3−2 催し事
「このスティンツ島では魔族主催で人間との交流を目的とした定期的な催し事を開催しておりまして、今回はお披露目会を開催することに決まりました。メイン会場は魔王城なのですが、流石に全ての島民を招待できませんので、こちらで選ばせていただき、スティンツ島でも様子が分かるように魔法による映像を皆にお届けします。商店街などはいつも以上に賑わうんですよ」
スープを軽く飲んだレーリアはスクロルが面倒だと愚痴っていたことを思い出しながらスプーンを器の上に乗せて唇をナプキンで拭いた。
こんがり焼かれたベーコンや新鮮な野菜を使ったサラダを食す前にジルに質問を投げかける。
「お披露目会というのは、どういう会なの?」
「希望者による自慢大会といったところでしょうか。お芝居、歌、自作した便利な代物など、それぞれが準備したものを皆の前で披露するのですよ。パーティの側面もありますので魔王城では食事を振る舞いますし、会話を楽しむだけの者も多くいますが」
そう言ってジルはテーブルの上に置いた朝食をチラリと見た。食器用のカゴから取り出したフォークを使って、美しい所作で一口分の量のサラダをレーリアの口元へ差し出した。吸血鬼の彼だが、食器を使う様は妙に熟れている。
「……あの、これは?」
「食べながら聞いていただきたいので、どうぞ、このまま召し上がって下さい」
「え…」
(このまま、食べる?)
レーリアは、つい、まじまじとジルを見つめてしまう。
それに応えるようにニコッと笑った彼は先手を打つように「遠慮なさらず」と。引き下がる様子は微塵も感じられない。
これは善意なのか、それとも彼の割とある衝動的な行動なのか。どちらもあり得そうだが、どちらにしても断ることは難しそうだ。
飴を食べさせてもらったときと同じだと自分に言い聞かせながらレーリアはおずおずと口を開き、入ってきたサラダをシャキシャキと咀嚼した。いつもと同様に野菜のみずみずしさとドレッシングの酸味が感じられて美味しかったが、まるで幼子になった気分だ。仄かな羞恥心で頬が赤く染まってゆく。
「美味しいですか?」
「……ええ。でも、あとは自分で食べるわ」
「おや…それは残念です。貴方を甘やかせる絶好の機会だと思ったのですが…」
(まだ気にしていたのね)
この2週間はジルとの接触自体、少なかった。彼は仕事で屋敷を留守にすることが多く、会うのはこの朝食のときくらいで、おそらく今日もそうだ。
見送りや出迎えはさせてくれるものの、すぐに出ていってしまうから、きっと彼がこうして時間を作らなければ、朝に会うことすら叶わなくなるだろう。
いくら頑丈な魔族といえど、働きすぎな気がする。
「私のことよりも貴方は大丈夫なの?まともに休んでいるところを見たことがないわ」
「この時間が私の休息になっておりますのでお気になさらず。お嬢さんが美味しそうに食べているところを見ると、こちらはそれ以上の多幸感に包まれるのです。これでも、かなり満足してるんですよ」
ジルはふわっとした笑顔を浮かべて、今度はベーコンを彼女の口元に差し出した。
「もうひと口いかがですか?」
緩く首を傾げながらお伺いを立てられる。
今の話を聞いてしまったら、より一層、断るなんて出来るわけもなく、レーリアは差し出されたベーコンをそのまま頂いた。
口の中で広がるベーコンのカリカリとした食感を堪能しているとドロドロとした赤黒い瞳から危うげな色香が漂い、それは獲物を見定める獣の視線に似ていた。
レーリアは自分の襟元を指で掴んで血を飲むか聞いてみたが、ジルは「大丈夫ですよ」と首を横に振る。
確かにこれまでの吸血時より彼は落ち着いていて、抗い難い衝動はなさそうなので、レーリアは納得して襟元から指を離した。
(吸血鬼の食欲は不規則、だものね…)
体調が戻ってすぐ、レーリアは長らく待たせてしまったことを謝罪したのち猛毒の花嫁としての役割を果たそうとした。そのときにジルから聞いたのが吸血鬼のサガだ。
食欲は不規則に現れる。1日に数回の時もあれば、数ヶ月、平気な時もあるくらい定まっていない。
本人にも予測不可能で、しかも強い衝動に駆られてしまうことも少なくないのだとか。
他の魔族は人間と同じくらい頻度が高く、食べるものは人間と同じ(スクロルは何でもあり)なのでジルだけが持つ難儀な性質だ。
(…まだまだ知らないことの方が多いけど知れてよかった)
そんなことを考えながらもレーリアの食事は進んでいた。丁度いいタイミングでジルから口元に食べ物が差し出されるのだ。
恥ずかしさより口の中に広がる美味しさを優先し、流れるように食べているとジルにくすくすと可笑しそうに笑われ、やっとレーリアは我に返る。
もぐもぐと動く口を手のひらで隠した。
「ありがとう。もういいわ」
「ああ…気づかれてしまいましたか。このまま完食までお付き合いできそうだったのですが」
「充分、甘やしてもらったわ。貴方こそ食べたい時は、いつでも食べに来てほしいわ。待ってるから」
ふ…と静かに微笑みながらレーリアがそう告げたら、ジルは沈黙し、指で眼鏡を押さえる。
「なぜ今、私の食欲は湧かないのでしょうね」と心底残念そうにレーリアの赤髪にそっと触れた。
***
朝食を食べ終えたレーリアはララと共に町へ赴いた。目的はもちろん図書館だ。
商店街の中を入っていくと、人の声が大きくなった。
内容は耳をすまさずとも理解できるくらい、みんな同じ話題を喋っている。催し事、お披露目会の件だ。
「あ〜待ち遠しいわ。魔族の皆様と直接お話できる機会なんて滅多にないんだもん、絶対魔王城に招待されたいわ!」
「あなた、誰派?私はジル様」
「わたしは皆様ステキだと思うわ?」
「ウソウソ。この子、この前の舞踏会ではジル様のことウットリ見つめてたもの。ふふ、実は相当好きでしょ?」
「ち、ちがっ…もうっ!それは言わない約束でしょ!?」
レーリアとそう歳が変わらない3人の女性とすれ違った。声は響き、まだまだ魔族の話に花を咲かせている。
その次に、はっきり会話が聞こえてきたのは店主と客の2人。店主は年配の女性で客側は体格の良い男性だった。客側の男性は盛大なため息をこぼす。
「はぁ〜〜〜…俺って運がねぇんだよな。魔族に選ばれても毎回毎回トラブって魔王城に行けた試しがねぇ。去年の催し事なんてひでぇもんでさ、強烈な腹痛で参加すら、できんかったし。魔王様に挨拶もできてないなんて俺くらいじゃね?呪われてんのかもしんね…」
「そう落ち込まんでも、今回は奇跡が起きるかも知れんぞ?」
「気休めはよしてくれ。俺はダメなんだ、もう」
「ならばこの壺を買うが良い。この壺を買えば運気は爆上がりじゃて。魔王城にも招待され、魔王様にも挨拶できよう。今なら5割安くしておくぞ?」
「まじかよ!そりゃありがてぇ!ぜひ買わせてくれ!」
「ひょひょひょ、毎度あり」
壺を買うだけで運気が上がるなんて信じられないレーリアは首を傾げたが、ここには人智を超えた魔族がいる。そういうこともあるのかもしれないと前を向いた。
周りには他にもスクロルの問題行動に対して呆れつつ会って嗜めたいと言う子供を連れた世話好きなお母さんがいたり、ララをチラチラと見る幼い子供が「魔王城に行けばあの子ともお話できるの?」と純粋な瞳でお父さんに聞いていたり、特訓した歌声をお披露目するのだと張り切るお爺ちゃんがいたり。いつもとは違う町の様子が新鮮だった。
「みんな楽しみにしてくれてるみたいで良かったです!」
「本当に。私も楽しみだわ。ララは披露する側の参加はするの?」
「うーん、どうしようか考え中です。魔族は最低でも1人は披露する側にならなくてはいけないんで、そのうち魔族全員で話し合いにはなるかと思うんですけど、1番の目玉になると思うとプレッシャーがすごくて」
「プレッシャー、それは…よく分かる気がする…」
「ですよね!ですよね!新しい魔法考えなきゃいけないかもだし、前に開催した時、すごい頑張ってスゴい薬を開発したのにジル様に島民を殺す気ですかって却下されちゃったりするし」
しょんぼりするララにレーリアは嫌な予感を感じながら「どんな薬なの?」と聞いてみた。
そしたら「ひと口飲むだけで歩くスピードが100倍になる薬です!人間なのに魔族並みの速さを一時的にとはいえ出せるですよ?凄くないですか?」と無邪気に言う。
そんな過激なことになったら人間の体は耐えられないのでは…
スプラッタなワンシーンがレーリアの頭の中で浮かぶ。ジルが却下するのも無理はない。
周りはまだまだお披露目会の話題で盛り上がっている。
知ってる魔族の名前が度々持ち上がる中「ダーラ様の羽をもう一度拝みたい」と独り言を呟いた若い男性とすれ違った。
(ダーラ様?)
知らない人だ。だけど「ダーラ様」の種族はおそらく、きっと……
5人目の魔族の存在を感じ、レーリアは密かにワクワクと胸を高鳴らせた。




