第21話:例外スパイクの発生と、緊急スタック退避処理(エスケープ)
第7話と第10話に☆が付きました!!
頂いた挿絵ありのマークとなります。
「よし、打ち合わせ完了か。14層の一時休憩を経て、いよいよ第15層──ボスフロアへのアタック(本番実行)だな」
俺──ジェイ・ロンこと黒木勉は、観測拠点のふかふかソファで姿勢を正し、コンソールのマルチウィンドウに『賢者の石』のログ解析スレッドを最大数展開した。
画面内では、14層の境界で念入りに作戦をすり合わせつつ休憩を終えた金ランクパーティが、静かに、だが揺るぎない足取りで深層へと続く急な階段を下りていく。
「街唯一の金パーティのボス攻略パターン、しっかりプロファイリング(ログ保存)させてもらうぞ。今後のダンジョン解析の貴重なベンチマークデータになるからな」
「はーい☆ ルリちゃんも高画質キャプチャのバッファ、バッチリ確保したよー☆」
隣でルリがポテトチップスをパリパリと咀嚼しながら、呑気にサブモニターを指差す。
前衛の戦士二人が盾と大剣を構え、中衛の僧侶が強化コードの詠唱を口の中で滑らせる。最後尾の女性魔術師は、先ほどと変わらぬ冷静な眼差しで全方位の魔力場をセンシングしていた。
──だが、彼らの靴底が第15層のフロア床面に触れた、まさにその瞬間だった。
ガガガガガガガガッ……!
「──なっ!? データバスに猛烈なノイズ(スパイク)……!?」
突如として、手元のBIダッシュボード全体が血のような赤色に明滅し始めた。警告アラートが激しいビープ音を鳴らし、画面上の魔素波形がグラフの天井を突き破って垂直に跳ね上がる。
『──警告:想定魔素密度の上限オーバーフロー。階層全体の物理パラメータに未定義の領域(バグ領域)が発生中』
慎重に対応していた、最大限準備をしていた。そのおかげでこの拠点には全く問題はない。
が、魔素係数100のダンジョンで起こる現象の想定からは完全に外れている。
「嘘だろ……!?14層までとの連続性が完全に失われている。完全に……断崖だ。15層全体が、物理エンジンの処理限界を超えるレベルの過剰な魔素のスパイク(暴走)を起こしてやがる!」
大気が鳴動していた。青白かった岩肌は禍々しい紫黒に染まり、空間そのものが高密度の魔素によってバチバチと放電している。
「え、ちょっと待って☆ 15層の魔素圧、想定の10倍近くに跳ね上がってるよ!? なにこれ、ダンジョン側の突発的なメモリリーク(バグ暴走)!?☆」
ルリの軽い声から余裕が消えかける。ルリにとってもレアな現象ということか。
画面の中の金ランクパーティも、階段を降りきった瞬間にその異変を察知し、全員の顔から血の気が引いていた。
「引き返──」
前衛の大盾の戦士が、退避を叫ぼうとした──そのコンマ1秒前。
暗闇の奥から、目視すら不可能な超高密度の『衝撃波』が、物理法則を無視した圧倒的な速度で放たれた。
ドガアァァァァァンッ────!!!!
「────」
それは、戦いと呼べる代物ですらなかった。
想定物理エンジンの処理上限を超えた絶対的な破壊エネルギー。
前衛の大盾の戦士も、両手剣の戦士も、中衛の僧侶も──己の「主観コード(防壁)」をコンパイルする猶予すら与えられず、一瞬で防具ごと破砕され、無惨な肉塊となって壁面に激突した。
『──例外エラー検知:ノードID_01、02、03、強制シャットダウン(死亡)』
冷酷なシステムログが流れる。
一瞬。たった一瞬で、街最強と謳われたパーティの3人が即死(全滅)したのだ。
「ぐっ……!?」
俺は思わず目をそらした。
だが、一人だけ──最後尾にいたあの女性魔術師だけは、違った。
衝撃波が放たれた極限の刹那で、彼女は己のCPUを過酷なまでにオーバークロックさせ、持ち前の「動的最適化コード(クリーンコード)」を極限まで圧縮して連鎖展開していた。
『……』
──《多重局所相殺》!
彼女の周囲に展開された幾重もの摩擦・物理演算キャンセルフィールドが、迫り来る衝撃波のベクトルをわずかに削り、逸らす。
ドカァァンッ!
相殺しきれなかった余波だけでも、彼女の華奢な体は弾丸のように後方の岩壁へと叩きつけられた。
バキバキと凄惨な骨折音が響き、彼女の口から大量の鮮血が噴き出す。
「か……はっ……!!」
防壁のおかげで即死こそ免れたものの、HP(耐久値)は完全に1桁のレッドゾーン。全身の骨が砕け、指一本動かせない瀕死の重傷だ。
そして、暗闇の奥から──先ほどの壊滅的な衝撃波を放った「未知の異常オブジェクト(バグボス)」が、ゆらりと巨体を現し、無防備な彼女へ向けて止めの一撃を振り上げようとしていた。
「っ……!!」
俺の視界が、一瞬で真っ白になった。
指先が凍りついたように動かない。心臓が早鐘のように鳴り響き、脳内の『賢者の石』が異常な速度で高速思考スレッドを並列稼働させ始めた。
(どうする……!? 介入するか……!? いや、ダメだ! 俺はただの傍観者だろ!? ここで俺が手を差し伸べれば、世界システムに『ジェイ・ロン』という不確定な特権ノードの存在が完全に露見する! 副作用のリスクがデカすぎる……!!)
冷徹な論理が、俺に撤退と静観を命じる。
リスク管理のプロトコルが、「手を出すな」と警告音を打ち鳴らす。
(だが──!!)
画面越しに血を流し、それでも最後まで諦めずにうっすらと目を開け、迫る死を見つめる彼女の姿が目に入った。
あんなにも美しく、洗練された「クリーンコード」を書く人間が。
独学でこの世界の不条理な物理エンジンと向き合い、システムを最適化しようと努力してきた優秀なアーキテクト(魔術師)が。
こんなダンジョンの不具合(突発的メモリリーク)みたいな理不尽なシステムエラーで、ログすら残さず消されてたまるか……!!
(俺の前世は……ただの工学部生だ!! 目の前で人が、あの優秀なプログラマーが死ぬのを『仕様だから』で割り切れるほど、冷酷なサーバー管理者(神様)になりきれてねぇんだよッ!!)
葛藤は、賢者の石の処理能力の結果、この思考過程はわずか0.001秒。
俺は脳内の「慎重派デバッガー」の安全装置を、己の意志で強引に叩き割った。
「──ふざけるなッ! ログの異常終了(全滅)は認めない!!」
俺は記憶の深層へと封印していた己の最も強大な設定能力『権能』を呼び起こした。
三種の神器のさらに奥にある、世界システムを直接オーバーライドする絶対特権──。
「──権能行使:『送還・召喚』ッ!!」
授業の合間に設定したチート能力。どんなものであれ自分が認識できるものの所在地を、ノーリスクで自由自在に移動できる能力。
不条理な一撃が瀕死の女性魔術師を押し潰す寸前。
15層の暗闇の中で、彼女の身体(オブジェクト座標)を取り巻く空間が、まるでバグった画面のように一瞬だけ歪んだ。
世界システムの最上位権限によって、彼女のデータが15層の空間から強制的にアンデプロイ(削除)され──。
ポスッ。
「──がふっ……!?」
観測拠点の、ふかふかソファの前の絨毯の上に。
血まみれで瀕死の女性魔術師が、空間の歪みとともにそのまま転がり込んできた。
15層から1200キロの距離を完全に無視した、世界書き換えレベルの「緊急スタック退避処理」の完了だった。
「 召喚……完了……!」
俺は手すりにしがみつき、激しい吐き気と冷や汗に苛まれながら、荒い呼吸を繰り返した。
心臓が破裂しそうなほどバクバクと暴れている。自分自身の黒歴史設定(最上位権能)を本気で行使してもリスクはない。しかし、世界に介入する一線を越えてしまった恐怖と彼女を救えた安心感が同時に襲ってきて膝がガクガクと震えた。
「う、うわわわわわわっ☆ ホントに第15層からダイレクト召喚しちゃったよ!?☆」
ルリがポップコーンの袋を落とし、瑠璃色の目を丸くして目の前の惨状と俺を交互に見つめる。
「ジェイくん……『人知れず静かに暮らしたい』って言ってたのに、街の最高ランクの有名人を自分のお部屋(拠点)に完全お持ち帰りしちゃったじゃん☆ これ絶対セキュリティログ(後始末)大変だよ!?☆」
「だ、黙れ!! お持ち帰りじゃない! 致命的な例外エラーからの緊急スタック退避(ローカル保護)をしただけだ!!」
俺は赤くなった顔(と恐怖の青ざめた顔)を誤魔化すように叫ぶと、すぐさま『凡者の小道具』の構築スレッドを立ち上げた。
「ルリ、無駄口を叩いてる暇があったら手伝え! 彼女のHPログ(生命維持)が消灯寸前だ! すぐに高濃度マナパッチ(緊急回復用オブジェクト)を生成して、内部ステータスの平準化(応急手当)に入るぞ!!」
ソファの足元で薄く息を吐く、瀕死の女性魔術師。
世界の裏側で引き起こしてしまった巨大な「介入」の重みに戦慄しながらも、俺は彼女の命を繋ぎとめるため、デバッガーとしての次なるコードを必死に叩き込むのだった。




