072_林間学校 ③
こそっと更新。(゜w゜)ノ
2015 4/2 誤字を修正しました。
「いってらっしゃ~いっ」
「頑張ってね~」
本校舎の窓から身を乗り出さんばかりに手を振りながら声援を送るちびっ子たちに見送られ、特別クラスの林間学校がスタートした。
目的地はホール山の裾野にある名もなき湖である。この辺りはドワーフたちのテリトリーからも大きく離れているし、事前に彼らに話も通してあるので問題ないだろう。
……まあ、ドワーフたちは相変わらずの仏頂面で散々文句を言った後、土産に持っていった高価な酒も当たり前のように奪っていったが、問題ないはずだ。
少なくとも、そう信じたい……。
現地とその周辺については、冒険者ギルドに事前の調査を兼ねた危険な生物の間引き作業を複数回に渡って依頼してあるので、現地における危険度数はかなり低下しているはずだ。まあ、水辺だけあり熊みたいな危険な動物が別の地域から流れてくるかもしれないが、その時はその時。今から気にしても仕方が無い。
行進の先頭は自分のザックを背負うマルゴが務めている。
出発してからしばらくは整備された街道を進むことになるが、残りの4分の1程度は獣道と代わらない未舗装の山道を進むことになっている。
特別クラスの生徒には、チーム分けから荷物選びにかけて精神的にプレッシャーをかけてきたから、これからの本番はできる限り手助けしてあげたい。
大きな荷物を背負って歩く生徒たちを見ながら、そう思う八十雄であった。
「じーじ、お天気も良くて、楽しいねぇ~」
「そーだなー。こんな日だといつまでもお散歩してたいなぁ」
出発してから約1時間。最後尾を歩く八十雄とバルチはまだまだ元気だった。
そもそも彼らは自分たちの足と、時には愛馬モモの力を借りながらも世界中を旅してきた経験がある。今から10年以上も若かったとはいえ、当時の八十雄はバルチを腕に抱え、荷物も山のように背負っていたのだ。これくらいの旅程など散歩と言っても過言ではない。
逆に、普段は自分の足でここまで長い間歩いたことがない生徒たちは、肩に食い込むザックの肩ひもを気にしながら足を引きずるように歩いている。ここらで一度休憩を入れた方がよさそうだ。
「お~い、マル~。俺、疲れちまったからそろそろ休憩にしてくれや。少しは年寄りを労ってくれよ」
「分かった。もう少し進むと馬車の休憩場があるから、そこで一息入れよう。そこまで頑張ってくれ」
「おう」
「ん~? じーじ、もう疲れたちゃったの?」
不思議そうな顔をしているバルチ。彼女は八十雄がこれ位で疲れないことを知っているだけに、疑問が尽きないのだろう。
「まあな。周りのお兄ちゃんやお姉ちゃんも疲れているから、みんなで一息入れような。バルチもあめ玉とか食べたくない?」
「バルチも食べる~。休憩したいかも~」
休憩よりもあめ玉に釣られたバルチは、元気一杯に休憩所目指して歩いて行くのであった。
「せんせ、干しリンゴどうぞ……」
「おっ、さんきゅー」
休憩所で荷物を降ろし首を回していると、ナチャが干しリンゴを渡してくれた。口の中に放り込み、奥歯でギュッと噛み締めると濃縮された酸味と甘さが口の中に広がる。体中に染み渡るようだ。
「うん、凄く美味い。ありがとうなナチャ。生き返ったっ」
「ナチャちゃん、ありがとう~。凄く美味しいっ」
手放しの賛称に、ナチャは嬉しそうに笑った。普段から歩き慣れているナチャは、まだまだ元気そうだ。
「ほれ、あめ玉を持ってきたから、ザザとナチャもポケットに入れておいて、疲れてきたら食べながら歩くと良いぞ。もちろん、バルチもな。
あと汗をかいていたら拭いといた方がいい。水も少しは飲んどくんだぞ」
「はーい」
彼らにちり紙で包んだあめ玉を順に渡していく。流石に使い慣れた靴を履いており、普段から歩く機会が多かった3人だけあって、肉刺ができたり、足を痛めている者はいないようだ。
だが、他の生徒たちはそうでもないようだ。何人かが痛む足を押さえているし、水を飲む元気が無いほどぐったりしいる者もいる。そうした生徒が履いている靴は、大抵が長い距離を歩くのに適していない不似合いな物だ。
「おい、ロイカ。足は大丈夫か?」
「はい。問題はありません」
そんな生徒たちの中で八十雄が一番気になったのは、公国から来たボブカットの髪型が凛々しいロイカ・メイザールだ。彼女は実家の方針であらゆる武芸を修練し、平均以上の腕前と優れた体力を有している。
体力的に問題はないだろうがそれゆえか、人より多くの荷物を率先して背負っているようだ。履いている靴も足首まで固めるような革靴を履いていた。腰に長剣も下げており、グループ内の護衛役も担っているのだろう。
今はまだ大丈夫だろうけど、このままいったらヤバイ気がする。
「良いから、良いから。休む時は重たい靴を脱いで楽にした方がいいんだよ。ついでに足も見せてみろ。問題ないなら大丈夫だろ?」
「……はい」
直立不動で立っていたロイカも、そこまで言われてしまっては大人しくブーツを脱ぐしかなかった。
そして彼女の足は、八十雄が予想していたように踵の部分が皮靴とすれ、血が滲んでいる。
「こういう傷は小さい時に手当てするかしないかで大きく変わってくるからな。ちょっとおかしいと思ったら直ぐに手当てした方がいいぞ。マルか先生に言ってくれれば休憩だっていつだって取るから、変な遠慮だけはしないでくれよな。
まあ、こんなおっさんに足を触られるのは気持ちが悪いかもしれないけどよ、今だけだから勘弁な」
「すみません」
清潔な布で患部を綺麗に拭った後、用意していた軟膏を塗り、丁寧に包帯で巻いていく。この辺りの治療は神護の森で毎日擦り傷だらけになっていたバルチのおかげで、経験値は十分にある。
「よし、こんなもんだろ。歩いている最中に痛くなったり、包帯が緩くなったら遠慮なんかしないで言うんだぞ。
それからこのあめ玉、お前のグループで分けとけ。歩いている最中に疲れてきたら口に入れれば結構違うぞ」
「先生、ありがとうございましす。私、迷惑ばかりかけて……」
ポンポンと八十雄はロイカの頭を撫でた。
「いいんだよ、そんな事は。お前は俺の生徒で、俺はお前の先生だ。こんなの迷惑のうちに入らねぇよ。いざとなったらお前1人ぐらい背負ってやるから心配すんな。
ちゃんと水も飲んどくんだぞ」
まるで母親のようだと思いながら、他にも足を痛めていそうな生徒たち全員のケアを行っていく。基本的に八十雄は心配性で面倒見がよく、困っている人を見逃すことができない性質なのだ。
キャンプ場まで残り5キロメートルを切り起伏の激しい山道に入るころには、ほとんどの生徒から余裕と笑顔が消えていた。彼らは無言で水筒の水を煽りながら、一歩一歩重たい足を引きずるように歩いている。
未だに元気なのはバルチと八十雄にマルゴの冒険者チームと、一部の体を鍛えている生徒だけだ。特にバルチは体に比べ巨大なザックを背負っているにもかかわらず、道中でウサギや鹿を見かけるたびにロケットのように飛び出して行きそうになるので、八十雄は気の休まる暇が無い。
あまりに元気すぎるのも考え物である。
それに反し、生徒たちはこれから登っていく山道を前にして言葉を失っていた。壁のようにそびえる山道を前にして、完全に気圧されている。
八十雄はこれからどうするか指示を窺い、こちらを見ているマルゴに小さく頷いた。予定通り長めの昼食休憩を取って英気を回復した方が良さそうだ。
「よし、ここで昼食を取るぞ。生徒たちは荷物を降ろし靴ひもを緩めておけよ。学校が用意した弁当も少しでも良いから食べておくこと。荷物も軽くなるし、気分転換にもなる」
「はい」
マルゴの号令にどっかり腰を下ろす生徒たち。今までの行程で連帯感が生まれたのか、生徒同士で話をしている姿も至るところで見かけられた。
「バルチ、私は周囲の様子を少し見てくる。危険はないと思うが、こちらの警護は任せてもいいか?」
「はーい、バルチ、気をつけているよ。マルちゃんも気をつけてね~」
自分の荷物を八十雄に預け身軽になったマルゴは山の中に姿を消した。その足取りは軽く、風のような勢いで駆けて行く。
八十雄はへたり込んでいる生徒たちを見ながら、石を拾い集め簡単なかまどを組んでいた。どうせ食事を取るなら温かい飲み物が欲しいのは八十雄だけじゃないはずだ。
八十雄がかまどを組み終わる頃、バルチが薪を抱えながら戻ってきた。これが『阿吽の呼吸』と言うものだろう。
「お茶が飲みたい奴はコップ一杯水を持ってこれば一緒に沸かしてやるからなー、誰でもこいよー」
薪に火をつけ、水を入れた鍋を火にかけながら八十雄が生徒たちに声をかけると、女生徒たちを中心に八十雄の周りに集まってきた。
水が沸いてきた所に紅茶に似た茶葉を入れてじっくり煮出していく。最後に砂糖を入れて完成した甘めのお茶を生徒とバルチに配っていった。
そのタイミングでちょうど戻ってきたマルゴにもお茶を渡すと、彼女は頷きながらバルチの隣りに腰を下ろした。特に問題は無いようだ。
「それじゃ、お弁当を食べようか」
「はーい、バルチ、お腹が空いちゃったよ~」
バルチが鼻歌交じりで弁当を取り出すと、周りの生徒たちもつられてザックから弁当を取り出していく。
「それじゃ手を合わせて、頂きます」
「頂きますっ」
元気な声で挨拶すると、ハグハグと弁当をかきこみ始めるバルチ。八十雄もモリモリと料理を口に運んでいく。今日の弁当は、鳥のから揚げや卵焼きといった『運動会でよく見る』定番のメニューで、この世界ではちょっと高級な部類に入るかもしれない。
「無理はしなくてもいいから、マルゴも言ってた通り飯は食えるだけ食っとけよ。これから山登りが待っているからすきっ腹じゃ力が出ないぞ。食い終わったら靴を脱いで少しでも寝ておいた方が良い。大分違うからさ」
「先生、わたくし最後まで歩けるのでしょうか……」
出発前は元気に仲間たちを鼓舞していたチカヤも大分意気消沈している。彼女も足が痛いのか、しきりにふくらはぎを手で揉んでいた。
「そうだなぁ、それはお前次第じゃないのか?」
弁当を食べ終わり、食後のお茶を一気に飲み干した八十雄は、靴を脱いで楽な姿勢をとると背負っていたザックを枕に草原に転がった。
「今までもこれからも、辛いことやきつい事は何度でもあるはずだけど、そこで諦めるか進むか自分で決めるしかないんだよ。
怪我をして足が動かないんじゃどうしようもないけど、今のお前はまだ足が動くんだろ? 先生だったらもう少し頑張ってみるけどなぁ。だってよ、残りは5キロメートルも無いんだから、ここで諦めたら今まで頑張ってきたのがもったいないし」
「……はい」
「少なくとも俺はお前たちと目的地の湖まで行ってみたいけどな。聞いた話だとスゲェ綺麗な場所らしいしからよ……」
ご飯を食べて寝転がっているうちに、心地よい疲れと満腹感で本格的に眠くなってきた。
いつもの様にくっついてきたバルチの体温を感じながら、ふぁ~と大きなあくびをしながら目を閉じる。何があってもマルゴとバルチが側にいるし、何も心配は無かった。
「おい、そろそろ起きろ」
「んあ?」
コツコツと頭を叩く衝撃に目を覚ますと、その正体はマルゴが持っている鞘入りの剣だった。
「あ~、どれ位寝てた?」
「まあ、1時間程度だな。これ以上寝ると目的地に着くのが夕飯時になるから起こした」
そう言うマルゴは装備を身につけた状態で荷物も背負っており、いつでも出発できる体勢だった。また湯を沸かすために八十雄が作ったかまども既に平地にならされ、まさに至れり尽くせりである。
その周囲ではバルチだけでなく、10名以上の生徒がまだ眠っていた。
「よーし、みんな起きろー。そろそろ出発するぞ~」
手をパンパン打ち鳴らしながら眠っている生徒たちを起こしていく。他の生徒たちも食事と休憩である程度は回復したようだ。
「もう少しで到着するからな。脱落者を出さないで全員で頑張るぞ」
マルゴが先頭で木々の枝を落とし道を切り開く後を、生徒たちが歯を食いしばってついて行く。
最後尾からは、八十雄とバルチが引っ切り無しに声をかけ士気を鼓舞する。生徒たちもお互いで助け合い、手を取り合い、流れる汗もそのままに、ひたすら足を進めていく。
「あと30分もすれば到着するぞ。もう一踏ん張りだから根性見せろ。ほら、分かったら返事」
「はいっ」
永遠に続きかと思われた上り坂が次第に緩やかに代わって行き、木々の間から湖に反射する太陽の光が飛び込んできた時、生徒たちから歓声が上がった。
特別クラス20名、誰1人欠けることなく目的地に到着し、ちょっとだけ肩の荷が降せた八十雄であった。
読んで頂き、ありがとうございました。




