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第11話

 俺と慶成(けいせい)は廊下に出た。


 悲鳴を上げていたのはクラスメイトの芹沢(せりざわ)だった。「笑顔がかわいい」ということで男子から人気が高い芹沢だが、今の彼女に笑顔は全くない。顔面蒼白だ。


「どうしたの?」慶成が聞くと芹沢は「第二……理科室、で……」と、酷く怯えており、言葉が最後まで出せないでいる。


 この学校には理科室が4つある。第二理科室は主に生物の授業を行う教室だ。2年1組の教室は南館の二階にあるのに対して、第二理科室は渡り廊下を通った先にある北館の四階に位置している。

 

 芹沢のこの様子を見る限り、何かただ事ではないことが起きている。


 俺と慶成は第二理科室を目指して走り出した。


 2年1組から第二理科室までは少し距離が離れている。そのため、着いた時には少々息が上がっていた。灰色の引き戸を勢いよく開ける。


 目の前の光景を見て、戦慄が走る。


 血だらけになった柏木が倒れていた。その朽ち果てた柏木を側で見下ろす久我山(くがやま)。右手には、赤く染まった実験用の解剖メスが握られている。


「く、久我山さん、これは、一体……何が……?」


 恐る恐る問う慶成。


「何が? 見て分からない? 私が明久を刺し殺したのよ」


 久我山は小馬鹿にするような口調で慶成にそう答えた。


 血の生臭さが鼻腔を刺激する。まるで部屋中の水蒸気が血液でできているみたいな感覚。


「どうせみんな死ぬのよ。呪いだかなんだか知らないけど、そんな訳のわからないものに殺されるなら、人に殺される方がマシだと思わない? 明久は私が殺した。自分の彼女に殺してもらえた明久は幸せよ。ふふっ、うふふふふ、あはははははっ!」


 道化の如く高笑いをする久我山。どう見ても正気じゃない。クラスメイトが次々に亡くなるという不可思議な恐怖現象は、彼女の精神を崩壊させてしまい、自分の彼氏を殺害するという狂気じみた行動を起こさせた。


「──明久! おい、どういうことだよ!」


「絵梨、何してるの!」


「救急車と先生たちを呼ばないと!」


 クラスメイトたちが駆けつけてきた。凄惨な場を前に、ざわめきの波が広がる。


「久我山さん、落ち着いて。まずはそのメスを下ろそう」


 慶成がそう声をかけたが、久我山はメスを下ろさない。赤く染まった刃先が鈍い輝きを放っている。


「落ち着く? 私は冷静よ。あなたたちの方こそ落ち着いたらどう? それとも何、私がおかしいって言いたいわけ? 私のことをバカにしているの?」


 鋭い目つきで睨む久我山。おかしいのがどちらかなど、一目瞭然だ。


「許せない。私のことをバカにする奴は──許せない!」


 突如、叫び声を上げると同時に久我山は慶成に襲いかかった。クラスメイトを殺害することに、何の躊躇いもない獰猛な目で刃物を勢いよく振りかざす。


 慶成を守らなくては──。そう思ったが突然のことすぎて反応が遅れてしまう。止めに入ろうと動き出すが間に合わない、刺される──。


 しかし、血飛沫が飛ぶことはなかった。


 上野が慶成の前に駆けつけて、メスを握る久我山の手首を掴んだ。間一髪──刃先と慶成の体には、1センチの間隔もない。手首を掴んだまま上野は足を払い、久我山を床に叩きつけて抑え込む。


「上野! 何するのよ! 放せ!」


 押さえ込まれてもなお叫び続ける久我山。その表情は女子高生というよりは、何か幻覚を見ている薬物中毒者のように見えた。


 一方で上野は、久我山に何か声をかけることもなく、ただ無言で体を抑えていた。こんな状況にも関わらず、いつもと変わらない表情で落ち着いた様子を見せている。


 あまりにも冷静すぎる上野が、逆に少し怖かった──。


 その後すぐに教師陣が駆けつけ、上野に変わって久我山を抑え込んだ。しばらくすると救急隊員と警察も来て、俺たち生徒は教室へ戻るように指示された。


 そして数十分後、全校生徒に即時帰宅をするようにとの放送が流れた。午後の授業や放課後の部活動は中止、学校の対応は至極真っ当だ。


 4時間目の授業は生物で、第二理科室で行われていた。授業が終わった後も柏木と久我山は二人で理科室に残っていたらしい。ちなみに芹沢が第一発見者だったのは、第二理科室に筆箱を忘れてしまい、昼休みにそれを取りに行ったからだったようだ。


 昼休みの時、俺は慶成にルーレットのことを話そうと思っていたが、その気持ちは今、心の中からすっかり消失していた。


 人の精神は脆い。精神をやられた人間が起こす行動は悲劇を呼ぶ。変貌した久我山を見てそう感じた。


 ルーレットのことを話し、今までの死の原因が謎のアプリによるものだと知ったら、慶成はどう思うだろうか。死の原因がはっきりとして、今の状況に少しは安堵を浮かべるかもしれない。しかし原因を知ることで、かえって不安を煽る可能性もある。その不安が心に傷をつけていき、やがては──精神が崩壊する。


 話すわけにはいかない。慶成だけじゃない、他の誰にも言ってはいけない。


「一人で解決しよう」と、独り言をこぼす。


 幸いにも、俺の精神は正常だ。


 今のところは──。


 今日の出来事は衝撃的だったが、それでも諦めるわけにはいかない。幼馴染の顔が脳裏に浮かぶ──。


 学校の正門を出て、駅とは反対方向の道を走る。下校する生徒たちを何人か追い越していくと、目的の人物の背中が見えた。


「船木!」


 俺が声をかけると彼は歩く足を止め、後ろを振り返った。

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