054_スカウト
あいも変わらず旅人の2人をよろしくお願いします。
「バルチねー、久しぶりの旅が楽しみだったかもっ」
「お、奇遇だな。じーじもバルチとの旅が楽しみでしょうがなかった」
2人とモモの旅は快適だった。町に入ると目立つバルチのおかげで直ぐに素性はばれてしまうが、その辺りはすでに諦めている。
カドロの町は地図にも乗っているような場所なので、道に迷う心配もない。当初の予定通り20日ほどでカドロの街に到着した。
町の入り口で八十雄は大工ギルドの、バルチは冒険者ギルドのギルドカードを身分証として提出し、入場税を払って町に入る。
通りには冒険者用と商人用の店が立ちんでいる。流石にここが冒険者の町といわれるだけはあった。
昼までまだ時間があったので宿屋を取る前にギルド会館を目指す。まずは会館内の冒険者ギルドでノサモの所在地を聞こうとしたのだ。
「お知らせする事は出来ません」
「そこを何とか」
「出来ない事はできません」
冒険者ギルドの受付は、まさに取り付く島もなかった。
「すでに冒険者を引退された一般の方ですし、あなたがどんな身分の方でもお知らせすることは出来ません」
「……じーじ、喧嘩はダメだよ?」
いつの間にか心配したバルチも八十雄にピッタリくっついている。
「わかった。悪かったな、無理言って」
バルチの頭にポンポンと優しく触れながら、八十雄はギルド会館から出て行く。近くの柱に結び付けていたモモを引きながら町の中に歩き出した。
「宿を先にとって、ご飯にしようか」
「はーい」
手をつなぎながら、八十雄はこじんまりとして可愛い宿屋を見つけると、ドアを開けながら声をかける。
「すみません、馬1頭と2人なんですが泊まれますか? 1人は猫人族なんですけど」
「はーい、もちろんかまいませんよ。今、旦那が向かいますから馬を預けてくださいね~」
中からは元気な女性の声が聞こえ、直ぐにおとなしそうな男の人が現れた。彼はバルチに一瞬驚いた様子だったが、モモの手綱を受け取ると、宿屋に隣接する厩舎へと向かって行く。
「どうぞ中へ。今日はお客さんしかいませんから、好きな所に座ってくださいな」
お絞りを手に現れた元気なおばさんは、一階にある食堂の席を勧めてくれた。八十雄は厨房に最も近いカウンター席に座ると背負っていた荷物を降ろし、隣に座っていたバルチの荷物も降ろしてあげた。
「何か食べる物あるかい? できればこの町の名物料理が良いんだけど。追加でこの子には甘い飲み物と、俺にはお茶も」
「バルチもお任せでお願いしますっ」
「あらあら、バルチちゃんって言うのかい? 可愛い名前だねぇ。確か使徒様の所にいる子もそんな名前だったね。おーいあんた、定食2個とお茶にジュースをお願い」
「あいよー」
いつの間にか厨房に戻っていたのか、先ほどの男の返事が聞こえてきた。
「あんたら、商人には見えないけど冒険者かい?」
おばさんは他に客がいないのを良いことに、八十雄たちに付きっ切りでおしゃべりしている。
「ああ、俺もバルチも一応冒険者だけど、この町にはある人に会うために来たんだ。ただ、どこに行けば良いのか分からなくて困ってて」
「へぇ、試しに言ってごらん? 私が知ってたら教えてあげるから」
「ノサモって言う元冒険者なんだ。ラントスから来たんだけど、名前しか知らないからどうしたもんだか」
「えっ! あんたたち兄ちゃんに会うためだけに、わざわざラントスから来たのっ!?」
カウンターに肘を突いた状態で驚いていたのは、ノサモの妹であるノニだった。
そこからは先はトントン拍子に話が進んだ。今も昔と変わらず、ノサモは夕食をここまで食べに来るらしい。もし、外出している間にやって来ても、八十雄たちが帰ってくるまでは引き止めてくれるからと、カドロの町の観光にでも行ってくるように勧めてくれた。
八十雄とバルチはノニの言葉に甘え外出する。根っからの旅人である2人にとって、未知の町を見て回るのは密かな楽しみだったのだ。
町を一回りし、この町独特の食べ物や名所を堪能してから宿屋に戻ると、食堂のテーブルに1人のお客が座っているのが見えた、後姿だけで顔は分からないが、平均より小柄な中年男性だった。
座っている席の隣の椅子に、ステッキのような一本の棒が立てかけてある。その周りには12~3歳位の子供が2人まとわりついていた。
扉についている鈴の音で気がついた女将のノニが厨房から顔をだした。
「あ、兄ちゃん。会いたいって言ってたお客さんが帰ってきたよ。ちょっと話してあげてよ」
「うん、良いよ」
そう言いながら振り向いた男は、茶色い髪と無精ひげが特徴的だった。
「どうも、ノサモです。それで、どちらさんで?」
右手を差し出しながらペコペコと頭を下げるノサモ。そこには威厳の欠片も感じられない。
「俺は出崎八十雄、こっちの可愛いのが娘のバルチだ。ラントスから来た」
「こんにちはー、バルチだよ」
「はいはい、どうもどうも。良かったらテーブルに座ってよ」
八十雄に続いてバルチと握手をしたノサモは、あいている椅子を八十雄たちに勧める。
「それで、僕に用件ってなんだい?」
オムライスのような料理を食べながら話を聞くようだ。
「俺はラントスで学校を作っているんだが、そこの先生にあんたをスカウトしに来た。世界中から色んな種族の子供が集まる予定の学校だ。バルチを見た時のあんたの目に嫌悪感はなかったし、最適の人材だと思う」
「……一応聞くけど、僕に何を教えさせるつもりなんだい?」
「戦闘訓練だ」
身を乗り出して説明する八十雄の前で考え込むノサモ。
「うーん、子供相手なら教えられるかもしれないけど、僕には無理だよ。この町から離れられない」
「何か理由があるのかい?」
直ぐには答えず、木製のスプーンでオムライスをすくうと口に入れた。
「ラントスに行っちゃったら、ノニの料理は食べられないだろ? だからさ、いくらあんたが使徒様でもお願いを聞く事はできないのさ」
「えぇーっ、お客さんって使徒様だったのっ!?」
「……ノニ、お客さんなんだから名前ぐらい聞いていただろう? それでも気がつかなかったのかい?」
「うん、全然気がつかなかったよ。だって、使徒様はラントスにいるって聞いていたから」
「気がついてよかったね。こちらの方がお前が尊敬する女神様の使徒様だ。お前の宿に泊まってもらって光栄じゃないか」
「そ、そうだね。もう一度、部屋の確認に行っているよ」
大慌てで2階に上がっていく妹の姿をノサモは笑いながら見ていた。
「だったら、無理してお願いするわけにはいかねぇか」
兄妹に比べてローテンションの八十雄は、頭をガリガリ掻きながら天井を仰いだ。食事をしているノサモが、若干、嫌そうな顔をしていることに八十雄は気がつかなかったが。
「正直、あんた以上の人材っていないんだろうなぁ。まあ、残念だけどしょうがねえ」
八十雄は、じっとノサモを観察しているバルチの肩を抱き寄せる。
「バルチ、このおじちゃんはどれくらい強いと思う?」
「う~ん、う~ん。バルチ、こんなこと初めてだけど、おじちゃんがどれくらい強いのか全然分からないよ。ううん、強いのか弱いのか、それも分からないよ」
ニコニコ笑いながらオムライスを食べているノサモの元に、ノニが戻ってきた。
「そうそう、兄ちゃん。さっきのご飯がどうのこうのって話だけどさ、私たち、この店を閉じることになったんだ」
「えっ!? 兄ちゃん、そんなこと聞いてないよっ」
突然の、妹の爆弾発言にノサモは椅子から立ち上がりかけた。
「町の評議委員からこの場所を区画整理で道路にするって連絡があったんだ。代わりに西区に土地を用意してくれるって言うんだけど、周りは住宅地だから宿屋はできないでしょ? 土地の価値は新しい土地の方が高いし、評議委員からのお達しだから断ることも出来ないし、どうしようかなって」
「それは、兄ちゃんにもどうしようも……」
「うん、だからさ。何か新しい仕事でも始めようと思うんだけど、私たちに何が出来るんだろうってねぇ」
八十雄とバルチの目の前で、いきなり深刻な家族会議が始まってしまった。
「それじゃ、こんな提案はどうだい?」
八十雄は閃いた。すべてを上手く解決する方法を。
「今、ラントスはすげえ観光客が来てんだ。そのおかげで宿屋も食堂も、何もかもがたんねえ。だからよ、妹さん一家がラントスで宿屋を開いて、兄ちゃんが近くの学校で先生をやるってわけよ。ここにはちびっ子もいるようだから、そのままうちの学校に入れちまえばいいし、悪くねえだろ?」
「でも、交易都市ラントスで新しく宿屋を建てるほど資金なんて私たちにはないし……」
「そこは心配無用だ。俺が許可を貰って新規に開発している地区があるから、土地は余っている。具合が良いことに、周りに一軒も宿屋も食堂もねえし、絶対に繁盛間違いなしだ。建物についても、ほらこれを見てみろよ?」
そう言って取り出したのは大工ギルドのギルドカード。そこには八十雄がギルド長であることが記載されている。
「店の方も俺たちのギルドが立派なもんを格安で建ててやる。この俺が約束する」
「……でも、良いのかしら。私たちばかり、こんな良くして貰って」
ノニは、あまりにも上手い話に半信半疑になっていた。
「信じられないかもしれないが、宿屋が欲しかったのも、食堂が欲しかったのも本当のことだ。ラントスでは米も作り始めてたんだけど、ここみたいに米料理が作れる料理人がいなくて、どうするか考えていたところだったんだ。是非、ノサモと一緒にラントスに来てくれ。俺を助けると思って、頼むっ」
頭を下げる八十雄の横で、バルチは瞬きもせずにノサモを視線で射抜いた。
「じーじはね、約束を破ったことないよ。バルチとした約束は全部守ってくれるよ。だから、今の話も絶対守るよ。バルチは信じてるもん」
「……そうか。バルチちゃんは八十雄さんを信じているんだね?」
「そうだよ。バルチはじーじを信じているよ。絶対、絶対だよ」
「わかったよ。僕も信じてみようと思う。でも、僕が信じるのは、八十雄さんを信じているバルチちゃんの言葉だ。ここまで真剣に人を信じられるのって凄いことだよね。ちょっと興味が出てきたよ」
ノサモがバルチの頭を撫でると、バルチは嬉しそうに笑った。意外なことだが、バルチは心から信頼している人にしか自分の体を触らせない。八十雄やアルヴェ、猫人族の仲間やマルゴなど、意外とその数は少ないのだ。
その後簡単なスケジュールを確認し、翌朝には八十雄とバルチはラントスへの帰路に着いた。ノサモとノニ一家は、区画整理で店を閉めるぎりぎりまでカドロで過ごし、その後移動を開始するため、ラントスに到着するのは3ヵ月後になる予定だ。
八十雄は簡単な宿屋の見取り図をその場で作り確認してもらったので、彼らが到着する前に宿屋の着工を開始することを約束した。ノニたちの予想よりずいぶんと豪華な造りになっていたので、彼女らは恐縮しっぱなしであったが。
この分だと当初の予定の2ヶ月を大幅に短縮してラントスまで戻れそうだ。しかも、優秀な料理人と宿屋の経営者まで勧誘して。
「しかし、バルチは凄いな~。じーじが説得しても頷いてくれない人たちを説得しちゃうんだからな」
モモの背中に揺られながら、当のバルチは、いつもの『ん?』と言う顔で八十雄に抱えられていた。
「バルチはね、凄くないよ。本当のことしか言ってないもん。でもね、本当の事は本当のことなんだから、ちゃんと説明すれば分かってもらえるんだよ」
「……じーじ、バルチにはもう勝てないよ。バルチは最強だなっ」
八十雄にギュッと抱きしめられたバルチは、『ん?』と不思議そうな顔をしていた。
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