031_八十雄の決意 -1-
連続4話の長編となります。
ここからしばらく、八十雄さんのターン。
八十雄はこの世界をどうしたらもっと自由で平等な世界にできるのか考えあぐねていた。
世界の各都市で、演説でも一発かましてやろうかと考えていた時代もあったが、とてもじゃないがそんな柄じゃない。日本にいた頃はただの土方のおっさんだったのだ。そんな特殊スキルは持っていなかった。
いっその事、辺境の村なりポルロニアなりでバルチと平和に暮らしていくこともチラリと考えたが、それもできない相談だった。バルチには小さい時から約束は守るように教えてきた。現に、バルチが八十雄と交わした約束を破ったことは1度もない。その親である俺が、この世界に来る切欠になったアルヴェと交わした約束を破るわけにはいかない。
「なー、バルチ。猫人族の修行って、最初は上手くいかなかったよね?」
「んー、そうだよ。バルチ、最初は全然ダメだった」
最近のバルチは、モルドロー8世の手記に興味を持ったのが高じて、人間族の言葉を覚えようと頑張っていた。今も八十雄が買ってきた絵本を寝転びながら熱心に読んでいる。その絵本には、八十雄がバルチのために、人間族の言葉の横に猫人族の言葉を書いておいたのだ。これなら猫人族の言葉しか読めないバルチも、言葉の勉強ができる。
「じゃあ、どうやったら上手にできるようになったんだい?」
「ん~」
読んでいた絵本をパタンと閉じて、バルチはベッドの上に座った。リンクの首巻きを触りながら考えている。
「バルチね、失敗してた時も頑張ってたんだけど、この子を捕まえた時は、もっともっと頑張った。
多分、たくさん頑張ったから上手くできたんだよ」
「……そうか。バルチは頑張り屋さんだなぁ」
軽い気持ちで聞いたつもりが、【もっともっと頑張った】なんて、凄い言葉が返ってきた。八十雄は言葉にならない衝撃を受けて泣きそうになった。頑張ることができる人間は、自分に自信がある者か、自分を信じている者にしかできないことを八十雄は知っていたからだ。
【子は親の鏡】なんて使い古された言葉だけど、ならば、親は子の何になるんだろうか……。
「それじゃ、じーじも頑張ってみるかな。バルチに負けないくらい」
「おーっ」
宿屋の一室で何気なく交わした会話が、八十雄の歩く道を決定した。最上の結果を目指し、一切妥協せず、茨の道を歩く覚悟を。目的のためには泥を被る覚悟も辞さない、固く重い覚悟を胎の中に据えたのだ。
ポルロニアを後にした八十雄たちは、ラグナス公国の首都ラグナスを目指していた。今日もバルチと手をつなぎ、2人は仲良く歩いている。
ラグナスに近づくほどに人通りは増えていったが、何故かバルチに対する人当たりは柔らかくなっていた。すれ違う商人たちの中には、会釈を送ってくる者もいたのだ。
「こんにちはー、こんにちはー」
今のバルチは、すれ違う商隊の全員に元気に手を振りながらあいさつを送っている。厳つい顔の護衛や商人たちも、笑いながら手を振っていた。
「こんにちはー、こんにちはー」
いつまでも、バルチは元気に手を振っている。
この件には、ポルロニアの衆目の前でバルチに頭を下げたモルドロー10世の行動が大きく関係していた。
父のあとを継いだ10年足らずで、ポルロニアを今の繁栄に導いたモルドロー10世は、町の人たちから尊敬を大いに集めていた。また、商人ギルドや、食品に関するあらゆるギルドに対しても、代々のポム家当主の働きで非常に強い影響力を持っていたのだ。
ポルロニアの下町でモルドロー10世がバルチに頭を下げた時、周りの市民が次々と頭を下げていったのはそうした理由があったからだ。そしてこの出来事は、商人たちの口で世界中に広まっていくのだった。
モルドロー10世が狙ってやったのかは誰にもわからない。ただ1つ言える事があるならば、彼は情報収集能力と世知にたけた、この世界でも屈指の政治家であった。ただ、それだけである。
巨大な城壁に守られている首都ラグナスの歩行者専用入門口から八十雄たちは市内に入った。手続きで特に揉めることもなく、すんなりと入ることができた。
街は多くの人が忙しそうに歩いていた。ラントスに比べ北方に位置するため、そでが長く生地が厚めの服が主流のようだ。思えばバルチが着ている服は、全て八十雄の手作りだった。色も地味だし、ズボンばかり。バルチも女の子だし、スカートが履きたいかもしれない。
「ちょっとご飯まで時間があるし、寄り道していこっか」
「は~い」
ラグナス市内では白い体毛のバルチは目立っていた。多くの人がバルチに目を止めると、足を止め指を差し、付近の知り合いと陰口を囁いている。
平気なふりをしているバルチであったが、尻尾が緊張でわずかに膨らんでいる。八十雄はバルチと繋いだ手に、わずかに力を込めた。
「あー、バルチは可愛いなあ。すげえ可愛い。こんなに素直で可愛いバルチと一緒に暮らせる俺は、世界で一番幸せだなっ!」
「っ!?」
突然、大声で話し始めた八十雄にバルチは驚き、尻尾をビクリと揺らして、八十雄を見上げた。
「それにバルチは可愛いだけじゃないぜ。誰よりも頑張り屋で、優しくて。絶対に人の悪口や陰口を叩いたりしねぇ。
ちょっと見た目が違うからって、俺の娘にくだらねぇことしんなや」
最後は興奮して日本時代の方言が飛び出してしまったが、意味は伝わったはずだ。現に居たたまれなくなって、八十雄の周囲では俯いてしまった人間が何人もいる。
ふんっ、と鼻息一つ。八十雄はバルチの手を引いて、人ごみを割るように歩き出す。
「じーじと一緒に買い物に行こうな。おっとその前に、お金を降ろさないとまずいか」
「うん。じーじありがと」
バルチは八十雄と握った手を、ギュッと握り締めた。
その後、何件も服屋巡りをしてみたが、結局バルチは欲しい服を選ばなかった。スカートやフリルの付いた可愛らしい服には興味がないようだ。
靴屋には、猫人族であるバルチにむいた物はなかった。今バルチが履いている靴は八十雄のお手製で、トリスたち猫人姉妹に作り方を教わり、苦心の末に作り上げた傑作である。人間種より足の裏が柔らかく、機敏な動きをする猫人に合わせて作ってあった。また、表面をオレンジ色に染めたり、小さい飾りをつけたりとできる限りかわいらしく作ったつもりである。
バルチはオレンジ色が好きなので、それを知っていた八十雄はバルチのザックも靴に合わせて綺麗なオレンジ色に染めていた。
元々、贅沢や我侭を言ったことがない子なので、たまには贅沢の1つや2つさせてあげたい八十雄であったが、どうにも上手くいかなかった。しょうがなくバルチに似合いそうな生地をたくさん買ったので、旅の合間に新しい服でも作ることにする。
八十雄にとって服屋巡りは不本意な結果に終わったが、バルチにとっては違ったようだ。見たことがない商品を売っているお店を大好きな八十雄と眺めながら歩き、時には露店で美味しい食べ物まで買ってもらい、おしゃべりするのは楽しい時間だった。
最近覚え始めた人間の言葉で書かれたお店の看板をたどたどしく読んでみれば、八十雄は全力で褒めてくれた。
バルチにとっては、それだけで満足だった。
いつの間にか太陽は天高く昇り、時刻は昼過ぎになっていた。思ったよりも街の中を歩き回っていたようだ。
旅の間はろくな物を食べていなかったので、ラグナスの中心部にあるギルド会館に併設された食堂で食事を取ることにする。店内は冒険者や商人がそれぞれグループを作って食事を取っていた。
隅っこのテーブルについた八十雄とバルチも、適当にメニューから料理を選び食べ始めた。茹でた野菜や焼肉など、テーブルからこぼれんばかりの料理に、我らがバルチは果敢に挑んでいく。相変わらず、何処に入っていくのか不思議になるくらいの大食漢だ。
食後のフルーツまで満喫してから店を出た後、この町に来た本当の目的地を目指し歩き出した。目抜き通りの先にある強固な城門。そう、八十雄はこの国の支配者である【紅蓮帝】こと、ラギオス・アリシールドに会うために、ここまでやって来たのだ。
城門前の堀にかかっている橋の上を八十雄とバルチが進んでいくと、槍を構えた衛兵たちが色めき立った。
「ここから先は陛下の居住区となる。許可なく立ち入ることは禁じられている。今すぐ下がれ」
槍を向けられ警告を受けたが、八十雄はそのまま槍の射程距離ギリギリまで進んだ。
「俺は、出崎八十雄。この国の一番偉い奴に話があってきた。取り次いでもらおうか」
「貴様っ、ずいぶんふざけた態度だなっ!」
最初が肝心だと、舐めらないように強気に攻めた八十雄であったが、相手の兵士をかなり怒らせてしまった。今さら下手に出るのも癪に障るし、どうしよっか……。
「ん、ヤツオ、ヤツオ……。どこかで聞いたな……」
別の衛兵に何か心当たりがあったのか、その場を仲間に任せて確認のために城の中に入って行った。
その15分後、慌てて城門にやってきた近衛副隊長が目にしたのは、大声で怒鳴りあう八十雄と衛兵の姿だった。
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