002 その日は やってくる
2025年12月23日──
幸運なことに、風晴や聖の高校も鳳翔院学園もこの日の午前中が終業式だった。
それぞれが電車や新幹線に飛び乗ってN県へと向かっていた。
風晴は当初、母親が新居のコテージで1人で過ごすことを心配していた。
周囲に住宅は幾つか点在しているが、引っ越してまもない今は近所付き合いも浅い。しかしその不安は解消された。
コテージを見がてら叔母や従姉妹達が遊びに来たいと言ってくれて、数日泊まることになったのだ。──8月に亡くなった叔父である桜田孝臣の妻子達だ。その時のお葬式を機会に、今は風晴達と親しくしてくれている。
今回ミステリー同好会メンバーの方は、夏休みに来なかった浅倉という女子生徒が増えるらしい。
こちらも誰か連れて来ていいと言われたので、聖と最近よく話すようになった吉沢を誘ったが、見ず知らずの東京の高校生達とクリスマスイブに県外で宿泊するのには、親の許可がおりなかった。
吉沢はもの凄く落ち込んでいて、次の機会があったら絶対教えてくれと固く約束させられた。
かくして風晴と聖は、かつての仲間達との楽しいクリスマスパーティーを描いてN県白吹村へと向かうことになった。
だが24日のクリスマス・イブの前日にして、この高級洋館ペンションの宿泊には──ややこしい条件と思惑が絡んでいることが判明する。
それは、頭脳明晰で冷静な眼鏡の友人達も、頭を抱える事態だった────
風晴と聖がバスでペンションに到着した時、あたりはもう薄暗くなっていた。それでも建物がとても大きくて、ヨーロッパ風の洋館であることは見てとれた。
玄関までの道は雪寄せがしてある。寄せてあってかなり助かった。
見ると、背丈のある男性が除雪機械を少し離れたところで動かしている。この量の雪では、ああいう機械でもなければ毎日大変なのだろうと風晴は思った。
正面扉に向かうと、なんとインターフォンは無かった。代わりにノッカーと呼ばれる叩きつけて音を出す輪っかがついていて、風晴は面食らった。
「……"モーリング"みたい……」
聖が農業高校生らしいことを口にした。"モーリング"は牛の鼻輪のことだ。他にも"鼻カン"や"牛ワッカ丸"なんて呼び名もある。
何にせよ、それを叩くとすぐさま中から白髪の老紳士?が出てきた。黒の色調の燕尾服のような服装をしている。
「お寒かったでしょう。どうぞお入り下さい」
バカ丁寧にお辞儀をされ、右手で中を指し示された。中に入るとそこは年代的な雰囲気はあるが、全く古めかしくはなかった。むしろクラシックで豪奢な煌びやかさに圧倒される。
自分には全く分からないけれど、玄関ホールの天井のシャンデリアや猫足家具や絵画やその額縁、置かれている花瓶や柱時計や壁の装飾まで──全てが高価なものであるような気がした。多分、気だけではない。
聖は風晴の背後でもじもじとしている。
そうしているうちに、先程の燕尾服の老人が、またしてもかしこまって話しかけてきた。
「さあさあ、もう当主の話は始まっております。広間にどうぞお進み下さい」
(…………当主?)
訳が分からず、風晴と聖は顔を見合わせた。
2人共案内されるまま回廊を進む。やがて一つの扉から話し声がしてきた。話している内容までは聞き取れないが、男性の声だ。
老紳士が扉を開けてくれたが、不思議なことに彼は全く音をたてずにその大きな扉を開けた。
そのためか風晴が中を覗いた時には、誰もが振り向いたりはせず話している"当主"の方を向いていた。
「──だから正火斗くんと水樹さんには僕と透子の身代わりをしてもらって…………試してみたいんだ。2人が好きになった相手が消えるものかどうか」
いきなり聞くには驚愕の内容過ぎた。風晴は思わず口を開けたままだったが、後ろで聖は
「……え!?」
と珍しく大きな声を出した。
背を向けていた人々と──そうでない人からも一斉に視線が集まる。
聖は風晴の後ろで思わず身を縮めた。
元々注目されるのは苦手だが、耐え難かったのはそれだけではない。
誰かの 物凄い不安の感情が、矢のように飛んできたのだ。
もっともそれは……彼にしか分かれないものだったが。




