107 口にした禁句
ー登場人物紹介ー
※◆は鳳翔院学園高等部ミステリー同好会メンバー
◆大道正火斗・3年生。大企業財閥御曹司。
◆大道水樹・正火斗の妹。2年生。
◇桜田風晴・田舎の農業高校2年生。
正火斗が紙袋を開けると中はマフラーだった。グレイの生地に青いチェックの柄だった。
「それ、プレゼントゲームに出したマフラーと一緒に買ったんだ。正直言って 何を選んだら良いか 全っ然 分からなくて……」
2人はソファに向かい合って座っていた。
風晴は素直に吐露した。
「何を買っても、必要な物はもう持ってるだろうから」
「……なるほどね」
と正火斗はうなずく。風晴は
コイツ、否定しないんだな……
と思って うらめしく見た。だが正火斗は
「こういうのは気持ちだろう。それは買ったりはできない。ありがたいと思うよ」
と礼を述べ、それから──
「気持ちは何もなく……ものだけの人間もいる。いくら与えてもらっても 本当に欲しいものはもらえていない」
と呟くように言った。
日中も陽射しの無い、風の強い日の午後だった。窓が軋む音が時折小さくした。
「…………お母さん……?」
風晴も小声で尋ねる。テレビの音に消されているかもしれない程だったが 正火斗は聞き取ったようだ。
「物心ついた時から僕には水樹がいたけれど──あの人が子供の水樹を"抱っこ"するのを見たことがない。あの人はシッターに"抱いてやって"と言うことや、必要があって幼子を"運ぶ"ことはあっても それだけだった」
彼は少し目を伏せた。
「水樹が喋り始めて"抱っこして"と言ってもあの人は──当然のように"ドレスが汚れてしまうでしょう?"と微笑んで拒否をした。だからそんな時は……僕が水樹を抱っこした」
風晴には衝撃だった。水樹と正火斗には年齢差は ほとんどない──
「お前だって小さかっただろう?」
聞くと正火斗は
「立ってずっと抱っこしていることは無理だったけれど。持ち上げてやったり ソファで膝の上に水樹を乗せたりは──よくしていた。覚えてる……」
と言った。
一見すれば 年の近い兄妹は仲良く戯れ合っているだけに見えていたんだろう。
だがほんの小さな頃から正火斗は、水樹のために"自分がしてあげなければ"と思って生きている。なんてことだろう……
「お前は"抱っこして"とは思わなかった……?」
風晴の問いに 正火斗は思いがけないものをぶつけられたような顔をした。しばしの沈黙のあと一言
「覚えがない……」
と言う。
何故そんな人間なんだろうな
風晴は腹が立つ気さえした。
気づいてさえもいない
自分の中で埋もれている
思慕や孤独や渇望に
そういう全てを押し殺して
どれだけ絶望と諦めを
お前は繰り返してきたんだろう
叶わなかったんだな……ずっと
自分は欲しいとは言わないから妹にだけは と
心底 願って
うったえ続けて
それでも……
叶うことは無かったんだ
「水樹に救われたのは僕の方だと思う」
正火斗は相変わらず変なことを言った。それは一理あるかもしれないけれど 一部分でしかない。
でも彼は多分──死んでも妹を悪く言うことは無いだろう。だから風晴は黙ってうなずいた。
「あの人に自分だけ育てられていたら──あの人そっくりになっていたかもしれない。それは……ゾッとする」
それはあり得ないと風晴は知っている。
正火斗はその言葉を少し冗談めかして言った。風晴も彼に合わせて少し笑って言った。
「母親にだけそんなに似たりしないだろ。正火斗のお父さんが愛情深いのかもしれない。……大道じゃなくて、本物の……神城……総司さん?」
瞬時に何かの────空気の変化のようなものを風晴は感じて──奇妙に思った。
正火斗の表情は変わらなかったが 瞳に緊張と……警戒が宿った。
風晴は何かを自分が
やらかした
とは分かった。
きっと父親にも何がしかの地雷があったんだ。
彼はテーブルの上に置いていた黄色いカバーの"心理尺度構成法 実践編 "を手に取った。
「こっちも持って来てもらえて良かったよ。ありがとう」
その わけの分からなそうな本を風晴に向けて言う。
そして彼は笑顔で言った。
「僕が行くことはもうないだろうから。──風晴のところに」




