第19話:神殿のオーバーライド(強制書き換え)と、眠れるノードのセルフヒーリング
第7話と第10話に☆が付きました!!
頂いた挿絵ありのマークとなります。
「──よし、さっきの冒険者の様子を監視するぞ。」
俺──ジェイ・ロンこと黒木勉は、相変わらず1200キロ離れたサーバーハブのふかふかのソファで、コンソールのエンターキーを静かにノックした。
「なんで、そんな低出力のオブジェクトを監視するの?☆」
「障害からの回復方法を確認するためだ。」
彼らは第1階層の薄暗い岩肌に背中を預け、文字通り死に体の状態で激しく肩を上下させている。
「……ふむ。環境魔素密度が軽くなったとはいえ、彼らのダメージからすると簡単ではなさそうだ…」
俺は手元のキーボードを叩き、彼らの内部ステータスログ(リソース状況)をオーバーレイした。
彼らの主観「第1階層なら大丈夫」が通って、顔色は若干よくなったが、それはあくまで「少し気力が回復した」だけに過ぎない。
「見ろ、ルリ。リソースの残量が完全に消灯寸前のレッドゾーンだ。環境が改善されたとはいえ、ノード自体の耐久値(HP)がこれだけ摩耗していれば、大剣を構えるだけの初期化(インスタンス化)プロセスすら走らない」
「あー、これは完全にシステムハング寸前だね☆ 第1階層の雑魚バグ……あの巨大ネズミ(ラットオブジェクト)が今ひょっこりポップしただけで、このパーティ、例外処理も挟めずに一瞬で異常終了(全滅)しちゃうじゃん☆」
ルリがローテーブルの真空断熱タンブラーからコーラもどきを吸い上げながら、気の毒そうに画面を見つめる。
確かにその通りだ。戦士の男は大剣を自由に扱えるという主観を保てず重くて大きい荷物と化している。スカウトの少年が必死に周囲を警戒しているが、その視線は恐怖で完全に泳いでいる。
その時、ドローンの索敵センサー(広域ピン)が、通路の先から近づいてくる新たな「アクター」を検知した。
「──スレッド検知。前方から別のノードグループが接近中。この識別符号(ID)は……ふむ、装備の魔素吸着レートが高いな。鉄ランク、あるいは銅ランクのパーティか」
奥の通路から現れたのは、石ランクの彼らとは明らかに一線を画す、洗練された軽銀の鎧を纏った3人組の冒険者だった。
「おいおい、なんだそりゃ。ひどい怪我じゃないか」
先頭を歩く大剣の男──銅ランクの戦士が、地面にへたり込む石ランクのパーティを見て、呆れたように声をかけた。
「す、すいません……自分たちの実力を見誤って……第2階層のゴブリンに……」
魔法使いが、かすれた声でエラーログを吐き出すように応じる。
「ダンジョンを舐めるからそうなるんだ。とはいえ、自分たちもそんなことがあったな…
予備のポーションだ。何とか街にたどり着いて、後で返してくれ。」
銅ランクの戦士は、腰のポーチから無造作に緑色の薬品瓶を4つ取り出すと、彼らに渡した。
俺から見ると簡易的なリソース回復コードだ。回復量は微々たるものだが、少なくとも強制シャットダウンを防ぐだけのリソースは確保できるだろう。
「あ、親切な上位ノードじゃん☆ 異世界のアクターも捨てたもんじゃないねー☆」
「いや、ルリ。それだけじゃない。見ろ、あいつらの『主観パッチ』のコンパイル速度を」
俺は『賢者の石』の並列解析エンジンを最大稼働させ、銅ランクの冒険者たちが歩く周囲の空間をデバッグスキャンした。
キィィィン……と、かすかな駆動音を立てて、彼らの周囲に目に見えない『魔力場』の数式モデルが展開される。
「……ラグ、ほぼゼロ。コンパイル所要時間、わずかコンマ02秒」
ちょうどその時、彼らの背後の岩陰から、石ランクのパーティを狙っていた巨大ネズミが3匹、不意打ち気味に飛び出してきた。
「──遅い」
銅ランクの戦士が振り返りざまに、大剣を極めて自然な動作で一閃した。
その瞬間、彼の「俺の剣はこいつらを一撃で両断する」という強固な主観コードが世界システムへと送信され、大剣周辺の魔素係数が瞬間的に跳ね上がる。物理エンジン側は、その圧倒的な仮想質量と運動エネルギーのコンフリクト(競合)を即座に解決し、上位のプライオリティを持つ戦士の攻撃を「絶対的な事実」として適用した。
ズバァァン!
風圧だけで通路の塵が吹き飛び、3匹の巨大ネズミは悲鳴を上げる間もなく光の粒子へと還元された。
「お見事☆ 露払いまでやってくれるとか、イケメンすぎ☆」
「なるほどな……。あのくらいのスペックの高いノード(熟練の冒険者)なら、第1階層ならば、余裕で自分の主観を割り込ませるための『最適化コード』を瞬時に構築できてるな。」
俺はコンソールを叩き、今の鮮やかな一撃のログを誇らしげに黒歴史ノート(魔素係数論文)の新しいページへと保存した。
「よし、露払いのおかげで彼らの退路の安全は保証されたようだな。引き続き、街まで彼らの行動を観察して記録するぞ。」
「街まではなんとかなりそうだね☆」
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数時間後。
ドローンのステルス眼が捉えているのは、人間の街の活気あふれる中央通りと、そこに担ぎ込まれていく石ランクパーティの姿だった。
彼らが真っ先に運び込まれたのは、ギルド指定の「神殿」と呼ばれる巨大な大理石の建築物──だ。
「さあ、ここからが未知の領域だ。彼らのリカバリープロセスを完全にキャプチャする」
俺は画面を凝視し、解析エンジンの感度を最大に引き上げた。
『──大いなる慈悲の光よ、《ヒール》!』
神殿の奥の祭壇で、白い法衣を纏った高位の神官が両手を掲げ、厳かに詠唱を開始する。そのコードに導かれ、神殿という特権領域のバックエンドから、彼らの不足しているマナを補いつつ、マナのバランスを整えているのが、数式モデルの色の変化でハッキリと分かった。
俺の指がキーボードの上を弾むように動く。賢者の石が弾き出したのは、驚くべき「強引な仕様変更」のプロセスだった。
神殿から出力された回復魔法は、彼らの肉体の物理的な損傷(骨折や裂傷といった致命的な例外エラー)に対して、医学的な自然治癒を待つようなまどろっこしい処理を一切行っていなかった。
「……構造的破損の強制書き換え(即時パッチ)だと!? 『この肉体は最初から傷ついていない』という完全な正常値を、神殿のバックエンド権限を使って、オブジェクトのメモリ領域へ直接上書き(オーバーライド)してやがる!」
画面の向こうでは、戦士の男のへし折れていた腕の骨が、バキバキと音を立てて一瞬で真っ直ぐに繋がり、割れていた皮膚の細胞が文字通り「巻き戻る」ように結合していく。
ルリは当たり前のようにその光景を見ている。
「まあ、あのくらいなら、あんなものかな☆」
「いやいや。俺から見ると、これはとんでもない特権コマンドに見えるが、……なるほど、完璧じゃないな」
俺はふと、処理が終わった彼らのステータスログの「微細なノイズ」に気づいた。
致命傷のフラグはすべてクリアされているが、依然として不安定な波形がスパイクのように入り込んで乱れている。
「強引に上書きしたせいで、世界の基盤ルールとの間にわずかな整合性エラー(コンフリクト)が残っているな。この世界のリカバリ(回復)の本番は、ここからだ」
神殿での即時パッチ適用を終えたパーティは、這う這うの体で街の行きつけの宿屋へと移動し、薄暗い部屋のベッドへとそれぞれの体を横たえた。
彼らが深い眠りに落ちた瞬間から、俺のBIダッシュボードには、極めて興味深い「静的なデータ平準化」のプロセスが描写され始めた。
「……ルリ、見ろ。彼らの魔素係数の波形が、急速に平滑化していく」
「あれ? 本当だ☆ 神殿の魔法のあとのギザギザしたノイズが、じわじわ消えていってるよ? 何これ、誰かが裏でデバッグ命令流してるの?☆」
「いや、誰も何もしていない。ただ『寝ている』だけだ。だが、この空間(人間の街)の特性がそれを可能にしている」
俺は仮想ホワイトボードを展開し、街の構造図と、そこにひしめく大勢の人間のネットワーク図を書き殴った。
「改めて確認すると、この街のデフォルトの魔素係数は 1.014。なぜこれほど地球の物理法則に近い『クリーンな環境』が維持されているかというと、ここに住む何万人もの人間が、無意識のうちに『ここは安全な街だ』『傷は寝れば治る』という共通のプロトコル(社会的常識)を共有しているからだ」
俺はペンでネットワークの結合点を丸で囲む。
「これは、分散型データベースにおけるコンセンサスアルゴリズム(多数決による合意形成)そのものだ。ダンジョンというバグ領域で歪み、神殿の強引なパッチで波立った彼らの個々の魔素係数が、街全体の圧倒的な『正常ノード』たちの合意形成場(ピア・ツー・ピア環境)に同期されることで、自動的に地球の物理法則に近い『正常値』へと引き戻されていく。肉体の自然治癒も例外ではない──まさに『セルフヒーリング(自動平準化プロトコル)』だ!」
ベッドで安らかな寝息を立てる冒険者たち。彼らの不自然な状態が、徐々に平準化されて、街の平穏な空気と同調するように、美しく、滑らかに、完璧な安定へと収束していく。
世界の裏側で静かに機能している、生命の自動リカバリ機能のあまりの合理性と美しさに、俺の魂は激しく震えていた。
「……素晴らしい。なんという完璧な自律型エラー修正アーキテクチャだ。生命の自動リカバリ機能(自然治癒)のソースコード、美しすぎるだろ……ッ!」
気がつけば、俺は手元の黒歴史ノートに、至高のハイファンタジーポエムを最高画質の熱量で書き殴っていた。
『──歪みし世界の深淵より還りし迷い子たちを、数多の祈りが織り成す平穏の結界が優しく包み込む。神の御手(魔法)すら残した世界の綻びを、ただ静穏なる眠りという名の調停が、母の如き慈悲で癒していくのだ……』
「…………」
はっと我に返り、自分がディスプレイに向かって音読しかけていた文字列を目にした瞬間、背筋に強烈な悪寒が走った。
「う、うわあああああああああッ!! な、何を書いてるんだ俺は!! 痛い! 痛すぎる!! 物理エンジンの話をしてただろうが!! なんで急に叙情的な世界創造主みたいなポエムになってるんだ!!」
俺はノートを猛烈な勢いで閉じ、ソファの上で頭を抱えてのたうち回った。顔面が沸騰しそうなほど熱い。羞恥心のバグで俺の精神耐久値(HP)がガリガリと削られていく。
「あはははは!☆ 出た! ジェイくんの定期バグ暴走モード!☆」
ルリがソファの背もたれを叩きながら、お腹を抱えて大爆笑している。
「『ただ静穏なる眠りという名の調停がー☆』だって! 超ウケるんだけど! さすが世界のリソース5倍持ちの大賢者様、ポエムの魔力圧も限界突破だね☆ ほら、おかわりコーラあげるから落ち着きなよ☆」
「うるさい!! 早くデリートしろその記憶を!! メモリから完全消去しろォ!!」
真空断熱タンブラーを差し出してくる公式セキュリティAIを涙目で睨みつけながら、俺は赤くなった顔を両手で覆い、冷徹な大賢者ジェイ・ロンの仮面を再起動させるために、しばらくの間、荒い呼吸を繰り返すのだった。




