070_林間学校 ①
林間学校シリーズ開幕です。
入学初日、学園長が林間学校の話をした後、生徒たちの目の色が変わっていた。
順番に自己紹介をしているお互いを値踏みするように見ては、自分のノートに何やら書き込んでいる生徒もいる。
ザザが自己紹介を行った時、他の生徒たちからは冷めた視線しか飛んでこなかった。ザザも自分が取り立て特徴の無い生徒である自覚はあった。それ以前に文字が読めないことがここにいる全員に知れ渡っているのだから、これまでろくな教育を受けていない事は周知の事実だろう。
学園長が言っていた『林間学校』は、それなりに厳しい訓練のようだ。何が必要か仲間たちで考え用意しなければならないし、それを現地まで自分の手で運ばなければならない。
目的地がここより20キロメートルも離れた山の中だと考えると、持って行く荷物の量も考えないといけないし。
そうなれば同じグループを組む仲間は『戦力』になる人から売れていくと思う。そして、俺みたいな取り得の無い人材は最後まで売れ残ることになる。
自己紹介が終わり学園長が出て行った教室の中では、すでに幾つかのグループに別れ始めていた。
王国出身者や公国出身者は、4名ですでにグループを組んでいるようだ。8人いる女生徒たちも、4人と3人でグループが構成されつつあった。
ザザを含めた残り5人の生徒の内、3名の生徒が固まって話しをしている。まあ、あそこもあの3名で決定しそうだ。
そうなると残ったのは俺とナチャと呼ばれた少女の2人しかいない。彼女は小柄で声も小さく、文字も読めなければ計算も出来ないだろう。俺と同じで他の生徒たちからは、いわゆる『外れ』という認識なんだろうな。
ナチャについてはチカヤという名の貴族の娘が仲間に誘いたそうにしていたが、同じグループの他の子たちを気にして声をかけることが出来ないようだ。
当の本人は自分の状況が分かっているのかいないのか、1人で机に座ってノートに何か書いている。自分から誰かに話しかけるでもなく、完全に自分の世界に入っていた。この子には不安が無いのか、それとも何か考えがあるのか……。
「あの、ナチャさん」
「……はい?」
ザザに声をかけらた瞬間、開いていたノートを慌てたようにバサッと閉じてからナチャは顔を上げた。
「俺、ザザって言うんだけど、良かったら俺と同じグループになって貰えませんか?」
「……うん。よろしくお願いします」
少し考え込んだ後、ナチャはぺこりと頭を下げる。
「それで林間学校のことなんだけど、何か考えていることってある?」
「うん……。ナチャ、ちょっと考えたんだけど……」
その後、2人は10分程度打ち合わせをしただけで誰よりも早く教室から帰って行った。
その後も他のグループは学園の本校舎にある図書室で調べ物をしたり、打ち合わせを何度も重ねていたが、ザザとナチャはその後は一度も打ち合わせをすることも無く、授業が終わると真っ直ぐに教室から帰って行く。
そんな2人をチカヤは心配そうに眺めていた。
そして、メンバー決定の期日である4月4日の朝がやって来た。
朝ごはんをバルチと一緒に食べて、その後は日課のブラッシングをかけていく。その間、お互いに今日1日の予定を話したり、気になっていることを確認しあったり、八十雄とバルチにとって気持ちの整理をするためのとても大切な時間になっていた。
「じーじ、今日はとっても機嫌がいいねぇ。何かあるの?」
「うん。今日はな、学校で色々決めることがあるんだけど、それが楽しみでなぁ」
八十雄はバルチの首から後頭部にかけて丁寧にブラシをかけていく。最近のバルチは身長がスクスクと伸びるのに従って、頭に生えている頭髪の長さも少しずつ長くなっていた。バルチも気持ち良さそうに目を細めている。
八十雄にとってバルチはいつまでたっても小さい子供と思っていたのに、凄い勢いで大人になっていくようで、ちょっと寂しく感じていた。
「ところでバルチは、今日も冒険者ギルドでお仕事かい?」
「そうだよっ。今日はね、薬草を探しに行く予定だよ。それで午後からはバルチも学校に行ってノサモ先生の訓練受けるの~」
バルチはまだ学園の生徒ではないが、マルゴと共に学園でノサモから直接指導を受けている。特別クラスの生徒の中にはまだノサモから直々に手合わせを受けるレベルに達した生徒はいないので、ハイレベルなバルチたちの手合わせを見ているだけでもいい勉強になるだろう。
マルゴも基本的に仕事が無い間は学園でノサモの補助をしてくれている。彼女は寄宿舎の一室を自由に使える権利と、食事を提供してもらうことを条件に、無給で協力してくれていた。
「明日から3日間キャンプに行くけど、バルチ、ちゃんと予定は空けてあるかい?」
「大丈夫っ! ギルドにはお休みすること言ってあるし、じーじとお出かけするの、バルチ楽しみにしていたんだからっ!」
ブラッシングが終わり、元気いっぱいのバルチに手を引かれ八十雄は家を出た。空には雲ひとつ無い青空が広がっている。今日も一日、雨の心配はなさそうだ。
学園長室で時間を潰し、始業時間を知らせる鐘の音に併せて特別クラスに入ると、生徒たちは全員席についており、八十雄が入ってくるのを静かに待っている。
「ああ、みんなおはよう。今日は明日から出発する林間学校のメンバーを決めなきゃ行けないんだが、お前ら、グループ分けはもうすんでいるか?」
「はい。大丈夫です」
八十雄の質問に答えたのは公国から来たドリミッド。警備兵の父親を持つ真面目な生徒である。
ざっと教室の中を見渡した限り問題もなさそうだった。
「それじゃ、同じグループのリーダーは前に出てくるように。これから紙を一枚渡すからメンバー全員の名前と、必要な物を書いて提出してくれ。机も自由に動かしていいから、グループでちゃんと相談すること」
ガタガタ音を立てながら机を動かす20名の生徒たち。彼らは6個のグループを作ったようだ。
……実際は、2人の生徒が他のグループからはじき出されたというのが正解だろうけど。
入学式初日からザザとナチャの2人はこのクラスから浮いた存在になっていた。
貴族や騎士階級の生徒からすれば孤児のナチャや農民のザザが何故こんなところにいるのか理解できないだろうし、残りの商人や職人階級の生徒たちからすれば自分たちより低い所にいる弱者にしか感じられないだろう。
その2人が弾かれて孤立することは予想していたが、同じグループを組むとまでは思っていなかった。大人しいナチャの方から声をかけたとは思えないので、ザザから誘ったのだろうけど。
椅子に座ってクラスの様子をぼーっと眺めていた八十雄の前に一番最初に紙を持ってきたのはナチャだった。まだ紙を配ってから5分も経っていない。
「どうした? てっ、ああそうか。2人はまだ文字が書けないよな。ごめん、ごめん。先生が代わって書くから必要な物を教えてくれ」
「ううん……」
プルプルと頭を振りながら差し出した紙には、ナチャとザザの名前が書かれていた。確かに上手な字ではないが、4日前は何も書けなかった事を考えると、十分な成果だと言えるだろう。
「えっとね……、林間学校って4人のグループだから……、その……、先生とバルチちゃんも、一緒のグループに……」
「お、先生もナチャのグループに誘ってくれるのか?」
モジモジとしながら一生懸命に話すナチャに、自然と教室中の視線が集まっていく。
「うん……。できればだけど……」
「そうか、先生も誘ってくれるのは嬉しいな。もちろん喜んで参加させてもらうよ。ああ、バルチは午後から学校に来るからその時に確認するからよ、予約って事でよろしくな」
「うん……。ありがと、先生……」
「ちょっと待って下さい先生、それでいいんですか?」
流石にこれは見過ごせなかったのか、生徒の1人が手を上げて抗議してきた。
「なんだマイト。何が問題なのか?」
「先生の立場で生徒の行事に参加するのはどうかと思いますが」
マイトと同じ意見の生徒は他にもいるようで、何人かがこちらに注目している。
「どこが問題なんだ?」
「いや、先生でしたら監督者としての立場もありますし、一参加者になるのはどうかと思います」
「ああそれだったら、マルが護衛でついてくれるから心配するな。ああ見えてA級の冒険者だから、そんなに心配することは無いぜ」
「しかしっ」
それでも納得がいかないマイトは収まりがつかない。
「俺はこんなことになるんじゃないかと4月1日の時点で予想していたけどな、その通りになって嬉しい反面、がっかりもしている」
俺はナチャから受け取った用紙に自分の名前を書き込み彼女に返すと、いつもの癖でちょうど良い高さにある彼女の頭を撫で回していた。
「このクラスは20名いるんだし、1グループ4人までなら5個のグループが出来るのが普通だろ? でも、お前たちはなまじ頭がいいから足手まといになりそうなザザとナチャを仲間にしなかった。違うか?」
「それは……」
「ま、それはある意味正しい選択だ。林間学校は親睦を深めるイベントだけど、同時に厳しい訓練でもある。足手まといになりそうなメンバーを避ける気持ちも分かる。
それじゃ何でナチャは先生を誘ってくれたんだ?」
「えっとね……、それはね……」
「あの、先生。俺が代わりに説明します」
急に矛先を振られ困ってしまったナチャに代わり、ザザが立ち上がった。
「俺たち2人は今まで旅なんかしたことないし、本も読めないから図書館で調べものも出来ない。始めから知らないことを考えることなんて出来ないし。
でもナチャさんは全然慌ててなくて、理由を聞いたら旅に詳しい人を仲間に誘えばいいって。彼女は最初から先生を誘うことに決めていたんだ」
「それじゃお前たちは今までの間、何をしていたんだ?」
「俺は商業ギルドで仕事をしてた。お金を稼ぎながら林間学校で行く場所について商人さんから話を聞いたり。現地の状況とか、途中の道について調べてた」
「ナチャは……、食堂でお手伝いしたよ……。お料理の方法とか……、計算とかも教えてもらったよ……」
「それじゃあ何が必要とか、相談してなかったのか?」
「うん。先生がグループに入ってくれたら、俺たちが2人でどれだけ相談するより良いアイデアを出してくれると思ったので先送りにしてた。何か必要なものがあって買わなくちゃいけなくても、お金を稼いでおけば大丈夫と思って」
「ナチャ、お料理のお手伝いしながら……、貰った野菜で保存食を作っていたよ……。キャンプで使えると思うよ……」
ちょっと自慢げにナチャは言う。
実は八十雄も特別クラスの全員が何をしていたのかはあらゆる伝を使い調べていたので、わざわざこんな所で聞かなくても2人が何をしていたのかは十分承知していた。もちろん、図書館で調べものをしていたグループがどんな本を読んでいたかも把握しているし、放課後に教室に残って相談しているメンバーが誰かも確認している。
当然、ザザが商業ギルドで働いていることも把握していたし、そこまでは予想できた。ただ、ナチャが学食で働き始めたのは予想を超えていたけど。この子は八十雄が思っていたよりアグレッシブのようだ。
学食にはお菓子や甘い物が飲めるカフェテリアがあり、ちびっ子クラスの子供たちは毎日お菓子と飲み物を午後のおやつの時間に1個ずつ無償で食べることができ、そこで学校が終わるシステムになっている。
今まで3時のおやつという概念がない子供たちにとって、甘いお菓子は大きな魅力だった。勉強自体は退屈でつまらないものかもしれないが、お菓子を貰うためなら頑張れる子も多い。お菓子で釣るといった言い方は語弊があるかもしれないが、取っ掛かりとしては悪くはないはずだ。
子供たちには無料のお菓子も、特別クラスの生徒や職員たちには有料で売っていたりもする。そうした時々訪れるお金を払う人たちを相手にして、ナチャはお金の使い方も勉強していたようだ。
「マイト、このクラスには頭の良い奴が多いよ。そういう奴らはすぐに何が必要でどうすれば良いのか思いつく。そして、どうなるかまで答えがある程度わかっちまう。だから自分たちだけで何でもやろうとするし、できると考える」
「確かに、先生の仰るとおりかもしれません。僕たちは今まで行ったことがない場所について本で調べただけで分かったつもりになっていました」
「俺は、お前たちにキャンプに参加する事は言ってあったし、分からないことや希望することがあれば何でも言ってこいとも伝えていたよな。
だから改めて聞くけどさ、ナチャが俺を誘ってくれたのも、俺がそれに参加したのも、何か問題あんの?」
「……ありません」
マイトはうな垂れ、落ち込んでいる。
「これは、先生個人の考えだが、人ってのはな、何か行動を起こす時、最初にどうするか『考えて』、結果を『予想して』それから『行動する』。
マイト、お前は確かに賢いよ。普通の人が『考える』のに10の時間が必要な時、5程度の時間で『予想』までして、次の『行動』に移せるんだからな。他の人からすれば、頭の回転がよくて頼りになると思うぜ。
でもナチャはさ、普通の人に比べて『考える』時間が長いんだ。それこそ20とか30とか、どうしてもそれ位の時間が必要だ」
自分が話題の中心になって固まっているナチャを、八十雄はそっと椅子に座らせた。
「もちろんそれがダメって訳じゃない。お前たちが10しか『予想』できないことをこの子は長く考える分、50でも100でも深く『予想』することができる。その後『行動』してるんだから、当然結果も違ってくる。
クラスのほとんどは自分と違うナチャやザザを弱者として選択肢から切り捨てたかもしれないけれど、こいつらはそれさえも飲み込んでどうしたら良いのか最善の方法を考えたんだ。
お前たちは2人の表面だけを見て、判断して、侮っていた。自分より劣る存在だって、戦力にならないってな。
そんな2人が俺とバルチを引き込んで一発逆転の妙手を打ってきたのが気に入らなくて、それで文句を言っているだけなんだよ」
ナチャが机の上に広げているノートには、彼女の名前が余白が無いほど無数に書き込まれていた。入学初日、自分の名前が読めなかった彼女は、机の上の名札をお手本に練習を繰り返していたのだろう。
八十雄が自分のノートを見ていることに気がついたナチャは、慌ててノートを閉じてしまう。
その傍らに転がっている鉛筆は、ずいぶんと短くなっていた。
「まずは相手を認めることから始めてみろ。次に、自分が何を間違っていたのか認識してさ。最後に、これからどうするか真剣に考えるんだ。
人生は失敗の連続だからな。それをどう乗り越えていくかで未来は大きく変わる。立ち止まっている余裕なんてないんだから」
読んで頂き、ありがとうございました。




