第31話:店舗空間の高速リファクタリングと、堅牢すぎるプライベート・サブネット
第7話と第10話に☆が付きました!!
頂いた挿絵ありのマークとなります。
商業ギルドとの「身元保証されたサンドボックス」という例外処理を成立させ、無事に買収手続きを完了した俺とエリシアは、路地裏の奥に佇む物件No.042──『館』の重厚な木製扉をくぐった。
一歩足を踏み入れると、数年間放置されていた空気が鼻をつく。ほこりっぽい匂い、薄暗い室内、歪んだ床板に、蜘蛛の巣が張った天井。お世辞にも「商売を始める店舗」として正常稼働できるステータスではない。
「ふむ……全体的にレガシーな構造だな。まずは環境のクリーンアップと環境構築が必要か」
俺は腕を組み、1階の広間を見回しながら呟いた。
それを受けて、エリシアがハーフケープを揺らしながら凛とした表情で一歩前に出る。
「ジェイ様、私にお任せください! 水の生活魔法と風の魔術を用いれば、1時間ほどでこの塵や埃をすべて清掃し、床の汚れも落として見せます!」
「……待ってください、エリシアさん。そのアプローチは少し問題があります」
俺は制止するように手を上げた。
「……えっ? 魔法での清掃に何か不都合が……?」
「プロトコル上の『不自然さ』です。ここは何年間も空き家として放置されていた物件です。それが突然、一晩で新築同然にピカピカになり、内装まで劇的に変貌していたら、周囲のノード(近隣住民)にどう思われるか?」
エリシアはハーフケープのフードに手を当て、ハッと息を呑んだ。
「……『怪しい術を使った』『あるいは高位の魔法使いが潜伏している』と、余計な注目を集めてしまいます……!」
「その通り。急激な状態変化(ステート更新)は、周囲のコンセンサスアルゴリズムに異常値として検知されます。目立たず潜伏するという運用の趣旨に反します。だから、外観および1階のパブリックなスペースは、『数日かけて手作業で地道にリフォームしているフリ』を装いましょう」
「リフォームのフリ……ですか?」
「ああ。日中はトンカチの音を響かせたり、バケツと雑巾で拭き掃除をするポーズを取ります。外から見れば『どこかの物好きな新参者が古借家をせっせと片付けているな』という正常なデータ(日常風景)として処理されるはず。……効率は悪いが、カモフラージュとしてはこれが最適解だと」
(脳内念話:ルリ)
《あははー☆ ジェイくん、相変わらずステルス性の徹底ぶりが極小ミクロレベルだねー☆ 誰も気にしないような路地裏の空き家なのに、わざわざリフォームの演技指導まで仕込むとかウケるー☆》
(ノイズになるようなログを残さないのが基本だ。静かにしてろ)
「……ですが、ジェイ様。では、内部の改修はどのように……?」
「パブリックゾーン(表の店)は偽装しながら少しずつ仕上げます。……けれど、俺が引きこもる奥の鑑定室と、二階のプライベート空間は別です。外から見えない内部空間は、すべてのスキルをフル活用して【堅牢すぎるセキュリティ空間】として再構築します」
それから五日間。俺はトラウマのせいかかつてないくらい慎重に設計したのち、構築の準備を終えた。
手始めに、1階の奥と2階へ続く階段の手前に、目立たない木目の壁を構築する。一見するとただの板張りだが、その内部には無数の魔素遮断パッチと高密度な質量補正をコンパイルしてある。
その作業の最中──『賢者の石』の並列解析プロセス(バックグラウンドスキャン)が、かすかなスタックトレース(ログ)を検知した。
「……ん?」
「どうされましたか、ジェイ様?」
「……いや、なんでもない」
俺は視線を壁の奥、さらに言えばこの館の地下深くに向けた。
(……変だな。店舗全体の魔素ラインをスキャン補強している途中、この建物の地下・あるいは壁の奥深くから、不自然な『過去の魔素の固着ログ』が検出された……。まるで重度なデッドロックか、古い封印コードの後遺症(呪い)みたいな痕跡だ……)
この物件が『金貨500枚』という安値で「訳あり物件」として処理されていた理由の一端かもしれない。
ただ、魔素圧は極めて低く、直ちにこちらの店舗システムをクラッシュさせる危険性はない。
(まあ、いま優先すべきはセキュリティ構築だ。この不審な古いログは、バックグラウンドの監視スレッドに放り込んで優先度を下げておこう)
思考を切り替え、俺は内装のデプロイを再開した。
「まず、1階の店舗と奥の鑑定室の間に【アプリケーション・ファイアウォール(魔導障壁)】を設置しました。ここから先は認証されていないパケット──つまり、悪意や隠し武器を持った客は物理的に通過できないはず。エリシアさん、あなたが立つ受付カウンターには『状態異常・武器検知用』の『愚者の眼』を埋め込んであります。不審者が来たらケープを通じて警告が跳ね上がる仕組みがあります」
「な、なんと……! 外からはただの木壁に見えますのに、内部は鉄壁の要塞……!」
「さらに、二階の居住・監視ハブへ続く空間には『物理・論理隔離』を適用しました。二階は外から窓すら存在しないように見える視覚偽装パッチを当て、さらに『愚者の眼』からの映像やデータを一括処理するマルチモニタリング・ダッシュボードを設置します」
俺は階段を上り、二階の部屋へと足を踏み入れ、次々とオブジェクトを配置・展開していった。
快適な寝具、温度と湿度を一定に保つ空調モジュール、そして壁一面に浮かび上がるホログラム風の監視スクリーン。観測拠点と同等、あるいはそれ以上の快適性と堅牢さを備えた「プライベート・サブネット」の完成だ。
「よし……。内側のインフラ構築は完璧だ。これなら万が一、街が物理的に崩壊するような不具合が起きても、この2階だけは完全に独立して生存できる」
当然、エリシアさんの部屋も2階に設ける。
「……ジェイ様。街が崩壊するような事態は、普通は起きません……」
エリシアが苦笑混じりに、しかし深く感服した面持ちで頭を下げた。
「ですが、ここまでの安全策を講じていただければ、私としても安心してお客様をお迎えできます。……では、表の店舗の『リフォームのフリ』を始めましょうか」
「そうですね。まずは木材をトントン叩く音出しと、拭き掃除のダミー運用からスタートしましょう」
◇
それから3日間。
俺とエリシアは、昼間はあえてトンカチの音を外に響かせ、ペンキの塗料(ただの水)を入れたバケツを持って店と路地裏を往復する「リフォーム演出」を丹念にこなした。
近所の住人や通りがかりの冒険者たちは、「へえ、あの事故物件、若い兄ちゃんと姉ちゃんが買い取って店でも始めるのか」「物好きだなあ」といった程度の認識で通り過ぎていく。コンセンサスアルゴリズムへの馴染み具合は完璧だ。異常ログは一切検出されない。
そして、4日目の朝。
1階の店舗スペースは、落ち着いた木目調のレトロな雰囲気を持つ「怪しすぎず、かといって目立ちすぎない」絶妙な塩梅の『占い処』として完成した。
表の扉には、小さく控えめな木製看板が掲げられている。
【愚者の灯火 〜お悩み相談・運命鑑定〜】
「店名も『愚者の眼』にちなんで控えめにしておきました。……さて、エリシアさん。オペレーションの最終確認です」
「はい!」
認識阻害の片眼鏡と黒ハーフケープを纏ったエリシアが、凛とした立ち姿で受付カウンターの前に立つ。見た目はどこにでもいそうな、地味で印象に残らない受付の女性NPCそのものだ。
「客が来たら、まず1階の受付でエリシアさんが対応する。世間話や簡単な悩みの聞き取り(一次フィルタリング)を行い、重度の不具合や明確な課題を持つ『有益なログ源』だと判断したら、奥の鑑定室へ通す。……その際、ファイアウォール(検知ゲート)で武器や悪意の有無を自動チェックする」
「承知いたしました。私はここで館の安全を守りつつ、お客様を適切にガイダンスいたします」
「俺は奥の重厚なパーティションの向こう──『対面鑑定デスク』で待機します。生身で客と向き合い、対話しながら『愚者の眼』と『賢者の石』で相手の魔素係数や感情ログ、置かれている状況をリアルタイム解析し認識する。……これで女神の『直接対面してログを取れ』という仕様要求も完全に満たせるはず」
(脳内念話:ルリ)
《完璧な運用フローだねー☆ 接触リスクを最小限に抑えつつ、直々監査対策もバッチリ☆ これで怒られたら理不尽すぎるもんねー☆》
(ふん、万全の体制だ。エラーの挟まる余地はない)
俺は奥の鑑定室の革張り椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
部屋は薄暗く、テーブルの上には神秘的な雰囲気を醸し出すためのダミーオブジェクト──「怪しく光る水晶玉(単なる魔素集光LED)」がひとつ置いてあるだけだ。準備はすべて整った。
「……さて。記念すべき最初の『バグ(不具合)を抱えた人間』は、どんな奴が舞い込んでくるか……」
俺は楽しみに待つことにした。
都合により隔日20時更新にします。




