第9話:リモートアクセスによる1カ月の街監視
「あー、マジ最高。ジェイくんのこの部屋、Wi-Fi(脳内パケット)飛んでるしポテチあるし、一生引きこもれるわー。マジ神。いや、神の端末?」
「ポテチはお前が見つけたんだけれどな…」
ルリは俺のデータストレージから元の世界の情報を検索し、興味を持ったもののうち、この世界で簡単に再現できるものを実現することができた。
芋、塩、油はこの世界にもあるから、ポテトチップスの実現はあっという間だった。
味の種類もたくさんあり俺もありがたいが、パッケージまでついてくるのは謎仕様。
「ルリ、ポテチの粉がついた手で俺が設計した特製ソファに触るな。あと神の端末って呼ぶのをやめたと思ったら今度はジェイくんか。……いや、本名よりはマシだが、どっちにしろ胃がキリキリする」
転移から数ヶ月。俺──黒木勉(異世界名:ジェイ・ロン)の引きこもりサーバーハブは、現在ド級の事前定義オブジェクトこと、公式セキュリティ担当インスタンスの「ルリ」に不法占拠されていた。瑠璃色の髪を雑に揺らしながら、彼女は人の姿になってもお気に入りの『凡者の小道具』で実体化させた木のボールで炭酸オレンジジュースを喉に流し込んでいる。チャラい。設定上書きの方向性を完全に間違えた。
かと言って、一度設定した人格を上書きするのも、それはそれで忌避感を感じる。
俺たちの目の前には、『凡者の小道具』と『愚者の眼』を組み合わせて構築したマルチディスプレイ環境──液晶の代わりに光の膜で構成された【リモート・ダッシュボード】が、SF映画のオペレーションルームさながらに浮遊している。
画面に映し出されているのは、1200キロ先にある「人間の街」のリアルタイムログだ。
「よし、『愚者の眼』のストリーミング、全ノード安定稼働中。これより1カ月間のローカル環境ディープ・サンプリング(長期観測)を開始する」
俺は送られてくる情報を『賢者の石』で並列処理して、街にばら撒いた数十個の『愚者の眼』から送られてくるパケットの間引き(フィルタリング)を始めた。
画面をいくつかのセクターに分割し、街の様子をマルチアングルで映し出す。
そこには、まるで中世ヨーロッパの絵画に利便性を一滴垂らしたような、不思議な活気が満ちていた。
広場の中央では、巨大な石造りの噴水から勢いよく水が吹き上がっている。その周囲を、色鮮やかな織物の露店や、焼き立てのパンの香りを漂わせる屋台が埋め尽くしていた。行き交う人々は、粗末な麻の服を着た農夫から、豪奢な毛皮を羽織った商人まで様々だ。
ガタゴトと音を立てて石畳を駆ける馬車の車輪、物売りのしゃがれ声、母親が子供を呼ぶ声──。
『愚者の眼』の集音モジュールが拾い上げる街の環境音は、驚くほど生々しく、そして「普通」だった。
「……『人間の街』の中は、物理定数が極めてクリーンで安定していると考えられる」
画面の隅に展開したデバッグコンソールを見る。
街の広場や市場の「魔素係数」は、綺麗に「1.000」付近で落ち着いている。地球の物理法則とほぼ同じ F = ma が成立する世界。
「これ、多数決のセルフヒーリング能力か」
大勢の人間が「石は下に落ちる」「人間は空を飛べない」「刃物が刺されば痛い」という、当たり前の常識を共有している。その強固な集団主観の同期場が、大気中のノイズ(魔素)を自動的に平準化し、バグを排除しているのだ。
だが、観測開始から三日 が経った頃。
その「クリーンなソースコード」のような街の中で、明らかに異質な挙動を示すオブジェクト群を発見した。
「ルリ、この、ギルド周辺に集まってるクラスのデータを見てくれ。魔素係数が妙に不規則に跳ねてないか?」
「へー、そうなの?これって 『冒険者』って呼ばれてる有象無象のオブジェクトだよねー」
「多分そうだな……。システム的には、バグ領域へのアクセス権限を部分的に付与されたローカルユーザーって感じか?」」
画面の向こう、筋骨たくましい大男や、軽装の革鎧を纏った女剣士たちが歩いている。
彼らが市場で串焼きを買い食いしている時は、魔素係数は「1.000」だ。普通の人間と変わらない。
しかし、彼らが武器屋で使い込まれた大剣を握ったり、ギルドの掲示板で手強い魔物の依頼書を睨みつけたり、ダンジョンに関わる物に近づいた瞬間──彼らの周囲の空間にノイズがはいる。
データバス・リングが捉えた数値が、緑色の文字列となって明滅した。
F(alpha)_{mana} = 0.023
「微増してる……。おい、これ、無意識に『俺の剣は鋭い』とか『俺は強い』っていう主観パッチ(妄想コード)を周囲にデプロイしてやがるのか?」
「きっとそうだね。 人間って基本、コンセンサスに縛られてるはずじゃん。 でも冒険者ってやつらは、『俺は超強いから物理法則をちょっと歪められる』っていう謎の自信(確信)を持ってるから、自分の周りだけ動的パッチを適用しちゃってるんだね。この感じだと、街の中じゃ周りの常識に潰されて、ほんのちょっとの係数変動止まりっぽいけれど!」
俺は頷いた。
「俺も同じ意見だ……」
ラノベでよくある「素手で岩を砕く格闘家」や「重力を無視して跳躍する軽戦士」。あれは筋肉の力ではないということになる。
彼らは、例外的にバグ領域へのアクセスを許可された、生身の【動的デバッガー】。あるいは、物理エンジンを局所的に書き換えて歪みを生み出している【バグ】そのものに該当するのか。
「……クソ、熱い。仕様が美しすぎてプログラマーとして興奮する……」
「ジェイくん、目がガチの陰キャオタクになってて引くんですけどー!」
「うるさい。観測を続けるぞ。次は彼らがダンジョンから持ち換える『謎の鉱石』──あれの流通経路を追う」
俺は『賢者の石』の並列スレッドをさらに加速させ、街の経済のバックエンドへと解析のメスを進めていった。




