3−5 たったの一歩
きっと魔王は許してくれるだろう。
そもそも参加は誰でも受け付けているようだし、わざわざ許可を取る必要は本来ならない。
ただレーリアは決意表明のようなものがしておきたかった。
お披露目会は言わば自分を自慢する大会だ。レーリアのこれまでの人生とあまりにも真逆で、どうしたって不安を感じてしまう。今も尚、できるわけがないと理性は辞めさせようとしてくる。
だから逃げたくなる前に退路を絶った。これで後戻りはもうできない。
そんなレーリアの胸中など知る由もない魔王は顎に手を当て、驚いた素振りを見せた。
「意外だな、大人しいレーリア嬢がパフォーマンスをする側に回ろうとは。なぜ参加しようと思ったのだ?」
「私がお披露目会で優勝できれば魔族の皆さん全員の意見に添えるのではないかと思ったからです」
「ほう…参加するだけではなく優勝を狙っておると…なかなか豪胆ではないか。確かにレーリア嬢が優勝したとあればジルは景品という枠を超え、何でもするだろうが、いいのか?先刻も言ったが、この場で案そのものを白紙にできるのだぞ?」
スティンツ島を支配する余がそれを許しているのだぞと、不可解な者を見たかのように魔王は問いかけてくる。
それはレーリアにとって甘い誘惑のようだった。
もっと我儘に、甘えるだけ、頼るだけ、その寛容さを享受するだけ。思考を停止させたまま誰がどうなろうと、ただ自分のことだけを考えていればいいと、そう言われているみたいだ。
きっとそうなったところで魔族達はレーリアを責めないだろう。だけどーー
(私は、そんな自分になりたくないのよ…)
このスティンツ島でジルの傍で生きてゆくからこそ、それに見合うような"特別な立場"の人間になりたいのだ。
(魔王様のお気遣いを断るなんて、むしろ我儘よね。でも譲りたくないわ)
レーリアは桃色がかった薄紫の瞳に強い意志を宿す。
もう理性は、弱気な心は、自分を止めようとしなかった。
「いいんです。もう決めたことですから」
「ほう!これは面白い!」
大きく口を開いてガハガハと笑う魔王。
その横で、スクロルは興味深そうに狼の耳をピョコピョコと動かす。
レーリアの申し出は予想外だったみたいで「そうきたか…」と小さく呟いた。
「で、君は何をお披露目するつもりなの?」
「審査員になるかもしれない魔族の方々には教えないわ、フェアではないもの」
「え〜、確かに間違いなく俺は審査員になるけどさぁ、気になるじゃん」
「余も気になって仕方ないぞ!何をするつもりなんだ?」
レーリアに詰め寄ろうとする魔王とスクロル。
まだ、たったの一歩近づいただけだったが、前に出てきたジルによって、それ以上は阻止される。
いつもなら嫌味の一つも出てくるだろうが、ジルは冷笑するのみ。相当怒っているのが伺える。
それに本気でびびった魔王は「すまん…」と玉座に戻って体を縮こませ、スクロルは「ちぇ…」と拗ねたものの、言及はしなかった。大人しく床にあぐらをかく。
2人の魔族を無力化したところで、今までお茶を啜っていたもう1人の魔族ダーラが、お花化したララを撫でながら、のんびりマイペースに聞いてきた。
「ねーえ?じゃあ魔族の審査員は魔王様とスクロルで決定でいーい?私は最後にパフォーマンスするしー、ジル様は当日も忙しいだろうし〜、ララはレーリア様付きのメイドだから公平性は欠けちゃうだろうしー」
「そうしましょう。お2人も異論はないですね?」
「くぅっ!異論はあるが、それを言うと3倍返しで返ってきそうだ!ここは認めるしか!」
「それって俺と魔王様以外は何するか前もって分かるってこと?ズルっ」
「何か…言いましたか?」
ニッコリとした笑顔を見せつけたジルは、やはり迫力がある。心なしか、その巨大な魔力が揺らめいたような。
魔王もスクロルも黙り込み、突発的な魔族会議はこれにて終わりを告げた。
***
『いいんです。もう決めたことですから』
そう言ったレーリアの真っ直ぐな横顔から、ジルは目が離せないでいた。
桃色がかった薄紫の瞳と背筋を伸ばした立ち姿には、これまで無かった強い意志を感じられる。
(これは…テコでも譲らないときのレーリア、ですね)
意外と行動力があることを知っている。
吸血で死ぬのだと初めてこちらの部屋を尋ねてきたときも、彼女の体調不良で吸血を我慢したときも。
流されやすいようでいて、頑固な一面もあるのだと。
遥か昔の記憶と重なり、ジルの唇から自然な笑みがこぼれた。
(そういう貴方だからこそ、もっと甘やかしてやりたくなる)
自分無しでは息をすることさえ難しくなるくらい。ドロドロに甘やかしたい。
けれど先日、魔王城で口にしていた「大したことはできない」という彼女の言葉が引っかかった。
(私としては一向に構わないのですがね…)
何もできなくていい。大したことをしてもらいたくて攫ったわけではないのだから。
レーリアが傍にいて、その血を分け与えてくれる。今はそれで充分なのだ。
だが本人がそれを気にしている以上、ただ甘やかすだけでは、その心は晴れないだろう。甘やかそうとすればするほど、頑なになってゆくのが目に見える。
(そういうレーリアも愛らしいのですが、レーリアの為にはなりませんし…)
恐らく彼女はお披露目会で魔法を使おうとしている。元々学んでいた分野だが、分かりやすい目標として、これほど相応しい場はそうないだろう。
魔族を景品にするなど不快この上ないが、こうなっては拒否はできない。
魔王の言う通り、レーリアが相手ならば喜んで、どんなことでもしてあげたいと思っているのだから。
いっそ彼女を甘やかす大義名分になり得る。謹んで利用させてもらおう。
(それにレーリアの魔法習得は私も望むところです。全力でサポートしましょう)
話は進んでいき、興味津々な魔王とスクロルがレーリアへ詰め寄ろうとしている。
近づいたのはたったの一歩分に過ぎないが、他の男がレーリアの近くに寄る。その事実が気にいらなかった。
(手始めに、先ほどからレーリアに対して生意気にも挑発的なスクロルと、そろそろ500歳になるというのに待てを覚えない魔王様を諌めなくては……)
宰相として穏便に、クソガキ共を黙らせようーー




