3−6 光の魔力
「では始めましょうか、お嬢さん?」
和かに微笑んだジルに、レーリアは緊張した面持ちで「よろしくお願いします」と敢えて敬語を使い、丁寧に頭を下げた。
赤髪が下に垂れて首筋に残る跡が僅かに覗く。
魔族会議は昨日のこと。
猛毒の花嫁としての役割を果たしたレーリアは早速、魔族から魔法を学ぶ。
開けた場所でと屋敷内の大広間まで移動してきたが、その広さと眩いばかりのシャンデリアや金の刺繍が施された赤い絨毯はとても煌びやかで緊張感が増したように思う。
しかも見学者には心配そうなララと、何故か鼻歌混じりのダーラまでいるのだから余計に。
(こんなに縮こまっていたら覚えられるものも覚えられないわ。落ち着かないと…)
レーリアは、そっと深呼吸をする。
緊張はしたままでも少しだけ肩の力が抜けていった。
そんな彼女の様子を見ていたジルは「流石です」と少々大袈裟に褒める。
「まずは現状を共有しておきましょうか。今のお嬢さんは魔力を発現させる一歩手前…魔法を扱うにはまだ不十分な状態のようですね」
「分かるの?」
「ええ、見れば分かりますよ。私は魔力を吸うことができるので正確に認識できます。一度、魔法を扱えるのか試されたのではないですか?」
「!!」
(そんなことまで?……魔力が回復したら魔法を使った痕跡なんて残らないはずだけど…)
「ではクイズです。なぜ私はそんなことまで分かったのだと思いますか?」
「え?」
まるで思考を読んだかのような問いかけだった。魔法について勉強しているレーリアなら、そう考えるだろうと。
つまり、クイズの答えはこれまで学んだ知識の中にあるということだ。
(まずは現状を共有するって言っていたものね。ジルは私がどれくらい理解しているのか把握しておきたいのだわ)
レーリアは頭の中で知識を広げてみる。努力したとはいえ、たった数日程度、しかもほとんどが復習で時間を費やしていたので、すんなりと全てを確認できた。
その中で、ひときわ気になったのが<魔力の熟練度>というものだ。
魔力には熟練度というものがある。属性に関しては生まれ持った素質で決まるが質や量は努力の積み重ねにより能力を伸ばすことができる。
ただし、どこまで伸ばせるのかは個人差があり、魔力を数日使っただけで急激に成長する者もいれば、数年間毎日魔力を使い続けても、ほんの少ししか上達できない者もいるくらい天と地に開きがある。
限られた人間しか魔法使いになれないのは、才能を伸ばす過程で挫折する者が多いというのも理由の一つなのだ。
以上が難解な専門用語を使わず簡単にまとめた<魔力の熟練度>についての内容だ。
見ただけで分かるとジルは言っていた。
もしかしたら以前と比べると変化があったのかもしれない…未だレーリア自身は認識できない体のうちに流れる魔力に。
「私…魔力の熟練度が上がってる?」
「正解です、素晴らしい!」
よくできましたと笑みを深めて拍手するジル。
見学中のララまでも感激しているようで大振りな拍手をしていて、じわじわと羞恥心が込み上げてきた。何度目だろう、幼子になった気分になるのは。
「そんなに褒めなくてもいいの…」と、か細い声でしかレーリアは抗議ができなかった。
「お嬢さんがおっしゃっていた勝算は間違いなかったですね。一度魔力を使っただけでこれほど熟練度が上がる方は今までお目にかかったことがありません。人間の誰よりも魔法の才に恵まれた貴方なら、すぐにでも魔法を扱えるようになりますよ」
「……」
レーリアは自分の手のひらを見つめた。
改めて才能があるなどと言われると夢を見ているような心地になった。確かに島民達よりは…と考えていたが。
スティンツ島のみならず『人間の誰よりも』なんて自分の予想を遥かに超えていて心の方が追いついてこない。
しかし、それを待つ時間が惜しいので深く考えるのを今はやめておき<魔力の発現方法>についてジルへ問いかけた。
「私が読んでいた本には書かれていなかったわ。要領は魔法と同じなのかしら?」
「ええ。体の内側に巡る魔力に意識を向け、それを手のひらへ集めていただければ発現します」
「わかったわ」
腕を前へ伸ばして目を閉じ、身体中を巡る魔力を意識する。
やはり以前と同じで、そこにあるのは分かるのに、ひどく朧げだ。
暫くそのままでいたが、一向に変化は起きなかった。
「聴覚、視覚、触覚を体の内側への意識に使うイメージでやってみて下さい」
そう低い声に促されたレーリアは3つの感覚を研ぎ澄ませる。
次第にジル達の気配は遠のき、いることさえ忘れた。
心臓の鼓動がよく聞こえる。
絶え間なく流れる血液は赤黒く、そこに絡みつくような、温かなもの。
清浄で、どこか懐かしい。
触れられないはずなのに触れたような、そんな感覚。
手のひらが熱くなり、そっと瞼を開けると、小さな光がそこにあった。レーリアが生み出した白の光だ。
「これが…私の魔力…?」
「っ……ええ…とても、美しい…です…」
ジルの声色がいつもと違った。
どこか苦しげに聞こえ、レーリアは魔力の白を消して彼へ視線を移す。
けれど、発した声とは裏腹にジルは余裕そうに微笑みを浮かべていて、そこに苦しみは一切感じられなかった。
まるで最初からそんなもの無かったのだと言わんばかりに。
何故か思い出したのは『欠けている』と言っていたあの時のこと。
「やはりお嬢さんは上達が早いですね。光魔法は扱いづらいので魔力の発現にも、もう少し時間がかかるかと思っていたのですが」
「……ジルが教えてくれたおかげよ」
「お嬢さんの才能ですよ。私は少し教えただけですから。魔法も発現できるか今から試されますか?」
「ええ…」
(どうしたの?なんて聞いちゃいけないわよね。隠したがっていることを暴こうなんて良くないもの)
そう思ってもレーリアは不安だった。
先ほどのジルはまるで光の魔力に苦しんでいたように感じたから。
彼にとってこの光が猛毒なら近くで発現させただけでも悪い影響を与えてしまう可能性は充分にあるのだ。
「ねえ、本当にこのまま教えてもらってもいいの?だって貴方は…」
「魔力の相性を気にされているのなら心配には及びません。貴方がいるのに自ら死を選ぶような愚行を犯すはずがない」
「そうだとしても…」
(ジルは死を恐れていないじゃない…)
猛毒を持っていてもレーリアは極上の味だからと、躊躇うことさえしない。命の優先順位があまりにも低いのだ。
しかし、だからと言って、そのことをレーリアが諭すのは憚れる。
命の尊さを語れるほど清廉潔白な人間ではないのだから。
(勘違いしてたとはいえ、一度死ぬつもりでジルの吸血を受け入れてしまったわ。それに母のことだって…)
何を言っても説得力など皆無だろう。
だから、せめてもの意思表示に、もう一度、猛毒の花嫁になる前に伝えたことをレーリアは繰り返した。
「私はジルを殺したくないわ」
「ええ、よく分かっていますよ」
何でもないようにジルは笑う。
だけどその笑顔が本心ではないことをレーリアは気づいてしまった。




