第6話:致死量3800の例外処理(バグ)と、舞い降りる霊鳥
そして、俺は死んだ……
不意のシステムダウン。
先ほどまで脳内に滝のように流れ込んでいた、あの高解像度のストリーミングログが、唐突に、そして完全に途絶えた。
『愚者の眼』からの映像も、ドローンが収集していた環境データも、拠点周囲に展開していたリング型ケーブルの通信網も、すべてが一瞬にしてブラックアウトしたのだ。
「……は?」
エラーメッセージすら吐き出さない、プロセス自体の強制終了。
それはつまり、俺が『凡者の小道具』と『愚者の眼』を駆使して丹念に構築したすべてのインスタンス(実体化オブジェクト)が、メモリ上から完全に破棄されたことを意味していた。
何が起きた? デバッガーである『賢者の石』すら、直前の異常通信を一切検知できなかったぞ?
暗転した視覚が急速に再起動する。
俺は拠点の木の下で、手すりのない椅子から転げ落ちるように仰向けに倒れ伏していた。落としたカップから、淹れたてのハーブティーが土に染み込んでいる。
そして、胸に冷たい異物感があった。
視線を下ろすと、俺の心臓のど真ん中に、美しくも禍々しい「一枚の青白い羽」が深々と突き刺さっていた。
「……羽?」
不思議と、痛みは全くない。
ただ、その羽の表面に、ホログラムのように発光する四桁の数字がオーバーレイ表示されていた。
『 3800 』
俺の脳内の『賢者の石』が、瞬時にその数値のプロパティを解析する。
それは物理的な質量や運動エネルギーの数値ではない。この世界のシステムが弾き出した、純粋な『致死性』の係数だ。
一般的な兵士の致死量を『1』とした場合、この羽が持つ一撃の威力は『3800』。
つまり、束になってかかってきた3800人の人間を、纏っている防具ごと一瞬で即死させるだけのオーバーキルな火力が、今、俺の心臓を物理的に貫通しているのだ。
その数字の仕様(意味)を俺が認識した瞬間――。
シュゥゥ……と音を立てて、青白い羽は光の粒子となって雲散霧消し、俺の胸から跡形もなく消え去った。
上質なローブにはポッカリと穴が開いているが、皮膚には傷口はおろか、血の一滴すら流れていない。
「……いかんいかん、そうだった。完全に忘れてた」
俺はゆっくりと上体を起こし、無傷の胸を撫でた。
俺のステータス――神の端末『ジェイ・ロン』の特記事項。
【世界構築リソースの5倍のリソースを保有。世界が5回滅ぶ攻撃を受けない限り消滅しない】
3800人分の致死ダメージ?
そんなもの、世界全体のリソース容量(上限値)から見れば、メモリの片隅の極小のゴミデータ(1ビット)にも満たない。俺の莫大なHPプール(リソース)の前では、かすり傷どころか「エラーとして処理すらされない」のだ。
自分がほぼ完全な不死身のチート野郎であることを、完全に失念していた。
「しかし、ログを一切残さずに俺の広域索敵網をすり抜け、全インスタンスを一撃で破壊した上で、俺を『一度殺した』凶悪なバグ攻撃……。一体どこから――」
思考を巡らせた、直後。
バサッ、と静かな、しかし空間そのものを震わせるような羽音が響いた。
俺の目の前。
先ほどまで俺がドローンを操作していた安全な拠点の中心に、まるで重力という概念を完全に無視したかのように、極めてスムーズな挙動(フレームレート無限大)で、一羽の巨大な鳥が舞い降りた。
透き通るような瑠璃色の羽根。
その鳥が着地した瞬間、周囲の魔素のラインが強制的に書き換えられ、鳥を中心とした強烈な魔力場が構築されるのが『賢者の石』を通じて視覚化された。
それは明らかに、ただの魔物ではない。
この森、いや、この領域のシステムに深く干渉できる上位権限(ルート権限)を持った存在――『霊鳥』だった。
霊鳥は首を傾げ、冷たいガラス玉のような瞳で、死んでいない俺を静かに見下ろしていた。
俺は動かず、ただじっと霊鳥を見つめながら、『賢者の石』のデバッガをフル回転させてログの逆引き(トレースバック)を行った。
「……なるほど、そういうことか」
謎はすべて解けた。
この霊鳥は、俺に明確な敵意を持って襲撃してきたわけではなかった。
彼女からすれば、俺がこの数ヶ月間かけて構築した「高機能な観測インスタンス群(ドローンやリング型データバス)」と、そこから発生していた「膨大なデータ収集に伴う魔素の歪み」が原因だったのだ。
世界システムの保守を担う霊鳥の目には、その局所的な魔素の歪みが、ダンジョン外でごく稀に自然発生する、システム害悪な『野良モンスター』のポップ(予兆)に見えたらしい。
だから彼女は、散らかった部屋のゴミをパッと片付けるかのような、実にあっさりとした「ゴミ拾い」のつもりで、遠距離からあの致死量3800の超火力パッチを叩き込んできたのだ。
なんという理不尽。高負荷なプログラムを走らせていたら、公式のセキュリティソフト(霊鳥)にウィルスと誤認されて、プロセスごと強制終了されたようなものである。
一方、霊鳥のほうも、明らかに困惑していた。
自身が放った絶対的な消去コード――3800人をも消し飛ばす一撃を受けて消滅したはずの『歪み(俺)』が、なぜか何事もなかったかのようにその場に座っている。
それどころか、彼女は俺をじっくりと凝視し直すうちに、その鋭い眼に明らかな驚愕の光を宿し始めた。
空気が、びりびりと震える。
霊鳥は、俺の肉体の奥底に眠る「本質」を完全に感知したのだ。
彼女もまた、世界のシステムに直接アクセスできる特別な権限を持つ。だからこそ、分かってしまったのだろう。目の前にいるこの「冴えない人間の姿をしたオブジェクト」が、自分と同じ、いや、自分を遥かに超越する『神に由来する者』であるという事実に。
さらに、霊鳥のシステムが俺の保有リソース量を読み取った瞬間、彼女の美しい羽根がびくりと震えた。
世界構築リソースの、5倍以上。
世界を5回スクラップ&ビルドしてもお釣りが来る、バグレベルの無限リソース。
霊鳥からすれば、自分と同じシステム維持用の存在(同種)だと思って確認したら、バックエンドに「世界そのものを一瞬で上書き・消去できる最上位管理者(ルート権限)」が居座っていたようなものだ。リソース量において、俺のほうが圧倒的に、文字通り次元違いに多すぎた。
さっきまでの「ゴミを見るような冷徹な視線」が、一瞬にして「世界の破滅のトリガーを前にした畏怖」へと完全に切り替わるのが分かった。
霊鳥はゆっくりと翼を伏せ、まるで神への敬意、あるいはシステムへの絶対服従を示すかのように、その美しい頭を深く、スムーズに垂れたのだった。
「……いや、そんな最大級の敬意を向けられても、めちゃくちゃ気まずいんだけど」
誰もいない森の奥、俺は心底居心地の悪さを感じながら、再び頭を抱えたくなった。ただの引きこもり在宅ワーカーなのに、世界の守護者みたいな聖獣に完全に勘違いされて怯えられている。このシチュエーション、中二病のラノベとしては満点だが、元工学部生の精神には羞恥心のバックバッファが耐えきれそうにない。
だが、まずはこの誤解に満ちたシステムコンタクトを、穏便に例外処理しなければならなかった。




