第8話:再ビルドは一瞬、世界システムの依存関係は泥臭い
「……いや、まぁ、人型(擬人化)の方が会話のプロトコルとしては同期しやすいからいいんだけどさ」
俺は、淹れたてのハーブティーをマグカップ(凡者の小道具製)からすすりながら、対面に座る瑠璃色の髪の少女――世界の公式セキュリティソフトこと『ルリ』を見つめた。
彼女は人型になっても行動の軽さはそのままで、木製ボウルから直にハーブティーをふーふーと器用に吹いて飲んでいる。
「ところでルリ。お前、さっき俺の多点観測網が捉えた、1200km先にある『標準的な人間の街』について何か知ってるか?」
「んー? 人間の街? あー……なんかあの辺に、大雑把に社会的常識の同期場を作って固まってる有象無象のオブジェクト群がいるなー、くらいしか把握してないわー。だって私のメインタスク、野生のバグ(野良モンスター)のデリートだし。人間のミクロな営み(経済活動や文化)とか、仕様対象外だからマジで興味ないんだよね」
「なるほど、大雑把なマクロデータしか持ってないわけか」
セキュリティソフトにとって、無害な一般ユーザー(人間)のログは監視対象外。仕様としては極めて正常だが、引きこもりデバッガーとしてはもう少し詳細な現地データが欲しいところだ。
「よし、じゃあ情報が足りないなら、もう一度あっちをスキャンするまでだ」
「え? でもさっきの観測網、私の消去コードで全損(全インスタンス破壊)しちゃったよ? 設計からやり直すの、超だるくない?」
ルリが不思議そうに首を傾げる。確かに普通のクリエイターなら、数日、あるいは数ヶ月のタイムロスだろう。
だが、俺の仕様を舐めてもらっては困る。
「問題ない。一度オブジェクト指向で設計したクラスは、俺の脳内ストレージに『青写真』として完璧に保存されてる。つまり――再ビルド(再デプロイ)なんて、一瞬だ」
俺がパチンと指を鳴らす。
瞬間、俺のリソース(世界構築の5倍)が奔流となり、我が家の庭に眩い光の粒子が爆発した。
数秒の処理時間すら挟まない。
光が晴れた瞬間、そこには先ほどルリに破壊されたはずのリング型データバス、術式展開用のドローン群が、傷一つない初期状態で完全に再配置されていた。
「う、嘘でしょ……ノータイムで全インスタンスを完全リビルドするとか、マジでチートすぎ〜☆ 便利とかそういうレベル超えてるんだけど!?」
ルリがハーブティーを吹き出しそうになりながら、ドン引きした目で俺を見つめる。公式のセキュリティソフトを驚愕させるのは、なかなか気分のいいものだ。
「よし、ドローン各機、エッジサーバーとして再稼働。隣のクソバグダンジョンへのアクセスを再開。さらに広域探査用の『愚者の眼』を、1200km先の人間の街へ再デプロイしろ」
今回はルリという公式のバックドア(監視権限の例外処理)を噛ませているため、通信の安定性とサンプリングデータの解像度が、以前とは比較にならないほど向上していた。エラーログを吐くこともなく、鮮明なパケットデータが俺の脳内モニターに流れ込んでくる。
俺は再構築されたデータをもとに、1200km先の人間の街と、そのすぐ近くにある「エラー深度100」の低難易度ダンジョンのログを並べて精査し始めた。
すると、そこには奇妙な「相互依存のログ」が刻まれていた。
「……なぁ、ルリ。お前、ダンジョンは世界の魔素圧を逃がすための排気弁(仕様)だって言ったよな?」
「そうそう。溜まったゴミ(魔素)を排出するバグの発生源(排気口)ね」
「これ、データを見る限り、人間の街とダンジョンって……同じ面での『持ちつ持たれつの共生関係』になってるぞ」
「え? どういうこと?」
ルリが頭の上に「?」を浮かべる。画面を指差しながら、俺はデバッガーとしての考察を口にした。
「人間たちの社会活動――つまり、彼らが欲を出したり、戦ったり、生活したりするプロセスそのものが、世界の物理エンジンに高負荷をかけて、結果としてダンジョン側に『魔素のバグ』を発生させる要因になってる。だが、問題はその先だ。ダンジョンから溢れ出たバグ(モンスターや魔鉱石)を、人間たちが『素材』や『資源』としてありがたがって回収し、それを社会の燃料にして消費している」
「あ、なるほど! 人間が活動してバグを発生させ、そのバグから作成されたものを、人間がありがたがって回収してるんだ。お互いがバグを垂れ流し合い、それをバグと知りながら再利用している……これ、既存のシステムの上に無理やり構築された、泥臭いスパゲティコードみたいなエコシステム(共生関係)じゃん」
ルリも俺の共有したログを見て、呆れたように笑う。
「……面白い。この世界の物理エンジンと人間社会の依存関係、もっとディープにパケット解析(精査)してみる価値がありそうだ」
俺がそう言ってさらにログのコードを追おうとした時、ルリが「あ、待って。これさ」と、俺のコンソール画面の一点を指差した。チャラい口調の裏で、世界の管理AIとしての鋭いバグ解析能力が瞬いた。
「これさ、お互いがバグ(資源)を利用し合ってることで、ダンジョンの難易度が低レベルで安定してるんじゃない?」
「……難易度の安定?」
「そうそう! ほら、ここ。人間たちがダンジョンの魔素を資源として外にどんどん掻き出してるから、ダンジョン内部の魔素圧が一定以下にキープされてるの。もし人間がこのバグを利用するのをやめて放置したら、魔素がたまり始めて、周辺の影響係数も上昇するだろうから街も魔素係数の影響が出始めて(致命的なシステムハザード)になると思うわけ。つまり、人間がバグを貪ることで、奇跡的に『魔素密度100』っていう超低レベルな安全圏でフリーズ(安定)してるんだよ。これ、私の仮説☆」
「なるほど……!!」
ルリの提示した仮説は、エンジニア視点で見ても完璧に筋が通っていた。
過負荷によるシステムダウン(環境の破壊)を防ぐために、人間という外部プロセスが「お掃除プログラム」としてバグ(資源)を消費し、結果としてそのダンジョンは『初心者向けの低レベル環境』として保たれているわけだ。
「納得した。人間の営みも、システム維持に一役買っているわけか。……よし、それじゃあルリの仮説を裏付けるために、まずは街を観察して、よりディープにサンプリングして精査してみるか」
「おっけー、私もアドバイスできるように、ちゃんと見てるねー
今まで意識したことなかったから、凄く新鮮!!」
ルリが楽しそうに解析結果に着目する。さすが上位権限者、俺のリソースにあっさり横からログインしてやがる。
――しかし、勉はまだ知らない。
我が家の隣にある「仮想内部魔素深度35,000オーバー」という、世界が消滅しかねない文字通りの『クソバグ地帯』に引きこもっているせいで、彼の感覚(基準値)は完全にバグりきっていた。
勉とルリが「魔素密度100の低レベルチュートリアルダンジョン」と呼んだその場所こそが、人間界にとっては【人類史上で1、2を争うほど巨大で、国家が何度も滅びかけた伝説の超高難易度・最凶ダンジョン】であることを、引きこもり大学生は未だに露ほども知らないのだった。




