3−4 魔族の会議
(もしかして、この人が"ダーラ"?)
鳥から人型に変化したその姿は人間にしか見えない、ジルや魔王と同じように。
特徴的なのはクルクルとした緑の髪と、猫背なことくらいで見た目だけならばレーリアより少し上のお姉さんといった感じだ。おそらく300歳は超えているはず。
いつ会えるのかとワクワクしていたし、こうやって魔族が突然現れるのも初めてではないけれど、あの鳴き声はスティンツ島に来てからよく耳にしていた。
まさか魔族だったなんて。本当に驚かされてばかりだ。
そんな魔族の女性は首を傾げ何故かうっとりとした表情でレーリアを見てくる。
「…?」
「そんなに見つめられると照れちゃうよ〜レーリア様〜」
「あ、ごめんなさい、不躾に。私の名前を知っているのね」
「もちろん知ってるよー?直接会うのは初めてだけどぉ、ララからも聞いてたしー、スティンツ島はお散歩に最適だしー、ジル様の屋敷にある木は止まり木に丁度よかったしー」
間延びした口調はいい意味で緊張感を解いていく。
しかも取って付けたみたいに「あ、わたしダーラっていうんだよ〜」なんて最後に言うから余計に。
計画性はあまりなさそうだ。きっとジルの食事が始まるタイミングで現れたのも悪気はなかったのだろう。
(魔族ってそういうとこあるわよね)
ジルもそれをよく分かっているようで「仕方ありませんね…」と苛立ちを引っ込め、彼女を腕の中から解放した。
その獰猛な欲はまだ満たされていないというのに。
レーリアはジルの袖の布を緩く掴んで様子を伺うように見上げる。
「ジル、大丈夫?」
「なんて目に毒なことを…」
「? 毒…?」
「いえ、何でもありません。お気遣いありがとうございます。今回は強い衝動はないので多少待つだけなら良しとします。まぁ、不本意ではありますが…」
人間の姿に戻らず吸血鬼の本性を晒したままジルは「どういったご用件でしょうか?魔王様」と急かした。
スクロルやダーラに対してはわざわざ聞かないあたり、魔王へは敬意を示したようだ。若干おざなりにしているのは否めないが。
魔王はそれに気分を害することなく、腕を組み「うむ!」と張り切る。
「お披露目会があるだろう?目玉となる我らのパフォーマンスをそろそろ誰がやるのか決めておきたくてな!丁度良くスクロルが城に来たので、こうしてお前の屋敷に出向いたというわけだ!」
「緊急性が無い案件を、この時間に、わざわざ私の屋敷で?いつもなら呼び寄せておられたと思うのですが」
「その方が楽しいはずだとスクロルが言うのでな!何よりも余は待つのが嫌いだ。結果、邪魔してしまったようだが、細かいことは気にするな、ジルよ!」
あーはっはっはっ!と豪快に笑う魔王。
ジルは頭痛を我慢するかのように、おでこを手で押さえた。
「何故こうも勢いばかりな者しかいないのか…」と嘆く。
魔王はそんなジルが都合良くも見えていない。
「わかってくれたようだな!では早速だが会議を始めるとするか!」
「てゆーか魔王様、ララがいないのに話し合っちゃっていいの?いや、俺は構わないんだけどさ」
「このまま話を進めるぞ!眠っているララを起こすのも忍びないのでな!」
「あー、ちょっと待ってて〜、わたしが連れてくるからー」
そう言って、ダーラは姿を消し、直ぐにまた戻ってきた。花瓶に生けられた花々を両手に抱えて。
「これで全員揃ったよぉー?」などと言うので、察するにその花瓶の花はララということになる。確かに初めて会ったときのララもそうだったが…
「あの、ダーラさん。これはララなのよね?」
「? そうだよー?見ての通り寝ちゃってるねー」
「寝てる……………そうなのね…」
この状態が寝ている…どんなに頑張って目を凝らしても花瓶に生けられた花でしかない。分からないのは自分が人間だからなのか。そもそも話し合いの場で寝ていたら意味がないのでは…とレーリアは思ったが、すかさずスクロルが「いや、わかるわけないし」とツッコミを入れ、ジルが「起こしたほうがよろしいのでは」と真っ当な指摘をした。
自分の考えはおかしくなかったのだとレーリアは内心、安堵する。
しかし、この場で一番、影響力のある魔王は全く気にならないらしく「では始めるぞ!」と指先を軽く動かしただけで玉座を出現させ、魔族の会議を開始させた。
***
スティンツ島において大切な話し合いに自分も参加している。そんな状況にレーリアが気後れしないと言えば嘘になるが、誰も彼女がここにいることに疑問を持たなかった。特別な立場はこんなところにも及んでいるらしい。
お披露目会は計画書を作ったスクロルが中心になって、準備を進めていた。
目玉となるパフォーマンスはダーラが立候補し、彼女が担当することに。
去年も盛り上がった催し事なので、問題なく開催できると思われていたのだがーー
「実はさ、お披露目を希望する人間が少なすぎるんだよね。去年の三分の一以下って、ヤバくない?」
「え〜それってー、最後にやるわたし達のパフォーマンスが影響してるー?」
「多分ね。一番盛り上がるけど、その分、人間達のお披露目は前座感強いしね」
「島民の声を調査させましたが、ほとんどが我々への興味、関心ばかりでした。交流を目的として催し事を開いているので、反応そのものは悪くないのですが…」
そう冷静に話したジルは人間の姿に戻っている。眼鏡越しの赤黒い瞳はドロドロとした欲が垣間見れるものの、宰相としての立場を忘れていない。
彼の渇きを想像すると、一刻も早く猛毒の花嫁としての役割を努めたいところだが、ジルは今、自分自身の欲求よりも仕事を優先している。
彼女の体調のせいで我慢したあの時とは違うのだ。大事な役割を彼から奪うようなことはしたくなくて、レーリアは黙ったまま話を聞くだけに留めた。
ますます何故自分はここにいるのだろうと疑問を感じたが。
お披露目会の改善案が出され、魔王は「つまらん」と一蹴する。
魔王にとっても催し事は娯楽の一つ。まず大前提に彼が満足しなければいけないようだ。
しかし魔王が気に入った案といえば、お披露目会とは名ばかりの人間には害があるもの。飲まず食わずで森をサバイバルとか。魔王城周辺に生息する薬草を取りに行く(強い魔物の襲撃あり)とか。
それらはジルが宰相としての立場を使って即座に却下し、話し合いは停滞していたがーー
お披露目を大会方式にする案が出た時に流れが変わった。
「大会方式は良いな!しかし優勝賞品が穀物一年分は芸がないのではないか?」
「芸があるかないかではなく食は生活の基本ですよね?誰が優勝するのか分からない以上、一般的に喜ばれるものを用意するのは妥当かと思いますが」
「一般的に喜ばれるもの、ね。ならさ、優勝賞品は人間達にとって興味関心がある俺達にするのはどう?」
ジルはあからさまに眉を顰めた。
ダーラはどこから出したのかお茶を啜り出し、魔王は「どういうことだ?」とキョトンとしている。
「だって皆、ぶっちゃけ俺達と親密になりたくて催し事に参加してるじゃん?なら、いっそ優勝者には、その希望叶えてあげてもいいんじゃない?」
スクロルは一瞬だけレーリアを見る。
レーリアは嫌な予感を覚えつつも聞くに徹し、唇を引き結んだ。
それにニヤリと笑ってスクロルはジルへ視線を移す。
「特に宰相さんは人気あるじゃん、希望者の少ない女の人から。優勝者には宰相様がほっぺにチューするとかさ。ヤバいくらい集まると思うけど?」
(ジルが、他の女の人にキス…?)
モヤっとしてレーリアの眉間に皺が寄った。
それをニヤニヤと楽しそうに見てくるスクロル。
これは彼の嫌がらせも含まれているのだと分かり、レーリアは、すぐさま表情を消す。
ノールベルツにいた頃には内容は違えど嫌がらせはよくされていたのだ。今更、心乱されるようなことはない。
それが面白くなかったらしいスクロルはムスッとしたものの意見は変えなかった。
「で、宰相さんはどう思う?」とジルに話を振る。
「確かに効果的ではありますね。交流という目的においても良いかと思いますが私個人としては少々気が進みません」
「ほっぺにチューは例えで出しただけだよ?内容はそれぞれ丁度いいのにしたらいいと思うし」
「気が進みませんね」
「えー、じゃあ魔王様は?」
「余は面白いと思うぞ!だがジルには婚約者がおるからな!そういった類いを無理強いするわけにもいかんだろう。ダーラはどうだ?」
ずずっ、とお茶を飲む音が聞こえ「それでいいよー」と一言。
相変わらず花瓶に生けられた花のまま眠っているララの意見は当然、聞かれることなく、賛成が3人反対が1人。
しかもその賛成には魔王も含まれているのだから、もはや決まったも同然だった。
けれどスクロルはまるで気遣うかのように、レーリアへ視線を向ける。
「宰相さんの婚約者の君は?どう思うの?」
「……私の意見なんて要らないでしょう」
「む、そうでもないぞ。レーリア嬢がジルを賞品にしたくないのであれば、この話は白紙にするつもりだ。遠慮なく教えてくれ」
「恐れながら魔王様、レーリアに妙な責任を押し付けるのはやめて下さい。お嬢さん、答える必要はありませんので、どうかお気になさらず」
ジルは2人からレーリアを隠した。その背中から微かな怒りが滲み出る。
レーリアとしても気持ちのいい提案ではないけれど、魔族が賞品になることで効果が目に見えて発揮されるだろうことは彼女にだって予測できる。
だから、このまま守られて意見を言わないのも、自分の感情だけを伝えるのも、どちらも違う気がした。
(私が嫌がるなら白紙にする?いくらなんでも度が過ぎているわ。けれどジルだって気が進まないと言っているし……みんなが納得できるようにするにはーー)
無謀な案が一つ思い浮かんだ。
できるわけがないと理性は非難する。だけど、そうやって決めつけていたら今以上の成長は望めない気がした。今までの努力が音を立てて崩れてゆくような、そんな予感がするのだ。
(これは私のしたいこと。私の希望よ)
暗闇の中の無数の光達を思い出す。
無謀と思う心が軽くなった。
冷静になると勝算もあるのだと気づき、レーリアは意を決して前に出る。
ジルに目配せを送れば、どうするつもりなのか、そんな疑問を彼から感じたが「大丈夫よ」と呟いて、魔王へ一礼する。
「魔王様。気にかけていただき、ありがとうございます。どう思うかをお伝えする前に、一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ?申してみよ」
「私もお披露目の希望者として参加させていただけませんか?」
そう。自分が優勝さえできれば、この案は何の問題もなくなるんだ。




