第10話
◇6月16日(月)
朝のホームルームで村上先生から、星野の死がクラスメイトたちへ伝えられた。
「金曜日に学校を休んだから……?」
ボソリとそう呟いたのは西川茜だ。
「どういう意味? 西川さん」と、クラスのリーダー的存在である大野が尋ねる。
「今学校を休むのって、捉えようによってはこの状況から『逃げ出している』って感じがしませんか?──逃げ出す生徒は許さない、その見せしめのために今回ターゲットになってしまったのかなと思って」
西川茜は赤いフレームの眼鏡をかけた、おかっぱヘアーの女子生徒だ。いつも物静かで、言い方は悪いが地味なオーラが全身から出ている。中々のゲーム好きらしく、小西とは気が合うみたいで、二人でゲームの話をしている姿を見かけることがしばしばある。
「まさか、そんなわけな……」
否定の言葉を言いかけて大野は口を塞いだ。既に現実離れした状況下におかれているため、「そんなわけない」と言い切ることはできない。どんなことが起こっても不思議ではないのが今の2年1組だ。
「つまり、学校を休んだら優先的に死の順番が回ってくるってこと?」
全員に問いかけるように慶成がそう言った。
「可能性は、0じゃないな」
答えたのは上野だ。こんな状況下なのに冷静な表情をしている。
「もういい加減にして! なんなのよこれは! なんで私たちがこんな目にあわなきゃいけないのよ!」
久我山絵梨が叫び声を上げた。自身の机を何度も殴りつけ、拳から生々しい血飛沫が舞う。
「落ち着け、絵梨!」
自傷行為に走る久我山を柏木明久が止めに入る。
久我山絵梨は普段から気の強い女子生徒だ。素行が悪く、教師たちから指導されることが多い。髪は茶髪に染めており、顔は薄く化粧をしている。爪には水色のマニキュアをしており、当然ながら茶髪も化粧もマニキュアも校則違反だ。
柏木明久は明るくて元気な男子生徒だ。誰に対しても分け隔てなく接している印象がある。
久我山と柏木は一年生の三学期に付き合い始めた。カップルになるまでの詳しい経緯は知らないが、久我山の告白の圧に柏木が耐えられなくて渋々交際した、という噂を聞いたことがある。事実かどうかは定かではない。
柏木は暴れる彼女の両腕を掴むが、すると久我山は、身動きの利いている足で周りの机や椅子を次々と蹴り出していく。その様子を見て数名の女子生徒たちが悲鳴をあげる。流石の状況に村上先生も久我山を止めに入った。
「学校にいても死ぬ! 家にいても死ぬ! だったらどこにいれば助かるのよ! 何をすれば死ななくて済むのよ!」
柏木と村上先生に抑え込まれてもなお、久我山は叫び出す。まるで猛獣の雄叫びだ。
星野が死んだのは学校を休んだからではない。偶然にも欠席したタイミングでルーレットが当たっただけであり、見せしめのためなどではない。だけどその事実を知っているのは俺だけだ。今回の一件で「学校を休めば死ぬ」という誤概念がクラスメイトたちに定着してしまったかもしれないが、それをみんなから払拭する術はない。
──いや、単純な方法があるじゃないか。
ルーレットのことをみんなに話せばいい。そうすれば、死の順番が欠席の有無に無関係であることが明白になる。
だけど、俺の話を何人が信用するのだろうか──。
昼休み、教室は重々しい空気に包まれていた。クラスメイトが立て続けに4人も亡くなっているのだから、当然だ。
「明日は誰が死んでしまうんだろうな」
弁当の中に入っている唐揚げを箸で突きながら、慶成は呟いた。
「……さあな」
今日のルーレットで当たった番号は「23」だった。出席番号23番は──船木章三。
船木はテニス部に所属している。口数が少なく、目立たない男子生徒だ。特に仲が悪いわけではないが、俺は船木と会話らしい会話をしたことがない。
きしめん並に薄い関係性の船木だが、俺は何とかして救ってやりたいと考えていた。
『一人でも多くのクラスメイトを守って。絶対に──この惨劇を打開する方法はあるはずだから!』
夢に出てきた幼馴染はそう言っていた。もう二度と会えない幼馴染──。数日前に一緒に花火をしていたことが、遠い過去のように感じる。
たとえ夢だったとしても、あいつの言葉を無碍になんてできない──。
一昨日の土曜日、俺は星野が助かるための方法について、脳をフル回転させて考えた。
しかし、いいアイデアは浮かばなかった。そこで考えてダメなら行動あるのみと思い、俺は星野の家に行くことにした。会って話せば何か起こるかもしれないという淡い期待を抱いていた。
星野の家は、星野と同じ中学だったという隣のクラスのバトミントン部の男子にLINEで聞いた。
『星野の家を教えた代わりにさ、七希、部活に戻ってきてくれよ』
そのLINEに対して俺は「それは無理」と、淡白な返信をした。星野の家の住所を教えてくれたことには感謝している。代わりに何か頼みを聞いてやりたい気持ちはあったが、無理なものは無理だ。
俺は去年の9月までバドミントン部に所属していた。が、色々あって退部し、今は帰宅部だ。
星野の中学校は俺の通っていた中学校の隣の学区なため、家は自転車で行ける距離にあった。すぐさま自転車に乗って、教えてもらった住所に向かった。どこにでもあるような平凡な住宅街の中に、「星野」という表札がかかっている家が建っていた。
なんの躊躇いもなくインターホンを押したが、反応はなかった。もう一度押すが、結果は同じ。居留守を使っているような雰囲気はなく、家の中には誰もいないようだった。
「さて、どうしようか」そう思っていると、「あんた、星野さんに用があるのかい?」と声をかけられた。見ると、恰幅のあるおばさんが立っていた。
「ええ、まあ」とおばさんに返事をする。
「星野さんなら昨日の夜から旅行に出かけてるからしばらく戻ってこないよ」
「旅行ですか?」
「そうよ。昨晩突然『今日から一週間程、旅行に出かけるので、家を空けます』って連絡があったのよ。ああ、私は星野さんの隣の家に住んでいる者よ。別に怪しい人間じゃないわ」
そう言って、おばさんは右手の人差し指で、星野家の隣に建てられている一軒家を指差した。
「娘が精神的に参ってるから、家族で旅行をして気分転換するですって。娘思いの良いご両親よねえ」
「どこに旅行へ行くか、聞いていませんか?」
その質問におばさんは少しだけ不審な目を向けたが、答えてくれた。
「北海道って言っていたわ。北海道のどこかまでは聞いてないけど」
北海道……あまりにも遠すぎる。高校二年生が一人でそう安易と行ける場所ではない。
俺は星野に会うのを諦めざるを得なかった。そして彼女を救う術は結局思いつかないまま、月曜日の0時になってしまった。
星野は死んでしまった。クラスメイトがまた一人亡くなった。でも、悲しんでいる暇も悔やんでいる暇もない。辛くて苦しいけれど、気持ちを切り替えていかないと、いずれは全員が死んでしまう。
莉璃、俺は自分の命が尽きるまで、絶対に諦めないからな──。
「これからどうなっちゃうんだろうなあ、俺たち……」
慶成は深いため息をついた。弁当のおかずはさっきから全然減っていない。
慶成には、ルーレットのことを言うべきかもしれない。慶成はきっと俺の話を信用してくれるし、一緒にクラスのみんなを救う方法を考えてくれるはずだ。一人で悩むよりも、二人で意見を出し合って策を講じた方がいいに決まっている。
「慶成、話したいことがあるんだが──」
俺が話しかけようとした瞬間だった。
廊下から「誰か早く来て!」という女子生徒の悲鳴が聞こえた。




