073_林間学校 ④
林間学校シリーズ、ちょっと長くなりそう。
生徒たちの顔見せ回の意味もあります。
目的地に着いた喜びで一時的に疲れを忘れ喜びあっている生徒たちを横目に、八十雄は周囲の散策を開始した。
何はともあれ最初に行うのは、テントを設置し休める場所の確保である。最適地は石や気の根っこなどがなく平らでテントを固定するペグがしっかりと打ち込めるような硬く締まった場所である。
ここは八十雄にとって初めての地であるが、現地調査に赴いた冒険者から事前報告を受けていたし、何よりその調査を行ったマルゴが同道しているのだ。何も問題はない。
「おーい、一息ついたらテントを張るからなー」
「は~い」
ピュンッと音がしそうな勢いで戻ってきたバルチ、それにナチャとザザを加えた4人でテント張りに取り掛かった。テント初体験のナチャとザザは八十雄とバルチの指示を真面目に聞きながら、慣れない手つきで頑張っている。
他の生徒たちもぎこちない手つきでテントを張り始めた。マルゴは一切手を出さないが、ロープが緩んでいたり、手順を誤っているグループには声をかけ、過ちを訂正していた。
こうして完成したテントの前で、生徒たちは八十雄の様子を窺っている。
彼らは今回のような経験は初めてで、この後何をしていいのか良く分かっていないのであろう。そのため、有識者である八十雄やマルゴの指示を待っているのだ。
八十雄は、今回のキャンプで具体的な予定を何も設定していなかった。大きな狙いとして、2日後学校に戻るまでの間に『自主自学』の精神を生徒たちに叩き込みたかったからである。
そのために、グループ分けから荷物の準備まで生徒たちの自由に任せておいたのだ。まあ、最低限の助言とフォローはおこなっていたし、冒険者を使って現地の下調べは済ませてある。また、事前にトイレの設営も済ませてあった。
「ここまで歩いてきて汗もかいているだろうから、着替えたい奴はテントの中で着替えてこい。トイレも事前に冒険者に用意してもらっておいたから自由に使っていいぞ。もちろん、自分ひとりのトイレじゃないからな、綺麗に使うんだぞ。
マルゴは俺たちのテントを使っていいからな。バルチとナチャにザザ、それでもいいか?」
「は~い」
「……はい」
「はいっ」
「よし、この後は飯作りだな。湖の水を使って、パンでも米でも各グループで主食の用意だけはしといてくれよ。晩飯のおかずは俺が用意してやるからさ」
八十雄はザックの中から麻袋を取り出し、それを持って湖に流れ込む小さな沢に向かって行く。付近に転がっていた大きな石に腰掛けながら、朝袋の中に入っていた根菜類を洗いつつ、皮を剥いては用意していた鍋に放り込んで行く。
八十雄が作ろうとしていたのはキャンプの定番カレーであるが、元々カレー粉がないこの世界では、バルチやマルゴを除いてまったく未知の料理である。
一番最初にテントから飛び出してきたバルチは、普段着に八十雄お手製の帽子を被り、腰にハンマー2本という完全な休日スタイルだった。
「じーじ、バルチ、どうしよっか? 山で何か取ってくる? どれくらい獲ってこればいいかなぁ」
八十雄の腕や肩にまとわりつきながら、バルチもこれだけ多くの人たちとキャンプをした経験がないだけに、どうすれば良いのかちょっと困惑気味だった。
やはり、よく知らない人たちと一緒に行動するのが不安なのだろう。普段より八十雄に対するスキンシップが過敏で、ベタベタくっ付いて来る。
「そだなー、イノシシか鹿くらいの獲物を捕まえてくれたら嬉しいけど。お願いしても良いかい?」
「はーい、それじゃ、行ってきま~す」
まるで近所に散歩に行く位の気軽さでバルチは林の中に消えていく。
「重かったら、じーじかマルを呼ぶんだぞ~」
「……はーい」
聞こえてきた返事はずいぶん小さく、思ったより遠くから響いてきた。いつでもバルチは元気一杯、全力である。
八十雄も鍋一杯の野菜の皮むきを完了すると、かまど作りに取り掛かった。と言っても、そこらに落ちている石を拾い集め円形に組んでいき、落ち葉や小枝、薪になりそうな倒木を集めるだけである。大して時間もかからない作業だ。
後は燃えやすい落ち葉などに火打石で火をつけていく。お金を出せば簡単に火がつけられる魔道具なども購入できるが、魔力を持たない八十雄には、あらゆる魔道具を使用することができないのだ。
種火を作り徐々に炎を大きくしてから、ザックから野菜が入っている鍋とは別の一回り大きい鍋を取り出し水を張って火にかける。
そこに洗っておいた野菜類を一口大に切りながら次々に投入していった。本来であれば水を張る前に野菜や肉を炒めたり、より良い方法があるかもしれないが、ラントスから遠く離れたキャンプ地ということで勘弁してもらおう。
全ての野菜が切り終われば、こっちから先は灰汁を取りながら野菜が煮えるのを待つだけである。鍋をゆっくり回して吹き零れで火が消えないように気をつけていればいい。
お玉代わりのスプーンでかき混ぜながら周囲に目をやれば、生徒たちも試行錯誤しながら料理に取り掛かっている様子が確認できた。
全てのグループはパンを主食にするようだ。事前に準備し、学園でパン生地を作り後は焼くだけにしていたのは、女子の2グループと隆道やドリミッドのいる混成グループに、八十雄たちの4グループだけだった。ロイドの王国グループとマイトの公国グループだけは小麦粉はそのまま現地まで持ってきており、始めからパンを作るつもりのようだ。
各グループの生徒たちも独自にかまど作りに励んでいる。各グループで特色が出ていて見ているだけで面白い。
ザザは八十雄と似たような石組みで作っていた。火については魔導師を志すチカヤが火系の魔法でつけてくれたようだ。
作っているパンについても各グループで特徴が出ていて面白い。ホットケーキのようなパンを焼いている所もあれば、ナンのような所もある。生地にしても無発酵パンの所もあるし、ふっくらと発酵させている所もあった。
ナチャが作っているパンは、発酵させた生地に細かく切った野菜を混ぜた物であり、それをこぶし大にまとめると熱したフライパンに並べ、ふたをして焼き始めた。これぞ手作りと言った素朴なパンだ。
ロイドとマイトたちも小麦粉を水でこね始め、見よう見まねで生地を作り始めている。小麦粉なんてとりあえず水に溶かして焼いとけばどうやったって食べれるんだし、深く考えないようにした。
八十雄の鍋もいい具合に煮えてきたので、取り出したカレー粉を鍋の中に入れていく。黄色く色づけする香辛料がこの世界では見当たらなかったので、若干色合いが日本のカレーより茶色っぽいが、味は遜色ない代物に仕上がっている。
鍋に投入しながらゆっくりと混ぜていくと、食欲をそそる刺激的な匂いが辺り一帯に漂い出した。中火から弱火に火加減を調整すると、生徒たちが八十雄の鍋に注目しているのに気がついた。
「この料理はな、俺の生まれ故郷で人気が高かった料理だ。この世界でも何とかして食いたくてな、試行錯誤の末、完成させたんだ。もう少ししたら食えるけどよ、お前たちの方はどうなんだ?」
「私の方でしたら、何枚か焼きあがっています。私の実家でも売り出しているパンですから、味は保証しますよ」
自信ありげにロザリアが差し出したのはホットケーキに似た丸いパンで、ふっくらとした焼きあがりがとても美味そうだった。
「わたくしのグループの宮子さんが焼き上げたパンも捨てた物じゃありませんよ」
「そんな、大した事ないです」
チカヤの持つ皿の上に乗っていたのは長方形に薄く延ばしたパンだった。そのまま食べるのではなく、何か食材を巻きながら食べるようだ。
男のグループも何とか苦戦しながらも、食べられる代物を作れたみたいだ。
……決して、具なしお好み焼きとは言ってはならない。
「じ~じ~、捕まえてきたよ~」
微妙な空気になり掛けたところを救ってくれたのは、中型の鹿を引きずりながら林から姿を現した我らがバルチさんだった。
「御帰り、バルチ」
「ふぅ、結構大きくて大変だったー」
うんしょ、うんしょと、体に比べて大きな鹿を引きずるバルチに手を貸したのは、公国出身のドリミッドだった。誰よりも早く駆け寄るとバルチと並んで鹿を運んでくれた。
その後は解体作業に入ったのだが、ある女生徒は卒倒し、ある男子生徒は真っ青な顔をしていた。親元で大事に育てられた子供たちにとって、なかなか刺激的な経験だったようだ。
皮をはぎ、部位ごとに分解した鹿肉を希望する生徒たちに分け与え(もちろん、バルチの了解の上で)、八十雄はカレーを温めているかまどの周りで串に刺した鹿肉を焼き上げると、一口サイズに切りカレーの中に投入していく。
じっくりと弱火で暖められたカレーは良い具合に野菜と馴染み、作っている八十雄ですら見ているだけでよだれがこぼれそうだ。現に、八十雄に抱えられているバルチのお腹からは、引っ切り無しに腹の虫が盛大に声を上げている。
「よーし、そろそろ良いか。みんな皿持って並べ~」
「は~い」
待ち構えていたバルチを先頭に、生徒たちが並んでいく。八十雄は彼らの器にカレーを盛りながら「足は大丈夫か?」「ちゃんと飯を食えよ」と、相手の目を見ながら1人1人に声をかけていく。
「せんせ、どうぞ……」
「おっ、ナチャ、ありがとう。凄い良い匂いがして美味そうだなぁ」
最後にマルゴと自分の器にカレーを盛り、焚き火の周りに座った八十雄にナチャが焼いたパンを差し出した。
パンに練りこまれているネギに似た野菜から立ち昇る、なんとも言えない香りが食欲をそそる。隣に座っていたマルゴもナチャからパンを受け取って、嬉しそうだ。
「よーし、全員揃ったな。それじゃ、頂きます」
「頂きますっ」
見慣れぬ料理に躊躇する生徒たちを尻目に、物凄い勢いでカレーを食べていくバルチ。少し甘めのカレーは、八十雄が作る料理の中でもバルチのお気に入りの1つだ。
バルチの皿には鹿肉の塊が意図的にゴロゴロ入っていた。鹿を捕らえてきた張本人に対して、これくらいの優遇は当然である。
「じーじのカレー、バルチ、好きかもっ。お代わりっ!」
「はいはい」
口の周りをカレーで染めながら差し出してきた空の皿に、カレーのお代わりを山盛り注いで手渡す八十雄。20キロメートル程度歩いたくらいで疲れ果てるバルチさんではないが、普段よりお腹が空いたのだろう。お代わりの皿も凄い勢いで減っていく。
「このままだと残りのカレーも全部バルチに食われっちまうからな、お前らもお代わりしたかったらうかうかしてんじゃないぞ」
八十雄もナチャのパンをちぎり、カレーにつけて食べていく。
「うんうん、ナチャのパンも柔らかくて美味しいな。練りこんである野菜もいい」
「ああ。これだったら十分に商売になるよ。私の冒険者仲間もみんな食べたがると思うよ」
八十雄とマルゴからの掛け値なしの褒め言葉に、ナチャは照れを隠すようにカレーをチビチビすくって食べていた。
「せんせのお料理も美味しいよ……。こんなの、ナチャ食べたことない……」
「うん。俺の村でも食べたことない。変わった味だけどね」
ナチャとザザが箸をつけたことによって、他の生徒たちも口をつけ始めた。見た目が良いとは言えない料理だが、匂いと味は一級品である。その威力に、全ての生徒が恐る恐るつけていたスプーンが次第に早くなっていき、最後はかき込む様に食べ始めた。
マルゴと八十雄は子供たちを眺めながら、自分の皿のカレーとパンを味わいながら食べるのであった。
食事が終わり一息ついた生徒たちは、男女に分かれて露天風呂で汗を流した。ここはホール山の麓にあり、地下から温泉が湧き出るポイントがあるのだ。
もちろん、マルゴも護衛として女生徒たちと一緒に汗を流し、湯の中で色々と相談を受けたりしてずいぶん距離が近くなっていた。
長い距離を歩いて疲れきっていたところで温泉に浸かり、生徒たちの中には日がまだ高い内からテントの中で眠りに落ちる者まで現れる始末。
そうと思えば宮子のように汚れた服を自分で洗って干している者もいるし、ナチャのように明日のためにパン作りの下準備を開始する者もいる。
八十雄は焚き火の火が消えないように薪をくべながら、生徒たちが何をしているのか笑いながら見ていた。
日も暮れ、天に星が瞬き始めた頃、八十雄と生徒たちは自然と焚き火の周りに集まり、中央で燃えている焚き火を見つめていた。
「先生、聞きたい事があるのですが、お聞きしても良いでしょうか?」
そんな中、湖についてからずっと考え込んでいたマイトが重い口を開いた。その手にはお茶が入ったコップを持っており、湯気を立てている。
八十雄の隣りにはマルゴが座っているだけでバルチの姿はなかった。とっくに寝落ちしてしまったため、今は運んだテントの中で毛玉になっているはずだ。
「ああ、俺で答えられることならな~」
焚き火の中に新たな薪をくべると、木の中に残っていた水分が蒸発しシュウシュウと音を立てる。
「将来、僕も祖父のような政治をつかさどる仕事に着きたいと思っています。そして公国を強く豊かな国にしたいと考えていました」
「そりゃあ、結構な話だなぁ」
「ですが、この数日で僕は自信を失くしてしまいました。何でも出来るつもりになっていただけで、本当は何も出来ない子供だったんです」
「……そもそも、12歳のガキはそんなもんだぜ。俺がお前くらいの時は何にも考えないで、毎日泥だらけになって走り回っていたもんだ」
「……」
「マイトは今日、自分が何も知らないことを知った。先生はそれだけで十分だと思うぞ。
そんな偉そうな事を言っている俺だって、今日初めて知ったことが沢山あるしな」
若干冷めかけたお茶を一口すすり、にかっと笑う八十雄。
「ドリミッドは山道を登る時、見通しの悪い森の中をずっと警戒していただろ? ありがとうな。
ロイカはあんな歩きにくい靴で最後まで弱音を吐かなかったし、表情にも出さなかったな。先生はお前のそういうところ立派だと思うけど、ちゃんとケアしてから寝るんだぞ。
ロザリアは魔導師になりたいって言ってたけどよ、お前はもう立派な魔導師だよ。食事の準備で焚き木に火をつけているお前を、先生は凄いって思った。俺には魔力がなくて魔法も魔道具も使えないから、うらやましくってしょうがない」
「先生……」
「宮子は何でもできるんだな。洗濯でも料理でも。今すぐにでも良いお嫁さんになれるんじゃないか。
ナチャの作ったパンも美味しかったよ。凄く優しい味がした。先生にナチャのパンを食べさせてくれてありがとうな。
テイカーだって鹿をさばくのが上手だったなぁ。みんなが青い顔をしている中、黙々と作業を進めていくお前は心強かったぞ。
マイトが悩んでいるのも知っていた。お前はグループを率いるリーダーとして仲間に申し訳なく思っていたんだろう? 責任感が強いマイトらしいな。
先生だって今日一日でいろんなことを知った。明日だってきっと色々なことがある。明後日も、その先もな。
俺にとっちゃ毎日が真剣勝負だよ。特にお前たちの相手にはな」
すっかり冷め切ったお茶を飲み干し、椅子代わりに腰掛けていた石の上から立ち上がった。
「ほれ、そろそろ休め。いつもと違う環境で目が覚めてるかもしれないけど、体は疲れているからな。お茶を飲んだら、さっさとテントに入れ」
ほらほらと、追い立てるように生徒たちを自分のテントに追っ払らうと、八十雄もバルチが寝ているテントの中に入りそのままバルチの隣りで毛布を被り目を閉じた。
夜半過ぎ目を覚ました八十雄は、寝ずの番をしているマルゴと交代するためにテントの外に出ようとすると、まだ寝ているはずのバルチがくっついて離れない。このままでは良く寝ているザザやナチャを起こしてしまいそうなので、已む無くバルチを抱えたままテントを出た。
焚き火の側に座っていたマルゴが湯気の立つカップを渡し、抱きついて離れないバルチの頭を優しく撫でる。どんな夢を見ているのか、バルチは嬉しそうに笑っていた。
読んで頂き、ありがとうございました。




