057_2年目の約束
ちょびっと続きます。
春の日差しの中、バルチとマルゴがノサモに稽古をつけて貰っていた。
ノモサの手足には八十雄作成の義手義足がついている。流石の八十雄も義手などを作った事は今までなかったが、日本にいた時、最新式の義手という物を【TVで見た】ことがあった。
0から始める者と、一度でも見たことがある者では雲泥の差がある。また、大工としてキャリアを積んでいた八十雄には、木を扱うスキルが十分にあった。
後は過去の記憶を頼りに見よう見真似で試作品を作り続け、それっぽい物を完成させた。何世代も飛び越してこの世に誕生した八十雄式の義手と義足は、この世界のスタンダートになっていく。
「バルチ君、攻撃する時はもっと工夫するように。マルゴ君は頭で考えすぎです。もっと自分の感覚を信じてみましょう」
「「ハッ……、ハッ……」」
すでに返事が出来ないほど消耗している2人とは対照的に、ノサモは涼しい顔をしている。
その足元には直径1メートルほどの円が書かれ、右手には木剣、左の義手には剣型のアタッチメントが取り付けられていた。
バルチとマルゴは左右から挟み込むように怒涛の攻撃を加えていくが、そのことごとくが避けられ、もしくは受け流される。
ノサモに一撃でも加えるか、円から出せばバルチたち2人の勝ちになるのだが、何度やっても勝つことが出来ない。
「はーい、それまでー」
砂時計の砂がなくなったのを確認し、八十雄は声を上げた。それと同時に崩れ落ちる2人。今日の訓練もノサモの勝利で終わった。
「スピードに優れるバルチ君は、波をイメージして攻撃すると良いでしょう。逆に、膂力と柔軟性に見るべきところがあるマルゴ君は、面をイメージしてください」
ノサモは教官らしく先ほどの訓練に対して評価を下すと、布を取り出して額の汗を拭った。訓練が始まったばかりの半年前には、汗1つかかせることが出来なかったのだから、大きな進歩だろう。
「先生には……、バルチ……、全然……、勝てない……、よっ」
「ここまで……、差が……、あるとはっ」
荒い息をしながら地面に転がったままの2人は仰向けになった。
「先生なんだから、強くて当ったり前だろ? 本気でやっても勝てない人に師事できる幸運を忘れんなよ」
「あっさり負けたら、ここまできた僕の立場もなくなってしまうからね。しばらくは勝たせてもらうよ」
混じり者たちの畑や水田では見事な野菜がたわわに実り、付近に建つ学校や孤児院、それに新しく建設されたノニの食堂で使用されていた。
また、学校や孤児院で使用される衣食住や日用雑貨のほぼすべてが混じり者たちが作った物を使用している。
彼らの商品は質は高いがほとんどが手作りのため、どうしても生産量に限界がある。また、『混じり者』が作っていることもあり、不当な安価で購入しようとする者が後を絶たない。
そのため八十雄は本当に信頼できる商人だけに声をかけ、自分が立ち会うことで正当な評価を受ける手助けを行った。いつしか彼らの商品は、王侯貴族でも簡単に手に入れることが出来ない、至高の作品と呼ばれていくようになる。
忙しく毎日を過ごしていくうちに、三大国で約束した女神の祝日は間近に迫っていた。すでに招待状を携えた使者は、各国に出発済みである。あと1ヶ月もすれば続々と招待客が訪れるであろう。
八十雄として今のうちにやらなくてはならない仕事はすべて片付けたつもりだ。たった一つの約束を残して。
(ま~た、嫌味の一つや二つ、言われるかもなぁ)
重い気持ちで大工ギルドの定例会議に出席すると、先手必勝とばかりしょっぱなからぶちまけた。八十雄は、嫌いな食べ物は先に食べる主義なのだ。
「あー、色々忙しくなってきたけどよ、10日程度、出かけなくちゃなんねぇ」
「……ギルド長、こんな時期に冗談はきついですよ」
冗談ととられても仕方がない。すでに各国から来るお客たちの先触れがラントスに到着してもおかしくない時期であり、その先触れですら伯爵クラスが勤めているほどの大物も招待しているのだから。
元々、ラントスを治めていたのは伯爵位を持つ独立した領主であったが、度重なる戦乱が原因で家臣を率いて南方の小国家群にいる親類を頼って逃げ帰ってしまったのだ。そのためラントスには、生粋の貴族と呼べる人材が1人もいない。
そのため、町の有力者たちは高位貴族の対応を八十雄に丸投げしようとしていたのである。
「ごめん、冗談じゃないんだわ。ちょっくらホール山まで行って来ないといけないんで」
八十雄は冗談めかして言ってはいるが、それが本気であることに気がついて、マテバを初めとするギルドメンバーは頭を抱えた。この事をどうやってギルド協議会の席で説明したらいいのか、思い浮かばなかったからだ。
「わり、それじゃ準備があるんで先に帰るわ。お土産買ってくるからよ」
それだけ言うと、反対意見が出ないうちに八十雄はバルチの手を握ってそそくさとその場を逃げ出した。もうこの場には、八十雄を捕まえようとする気力が残っているメンバーはいなかったのである。
霊峰ホール山。
ラントスから麓まで1日程度の距離にある標高3000メートルクラスの独立峰である。山頂は神々の住む展開に続いていると思われており、そこから霊峰の名がつけられている。
また良質な鉱石の産地とも知られ、多数のドワーフが住んでいる。彼らは有能な鉱夫であり、また優秀な鍛冶師でもあった。元はランゴバルド王国の支配下であったが、現在はある事件の後、事実上のドワーフたちの自治区となっていた。
当然、人間に対して負の感情は強い。だが、八十雄は『何とかなるだろ』と、軽く考えていた。友好的な相手を一方的に恨み続けるのはかなり難しい。
たいした距離もないので今回はモモはお留守番にして、八十雄とバルチは自分のザックに旅道具を積めると徒歩で出発した。
「バルチ、何でお山に行くか覚えてる?」
八十雄と手を握りご機嫌のバルチは、『んー』と考え込んでいたが、
「バルチ、ちょっとわからないかも? でも、じーじとお出かけするのは楽しいな~」
屈託なく笑いながら、バルチは笑っている。
「そっかー、2年前の事だから忘れちゃったか。バルチのハンマーのことだけど、分からないかな?」
「ハンマー……、あ、思い出したかもっ! ドワーフのおじちゃんが言ってたこと? 2年たったらって」
「そうそう。ただ、じーじ、ちょっと失敗しちゃったな」
「んー?」
2年前の出来事を思い出しても、なぜ聞かなかったのか首を傾げるしかない。
「ゴグレグさんの身内って、なんて名前か聞くの忘れちゃったんだ。ま、何とかなるさ」
元々有名な鉱山だけあって、街道はきれいに整備されていた。基本的に一本道をテクテクと進んで行くだけですむ。
道中でゴブリンを始めとする悪性の種族や危険な生物も現れたが、我らがバルチさんが尽く殲滅していく。
今までならばバルチ1人の力押しで倒していたが、最近はマルゴと組んで訓練しているせいか、八十雄とも連携を取ってより確実に敵と戦うようになっていた。
ノサモの教師としての力量は八十雄の予想以上だった。これはありがたい誤算だ。
その後も特に障害になるような出来事もなく、ホール山のドワーフ集落の1つに到着した。ここには200人程度のドワーフたちが固まって暮らしており、ホール山全体で同程度の集落が20個ほど点在すると言われていた。
八十雄たちがここまで山道を登ってくる間、人間族を含む通行者は1人も見かけなかった。ラントスから程近いこの場所で、まったく人気がないのはよほどのことだ。それだけ、根深い問題があるのだろう。
集落の入り口に見張りらしきドワーフが立っていたので、とりあえずそちらに向かって進路を取った。
「どした、バルチ?」
「……」
何故か、今まで手をつないでご機嫌だったバルチが急に黙り込むと、八十雄の腕にぶら下がるようにくっついてきた。当のバルチは真剣な目で集落の方向を見たまま、黙っている。
なぜ態度が急変したのか八十雄には分からなかったが、バルチにも何か考えがあるのだろう。
特に深く考えもせず八十雄はドワーフの集落に入ろうとしたが、その前に見張りに立っていたドワーフが立ちふさがり、持っていた斧槍を構え切っ先を向けてくる。
「……人間が何をしに来たっ!」
「おいおい、俺たちは別にとって食おうってわけじゃないぞっ!?」
手を上げて害意がない事を示すが、ドワーフの強硬な態度は変わらない。そうしている間に、集落から10人ほどのドワーフが手に武器を携えて集まってくる。
彼らの目には、憎悪と嫌悪、そして僅かな戸惑いが見て取れた。それを見て、バルチはより一層、八十雄に体を寄せる。
(そうか、そういうことか。バルチの態度が変わった訳は……)
ようやく、八十雄にも理由が分かった。ドワーフたちのこの視線は、バルチが幼い頃にラントスで浴び続けていた『あの』視線だ。今回はその対象が八十雄であったが、それでもバルチには直ぐに分かったのだろう。
事前にホール山のドワーフは人間たちに奴隷のような扱いを受けていたが、それも20年以上前のことだと聞いていたので、どこかで安心していたのだ。
自分の見通しの甘さに、八十雄はバルチを抱きしめながら空を仰ぐだけだった。
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