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新世界での学校経営  作者: MuiMui
第三章 飛躍編
60/123

055_バルチの日

 今回の話は、056とセットになっています。

 明後日をお楽しみに。

 うーん、と唸りながらバルチが目を覚ますと、窓の外はまだ薄っすらと光が差し始めたばかりだった。


 普段のバルチであればもう少し遅い時間に起きるし、横で寝ている八十雄の方が先に目を覚ますはず。ただ、今日をとっても楽しみにしていたバルチは、いつもより早く目が覚めてしまったのだ。


 モゾモゾと布団の中から顔を出し、まだ隣りで寝ている八十雄の顔を覗き込むと、『ぴーぴー』と鼻息を鳴らしながら寝ている。


 しばらくじっと様子を見ていたバルチであったが、そっと手を伸ばして八十雄の鼻を摘んでみた。


「……フガッ」


 息が詰まって、大きく体を揺らす八十雄。バルチは慌てて手を離し、八十雄がまだ目を覚まさないことを確認し、再び布団に潜り込むと丸くなった。




 窓から差し込む朝を浴びながら、八十雄は目を覚ました。頭をボリボリ掻きながら起き上がると、横のバルチもパッチリ目を開けた。


「バルチ、おはよう」

「じーじも、おはよう」


 すでに起きていたのか、バルチもピョコっと起き上がる。


「よーし、今日も元気に頑張るかー」

「おー」


 今日の八十雄は、あらゆる業務に休みを入れてある。よほどの突発事項でないと声をかけないように言ってある。仮に、ランゴバルドの国王が御忍びでラントスまで来たとしても、無視するように言ってあった。


 それだけ、今日(・・・)という日は八十雄とバルチにとって特別だったのだ。


 10年前、ラントス郊外で初めて八十雄とバルチが出会った日。八十雄が本当(・・・)の意味でこの世界に喧嘩を売った日。


 それを忘れないように、今日だけは2人で過ごすと決めているのだ。




「じーじ、今日は【特別な日】でしょ?」

「そうだぞー。だから、解毒のキノコの依頼を受けて、森に行ってバルチのお母さんのお墓参りしないとなー」


 この日の予定は、朝から冒険者ギルドで下毒キノコの採取依頼を受けて、森で依頼をこなしながらバルチ母のお墓の清掃を行うことが決定している。


 普段から月一程度にはお墓の清掃とお参りは行っているので、大して汚れることはない。お墓も、ことあることに八十雄が手を入れていくので、今では凄い事になっている。どれだけ凄いかと言えば、コアな女神信者たちからは聖地の1つと認定され、密かに護衛が雇われているくらいだ。


 それ以外は特にこれと言った行事はない。八十雄の行動方針としては、【積極的にバルチを甘やかす】くらいで、後は臨機応変に対応する予定である。


 冒険者ギルドに2人で手をつないで到着すると、受付カウンターにいたギルド会館の職員が微笑みながら頭を下げた。今や、この2人を知らないラントス市民はほぼ、いないと言っても間違いない。


「それじゃバルチ、キノコの依頼を受けてきてもらえるかな?」

「はーい」


 最近、冒険者ギルドのギルドランクがDに昇格したバルチが、依頼受領カウンターに飛んで行く。窓口の職員も手馴れたもので、八十雄に会釈をしながら手続きを直ぐに終わらせた。


「じーじ、受けてきたっ」

「よーし、それじゃ出発するかー」


 再び手をつないで歩き出す2人。どこまで行っても仲のいい親子だ。




 本来、解毒のキノコ採取の依頼は、冒険者になりたての初心者用の依頼である。報酬も微々たる物で、これだけで食っていけるほどの仕事ではない。元々、別の依頼を受けながら『ついで』でこなす類の仕事なのだ。


 まあ、これだけ言えば分かるとおり、目端が利く者であれば森に入って30分もしないうちに必要量は集められる。当然、八十雄とバルチも10分程度で必要量の採取が終わり、今はお墓の掃除を行っていた。


 八十雄とバルチの2人ががりで墓石を布で磨き、綺麗にしていく。一通り納得いくまで掃除が終わったら、手を合わせて冥福を祈るのだ。


「じーじ、ここってバルチのお母さんが寝ているんだよね?」

「おう、そうだぞ」


 目を開いたバルチが墓石を撫でながら、口を開いた。


「バルチのお母さん、どんな人だったの?」

「そうだなあ……。バルチって、毛の色がほとんど白いけど、尻尾とか耳の先っぽがちょっと青いだろ?」


「うん」

「バルチのお母さんもそんな綺麗な青い色してたぞ。きっとお母さん譲りだな。じーじが初めてバルチを見つけた時、バルチのお母さんは倒れながらも腹にバルチを抱えて守ろうって頑張ってた。だから、じーじもバルチのお母さんの心を受け継いでバルチを絶対守るって決めたんだ。じーじ、お母さんのお墓に来る時にいつも約束してるんだよ。次くる時までバルチを絶対守りますって」


「……」


 バルチは戦士の首飾りについている銀色の指輪を握っていた。唯一残っている、母の形見を。


「だからな、バルチは何も心配しなくていいんだぞ? どんなことからも、バルチはじーじが守るからな」


 バルチは母の墓石から離れ、八十雄の体にくっついた。


「うん。じーじ、ありがとう。でも、これからはバルチもじーじを守るよ。バルチ、強くなったんだから」




 その後2人は冒険者ギルドで依頼完了の手続きを行った。報酬はきっちり二等分し、半分をバルチに渡す。バルチは受け取った報酬を全額ギルドに預けてしまった。


「そう言えば、今まで受け取ったギルドの報酬はどうしてるんだい?」

「んー、全部ギルドに預けてあるよ。バルチ、欲しい物とかないもん」


「もっと好きに使っていいんだよ? 好きな物を食べたりしても」

「バルチ、じーじとご飯を食べるって約束したから、1人で食べないよ? 約束だもんねっ」


 つないだ手をぶんぶん振りながら、嬉しそうに笑う。八十雄の考えていた事とはちょっと違うのだが、本人は満足そうなのでこの場では何も言わなかった。


 何故なら八十雄も、1人でご飯は食べたくなかったから。あまり大きな声では言えないが、八十雄も本当は寂しがり屋なのだ。




 ギルドを出た2人は、裏通りにあるマルゴ御用達の食堂に向かった。


 ラントスにも王侯貴族を相手にするような高級店は存在するが、入店するにはドレスコードの制限があったり、食事の作法など、一般人である八十雄たちにとっては敷居が高すぎる。


 そもそも八十雄は礼儀作法に詳しくないし、身につける気も更々ない。当然、バルチも同じようなもんだ。


 王国の首都にあるザナックス城でのように、これからも高貴な方たちとの晩餐などに招待されることもあるかもしれないが、どうなろうと知ったことではない。出来る限り協力はしたいと思うが、ない袖は振れないのだから。


 そもそも、八十雄にとって飯を食う場所の条件と優先順位は、①.気持ちよく飯が食える場所、②.飯が美味い、③.安い、の3個しかない。


 追加であと1つ付け加えるなら、『バルチが気に入っている場所』となるが、厳密にはこれも①の条件に含まれてしまう。


 そんな訳で、ここしばらくはいつもの食堂に入り浸っていたのだ。


「たのもーっ」


 適当な挨拶をかけつつ小汚い扉を開きながら店内に入ると、奥の『指定席』に、この店一の『常連』が鎮座していたのが見えた。


「マルちゃんっ」

「どうした、バルチ?」


 ロケットのように飛び出したバルチがマルゴの胸に飛び込んで行く。それだけで並の冒険者ならなぎ倒してしまう位の勢いだったが、マルゴは片手で器用に受け止めた。


「やっぱ、お前ってすごい奴かもな」

「何を言っている八十雄。とりあえず座れ」


 マルゴは八十雄にあごで向かいの席を示し、抱えていたバルチは自分の隣に座らせる。


「マルちゃんね、今日はバルチの日なんだよっ! 特別な日なんだよっ!」

「そうか、バルチにとって良い日なんだな?」


 いつになく上機嫌でマルゴにじゃれ付くバルチ。マルゴも嬉しそうに笑っている。


「そうだ。今日はバルチのお祝いだからな。お前も好きなもん食えよ。何か最近、お前に奢ってばっかだけどよ、今日は特別な日だからさ」

「……奇遇だな。今日はわたしの故郷からも同族が来ている。わたしにとっても特別な日だ」


 マルゴの視線の先には同じ様な肌をした一団が席に着いており、こちらの視線に気がついてグラスを上げて挨拶を送ってきた。


「なんだ、お前のお客さんか。おう、親父。あっちのテーブルも今日は俺のおごりだ。好きなもん出してやってくれ。なんて言ったって、今日は特別な日だからよっ」

「お前ならそう言うと思ったよ」


 その後は、店中を舞台としたドンちゃん騒ぎが始まった。いつの間にか八十雄が料理を作りだしたり、親父が客に混じって飲みだしたりしたが、誰も文句を言う奴はいなかった。


 好きなだけ飲んだくれて、食べ散らかして、最後に八十雄が料金を払おうとしたが、親父が請求した金額は驚くほど少なかった。正直、材料費にすら足りるか怪しかったが、親父は笑ってそれ以上の金を受け取らなかった。




 膨れる腹を抱えながら家に着くと、八十雄は押し入れの奥から大きな包みを取り出し、コタツに入っているバルチの前にそっと置いた。


「じーじ、これは?」

「開けてごらん」


 ゴソゴソと開いた包みの中からは、バルチ用のブーツと上着が出てきた。


 ブーツは神護の森に住んでいる猫人姉妹に教わった技術に、ラントスの靴職人から教えてもらった技術をハイブリッドして作り上げた八十雄渾身の作品だ。バルチの好きなオレンジ色と灰色の二色でまとめてある。


 上着の方はポケットが多く作られており、そこに鉄板を仕込めば冒険者稼業を行う際にも十分な防具として使えるようになっている。細かい鉄板の組み合わせのため防御力には若干の不安があるが、その分、稼動域は広く、機敏な動きで敵を翻弄するバルチ向けの仕様となっている。


 もちろん普段使いの場合は、仕込まれた鉄板を外せば街中で使っていても違和感はない作りになっている。


 こちらは灰色に染められ、オレンジ色のラインやワンポイントが入っていた。


 サイズについては毎日のようにバルチを抱きしめている八十雄だけあって、ちょうどピッタリだ。もちろん、この後体が成長しても仕立て直せるように余裕も計算もされていた。


 バルチのためには留まる所を知らない八十雄の裁縫技術はかなりのものとなっていた。この2つのプレゼントは、バルチが寝た後にチクチクと作業を続けてきた結晶なのだ。


「わー、凄い凄いっ! これ、バルチが貰っちゃっていいの?」

「おう。じーじからのプレゼントだ。気に入ったかな?」


「じーじ、ありがとうっ! バルチ、嬉しいっ。大好きっ!」


 上着とブーツを身に着けたバルチが八十雄に飛びついた。




 プレゼントを受け取ってご機嫌な2人は、八十雄が作ったうどんを夕食に、仲良くコタツに入って食べていた。


 バルチをいつの間にかコタツに入っていたアルヴェと八十雄が挟んで座っている。今日のうどんは天ぷらが乗っており、それ以外にも大皿に大量の料理が積み上げられていた。


 何倍目かのうどんを食べ終わり満足したバルチがアルヴェと八十雄の手を握ったまま、頭を揺らし始めた。


「バルチ、そろそろお布団に行くかい?」

「……うん、バルチ、こんなに幸せでいいのかな?」


 眠そうにゆらゆら揺れ出したバルチを八十雄はギュっと抱きしめた。


「バルチが幸せになると、じーじはもっと幸せになるんだ。だから、もっともっと幸せになっていいんだよ。今日より明日はもっと楽しいぞ」

「……うん、じーじの家の子でバルチは幸せだよ」


 その言葉を最後にバルチは完全に寝落ちした。そっと布団に入れると、いつもの様に丸くなる。


「……アルヴェちゃん、俺をこの世界に呼んでくれてありがとう。言葉にできないくらい、感謝してる」

「いえいえ、私こそ心から感謝しています。私の世界を愛してくれてありがとうございます。八十雄さん」




 夕食の片づけを終え布団に入ると、バルチは毛玉のように丸くなっていた。その横に起こさないようにそっと体を潜り込ませると、バルチが体をピッタリとくっついてくるのは毎晩のこと。この子は、寝ている間でも八十雄のぬくもりを求めて寄ってくる。


「バルチ、お休み」


 ポンポンと優しくバルチの体を叩いてから八十雄は目を閉じる。今日もいい夢を見れそうだ。




  読んで頂き、ありがとうございました。

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