029_食の都 -1-
伝説の男が登場します。
これからも、八十雄とバルチをよろしくお願いします。
7年ぶりに顔を合わせた村人たちは誰1人欠けることなく八十雄たちを暖かく迎え入れてくれた。
高齢だったエンヤ婆さんもさらにしわだらけになっていたが、いたって健康そうだった。7年前と比べても曲がっていた腰も真っ直ぐに伸び、元気に見えるくらいだ。
村の中には八十雄たちが旅立ってから新しく生まれた小さい子供が走り回り、活気に満ちている。
「なあ婆さん。昔に比べて村の中にすげぇ活気があるんだけど、何かあったの?」
「そりゃあ、お前、あれよ」
「……あれって?」
「わしらの夢の中に女神様が出てきたのは知っとろう? お前さんに小麦を渡して欲しいって頼まれた時のことさね。
村人はみんなより良いものを用意してやろうと、そりゃあ張り切ったもんよ。
そしたら不思議なもんでな、人生に目的ができると生活にメリハリがでるもんさ」
囲炉裏の傍でバルチが船を漕いでいる。必死に眠らないように頑張っている姿がかわいい。
「今年よりもっと良い物を、そう思いながら頑張っとるうちにみんな元気になってなぁ。
今ではこんまいのも沢山生まれて、五月蝿くなってしょうがないわい」
一週間のんびり過ごしてリフレッシュした八十雄とバルチは、進路を北に取った。
見送りに来てくれた村人たちに手を振りながら、別れを告げる2人。その手には小ぶりなミカンが握られている。これは、かつて八十雄が辺境の村に種を植え、育った木になった物だ。それを村人たちが、村を旅立つ際にもいで渡してくれた。
神護の森に入る前、ミカンの種を植えたことを説明し、もし芽が出た時は世話をして欲しいと村人たちにお願いしてあった。もちろん収穫される果実については、村で自由にして良いと伝えてあった。
辺境の村では収穫されるミカンを誕生日を迎えた子供や老人に配るようになっていた。木が小さく本数も少ないので、村人全員には行き渡らないからである。
また体調を崩したり、病気になった者にもミカンは食べさせられた。すると、なかなか下がらなかった熱が一晩で下がったり、体から痛みが引いたりと、あらゆる病や怪我に効果が認められた。
この時代、乳幼児が亡くなるのは決して珍しいことではなかったが、この村の子供たちは誰1人、命を落とすことはなかった。
そんな命の果実を丁寧に皮を剥き、一房手に取るとバルチの口に放り込んだ。今のバルチはフードを被らず、堂々と歩いている。凛々しい姿も素敵だ。
バルチも久々のミカンの味に、目を丸くして笑っている。バルチの喜ぶ姿が見たくて、気が付けば、全てのミカンをバルチの口に放り込んでいた。
辺境の村を出てから8日。ようやく、目的の都市が姿を現した。辺境の村とは違い、しっかりした城壁と立派な門が見える。
バルチは辺境の村からここまで一度も顔を隠さなかった。すれ違う旅人には露骨に嫌悪感を示す人もいた。あからさまにバルチを避ける人もいた。途中の村では宿泊拒否をされたり、料金を割り増しして請求されたりもした。
昔と違っていたのは、石を投げたり直接的な嫌がらせをする者がいなかったことくらいだ。いくら相手が子供と言えど、しっかりとみつめ返してくる相手には、暴力的な手段は取り辛い。
嫌な思いを沢山したはずのバルチだが、泣き言は一言も漏らさなかった。八十雄も下手に慰めたりはしなかった。ここで慰めたとしても、明日も、明後日も、同じ様なことがあるかもしれないのだから。
これはバルチが1人で乗り越えなければならない問題なのだ。八十雄ができるのは、黙って手を握ってやるくらいしかない。いつか、世界を変えるその日まで。
「……」
「じーじ、またゴミが目に入ったの? 大丈夫?」
八十雄が【食の都ポルロニア】を、新たな旅の最初の目的地にしたのは、ここがある人物の生まれ故郷だからだ。
高貴な生まれながら、その全てを投げ捨てて貧しき民のために生涯をかけたその人物の名はモルドロー8世。後に食聖と呼ばれる男だった。
ポルロニアに近づくにつれて、通行人も増えてきた。冒険者風のグループや八十雄たちと同じ旅人の姿もあった。左右に広がる畑を眺めながら、八十雄とバルチは門へと続く列の最後尾についた。
貴族や軍属は優先的に通されるようで、何人もの人たちが八十雄たちを抜いていく。一緒に並んでいる商人たちにとっては見慣れた光景らしく、雑談しながらのんびりと待っている。バルチにちょっかいを出す人もなかった。
30分ほど待たされて通された受付所には、20代と40代に見える2人の兵士が待っていた。
「食の都ポルロニアへようこそ。観光目的かな」
若い兵士が思っていたよりフランクに話しかけてきた。
「ああ。モルドロー8世のことを聞いていて、一度見てみたいと思ってたんだ」
「流石は食王様。それじゃ身分を確認できる物を出してもらって良いかな? ギルドカードがあれば良いんだけど」
八十雄が差し出した大工ギルドのカードを、若い兵士は【感応石】に近づけた。すると【感応石】は、淡い青色に光り出した。
「はい、確認完了。カードは返すよ。あと猫人族のこの子は何だい?」
「この子はバルチ、俺の娘だ」
「バルチか、可愛い名前だな。入場料は1人3000ギルの2人で6000ギル。この国の金がなければ他国の金でも良いよ」
「……それで良いのか? 俺は人間で、この子は猫人族だけど」
余りの呆気なさに、八十雄の方が慌ててしまった。思わず、この人が良さそうな兵士に確認してしまうほどに。それに答えたのは、黙って見ていたベテラン兵士だ。
「食王様の言葉にこんなのがある【食に国境なし 種族に貴賎なし】。
昔、世界中を旅していた食王様は、色々な苦労をなさったようだ。そんな時、決まって助けてくれたのは市井の貧しい民だったと言われている。
また、北や南の極限地を旅した時は、現地に住む他種族に命を救ってもらったこともあるそうだ。
だからポルロニアでは、いかなる種族であろうと尊重し認め合っているんだ」
門から続く通りには、多くの人が行き交っていた。道の左右には露天が立ち並び、良い匂いが漂ってくる。さっきからバルチの視線や耳も忙しく動いていた。人通りも多いのではぐれないように手をつないでおこう。きゅう~っと、可愛らしい音も聞こえてきたことだし、何か適当につまんでみるか。
「まずは露天で味試しでもしてみる?」
「おーっ!」
2人でガッツポーズをとりながらどの露天にするか物色を始めた。どこも美味しそうで、たまらない匂いが漂ってくる。
迷いに迷った末、八十雄は大きな肉の塊と、ジャガイモ系の野菜を蒸した料理を選び、バルチはソーセージのような腸詰めを選んだ。2人は誰もが使える共同のテーブルに料理を運び、手を合わせてから口に運んだ。
蒸した肉は柔らかく、とてもあっさりしていた。鳥とも、豚とも違うようだが、いくらでも食べられそうだ。ジャガイモのような野菜もホクホクしていて、肉にとてもあっている。
「うーん、これはうまい。うまいなぁ」
「じーじ、こっちも美味しいよ」
バルチが噛り付いている腸詰めも美味しそうだった。皮目はこんがりと焼かれ、溢れる肉汁を見ているだけで涎が止まらない。口いっぱいに腸詰めを頬張っているバルチもご機嫌だ。
「じーじから、バルチに攻撃だ」
「っ!?」
ようやく口の中身を飲み込んだバルチの口に、箸で掴んだ肉の塊を突っ込んだ。ぱくっと肉を咥えたバルチが目をパチパチしていたが、モグモグと口を動かすうちに、丸かった目が幸せそうに細くなっていく。
「バルチも攻撃するっ」
「おっ」
おれを真似てか、バルチも腸詰めを差し出してきた。がぶっとそれに噛み付くと、熱々の肉汁が口中に広がる。蒸し料理とは違う濃厚なうま味に、自然と笑みがこぼれた。
「あー、こっちも美味いなー」
「じーじが選んだのも美味しいよ」
2人はお互いの料理を分け合って食べ続けた。美味しそうに、幸せそうに。
読んで頂き、ありがとうございました。




