第9話
◇6月13日(金)
朝のホームルームで村上先生から、莉璃の死がクラスメイトたちへ伝えられた。死因は坂東や江口と同じで脳出血だということも。
「これは呪いだ、この教室は呪われているに違いない」
そう発言したのは小西太郎だ。
小西太郎はアニメや漫画、ゲームが大好きな男子生徒だ。ちなみに愛読書は日本国憲法だという。だからといって法曹を目指しているわけではないらしい。
一般的な高校生は呪いというものを安易に信じたりはしないだろう。しかし、三日連続でクラスメイトが謎の死を遂げるという状況の2年1組においては例外となる。小西の呪い発言に、多くのクラスメイトが「そうかもしれない」という表情になっている。
「先生、星野さんは……?」
教室にいない星野を見て、大野は恐る恐る村上先生に尋ねた。
「星野は体調不良で欠席だ。朝、保護者の方から連絡が入っている」
元々星野は体もメンタルも弱い女子生徒だ。欠席することは珍しくない。
「それならよかったです」
大野はホッとした表情をさせた。星野が亡くなっているわけではなく、ただの欠席だったことに安心したようだ。クラスメイトたちも安堵の表情を浮かべる。
星野は確かに生きている。今はまだ──。
でも、その命は長くはない。
なぜなら今日のルーレットで当たった番号は24番──星野の出席番号だったからだ。
『尚、金曜日にルーレットが当たった生徒は、死亡するのは日曜日の0時となります』
アプリの説明にこのような文章があったはず。つまり星野が死ぬのは今日の0時ではなく二日後の0時だ。クラスメイトたちが彼女の死を知るのは月曜日ということになるだろう。
星野は月曜日も欠席になる。体調不良ではない。もう永遠と学校に来ることはない。
ただ、星野には悪いと思うが、俺の頭の中には次の死者のことなど全く入っていなかった。
脳裏に浮かぶのは、幼馴染の笑顔だけだ。
莉璃はもうこの世にいない。信じたくない、受け入れたくない。だけど俺がどんなに莉璃の死を拒んだとしても、現実は何も変わらない。自分の無力さに嫌気がさす。
放課後になり、慶成が「一緒に帰ろう」と言ってきたが、俺はその誘いを断った。きっと慶成は俺のことを心配してくれているのだろうが、一人になりたい気分だった。
どこか気晴らしに寄り道でもしようかと思ったが、結局どこにも寄らず真っ直ぐ家に帰った。帰った後も特に変わったことはしなかった。夕食を食べ、風呂に入り、ベッドに横になる。ただただ無為な時間だけが過ぎていく。自分が牢獄に入れられた囚人のように思えてきた。
何か音がする。はっきりとは聞こえない。テレビの砂嵐のような雑音が鼓膜を刺激している。でもその音は次第にクリアになっていき、雑音の正体が一つの言葉であることが分かった。
「七希!」
聞き覚えのある声で自分の名前が呼ばれていた。声のする方を振り向くと──。
「莉璃!?」
なんと莉璃が立っていた。一体何がどうなっている?
「……生きていたのか?」
そう問いかけるが、莉璃は首を横に振った。
「残念ながら死んじゃったよ。私の直感って、すごいね」
「じゃあどうして今、俺の目の前にいるんだ?」
「ここは七希の夢の世界だからだよ」
そう言われて辺りを見渡してみると、俺と莉璃は色素が一切ない、全方向真っ白な空間に立っていた。こんな場所は現実世界にはないだろう。つまり俺は、ベッドに横になったまま寝てしまったのか。
夢を見ている最中に、自分が夢の中にいることを自覚する現象を明晰夢という。俺は今、その明晰夢の状態になっているようだ
たとえ夢だとしても、会えて嬉しい。
「私を入れて、三日連続で2年1組の生徒が脳出血で死亡──やっぱり明日以降も、誰かが死んじゃうのかな?」
悲しそうな表情で莉璃はそう言った。
「実は、アプリのせいなんだ」
「アプリ?」
「ああ。クラスルーレットっていうアプリがあって、そのアプリ内のルーレットの結果によって、誰が死ぬか決まってしまうんだよ」
俺は莉璃にルーレットのことを話した。もう亡くなってしまった幼馴染に隠す必要はない。毎日7時にルーレットを回すことも、0時に死亡することも知っていることを全て話した。
「そんな恐ろしいルーレットがあるんだね」
「──信じてくれるのか?」
「もちろん」
即答だった。
「すまなかった。俺はお前が死ぬことを知っていたのに、それを伝えなかった……」
「『伝えなかった』じゃなくて、『伝えられなかった』んでしょ? もし私が七希の立場だったとしても同じだったと思う。きっと七希が死ぬって分かってても『伝えられなかった』よ」
微笑みながらそのような言葉をかけてくれる莉璃が、まるで女神のように見えた。
「話を聞く限り、次に死んでしまうのは星野さんなんだよね?」
「そういうことになる」
「星野さんが死ぬのを阻止する方法はないのかな?」
「現状では、何もない」
もし方法があれば、みすみす莉璃を死なせてなんかいない。あの殺人ルーレットの対処方法なんてものがあるのだろうか。
「そっか。星野さんも、もちろん他のクラスメイトもだけど、七希には絶対に死んでほしくないなあ」
悲しい目を向けられる。気持ちは嬉しいが、そんな優しい幼馴染を守れなかったという罪悪感に襲われる。
「七希、きっと何か方法はあるよ!」
突如、莉璃は俺の右手を両手で強く握りしめた。夢なのに、温かい体温を感じる。
「今後何人死ぬかも、誰が死ぬかも分からない。でも、諦めないで。ルーレットなんていうふざけた存在に好き勝手させちゃダメだよ。もう死んでしまった私に協力できることは何もない。でも、天国で応援はしているから。たとえその応援が現実世界に届かないとしても、それでも私は応援し続けるから。だから死なないで。そして、一人でも多くのクラスメイトを守って。絶対に──この惨劇を打開する方法はあるはずだから!」
こちらを見る莉璃の瞳は眩しいぐらいに輝いていた。
それはまさに希望の光だ──。
その希望は、絶望と戦う勇気を俺に与えてくれるには十分すぎるものだった。
「ありがとう、莉璃。頑張るよ」
どれほどの犠牲が出るかは分からない。それでも見つけるしかない。この悪魔のような連続死を止める方法を──。
自分のことを好きだと言ってくれた幼馴染のためにも、姿の見えない巨悪と俺は戦う。




