ」
話していると早く続きが見たくなった。小学生の頃に見ているから内容は知っているのに、胸のワクワクが止まらない。
「おっけい」と笑顔で答える船木。このような表情も学校では見たことがない。
部屋から出てリビングに行き、DVDの続きを見ようとした時だった。玄関の扉が開く音がする。
「ただいま」という声とともにリビングへ女性が入ってきた。船木の母親だろう、目元がそっくりだ。俺を見ると「あら、お友達?」と船木に尋ねる。
「うん、同じクラスの財前」
友達と聞かれて「うん」と答えてくれたことが嬉しかった。俺の中でも船木は既に友達だった。今日初めてまともに会話した相手だが、そんなのは関係ない。互いが友達だと認識していればそれは友達だ。
もっと早く仲良くなっていれば良かったと思う。
「おじゃましてます」と船木の母親に俺は挨拶した。
「こんにちは。それにしても珍しいわね、章三が友達を家に連れてくるなんて」
「──そんなこと、今言わなくていいだろ」
少し不機嫌そうな表情をする船木。母親の発言から、船木は昔から友達が少ないのだということが分かった。まあ、予想通りだが。
「それよりも章三、塾の時間は大丈夫?」
「あ、そういえば今日は月曜日か」
「遅れないようにね」そう言って船木の母親はリビングから出て行った。
「ごめん財前、今日、この後塾があるんだ」
両手を合わせて申し訳なさそうに船木は俺に謝った。
「……そうか」
「また今度、家に来てよ」
俺はその言葉に「うん」と言うことができなかった。「今度」があるという保証はない。
このままでは今日新しくできた友達は、明日にはいなくなる。でも、塾に行くのを引き止める理由が思いつかない。
どうすればいい。どうすれば──。
「財前?」
「船木、一つ頼みがあるんだが」
「何?」
「にこまるのグッズだけど、一つ、くれないか?」
ポカンとした表情をする船木。自分でも、なぜそんな言葉が出てきたのか分からない。
船木は「ちょっと待ってて」と言ってリビングから出て行き、すぐにまた戻ってきた。
「これあげるよ」
差し出されたのはにこまるのイラストが描かれた腕時計だった。見たところ、傷一つついていない未使用品だ。
「いいのか?」
「いいよ。にこまるを愛する同士の証っていうことで」
微笑みを浮かべて船木はそう言った。「同士」という言葉に嬉しさを感じる一方で、その同士を救う方法が見つからない自分の無力さに嫌気がさす。
「ありがとう、大切にするよ」
俺は腕時計を受け取った。未使用品の腕時計の針は、0時を指していた。
帰宅してから船木を救う方法をひたすら考えたが、結局何も思いつかなかった。時間はどんどん過ぎていき、気がついたら0時を過ぎていた。
船木は死んだ。クラスメイトがまた一人、亡くなってしまった。
とてつもない喪失感に襲われる。仲良くなってしまったが故に、悲しみと悔しさで心が破裂しそうになる。
救おうとすればするほど、苦しくなるのかもしれない。だったらいっそのこと、何もせず、全員が死ぬのを待てばいい。それが一番幸せであり、正解なのかもしれない。
いや、そんなものは幸せでもないし、正解でもない。ただ逃げ出しているだけだ。
両手で頬を思いっきり叩く。深夜にも関わらず目が冴える。
ルーレットの結果によってクラスメイトが死んでいく。人の死を弄び、不条理で舐め腐った現象を許すわけにはいかない。
必ず止めてみせる──必ず。




