3−1 夜更かし
パラっとカサついた本を捲る音だけが暗い部屋の中でレーリアの耳に届く。
ドレッサーに備わった小さな照明だけを頼りに彼女は沢山の文字を追っていた。
分からない単語があれば台の上に置いておいた辞書で調べ、目が疲れてきたら1分ほど瞼を閉じて、また再開。それを延々と繰り返した。
(読書にも少し慣れてきたわ)
「したいこと、してほしいこと」をしてから約2週間。体の調子も元に戻り、何か事件が起きたとかそんなこともなく、平穏な毎日を送れている。
そんな中、レーリアが勤しんでいるのが読書だった。
散歩がてら図書館に赴き、興味がそそられた本を読む。数時間で帰ったあとは、この屋敷の図書室で本を読み、皆が寝静まった頃合いに、また借りてきた本を読む。
部屋の明かりをつけたままにすると、ララやジルが心配しそうなので、この照明のみだ。小さくとも確かに照らしてくれていて、レーリアはそれをじっと眺めた。
(まさか、この照明にさえ魔法が使われているだなんて。調べなければ知らないままでいたわ)
スティンツ島において生活していく上で欠かせない設備は魔族の力により動き、機能している。
暗闇を照らす照明はもちろん、町全体に張り巡らされた水道の水も料理する際に使う火も。全て魔力がエネルギー源だ。
通常は命を失う危険がある魔力を使って人の生活を支えることなど不可能。しかし強大な力を持つ魔族のおかげで、それを可能にし、誰もがその恩恵を受けられるようになっている。
ロミスティ王国なら、こうはならない。
調べれば調べるほどにスティンツ島は豊かな場所なのだと知れた。
(魔法……)
その言葉で真っ先に思い浮かんだのはジルが大空へ放った大規模な闇色の魔法、そしてそれに包まれるように現れた無数の光だ。
レーリアは自分の手のひらを見つめる。何も持たない、特別とは程遠い、ちっぽけな手を。
(魔法の勉強もしてみようかしら…)
あまり意識したことはなかったが彼女も光魔法を代々受け継ぐノールベルツ公爵家の血筋の者。加えてジルの命を奪える光の猛毒を持っている。学びさえすれば扱えるはずだ。
栞を挟んで本を閉じる。
眠る前に1冊だけ選んでおきたくて、レーリアは持ち運びできるランプを手に取り、静まり返る廊下へ出た。
洋館内にある図書室は、どこかこじんまりとしている。通路は人1人が通れる程度の最低限の細さで確保され、棚の一番上は踏み台に登れば余裕で届く高さ。本をギュッと詰め込んだ小さな保管庫のようだ。町の大きな図書館とは違う魅力がここにはあった。
レーリアは部屋の照明はつけず、ランプの光だけを頼りに、魔法関連の本を探す。
慣れて来た文字の海。呑まれそうにはなるが好ましいものだ。無知な自分に知識を与えてくれるのだから。
何冊かパラパラと捲って、その度に眉間に皺が寄っていく。
どれも難しい。単語もそうだが、内容を理解できない。
魔法自体専門的なものなので、そもそものハードルが高く、ましてやレーリアはマトモな教育を受けてこなかった初心者だ。たった1ページを読むのにどれだけ時間がかかることか…
(それでも私は知りたい。魔法はスティンツ島に溢れていて、魔力は魔族にとっても命そのもの。ジルのことを知る上で欠かせないわ)
レーリアでは踏み込めないところが彼にはある。それを本人が教える気がないのに無理やり聞き出そうとは、もう思わない。レーリアにだって知られたくない過去があるのだから。
けれど何もしないままでいるのは嫌だった。
魔法を通じて少しでもいいからジルとの距離を縮められたらーーそう思わずにはいられないのだ。
レーリアは1冊の本を腕に抱えて、図書室を後にする。
まだまだ夜は深い。眠るのはもう少し後になりそうだ。
***
朝、窓から気持ちの良い風が通り抜け、赤髪がフワリと靡いた。
いつものようにララに身支度の手伝いをしてもらいながら、レーリアはあくびを噛み殺す。
「あれ?レーリア様?夜更かしされたんですか?」
「ええ…ちょっとね…」
明らかに寝不足。うっすら隈もできているらしい。やらかした自覚はあるが知りたいことばかりなのだ。まだ止めたくない。
ララには、つい夢中になってしまったとだけ伝えたが、意外にも彼女は同調してくれる。
「それ、わたしもよくやっちゃいます!早く寝なきゃーって思うのにワクワクが邪魔してくるんですよね!」
「ふふ、そうなの。お願いなのだけど、お化粧で、もう少し薄くできないかしら?」
「お任せください!少し薄いどころか誰にも気づかれないように隠しちゃいますね!」
頼もしい言葉にレーリアは微笑む。
本日のドレス選びも隈が目立ちにくくなるかもとピンクがかったオレンジ色をララが選び、赤髪は緩く一つで纏めて結ってくれた。
自然なお化粧を施されたあと鏡に映る自分の顔を近くで観察してみたら隈は綺麗に消えており、レーリアは感嘆なため息をこぼす。
「すごい…」
「自信作です!きっと、ジル様が相手でも、きっと!」
拳を胸の前で握り、決意を込めて胸を張るララだが、丁度よく鳴ったノックの音にビクッと体を震わせてレーリアの後ろに隠れた。
何やら「怖い」とブルブル震えており、ジルを部屋に入れるべきか、ちょっと迷ってしまった。流石に無視できないので招き入れたが。
ジルと朝の挨拶を交わし、向かい合わせでティーテーブルの椅子に座る。
テーブルの上に置かれた朝食の中からスープを選び、ひと口飲んだ。優しい味付けだった。寝不足の身だからか、いつも以上に美味しく感じる。
ちらっと正面を向くとジルと目が合う。ニッコリと微笑まれ、まるで寝不足を見透かされているような……気のせいであってほしい。
「今日はいつもと雰囲気が違いますね、お嬢さん」
レーリアもララのようにビクつきそうになったが、なんとか耐える。せっかくララが張り切って隠してくれたのに台無しにするわけにはいかなかった。
「お化粧をしているの。気分転換にいいかと思って」
「そうなのですね?そのドレスもよくお似合いです。ララが選んだのですか?」
ビクッとララの肩が不自然に上がる。可哀想なくらい動揺を隠しきれず目が泳いだ。
「き、き、きれいだなって、おもってっ…です…!」
「ああ、貴方の瞳の色と似てますしね。お揃いでいいと思いますが何故そんなに怯えているのでしょうか?」
「えっと、えっと、えーっと!」
(なんだか、とても申し訳なくなってきたわ)
「あの、ジル」
話題を逸らそうとしたレーリアだったが、その前にジルがララからレーリアへ意識を戻す。
催し事が近々あるのだとニコニコ笑って説明してくれた。




