071_林間学校 ②
ちょっと忙しくなりそうなので、更新できる間は更新しておきます。
2015 4/1 誤字を修正しました。
「ごめん、先生。俺たち何を準備したらいいのか全然分からないんで、何が必要か教えて下さい」
「よろしくお願いします……」
ぺこりと頭を下げる2人を見ながら「とりあえず座れよ」と八十雄は手をヒラヒラ振る。
今、3人がいるのは食堂の教員用のテーブルだ。
『あんなこと』があったばかりだし、他のクラスメートたちもザザとナチャがいない所で話したいこともあるだろう。そう考えた八十雄が2人を食堂まで連れて来たのだ。
食堂ではすでに昼食の準備が始まっている。学生だけで200人。それに教員や事務員の食事を一括して作っているだけあって、みんな忙しそうにしていた。
ナチャがお手伝いしているのは午後からだが、寄宿舎で出る夕飯や翌日の朝食を今食堂で働いている混じり者たちと一緒に作っているのだ。
食堂のお姉さんたちも、自分の同僚のために暖かい飲み物を出してくれた。ザザとナチャの前にはミルクティー、そして八十雄の前にはお茶が出されていた。
この3人では必然的に八十雄が書記係りとなっていたが、八十雄の前に置かれた紙には名前以外何も書かれていなかった。
「一応、先生は林間学校の全てを把握しているからなぁ、こっちで荷物を全部用意するのもなぁ……。
2人だって何を持って行くか具体的には分からなくても、考えはあるんだろ?」
「はい。それは一応」
ザザとナチャもどういうものが必要か考えてはいたようだ。
「テントや毛布は必要だし、湖があるから釣り道具があれば魚も釣れる。片道20キロメートルもあるんだから水や甘い乾物が欲しいし、歩きやすい柔らかい靴もあった方がいいと思う」
「ご飯もお米やパンだけだと寂しいから……、お手伝いして余ったお野菜、色々貰ったよ……。持ち運べるようにしてあるから……」
「火を起こしたり料理を作る道具は必要だと思うんだけど、どういうものが必要か俺にはわからなくて」
「ナチャ、小麦を持って行くなら……、今日のうちから準備していた方が良いと思うよ……。現地でパンは焼くだけにしといた方が良いと思う……」
「うんうん。2人ともよく考えているな」
八十雄は自分のノートを取り出すと、2人が話していた内容をざっと書き出して行く。
テントは元々全グループに配る予定だったから最初から用意してあったので問題なし。毛布も同上。釣り道具は以前ラントスの鍛冶師たちに作ってもらったから、そこにお願いすれば大丈夫だろう。水筒は旅の必需品。家に帰れば4個くらい確保できる。
火打石や料理道具は問題なし。パンについては今夜のうちに準備しておけば大丈夫だろう。
「とりあえず、2人が考えていた道具についてはほとんど先生の家にあるから心配しなくていい。ただ、甘い乾物とか柔らかい靴だけはこれから準備が出来ないけど、大丈夫かい?」
「はい。俺は村からここまで歩いて来た時に履いていた靴があるから大丈夫です」
「ナチャも……、自分の靴があるから大丈夫……。あと、果物も乾燥させてあるから……、大丈夫だよ……」
「お、流石だな~。それじゃ、先生から最後にアドバイス。
ザザはナタを持ってけ。農家で育ったお前なら理由は分かるだろ? 後、主食は小麦と米の両方を持って行くぞ。米は鍋1つあれば料理ができるけど、小麦粉はそうはいかない。だから小麦粉の量は減らして米を多めに持って行く。あと、ナチャ」
「はいっ」
急に呼ばれてびっくりしたのか、いつもよりしゃっきりした声で返事が返ってきた。
「ナチャも言っていたとおり現地でパンの準備をするのは大変なんだよ。パンってさ、焼くまでに凄く時間がかかるから。だからその事前準備を今夜のうちにお願いしたいんだけど、できるかい?」
「うん……。ナチャ、今日もお仕事するから……、その時に教えてもらって頑張るね……」
「よし、大体見通しがついたところで教室に戻ろうか。そろそろ他のグループも意見がまとまっているはずだからな」
空になった湯飲みを持ちながら返却口に向かう八十雄の後を、2人は慌てて追いかけていく。
「ナチャさん、ザザさん、ごめんなさい。わたくしも貴方たちのことを可哀想にって思っていました。先生が仰っていたように見下していたのかもしれません。本当に申し訳ございませんでした」
教室に戻った瞬間、チカヤが席を立ち2人の前まで進んでくると深々と頭を下げた。当人たちはオロオロと動揺していて、頭を下げたままのチカヤは軽い放置プレイになっている。
「おい、チカヤも頭を上げて自分の席に着け。2人もどうして良いのかわからなくて困っているじゃないか」
八十雄の言葉で頭を上げたチカヤは、2人に「本当にごめんなさいね」と、改めて頭を下げてから自分の席に着いた。
「それじゃそろそろ用紙を持ってきてくれ。今のうちに事務員に渡して放課後までには準備してもらうから」
その言葉で各グループの代表が八十雄の元に、朝配られた用紙を持ってきた。各チームごとに特徴が出ていて並べてみると面白い。
ロイドを中心とした王国チームは、直ぐに食べられる食料品を追加希望している。もちろん、こんな申請は却下だ。どうしても欲しければ、自分で用意してもらうしかない。
マイトを中心とした公国チームの希望物資はっと……。こいつらは多分、図書館で調べて必要かもしれない物すべて書いてきたって感じだな。不必要な物や代用がきく奴まで全部書いてある。こんなの背負って歩くのは辛いだろうなぁ。
女子4人で編成されたチームはリーダーシップを取るような奴がいなかったんだろう。包丁やナイフすら持たないでどうするつもりなのか。そんなもんが無くても何とかなると思っているのか。若い娘の考える事は良く分からん。
もう1つの女子チームは、調理道具を中心とした細々した物が書き込まれていた。おそらく、普段から家事をしている子がメンバーに入っていたんだな。チカヤがメンバーを掌握しているのも見て取れた。
各国の混成チームは、ザザたちチームを除けば最も考えられた希望物資が書かれていた。水筒や雨具、ナタまでちゃんと書かれている。旅慣れしたメンバーがチームの中にいるんだろう。
最後はザザたちの用紙だが、これについては先ほど打ち合わせをしていたので確認しなくても大丈夫っと。
「おい、ロイドの班。追加の食い物は却下だ。どうしても欲しければ自分たちで買って用意しておけ。
マイトのところは、これ全部持って行く気か? 自分たちがどこをどれだけ歩くか考えたのか? 書いてある荷物以外にテントや毛布も持って行くんだから、もう少し考え直せ。
ロザリア、お前のところは包丁も持たないでどう料理するつもりだ? それとも自分たちで別に用意するつもりなのか? それならいいけど、あまり先生をドキドキさせるなよ?
チカヤのところはよく考えてあるみたいだけど、本当にそれだけでいいのかもう一度考えてみろ。
隆道のところには旅慣れした奴がいるのか? 流石だな」
名前を呼ばれた生徒たちが用紙を受け取りに教壇集まってくる。
「後30分だけ待つから、もう一度考え直してみろ。自分たちだけで分からなかったら他のグループに聞いても良いから。これがラストチャンスだからな。がんばれ学生諸君。
ほれ、分かったら返事」
「はいっ」
頑張れよ~、とどこか腑抜けた声を出しながら、八十雄は明日の準備に足りない物がないか考えていたが、途中で面倒くさくなって諦めた。何か問題が起きてもなんとでもする自信があったし、バルチと一緒に行く旅行は久しぶりで、どうせなら楽しみたいと思っていたからだ。
再び回収した用紙を事務員に渡し、必要な機材について準備を依頼した。あらかじめ学園サイドで用意していた機材でほとんど賄うことができるが、一部、足りない物については、ギルド会館を通して各ギルドに貸し出し依頼を出す予定になっている。
「それじゃ、明日の予定について詳細に説明するからな。明日は朝8時に集合、点呼を取ったらそのまま出発だ。
服装については学生服ではなく、自由に動きやすい服でいいぞ。その時はマントだけ身につけてこればいいから。マントは簡易的な防寒具や雨具になるからな。
それに、各班で1人は武器を持つ人間を用意すること。野生動物も出るところに行くからな。とっさの時はマルに守ってもらえると思わないように。武器や防具の貸し出しは食事が終わったら機材の引渡しと同時にやるからな」
気軽に話す八十雄とは対照的に、話を聞く生徒たちの顔はひどく緊張している。
「まあ、そんなにびびらなくてもいい。あくまで保険だからよ。それに出るとしたら狼とか熊とか、精々ゴブリンぐらいだから気にするこたぁないぜ」
八十雄の軽口も強張った生徒たちの心までは解き解すことは出来なかったようだった。
「バルチ、学校のご飯、好きかもっ」
お昼になり、午後からの訓練を受けに来たバルチと合流し、ザザとナチャを加えた4人で八十雄たちは学生食堂の教員用テーブルについていた。周りには他クラスを担当する教員もいたが、学園のトップである八十雄と同席している以上、誰も文句は言わなかった。
今の学生食堂は丼物や麺類、それに何種類かの定食のうちから自分が食べたい物を自由に選ぶことができ、八十雄とバルチは豚カツを、ザザとナチャはそれぞれ違う定食を選んでいた。
「それじゃ、頂きます」
「頂きますっ」
ハグハグと相変わらず気持ち良い食べっぷりを披露するバルチ。ザザは丁寧に食べている印象で、ナチャは小動物のようにチビチビ食べている。
ある程度食が進んだところで箸を置いた八十雄。
「バルチ、明日からのキャンプなんだけどさ」
「ん~?」
バルチもご飯を食べるのを中断し、丼から顔を上げた。その顔に幾つかの米粒をつけていたので、八十雄はいつものように米粒を取ると、そのまま自分の口に入れた。
「前の席に座っているお兄ちゃんとお姉ちゃんも一緒にご飯を作って食べたり、テントで一緒に寝たりするけど、良いかい?」
「わーっ! 今度のキャンプは、じーじと2人きりじゃないんだねっ! バルチ、楽しみっ!」
相手が大人の男でなければ、いくらでもポジティブになれるバルチさんである。
「俺はザザです。よろしく」
「ナチャだよ……。バルチちゃん、よろしくね……」
「バルチはバルチだよ。明日からよろしくお願いしますっ」
「おう。俺からも頼むな。ま、俺もバルチも旅は慣れているから、任せといてくれ」
「バルチ、キャンプに何か持って行く物はあるかい?」
「うんとね~、いつもの服と靴でしょー、ハンマーでしょー、後は水筒があれば良いかなー。天気も良さそうだし、楽しみ~」
それからは食事を続けながら八十雄やバルチが話す過去の旅の出来事を2人の生徒は真剣に聞きながら、時折質問や確認して足りない経験を補完していった。
使っていない空き教室に事務員たちが用意してくれた機材は、それなりの量になっていた。
用意されていたザックはラントスの警備隊が使っているのと同型で、かなりごつい形をしている。
「それじゃあ、各自荷物を詰めて行こうか。ザックと水筒はこちらで用意したけど、自分の使い慣れた物を使いたい人はそっちを使ってもいいぞ。テントや毛布もそうだから。
それ以外で準備するものもあるだろうから、午後はその準備に当ててくれよな。先生も自宅に戻って必要な物を取りに戻ったり、町に買出しに行ったりしなきゃならないから、何か分からないことがあれば学校の職員にでも聞いてもいからな」
「はいっ」
それぞれの生徒たちは自分たちの荷物に向かっていくと、提出したリストと荷物を確認している。
手をつないで話を聞いていたバルチは、家と違う様子の八十雄にちょっと驚いたようで、クリクリとした目を八十雄に向けてた。
「じーじ、じーじ……」
「ん? どうしたんだ?」
クイクイと手を引くバルチに身をかがめると、
「じーじ、本当に先生なんだねっ、ちょっと格好いいよっ」
「……何だよバルチ。突然そんなことを言われたら、じーじ照れちゃうよ」
コソコソと話してくるバルチの息が耳に当たってくすぐったい。そんな2人を特別クラスの生徒たちも注目していた。
「……なんだよ。お前たちも自分の荷物整理をやった方が良いんじゃないか」
気恥ずかしさで、ついつい憎まれ口を叩いてしまったが、
「先生、自分のことを『じーじ』って言ってるんですね。いつもは口が悪いのに妙に優しい口調だし、もっと厳しい人かと思ってたんですけど、結構普通なんですね」
現実主義の商人の娘であるロザリアの言葉が更なる追い討ちをかけてきた。
「……俺の事はいいから、準備だけは手落ちが無いようにな」
「はーい」
すっかり普段の口調に戻ってしまった八十雄に対し、返ってきた返事はいつもよりいくらか柔らかかった。
読んで頂き、ありがとうございました。




