第20話:アッパーランクの実行スレッドと、14階層のボトルネック
第7話と第10話に☆が付きました!!
頂いた挿絵ありのマークとなります。
「石ランク」パーティの回復プロセスを確認した後、俺は再びダンジョンの第1層に(クローンが)突入し順々に下って行った。
各階層を観察した結果、冒険者ランクとの関係は大体次のようになっていると認識した。
第1層:「木ランク」~「石ランク」
第2層:駆け出し「石ランク」ではきつそうだが、「鉄ランク」もしくはそれに近い「石ランク」なら楽勝
第3~6層:主に「鉄ランク」が活動
第7~10層:主に「銅ランク」が活動
階層を深めるにつれて、どんどん観察できるパーティ数は減っていく。
「さて、次はいよいよ10層以降のプロファイリング(性能分析)といこうか」
第11~13層:主に「銀ランク」が活動(?)
俺──ジェイ・ロンこと黒木勉は、1200キロ離れた観測拠点のふかふかソファで、コンソールのマルチウィンドウをパタパタと切り替えた。
画面に映し出されているのは、街の近くにある「魔素密度100」のダンジョンの第10層だ。
大気中の魔素密度が高まり、岩肌がほのかに青白く発光している薄暗い地下空間。そこに、4人の冒険者が整然とした陣形で足を踏み入れていた。
「おっ!金ランクだ」
「へー☆ あれがこの街で唯一の『金ランク』パーティなんだー☆」
隣で真空タンブラーのコーラをストローでちゅーちゅー吸いながら、ルリがポップコーンをつまむ。
「ああ。構成は前衛に大盾の男戦士と両手剣の男戦士。中衛に回復と強化を担当する男の僧侶。後衛に軽装の女性魔術師……非常にオーソドックスで無駄のないパーティ構成(モジュール設計)だな」
俺は手元の『賢者の石』の並列解析エンジンをフル回転させ、彼ら4人の周囲に展開される『魔力場』の数式モデルをリアルタイムでオーバーレイ表示させた。
第1層〜第2層で見た石ランクや銅ランクの冒険者とは、視覚化されたデータの「精度」がまるで違っていた。
「……なるほど。これが『金』のスペックか」
俺は思わず感嘆の溜息を漏らす。
石ランクの冒険者が「えいっ!」と気合を入れてからコンパイルエラー(遅延)を起こして魔法を発動させていたのに対し、彼らの挙動にはタイムラグが一切ない。
前衛の大盾の戦士が足を踏み出すと同時に、彼の周りの魔素係数 alpha_{mana} が極めて自然に書き換わり、巨大な「仮想質量」の壁が形成される。両手剣の戦士は、敵の動きに合わせて無駄のない軌道で刃を振るい、物理エンジンの加速補正を完璧に噛み合わせている。
「レスポンスタイムが異常に早い。自分の行動に対する一切の疑いがないな。『俺の盾は砕けない』『俺の剣はすべてを断つ』という強固な主観コードが、コンマ01秒以下のレイテンシで世界システムへ送信されて、優先度勝ちしている」
「あはは☆ 迷いがないから、システム側のコンフリクト(競合解決)が一瞬で終わるんだね☆」
「その通りだ。……だが、ルリ。見ろ、あの後衛の女性魔術師だ」
俺は画面を拡大し、パーティの最後尾で静かに杖を構える女性魔術師に赤枠のフォーカスを当てた。
彼女の周囲だけ、魔力場の数式モデルが他の3人とは明らかに異なる繊細で複雑な「最適化パターン」を描いていた。
──10層の奥から、体長2メートルを超える巨大な岩トカゲが3匹、地鳴りを立てて突進してくる。
大盾の戦士が身構え、両手剣の戦士が間合いを詰めようとした、その瞬間。
『──《局所変性》』
女性魔術師が短く呟いた瞬間、トカゲたちの足元の岩肌の魔素密度がほんのわずかに変動した。
大掛かりな攻撃魔法(火柱や雷撃)ではない。彼女が干渉したのは、敵の足元、わずか数センチの摩擦係数(摩擦抵抗パラメータ)のみだ。
ドギャァァン!
勢い余った岩トカゲたちは、まるでアイスリンクの上で滑ったかのように激しく体勢を崩し、無防備な腹を晒して地面を転がった。そこへ、前衛の戦士たちが無駄のない一撃を叩き込み、一瞬でデリート(討伐)を完了させる。
「素晴らしい……!」
俺は黒木勉(工学部生)としての血が騒ぎ、思わず立ち上がっていた。
「見ろルリ! 最小限の魔力投入で、物理エンジンの隙間を突いて最大の効果を出している! 大火力の魔法とかでやつらの主観を強引に上書きするんじゃなく、やつらの主観が弱いところ、意識してないところに対して、環境変数をわずかにいじって敵の慣性(ベクトルの向き)を自滅に導く『動的最適化コード(クリーンコード)』だ! あいつ、独学でプログラミングの洗練されたリファクタリングを実践してやがる……!」
「ジェイくん、目が輝いててキモ……じゃなくて超情熱的〜☆ でも確かに、あのお姉さんだけ処理能力がズバ抜けて高いね☆」
第10層、11層、12層──。
金ランクパーティは、まるで整備された舗装道路を歩くかのように、危なげなく下層へと降りていった。
女性魔術師の圧倒的なセンスと、それに追従する前衛たちの安定感。12層に棲息する強力な魔物どもも、彼女の「最小遅延の最適化魔法」によって完全に攻略パターン化(自動化)されていた。
だが。
「……おっと。第13層を抜けて、第14層に入ったあたりから、急激にレスポンスが落ちてきたな」
俺はダッシュボードのグラフを指差した。
第14層。どうやらそこは、ダンジョン全体の魔素密度(環境グラフィック負荷)が一段階跳ね上がる境界線だった。
立ち込める濃密な魔素の霧。空間そのものが重く歪み、歩くだけで身体に『環境デバフ(処理遅延)』がのしかかる領域だ。
「あー……大剣のお兄さん、急に動きがモッサリしてきたね☆」
ルリの言う通り、両手剣の戦士の振りが先ほどまでのキレを失い、大盾の戦士も息を荒らげて防御姿勢をとっている。中衛の僧侶も回復と状態異常解除のコードを流し込んでいるが、想定の範囲内なんだろう。彼らにさほどあせりはない。
彼らは14層の強力な魔物を撃破し、全滅の危険もなく着実に歩を進めている。しかし──そこから先、第15層へ続く階段を目前にして、パーティは休憩を余儀なくされていた。
「実力としては14層を危なげなく突破できる。だが、余裕は少ない状態だ。再び第15層のボスに挑む前に準備を整えているな。」
「なんでー?☆ 魔術師のお姉さんはまだまだ余裕ありそうなのに☆」
そう、女性魔術師だけは、この高魔素環境下でもほとんど乱れず、静かに周囲を警戒しながら無駄のない魔法を展開し続けていた。彼女単体の処理能力(CPU性能)なら、第15層、あるいはそれ以降の深層にも耐えうるポテンシャルを持っている。
俺は『賢者の石』のボトルネック解析を実行し、仮想ホワイトボードにプロファイリングデータを展開した。
「原因は『マルチスレッドの同期遅延(同期ボトルネック)』だ」
「どういうことー?☆」
「前衛の戦士や僧侶たちの『主観コード』は、14層の超高負荷環境に脳の処理能力が耐えきれず、スロットリング(過熱防止の処理落ち)を起こしかけているんだ。彼らは『体が重い』『敵が硬い』という認知のノイズに支配され、物理エンジンへの介入精度が落ちている。……一方で、女性魔術師だけがハイエンドのハイパースレッディングCPUを持っている状態だ」
俺はペンでネットワーク図を描き連ねる。
「だが、システム(パーティ)全体として下層へ進むためには、前衛のタスク処理(ヘイト収集と物理防壁)が不可欠だ。どれだけ単一のコア(魔術師)が超高速で回っていても、他のスレッド(前衛・ヒーラー)の処理完了を待たなきゃいけない『排他制御』が発生している。だから、彼女の実力がどれだけ高くても、パーティ全体としては14層から余裕が少なくなっているんだよ」
「へー! 強い人が一人いても、チーム全体の通信速度が遅いと全体のスピードが引っ張られちゃうんだ☆」
「その通り。完璧なシステム分析だ」
画面の中では、金ランクパーティが休憩を取りつつ、ボス戦の打ち合わせを行っている。
前回ボスを倒した自信が、みなぎっている。それは、ボスに対して「主観を通す」うえでも有利になるだろう。
いよいよ、ボス戦に向かう彼らを、そして、特に整然とした足取りで歩く女性魔術師の後姿を画面越しに見つめながら、俺は深い感銘に浸っていた。
「……素晴らしい。実に美しい構造だ。限られたリソースと劣悪な環境負荷の中で、チームという名の分散処理システムをギリギリまで最適化し、安全にタスクを挑む準備を整えている。……さすがに金パーティともなると素晴らしいプロジェクトチームだな……!」
胸の奥から湧き上がる熱いパッション。
俺は吸い寄せられるように手元の黒歴史ノート(魔素係数論文)を開き、羽ペンを猛烈な勢いで走らせ始めた。
『──深淵の歪みが齎す無数の遅延ノイズの中、孤高の指揮者は静かに杖を掲げる。言葉無く紡がれる最適化の旋律は、停滞する友の盾となり、世界を正しき調和へと導くのだ……!』
「…………」
書き終えて、音読するように口ずさみかけた瞬間。
ドクン、と心臓が跳ね上がり、冷や汗が全身から吹き出した。
(ま、またやってしまった……!! なんだこの『深淵の歪み』とか『孤高の奏者』って!! ただの工学的ボトルネックの分析をしてただろ俺は!! なんで毎回急にラナウェイするんだ俺の中二病ポエム回路はぁぁぁっ!!)
ノートをバシャンッ!と爆音を立てて閉じ、顔面を真っ赤に染めた俺は、ソファの上で「あぐぐぐぐ」と頭を抱えて悶絶した。恥ずかしさのあまり脳内の賢者の石が緊急シャットダウンしそうだ。
「キャハハハハハ!☆ 出たー! 本日のポエムタイム☆」
ルリがソファの背もたれをバシバシ叩きながら、お腹をよじらせて大爆笑している。
「『言葉無く紡がれる最適化の旋律は〜☆』だって! ジェイくん、あのお姉さんのこと好きすぎでしょ! 詩人になれるよ☆ ほら、冷却パケットあげるからリブートしなよ☆」
「うるさい!! 記憶から消せ! ログをスクラブしろと言っているだろうが!!」
冷えたコーラを差し出してくる公式セキュリティAIを涙目で睨みつけながら、俺は真っ赤になった顔を両手で覆い、次なるデータ解析に向けて必死に仮面(大賢者ジェイ・ロン)を再構築するのであった。




