064 自分のための謝罪
ー登場人物紹介ー
※◆は鳳翔院学園高等部ミステリー同好会メンバー
◆大道正火斗・3年生。実家は大企業の財閥グループ。
◆大道水樹・正火斗の妹。2年生。
◆安西秀一・部長2年生。父は大道グループ傘下企業役員。
◆浅倉奏衣・副部長2年生。中等部から正火斗に片想い。
◆桂木慎・2年生。明るくフレンドリー。
◆神宮寺清雅・1年生。ややお調子者?
◆椎名美鈴・1年生。真面目でしっかり者。
◇桜田風晴・田舎の農業高校2年生。
◇真淵聖・風晴の同級生。話すのが苦手。
○華蔵理人・華蔵家現当主。
○華蔵透子・理人の妹。
○橘信蔵・華蔵家執事。
○冴木拓眞・華蔵家運転手。理人の同級生。
華蔵透子は その日の昼食も断っていた。
悲しみに胸は塞がり、何かを食べたいとは とても思えない。
ベッドに伏せっていると──
コンコンと扉がノックされて、橘の声がした。
「失礼します、透子様。……桜田風晴様がお伝えしたいことがあると」
"桜田風晴"──洞窟から助かった少年の1人だ
「どうぞ。お入り下さい」
透子は身を起こして言った。
扉が開いて橘が小さなトレイを持って入ってきた。上に蓋のある小丼と湯呑みがのっている。微かに料理の匂いがして──何か食べ物なのかとは察しはついた。
しかし
「失礼します。透子さん、お休みのところ申し訳ありません」
入って来た風晴はトレイの方には目もやらず透子に会釈した。
橘は室内の壁際の小さなテーブルにそれを置いていくと、いつも通り静かに素早く退室していく。
風晴は透子を真っ直ぐ見つめて言った。
「オレと聖だけ戻ってきて、冴木さんを……置いてきてしまって申し訳ありません」
その言葉に瞬時に透子の瞳は潤んだ。あんなに泣いたのに、涙はどうして涸れないのか。
「オレが冴木さんだと分かった時には、もう彼の胸の下は血に染まっていました。彼は動かなくて──不自然なくらいに硬くなってきていました。
……見たものはそれが事実で……オレはあなたに期待を持たせるようなことは何も言えません。……すみません」
話の間、風晴は瞳を逸さなかった。残酷な言葉──だが透子には彼の辛さも伝わっていた。
「オレは…………弱くて、情けなくて、耐えきれなくて……
自分のためにだけ、あなたに聞いてほしくて来ました。誰かに……謝りたくて」
風晴は両脇の拳を握った。
「助かるために……亡くなっている冴木さんからジャケットや靴や靴下を借りました。……彼から奪った」
透子の瞳の瞳孔が広がる。
「寒かった。それが無かったら……オレ達のどちらかは助かっていなかったかもしれません。
オレ………………」
風晴は言葉を切って、息をつく。
そして、彼は続けた。
「冴木さんに謝りました……。この人にも大切に思う人やこの人を大切に思っている人が……いるはずなのにって」
透子の瞳から涙は落ちた。それは尽きることなく。
「オレにも、聖にも……いたんです。だからオレは手を止めなかった。…………すみません。本当に……すみませんでした」
風晴は頭を下げた。
彼の瞳からは溢れ落ちはしなかった──でも、透子は彼も泣いているのだと分かった。泣きたいほどの悲しみと苦しみが彼の中にもある。
部屋はしばらく静かに悲しみが満ちていた。
透子はティシュで涙を拭いて鼻をかむと
「ありがとうございます風晴様。……もしかしたら私より……あなたの方がお辛いのかもしれません」
と、切ないながらも柔らかな表情を浮かべた。
「私と冴木さんはずっと一緒にいたわけでも、付き合っていたわけでもありません。兄の親しい地元の友人として、長く知っていただけなんです……」
その言葉に風晴は首を振った。
「オレの……父が突然行方不明になったことがあって、死亡が有力だったんです。母はそのとき、やっぱり食が細くなってよく泣いていました」
「…………まぁ……」
思いがけ無い話に、透子は目を丸くした。
「まだ小学生だったんですけど、なんとかしたくて……見よう見真似で母がよく作る料理を作ったんです。
"凄く美味いのを作ったら絶対母さんも食べてくれる!"って。でも卵も上手く割れなくて、切ったタマネギは繋がっていて、味付けは醤油だけでした。
絶対 美味くない──親子丼ができてました」
透子は風晴を見つめた。
「見た目もぐちゃぐちゃでオレは捨てようとしたけれど、母に見つけられて"勿体ないからお母さんが食べる"って取り上げられました。
母のために作ったとか、美味しくなるように頑張ったなんて一言も言わなかったのに……多分みんなバレていました。
母は"美味しい"って言って完食してくれました」
彼は微笑んで
「だけどそれから、正しい親子丼の作り方を叩きこまれました──きっちり」
と言い、透子も数日振りの笑顔を浮かべた。
それを見て風晴は最後に、トレイを指差して告げた。
「正しい親子丼、もし良かったら……食べてみてください」
そうして 部屋を出た。
────出てすぐ顔を険しくする。
出た先に華蔵理人と正火斗が立っていたからだ。
理人は
「透子のために……いろいろとありがとうございます」
と丁寧に頭を下げて一礼した。
風晴は恐縮したし、顔を赤らめた。
正火斗が、その整った顔で真面目に
「カップ麺と差がありすぎないか?」
と言ったので、これには吹き出した。
笑わせてくれることが有り難かった。




