030_食の都 -2-
今後の展開に大きく影響を与えるキーパーソンが登場します。
これからも、八十雄とバルチをよろしくお願いします。
八十雄がポルロニアに寄ろうと思ったのは、ラントスから旅に出る前夜にアルヴェと交わした会話の中でモルドロー8世の名前が出たのを覚えていたからだ。
アルヴェが【とにかく凄い人だったんです。私が危ないからって夢で声をかけても、全然聞かないんですよ? 何が凄いって、凄い所が凄いんですっ!】と、握りこぶしを作りながら力説していたのだ。言っている意味は良く分からなかったけど、とにかく凄い人物と言う事だけは伝わった。それだけがいつまでも頭に残っていて、いつかモルドロー8世の生まれ故郷に行ってみたいと考えていたのだ。
八十雄とバルチが2人で始めた味試しは、三回戦目に突入していた。お互いが食べたい料理を選んで、それで相手を【攻撃】するのだ。残念ながら全ての料理がおいしくて甲乙つけがたく、勝負は引き分け続きであったが。
旅の間は手の込んだ料理は作れず、飯屋でもあまり良い顔をされなかったので、もっぱら2人が口にする食べ物といえば、固いパンや野外で捕まえた魚や鳥に山菜などを簡単に調理した物ばかり。
ポルロニアのように、八十雄以外の人間が作った暖かい料理を自由に食べる経験は、バルチにとって久々だった。今はそうめんに似た麺料理を美味しそうにすすっている。相変わらず、顔をどんぶりに突っ込むようにしながら食べている。かわいい。
「すみません。出崎八十雄殿ではありませぬか?」
会釈しながら話しかけてきたのは、60歳くらいの男性だった。灰色の髪を後ろに撫で付け、整えられた髭が口元を飾っている。何処となく、死んだばかりの頃に出会った鈴木さんに似ていた。
「ああ、俺が八十雄ですが」
この男からは嫌な感じもしなかったし、バルチものんきに料理を食べているので、座ったまま返事を返す。男はケイドンと名乗り、自分の主人が会いたがっていることを説明した。
「会ってやっても良いけどよ、これからそいつの家に来いってんならお断りだ。まだ露天巡りを続けたいからな」
バルチの耳は会話をしている八十雄たちの方向を向いているが、視線は立ち並ぶ露天に釘付けになっていた。どうやら彼女は、次の攻撃対象(露店)の選別に入っているようだ。
「すみません。気分を悪くしたのなら謝ります」
「若っ!」
老人の後ろから現れたのは、珍妙な中年男性だった。背はかなり低く、平均的な女性より小さいかもしれない。頭も薄くテカテカと光っていた。体も丸々と太っており、腕や足もパンパンに膨れていた。
すみません、すみませんとペコペコ頭を下げながら、男は八十雄に握手を求めた。
「私はモルドロー10世。一応、この都市の領主を勤めている者です。ようこそいらっしゃいました」
目の前の小男、モルドロー10世は変わった男だった。
八十雄とバルチが露店巡りを希望しているのを聞いて、自ら案内を申し出たのだ。彼が八十雄たちを案内したのは小汚い露店ばかり。そこでも店主と自ら交渉し、おまけを貰ったりしていた。露店主たちも「領主様にはかなわねぇや」と良いながら、会話を楽しんでいるようだった。
「この料理はですな、叔父上がウンナ街道で……」
「この料理は、ランゴバルド王国の北西部に住む……」
八十雄やバルチが興味を引かれた料理について、モルドロー10世は驚くほどの知識を持っていた。料理に使われている材料や調理方法、食べている地域や民族、その薬効などを饒舌に語っていく。その知識は湧き水のようで、とどまるところを知らなかった。その口ぶりから、心から料理を愛していることが伝わってきた。
モルドロー10世は厳選した4点の料理を買い求めた後、八十雄とバルチを野外テーブルに案内し座らせ、その前に買い求めた料理を並べていく。
「先に食べていてください。直ぐに戻りますので」
そう言うと、八十雄が止める間もなく体を揺らしながら走り去る。傍に控えていたケイドンも、黙ってそれを見送っていた。
「なあ、ケイドンさん。外様の俺が言うことじゃないかもしれねぇけどよ、良いのかい?」
「若はあれで良いのです。わたくしはただ、従うのみ」
「あんたが良いなら何も言うことはねえけどさ……」
「じーじ、バルチ食べても良い?」
「おっちゃんも言ってたし、先に食べよっか」
モルドロー10世が選んだ料理はどれも素晴らしい味だった。単品でも美味しいのに、他の料理と併せて食べると更に味が広がった。食べれば食べるほどお腹がすくような不思議な体験だった。バルチも実にお行儀悪く、料理に挑んでいる
「バルチ、さっきのおじさんには勝てないかも。だって、凄く美味しいんだもん」
「じーじも勝てそうにないな~。凄いおじさんだよな」
「いやぁ、お待たせしました」
あらかた料理を食べつくした頃、ハフハフと息を吐き、汗を拭いながら、新たな料理の山と一緒にモルドロー10世が戻ってきた。最初に買ったのは『ガッツリ系』のヘビー級ばかりであったが、今回新たに買ってきたのは、『さっぱり系』のライト級ばかり。流石によく分かっている。
「あとこれ飲んでみてください。私の自信作です」
「なんだ?」
そう良いながら八十雄とバルチの前に差し出したのは、木製の大きなジョッキだった。中には白い液体がなみなみと入っている。
「これ、おっちゃんが作ったのかい?」
「ええ。女神様の休日では私も露店を出しているんですよ。さあさあ、飲んでみてください」
「それじゃ、遠慮なく」
グビッとジョッキを傾けると、ヨーグルトに似た爽やかな酸味が口の中に広がった。細かく刻まれ混ぜられた果物も甘く、実に美味しい。バルチは一気に飲み干してしまったようで、空になったジョッキを逆さにし、垂れてくる液体を舐めている。相当、気に入ったようだ。八十雄は自分の飲みかけのジョッキと、バルチの空になったジョッキを交換してあげた。
一口飲んだだけなのに口の中がさっぱりして、改めて食欲が刺激される。
「これはやばい。本当にまずい。このまま一年もここで過ごしたら、おっちゃんみたいに太っちまう」
八十雄の言葉に、愉快そうに大きな腹を揺するモルドロー10世だった。
「ところで、俺に用事って何だい?」
用意された料理をあらかた攻略した頃、何気なく八十雄は問いかけた。
「本当は八十雄さんじゃなくて、そちらのバルチさんに用事があるのです」
「バルチに?」
はい、と言いながらモルドロー10世はケイドンから古びた一冊の本を受け取り、八十雄に差し出した。
「これは、私の叔父上であるモルドロー8世の手記です。
ご存知かもしれませんが、食聖と呼ばれた叔父上は、若い頃に世界中を巡りました。これは、その時の旅の記録を書き記した内の一冊となります」
差し出された手記は大学ノート位の大きさで、中には図入りでびっしりと紀行文が書かれていた。
「北の極限地を旅していた際、寒さと飢えでもうダメかという時に、白い体毛の猫人族の一家が叔父上を助けてくれたそうです。
彼らの住処まで連れて行かれ、言葉も通じない中、彼らは叔父上の看病を続けてくれました。
2週間ほど世話になったそうですが、彼らは自分たちの食料を叔父上に食べさせ、その間、猫人の親子はほとんど何も食べなかったそうです。
叔父上の手記には、感謝を伝えたくても伝えられない己のふがいなさや、申し訳ない気持ち、それに、助けてもらった感謝の言葉が残されていました」
バルチは話の内容を理解できているのか分からないが、じっとモルドロー10世を見つめていた。
「私も北の極限地に住む白い猫人族について調べてみましたが、大飢饉以降、姿を見た者はいないということでした。
私どもも諦めていたところに、使徒である八十雄さんが白い猫人の子供と共に旅に出たと聞きまして、もしかしたら、ポルロニアに来て頂けるのではないかと、一日千秋の思いでお待ちしていたのです。
この手記はポム家の家宝とも言える代物ですが、是非、バルチさんに持っていて欲しいのです。叔父上も、きっとそう望んでいるでしょう」
それだけ言うとモルドロー10世は椅子から立ち上がり、身を正しバルチに深く頭を下げた。後ろに控えていたケイドンも、露店の店主や行きかう商人まで次々と頭を下げていく。
慌てたバルチも急いで立ち上がり、同じ様に頭を下げるのを、八十雄は黙って見ていた。
モルドロー10世とケイドンは、八十雄に手記を手渡したその足で帰って行った。
八十雄が冗談交じりに、『領主の館でごちそうでも振舞ってくれるんじゃないの?』と冷やかしたところ、『かたっ苦しい食事より、露店で好きなものを好きなだけ食べた方が幸せですよ。それに、私も館に戻れば【領主】に戻らなければならないので』と、笑いながら人ごみに消えて行く。
その後、八十雄は門前宿で部屋を取り(そこでもバルチは『人間扱い』された)、布団に寝転がりながら渡された手記をバルチに読み聞かせてあげた。バルチはモルドロー8世が極限地で保護される件を何度も何度も聞きたがり、八十雄にくっついて離れなかった。
最近には珍しく、甘えてたくって仕方がないバルチに、
(こういうのも、たまには悪くないかも……)
と、ニヤついて止まらない八十雄さんがいましたとさ。
読んで頂き、ありがとうございました。




