2−7 スクロルは思う
大群のリスラビットに襲われ、失神していたスクロルは意識を取り戻すのと同時に勢いよく体を起こした。
服はボロボロだわ、唾液まみれだわ、リスラビットの歯型が全身に付いているわで、中々酷い状態に辟易する。
(このまま放置って…みんな酷くない?)
瞬時に修復と回復の2つの魔法をかけて立ち上がると、玉座に腰掛けている魔王が、こちらに気づく。
「む、起きたか。スクロルよ」
「起きたか。じゃないよ、まったく。寝床に運ぶくらいしてくれてもいいでしょ」
魔族なら一瞬で移動できるから手間もないのに…とスクロルは愚痴愚痴と文句を垂れ流したが、それに反応したのは魔王だけ。しかも「お前は床でも寝れるであろう」と薄情な返答しかもらえず、今すぐこの場で不貞寝したくなった。
……言った通りの行動になってしまうので、実際にはやらないが。
(ていうか何あれ?)
宰相のジルが彼の婚約者であるレーリアを横抱きにした。
また人目を憚らずイチャイチャする2人に重たい溜め息をこぼしたくなる。
その近くで床に座り込んでいたララが立ち上がり、レーリアのおでこに手を当て「すごく熱い!!早くお薬、用意しないと!!」と慌てている。
魔族から見ればララの魔力がかなり減っているのは一目瞭然。サクランを生み出す魔法で相当魔力を使ってしまったみたいだ。他人の心配をしてる場合じゃなくない?と声を大にして言いたい。
(まー、ララの好きにしたらいいけど、俺は、このままやられっぱなしなのは癪なんだよね。軽ーく後ろから魔法をぶつけるくらい、いいでしょ)
スクロルとしては悪戯心を発揮したにすぎなかった。大量の冷たい水を浴びせてやろうと魔力を操り始めた刹那ーー
「!? ぐ、うぅ!?」
濃い黒のモヤがスクロルの周辺に纏わりつき、体から魔力が急激に吸い取られる感覚に見舞われる。立っていられなくなり膝をつく。ぽたぽたと汗が床に落ちた。
「まだ懲りてないのですか、スクロル。レーリアに貴方の低俗な魔法を向けないでいただきたいのですが」
丁寧な口調と柔らかな声色の宰相様に見下ろされる。
いつもと変わらない態度を保っておきながら、死に直結する魔法を平然と使うのだから、ジルも大概に倫理観がイカれている。
とはいえ、この魔法をマトモに喰らうのは初めてだった。これまでスクロルが、どんなタイミングでジルへ攻撃を仕掛けても避けるばかりで相手にされたことなどない。ずっと、それが面白くなかったのだが、たった一日でこれまでを覆されたのだ。その原因にあたる人間に興味を持つなと言う方が無理があるだろう。
「ねぇ宰相様はさ。なんでそんなにその子、大切にしてるの?人間なんてすぐに死んじゃうじゃん」
「その前に貴方がお亡くなりになりそうですが…残った魔力も吸い尽くして差し上げましょうか?」
「ははっ、さすがに死ぬのは勘弁…もう婚約者さんに攻撃はしかけないって約束するよ」
「結構。では貴方の魔力、お返しいたします」
スクロルを縛り付ける黒のモヤが綺麗に掻き消え、体が青く光る。自身の魔力が戻ってきたのを確認し、脱力しながら床に胡座をかいた。
ジルはもうこちらのことは眼中にないらしい。最後に魔王へ事務的な挨拶を交わし、屋敷へ戻ろうとしていた。魔力不足なララも一緒に。
その隙にとスクロルはレーリアを観察してみる。
潤む瞳と、髪色に負けないくらい赤くなった頬。今更ながら体調不良を起こしているんだと気づいた。
(あれくらいで、ね。やっぱ人間って面倒じゃん。なのに宰相様は色ボケしてるし変なの…)
ジルに「帰ります」と告げられ、頷いたレーリアはまるで甘えるように彼の肩へ手を置く。安心しきって身を委ねるその姿は初々しくも色香があって。
図書館で本を読むだけなのにそんなに嬉しいのかと聞いた時も似た表情をしていた気がする。
なんだか無性に苦いものを食べたくなった。
(しかも俺の時と全然態度違うし)
自分だって彼女を魔王城へ連れてくる時には抱き上げてあげたのだ。
"語らずの魔法"を破るくらいにはレーリアの魔力は特殊なようだが、戦闘における強さは全く感じられない。至って普通の人間だ。
その弱さを配慮し、親切心で運んであげたというのに、この落差…
(婚約者だからって気に入らないなぁ。こんなの呆れを通り越してくるよ)
約束通り今後、彼女に攻撃はしない。だが、その代わりに違う関わり方で掻き回してやればいい。
上手くやれば宰相様の本気を、あの恐ろしい魔法がこの世界を蹂躙する様を、この目で拝めるかもしれない。最高にワクワクする展開で。
そう思ったら笑いが込み上げてくる。
「これは全力で取り組まないといけないね」
「む、何の話だ?」
「当然 楽しいこと、の話だよ」




