☆ 第7話:セキュリティソフトがチャラい件について 〜ログの例外処理はフランクにお願いします〜
「……いや、マジでその限界突破した最敬礼(平伏)は、やめて。お願いだから頭を上げてくれ」
俺――神の端末『ジェイ・ロン』の肉体にデプロイされた引きこもり大学生、黒木勉は、顔から火が出るほどの羞恥心に悶絶しながら、目の前で完璧な三つ指(羽?)を突いている瑠璃色の霊鳥に向かって両手を振った。
人里離れた安全な拠点の真ん中で、世界の守護者たる聖獣が、一介の工学部生(の成れの果て)に絶対服従のポーズを決めている。中二病のラノベならここが最高潮の見せ場だろうが、当事者になってみると居心地の悪さがバグレベルで限界突破していた。精神的バックバッファが羞恥心でオーバーフローしそうだ。
「俺はそんな、かしこまられるような偉い人間じゃないんだ。世界を滅ぼす気も毛頭ないし、ただここで静かに暮らしたいだけだからさ。だから……そう、もっと普通に、フランクに接してほしい。頼むから」
俺が慌てて権限のダウングレードというか、フランクな関係への仕様変更を要求した、その瞬間だった。
『――最上位管理者からの要求を検知。思考プロトコルを動的に書き換え(パッチ適用)。[設定上書き:フレンドリーモード]――完了☆』
脳内に、これまでになく軽薄なシステムボイス(幻聴)が響いた気がした。
直後、目の前の霊鳥が、ガバッと勢いよく頭を上げた。ガラス玉のようだった瞳に、急に生々しい「ギャルっぽさ」というか、軽いITベンチャーのノリのような光が宿る。
『あ、マジで? 管理者様がそう言うならお言葉に甘えちゃうわ〜☆ 了解っす! いやー、ぶっちゃけマジで焦ったわー! 自分が放った消去コードを完全透過された時点で、あ、これ世界線ごとデリートされるやつだって思って、超ビビってたし!』
「脳内へのダイレクトアクセス(念話)のノリが変わりすぎて頭痛が痛い!!」
あまりのキャラ変(アバター変更)っぷりに、俺は思わずこめかみを押さえた。聖獣としての威厳が完全に全損している。最上位管理者の命令を最優先プロトコルとして処理した結果がこれか。当時の俺の適当な設定資料のせいで、世界のセキュリティソフトがチャラ男、あるいはギャル系広報みたいな挙動にビルドされてしまった。
「……あのさ、脳内でそのチャラいテンションの通信を響かせられると、精神的ダメージのデバフが凄いから、次からは普通に口に出して(言葉で)会話してくれないか?」
『おっけおっけー、音声出力モードに切り替えるねー!』
霊鳥はコケティッシュに首を振ると、今度は実際の空気の振動として、鈴を転がすような、しかし絶望的に軽い声を発した。
「いやー、マジで良かったわー。管理者様が話のわかる人でさ。っていうか、さっきの多点観測網? あれマジでウイルス(野良モンスター)のポップ予兆と区別つかないから勘弁してほしいわけ。私のメインタスク、バグの即時デリートだからさ、反応しちゃうんだよね」
「あー……それは悪かった。こっちの情報集が過剰だったのか。……ところで、お前はこの森を一人で監視(常駐)しているのか?」
俺がハーブティーを新しく淹れ直しながら(もちろん彼女の分も、凡者の小道具で即席の木製ボウルを実体化して注いでやった)尋ねると、霊鳥は器用に嘴でボウルを突つきながら、「ん、これ美味しい〜」と業務報告を始めた。
「そうそう。まあ安心してよ、この森は私のセキュリティ権限で十分に管理されてるからさ。あ、でも、あの隣にあるクソデカい空洞あるじゃん? あれは世界の魔素圧を逃がすための排気弁として、上の仕様で意図的に残してある既知の不具合(仕様)なんだよね。だから消しちゃダメなやつ!」
「なるほど、レガシーシステムの残されたバグか……」
「でもさ、たまにそこから漏れ出てくる野良モンスター(未定義オブジェクト)は、私が見つけ次第秒で潰してる(デリートしてる)から! 防犯対策は完璧だし、管理者様の引きこもりライフの安全は私が保証するよ☆」
なるほど、公式セキュリティソフト(霊鳥)の優秀さは本物のようだ。隣のダンジョンが超絶危険なバグ領域なのは間違いなかったが、彼女がファイアウォールとして常駐しているおかげで、この拠点のセーフティエリアは保たれていたらしい。
「それは助かる。じゃあ、今後もお互いの領域を侵犯しないように、Win-Winな関係でいこう」
「あ、それなんだけどさー」
霊鳥はパタパタと瑠璃色の羽を羽ばたかせると、俺のすぐ目の前までぴょんと跳ねてきた。
「私、こう見えて『転移』の権能持ってるから、サーバー間の移動とか一瞬なんだよね。だからさ、最強最高な管理者様の安全確保(と、あわよくばおこぼれのリソース共有)のために、これからは常駐プログラムとして、あなたの近くに留まることに決めたわ! いいでしょ?」
「近くに? まあ、別に構わないけど……」
俺は周囲の鬱蒼とした巨木を見上げた。
世界の聖獣だ。その辺の太い枝にでも止まって、バックグラウンドプロセスとして周囲を警戒してくれるのだろう。それなら、こちらもわざわざ監視カメラをばら撒く手間が省けるし、API連携(情報共有)も捗る。
「じゃあ、承認完了ってことで! よいしょっと……じゃあ、このままだと会話の視線が高くて話しにくいから、ローカルの形状を最適化するね!」
「……え?」
同意した瞬間、霊鳥の身体が、視界を焼き尽くすほどの眩い瑠璃色の光に包まれた。
重力加速度の数値が一時的に反転し、光の粒子が螺旋を描いて収束していく。それは、新しいオブジェクトが物質世界にビルドされる際の、圧倒的なシステムエフェクトだった。
(待て、木に止まるんじゃないのか……!? クラスの形状変化って、まさか――)
光が霧散していく。
そこに現れたのは、木の枝ではなく、俺の目の前の地面にしっかりと両足で立つ、一人の人間の少女の姿だった。
透き通るような白い肌。瑠璃色の羽根を模したような、軽やかで少し露出度の高い、アクティブなデザインの衣服。そして、どこかギャルっぽさを残した悪戯っぽい笑顔。
「ふぅー、このインターフェース(人型)になるの、リソース使って面倒くさいから久しぶり〜! 改めてよろしくね、管理者様☆」
「……ええぇぇぇぇ……っ!?」
近くの木に止まるどころか、まさかの『人型へのビルド(擬人化)』。
安全な完全在宅リモートデバッグを楽しんでいたはずの俺の引きこもり空間に、突如として「チャラいセキュリティ聖獣(美少女形態)」という、これまたラノベのテンプレートを地で行く超ド級の未定義オブジェクトが常駐することになってしまった。
俺は頭を抱え、今度こそ、誰もいない(いや、一人増えた)森の中で静かに絶叫した。
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ギャル語をしゃべるルリちゃんの挿絵をいただきました。




