056_ある信者の旅行記
前話とセットでお楽しみください。
私はサウザー=カチタリス。栄えある王国貴族の一員だ。
女神様の使徒、出崎八十雄様が王国にお越しした際、残念ながら父が治める領地は通られなかったので、直接拝見する事は叶わなかった。
どうしても使徒様と話したかった私は男爵である父にお願いし、ようやく交易都市ラントスまで来ることができたのだ。ただ、現在この地は公国の勢力下にあるため供を連れることも出来ず、あくまで1人の旅人として身分を偽っての旅だが。
だが、それだけのことをしても、ラントス参りには価値があるのだ。
今や、交易都市ラントスは女神信仰者の間では、もっとも新しい聖地と言われている。
女神様が降臨したといわれている大神殿に使徒様の開発している郊外地区。もちろん、使徒様の出現地と言われているラントス中央公園も外せない。他にも、大工ギルド会館や使徒様の住居など外せない場所は無数にある。
もちろん、ご本人様にもお会いしたい。
私はサウザー=カチタリス。使徒様にお会いするため、はるばる旅をしてきた男だ。
ラントスに到着し、その足で使徒様の住居を目指すことにする。
道中、町の中には明らかに王国人と分かる一団が闊歩していたが、警備兵は声もかけない。このような有様で使徒様に何かあったらどうするつもりなのか。今の立場では声を荒げて糾弾することも出来ないが、まったくもって、腹立たしいことである。
使徒様の住居もそこらを歩いていた市民に聞いただけであっさりと判明した。どうやら、都市南部に存在するようだ。
教えてもらったとおり進んでいくと、付近の景色が変わっていく。町の中央部は商業施設が多かったのが段々寂れていき、しまいには貧民地区へと変わって行った。
「これはどういう事だ……」
当然、使徒様は高級住宅街の豪邸で、厳重な警備に囲まれて生活しているはずと思っていたのに……。
足早に先を急ぐと、同じ形の変わった建物が何棟も建っている。その間を住人たちから訝しげな視線を浴びながら進むと、ようやく目的の建物についた。
周囲を背丈の低い木立に囲まれたその家は、周囲に建ち並ぶ建物と変わらない形をしている。
(おや、あれは何だ。もしかして……)
真っ直ぐに建物に近づいていくサウザーの目にオレンジ色の果物が飛び込んできた。その木立になっている果実は、噂では女神様が愛したという神の果実ではないのか……。
フラフラと近づいていくサウザーの手が何者かに掴まれた。慌てて振り向いた先には、褐色の肌をした女性が立っている。
「泥棒は感心しないな」
サウザーは掴まれた腕を振り払おうとしたが、どうしてもそれができない。それより、この女はどこから現れた?
「何だ、私を泥棒扱いするきかっ! 私はっ」
「ただの旅人だろう? 違うのか?」
ぐぅっ、と言葉に詰まるサウザー。
「そう言うお前は誰だっ」
無理やり腕を振り払い、掴まれていた手首をさする。
「私は、八十雄とバルチの友人で守護者だ。たとえ貴様が王国貴族であったとしても、我が友に害為す存在であれば殺す。私の仕事の邪魔をしても殺す。そして、私はここで警護をしている。その2つの穴が節穴でなければ、私が言いたい事はわかるな?」
……今日は星の巡り会わせが悪いようだ。
私はそそくさと逃げるようにして、予約してある宿屋に向けて転進した。
昨日は酷い目に会ったが、これで諦める私ではない。こちらから訪問するのが問題ならば、向こうからやってくるのを待つだけだ。
そういう訳で、使徒様の家がギリギリ見える場所から監視を開始する。使徒様たちの姿が見えれば、偶然を装って話しかければいいのだから。
だが、いつまで待っても使徒様は現れなかった。
昼が過ぎ、夕方になり、日が沈む頃、中年男性と白い毛並みの獣人様が使徒様の家に入っていく。あっ、と思った時にはもう遅かった。
使徒様は私が思っていたより早起きのようだ。明日、改めてこの地で待つことにしよう。
翌朝、日が昇る前に観測地点に着いた私は、使徒様の家に対する観測を開始する。
薄暗い日差しの中で、宿屋に作ってもらった弁当をかきこんだ。腹が減っては戦ができんと言うし。
日が昇り付近が明るくなってきた頃、昨夜の男性と白い獣人様が建物から現れた。昨日と同じく、仲良く手をつないでいる。
白い獣人様はバルチ様で、その隣りにいるのは使徒である出崎八十雄様に間違いないだろう。だがここで直ぐに声をかけるほど私は愚かではない。褐色の狂った処刑人が近くにいるかもしれんからな。しばらく様子を見てから声をかけよう。
……先ほどからバルチ様がこちらをちょくちょく見ている気がするが、気のせいだろう。ここから使徒様までかなりの距離があるのだから。
私はそっと尾行を開始した。
使徒様たちはギルド会館でどこかのギルドとやりとりをしていたが、直ぐにラントスから飛び出して近くの森に入った。
森の中で何かを探しているようだったが10分程度でそれも終わり、森の中にある記念碑のような物の掃除を始めた。その間もバルチ様はこちらに視線を飛ばしてきたが、私は虫に刺されながら薮に隠れてその様子を窺っている……。
掃除が終わると、お2人で何かお話した後、その場を離れていく。私は薮から這い出して先ほどの記念碑まで近づいたが、石碑には見たことがない文字が刻まれており、何が書かれているのかまったく分からない
「これは何かの記念碑なのか」
私は雑草ひとつなく掃除がされている敷地内に入ろうとしたところ、いきなり背後に引きずり倒される。
「何だ、どういうことだっ」
「……お静かに」
私の襟首を掴んでいるのは、黒塗りの衣装に身を包んだ初老の男性だった。小柄な体躯であったが、引きずり倒される瞬間まで気配を感じることが出来なかった。
「この地は使徒様たちにとって、とても大切な場所でございます。心を静められ、声を荒げませんように……」
手を掴み引き起こしてくれたのは別の男だった。木陰から現れた黒服の一団は総勢4名。素人の私でも只者でないことが分かった。それより、黒地の衣装に縫いこまれている灰色の家紋は……。
「まさか、大公家の私設護衛……」
「サウザー=カチタリス殿、そこから先は口にしませぬ様に。出された以上は、我々も対応を変えねばなりませぬから」
もし私の予想があっていれば、この者たちはランゴバルト王家の血に連なる家から派遣されてきた部隊だ。いずれも一騎当千のつわものたちで、精鋭中の精鋭である。
「このままでは使徒様たちを見失ってしまいますが、よろしいですかな? 今から急げば町の中に戻るまでに追いつくことも可能と思いますが」
「あ、ああ。そうさせていただこう」
君子危うきに近寄らず。私はその場を離れ、使徒様の追跡を再開した。
その後も散々な目に会った。
ラントス手前で発見した使徒様について寂れた食堂に入ったら、いつぞやの褐色処刑人が待ち構えていた。直接的な接触はなかったが、鋭い視線で監視され続け、食べ物の味もろくに分からなかった。
使徒様たちは他の客も交えて宴会を開始し、私も料理を追加注文しようとしたが、店長まで酒を飲み始めたため、それも叶わなかった。已む無く、店の外で監視を続けていたが、使徒様たちより先にあの女に捕まってしまう。
「貴様、思っていたより頭が悪いようだな。最後に2つの選択肢から選ばせてやる。今すぐ死ぬのと、苦しんでから死ぬのとどちらが良い?」
「ぐっ」
くすんだガラス玉の様な目をした女からじりじりと距離をとろうとしたが、離れる倍の距離を女は無造作に踏み込んでくる。無表情な女の右手が伸ばされて私の首に触れる直前、店の中から救世主が現れた。
「マルちゃん、またねっ!」
「ああ、またな」
一瞬、視線が離れた隙を見逃さず、私はその場から走り去った。
残念ながら、私の旅行はここまでのようだ。
父から言われていた予定期間はとっくに過ぎ去っている。これ以上の延長は、私を信用してくれた父の思いを裏切るものだ。それはできない。
残念ながら、今回使徒様と直接話をする夢は叶わなかった。
それもすべて、あの褐色の頭のおかしい女のせいだが、まあいい。また近いうちに時間を取って交易都市ラントスまでこればいいのだから。
私はサウザー=カチタリス。敬虔なる女神様の信者。
決して諦めない男だ。
いつものように手をつないで家を出ると、なぜかバルチがキョロキョロし始めた。
「どうした、バルチ?」
「んー、昨日まで変なお兄ちゃんがいたんだけど、今日はいないみたい」
そんな奴いたかなあ、ちょっと覚えがないけどまあいいか。気にしてもしょうがないし。
「バルチー、今日はノニさんちの宿屋を作っているところを見に行こうなー」
「はーい、お昼はマルちゃん所に行く?」
「お、いいぞ。そうすっか?」
今日も楽しい1日が始まる。バルチとつないだ手を大きく振りながら、俺は歩き出した。
読んで頂き、ありがとうございました。




