第32話:待機画面の長引く受付と、迷子オブジェクトのクエリ追跡
第7話と第10話に☆が付きました!!
頂いた挿絵ありのマークとなります。
「……誰も来ないな」
店舗オープンから一週間が経過した。
俺は奥の鑑定室の革張り椅子に深く身体を沈め、テーブルの上の水晶玉(魔素集光LED)を見つめながら呟いた。
一階の受付カウンターでは、認識阻害を纏ったエリシアが背筋を伸ばして待機してくれている。セキュリティ・ファイアウォールも、監視用『愚者の眼』も正常に常駐(デーモン実行)中だ。
だが、入り口のドアベルは一度たりとも鳴らなかった。完全なアイドル(無負荷)状態である。
《当たり前でしょー☆ ジェイくん、路地裏の奥深くにひっそり店を構えて、看板も【愚者の灯火】なんて怪しい文字小さく書いてるだけなんだから、周知プロトコル(広告・PR)ゼロの状態で客が来るわけないじゃんー☆》
(……うっ。検索エンジン登録もSNS告知もなしでWEBサイトを開設したようなものか。しかし、あまり大々的に宣伝すると過剰なトラフィックが雪崩れ込んで目立ってしまう)
「ジェイ様、少々よろしいでしょうか」
パーティションの向こうから、エリシアが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「どうしました、エリシアさん」
「あの……開店から一週間、どなたもお越しになりません。このままではログ収集どころか、館の維持費(固定資産税やギルド会費)の支払い実績すら作れません……。商業ギルドへ出向き、店舗の掲示板広告や周知の手続きについて相談して参りましょうか?」
「……そうですね。ギルドの正規ルートを通した広告なら、不審がられずに最低限のトラフィックを呼び込めるかもしれない。お願いできますか?」
「かしこまりました! では、行って参ります!」
エリシアはハーフケープのフードを深くかぶり直し、凛とした足取りで店を出て行った。
◇
それから約一時間後。
二階の監視ダッシュボードで街全体のログを眺めていた俺は、店へと近づいてくる二つの反応を捉えた。
ひとつはエリシア。そしてもうひとつは──極めて微小な魔素量を持つ、幼い人間(子ども)のノードだ。
(……ん? 商業ギルドから帰ってきたと思ったら、誰か連れてきたか?)
俺は一階の対面鑑定室へ下り、革張り椅子に座り直した。
カランコロン──。
静かな店内に、二日ぶりにドアベルの清涼な音が響いた。
「さあ、こちらですよ。大丈夫、中にお入りなさい」
エリシアの優しく穏やかな声が聞こえる。続いて、引きつったような幼いしゃくり上げの声。
「ぐすっ……うぅ……ほんとうに、見つかるの……?」
「ええ。ここにいる『先生』は、どんな探し物でも一瞬で見つけ出してしまう、とてもすごい占い師様なのですから」
(ちょっと待てエリシアさん、勝手にハードルを最大値で定義しないでくれ)
俺は心の中で突っ込みつつ、『愚者の眼』を通じて受付の状況を確認した。
エリシアに手を引かれているのは、使い古された木綿の服を着た六歳くらいの小さな女の子だ。ボロボロと大きな涙をこぼし、鼻を赤くしている。
受付の検知ゲート(ファイアウォール)はオールグリーン。悪意や有害なパケットは当然ゼロだ。
エリシアがパーテーションの隙間から顔を覗かせ、念話で伝えてくる。
『ジェイ様! 商業ギルドからの帰り道、路地裏の近くで泣いているこの子を見かけまして……。お話を聞いたところ、大切な“宝物”を失くしてしまったそうなのです』
『……宝物?』
『はい。おばあ様から貰った手作りの“くまのぬいぐるみ”だそうです。心当たりを全て探したけれど見つからず、途方に暮れ泣いていたところで……。その、記念すべき最初のご相談者様として、お連れいたしました!』
(なるほど……最初のお客がまさかの『迷子オブジェクトの捜索リクエスト』か。女神の要件は“感情ログの収集”だから、これでも十分処理対象にはなるが……)
俺は喉を鳴らし、対面鑑定室の薄暗がりの中から、低く落ち着いた声をかけた。
「……そこの幼き相談者よ。奥の椅子へ掛けなさい」
「ひっ……はい……!」
女の子はエリシアに促され、緊張した面持ちで重厚な革張り椅子にポツンと座った。机の上の光る水晶玉(LED)を、不安そうにまんまるな目で見つめている。
「お名前を聞かせてもらえるかな?」
「……ミーナ、です……」
「ミーナちゃんか。……大切なぬいぐるみを失くしてしまったんだね」
「うん……っ! おばあちゃんが作ってくれた、くまの『クーちゃん』……! 一緒にお買い物に行ったときは持ってたのに、気がついたらカバンに入ってなくて……っ」
ミーナちゃんは思い出したように再びボロボロと涙を溢れさせた。感情ログの出力(ストレス・悲しみ)がリアルタイムモニターに大きく波形を描く。
「よし、分かった。では……その『クーちゃん』を探すための解析(鑑定)を始めよう」
俺はメガネの位置を正し、並列思考(賢者の石)の処理スレッドを立ち上げた。
「ミーナちゃん、その光っている球に手を おいて、今日歩いた場所と、クーちゃんに触れたときの感覚を思い出してくれるかい?」
「え……? うん……朝、東の市場のパン屋さんに行って……おねだりしてパン買ってもらって……そのあと、広場の噴水のところでクーちゃんを抱っこして……」
ミーナちゃんが一生懸命に記憶を辿る。その強い主観と発言に同調するように、彼女の身体からかすかな魔素の波長が放射される。
(『愚者の眼』、対象の魔素残波ログ(ログトレース)を取得。……『賢者の石』、記憶データと街の地理ノードを照合(クエリ実行)──検索開始)
俺の視界に、街の立体ホログラムマップが展開された。
ミーナちゃんの服に付着している魔素パターンと同一の「固有波長(ID)」を検索キーとし、今日彼女が辿ったルート上の空間ログを高速で逆引き(バックトレース)していく。
東の市場……パン屋の前……噴水広場……。
(あった。噴水広場の北側、ベンチの隙間──いや、違うな。その近くを通りかかった『犬(四足歩行ノード)』が咥えて移動している……!)
街中にある『愚者の眼』の一つを使って追跡すると、その犬はぬいぐるみを咥えたまま路地裏を移動し、商業区の裏手にいることが判明した。オブジェクトの座標特定、完了。
処理時間、わずか0.2秒。
俺は静かに息を吐き、怪しく光る水晶玉の上に手をかざした。
「……見えたよ、ミーナちゃん」
「えっ……!? ほんとうに……!?」
ミーナちゃんが勢いよく身を乗り出した。
占いとしては、存在場所を伝えるだけだが、このままだと犬がぬいぐるみを破壊する可能性がある。
(まぁ、初回だしサービスだ。)
権能「召喚」を用いて、ぬいぐるみを取り寄せる。
「はい、これ…」
「……」
ミーナちゃんは言葉を失っている。
「あれ…?間違えた……?」
外から様子を伺っていたエリシアから念話が届いた。
『ジェイ様。異常な現象に驚いているだけです…多分ですが』
(そりゃそうか)
「ミーナちゃん…」
俺は優しく声をかける。
「これが、クーちゃん?」
我に返ったミーナちゃんが、ぬいぐるみを抱きしめる。
「うん……! ありがとう、おじちゃん……じゃなくて、占い師様!」
彼女はポケットをごそごそして、大銅貨を取り出す。
「これしか持ってなくて…」
きっと彼女にとっては大金だろう。
俺は大銅貨を受け取って、9枚の銅貨を渡す。
「最初のお客さんだから、いろいろサービスしておくよ。来てくれてありがとう…」
ミーナちゃんはパッと顔を輝かせ、俺とエリシアに深く礼をする。
俺は優しく手を振って、部屋から出ていく彼女を見送った。
(良いことをしたな…)
些細なことである。料金も10円相当だ…でも、これが女神が求めていた、そして俺が実感していなかった人間の活動なのかもしれない。
カランコロン、とドアベルが鳴り、店内には再び静寂が戻る。
静寂が訪れると、ログが気になる。確認すると極上の「歓喜・感謝の感情ログ」が、データ・パイプラインを通じて俺のローカルストレージへと蓄積されていく。
《あははー☆ クエリ実行からの座標特定、早すぎー☆ たかが迷子のぬいぐるみ捜索に『賢者の石』の並列演算フル稼働させるとか、相変わらずオーバースペックなデバッグだねー☆》
(ふん……依頼の規模に関わらず、システムに入力されたクエリには100%の精度で応答を返すのがプログラマーの義務だ)
俺は革張り椅子にもたれかかり、もらった大銅貨を見ながら小さく口元を緩めた。
『愚者の灯火』、記念すべき最初のデバッグ完了だ。
都合により隔日20時更新にします。




