第16話:安全圏からのゲーム実況観戦 〜低ランクテスターたちの非効率なガベージコレクション〜
第7話と第10話に☆が付きました!!
頂いた挿絵ありのマークとなります。
「おー☆ 動いた動いた! 画面の解像度めっちゃクリアじゃん、ジェイくん☆」
「ああ……、いよいよダンジョン内部の観察だ」
贅沢にふかふかのクッションを三つも重ねた特等席で、ルリが『絶対にこぼれない真空断熱タンブラー』を片手に声を弾ませた。瑠璃色の髪を揺らしながら、彼女の視線はコンソールにレンダリングされた広帯域のライブストリーミング画面に釘付けになっている。
俺──ジェイ・ロンこと黒木勉は、手元のキーボードでいくつかのステータスログをスクロールしながら、満足のいく笑みを浮かべた。
「当然だ。定義した要件に基づいて、慎重に設計したからな。すべて完璧に実装できているはず」
画面の向こう、1200キロ先にある低レベルダンジョン(仮想魔素密度100)。その薄暗い岩肌が剥き出しになった第1層の空間を、俺の放った新型オブジェクト『AutonomousProbeDrone(ダンジョン潜行特化型バリアント)』が音もなく滑るように飛行していた。
実体を持つ『凡者の小道具』をベースにしながらも、追加した「Nullパケット偽装モジュール」は完璧に機能している。周囲を徘徊するバグ(モンスター)たちの視覚、聴覚、魔力感知は、ドローンが放つ極小の駆動音や熱源をすべて「例外エラー(該当なし)」としてスルーしていた。魔素の流動にも一切の波風を立てない。環境への完全なステルス──量子力学で言うところの「オブザーバー効果の排除」が達成された瞬間だった。
「これならバグに干渉して環境の数値を乱すこともない。完全在宅リモートワークによる、安全なゲーム実況観戦環境の完成だ」
「言い方が相変わらず引きこもりニートのそれなんだけど☆ あ、ジェイくん見て! 2時の方向に『通常プロセス(人間)』を発見したよ☆」
ルリがタンブラーを傾けながら、画面の一角を指差す。
ジャイロ機能によって中のコーラもどきは完全に水平を保ったままだ。よし、床へのパケット漏れ(液体こぼし)のリスクはゼロだな。
俺はドローンの仮想レンズをルリが指差した座標へと向け、BIダッシュボードの動的解析レイerをオーバーレイ(重ね合わせ)した。
画面に映し出されたのは、4人の人間からなるパーティだった。
錆びかけた鉄の胸当てを着けた大剣持ちの屈強な戦士、安物のローブをまとった細身の魔法使い、そして弓手と神官らしき少女。装備の耐久値ログを見る限り、おそらく駆け出し──この世界の区分で言えば「木ランク」、せいぜい「石ランク」かそこらの低クラス冒険者たちだ。
(観察対象としてちょうどいい…)
彼らは今、通路の奥から這い出てきた3匹の『ジャイアントラット(仮想質量持ちの巨大ネズミバグ)』と交戦状態に入っていた。
「よし、戦闘スレッドが開始されたな。解析エンジンのフォーカスを交戦領域にロック。彼らの『魔力場』の出力をリアルタイムデバッグするぞ」
コンソールの上に、戦士がプロトタイプ大剣を構えた瞬間の数式モデルが展開される。
滝のように流れるログを眺めながら、俺は思わず眉をひそめた。
「……うわぁ。何だあのクソコードは」
「え、どれどれー?☆」
ルリがポップコーン(どうやらこの世界にもトウモロコシは存在しているらしい)を口に放り込みながら画面を覗き込む。
「戦士のオブジェクトが、大剣のオブジェクトに対して『俺の剣はすべてを両断する』っていう主観パッチ(魔力場)を適用しようとしてるんだが……コンパイルのオーバーヘッドが長すぎる。構えてからパッチがアクティブになるまで、コンマ5秒も遅延が発生してるぞ。おまけに魔素係数の出力が貧弱だ。見てみろ」
画面のグラフが、微かに跳ね上がる。
alpha_{mana} = 1.15 ~ 1.20
「低っ! 金ランクの人たちが街中ですら1.5オーバーとかの数値を叩き出してたのに比べると、めっちゃ省エネっていうかショボいねー☆」
「省エネなら聞こえはいいが、単なる処理能力(思い込みの力)の不足だ。あいつらの主観のプライオリティが低いから、ネズミ側の『俺の皮は硬い』っていう主観コードとの衝突がまともに解決できていない。結果として、物理エンジンのルールが中途半端にせめぎ合って、泥臭いだけの非効率な殴り合いになってる」
ガキィン、と鈍い音がドローンの集音マイク経由で響く。
戦士の剣がネズミの背中に弾かれ、火花が散った。戦士は「クソ、なんて硬さだ!」と叫んでいるが、デバッガーの視点から見れば、単なるコンフリクト(競合)の処理落ちだ。
魔法使いが唱えた火球も、燃焼ベクトルの書き換えが雑すぎて、大気中の魔素に吸着した仮想質量が安定していない。軌道がブレブレで、ネズミの横の岩肌を虚しく焦がしていた。
「見てるこっちの胃が痛くなるようなスパゲティ戦闘だな……。リファクタリングしてやりたい衝動に駆られるが、まあ、彼ら低スペックなテスターの限界というやつか」
「あはは☆ ジェイくんのコードレビュー、容赦なさすぎてウケるー☆ でもさ、ちまちま泥仕合してるけど、一応ちょっとずつネズミのHP(耐久値)は削れてるみたいだよ?」
ルリの言う通り、数分間の泥臭い乱打戦の末、戦士が無理やりネズミの首を叩き切った。
エラーの根本を破壊された巨大ネズミのオブジェクトは、世界の物理エンジンによる形状維持を失い、粒子となって空気中へと霧散していく──。
そして、その死骸が消え去った地面に、カランと音を立てて紫色の小さな結晶が転がった。
「あ、ドロップアイテムだ☆」
「……やはり。想定通りだな」
俺はBIダッシュボードの熱マップ(ヒートマップ)の推移を凝視しながら、ぽんと手を叩いた。
ネズミが霧散した瞬間、その領域の局所的な魔素濃度が急激に低下し、その分のエネルギーがすべて結晶のオブジェクトへと凝縮されていくのが可視化されたのだ。
「ルリ。街中の観察で建てた仮説は、正しかったようだ。あの冒険者っていう一般ノードの役割が」
「役割ー? ☆」
「ほら。あいつらは、世界システム(サーバー)内に自然発生した未処理の例外エラー(モンスター)を物理的にデリートし、そのエラーが抱え込んでいた過剰な魔素を『結晶』という静的リソースに変換して街へ持ち帰る──やはり、手動のガベージコレクション(メモリ解放)業者なんだよ」
人間がダンジョンに入って命がけで戦う。それは彼らにとっては栄誉や生計のための「冒険」かもしれないが、世界システムのレイヤーから見れば、単なる非効率で涙ぐましい、人力でのメモリクリーンアップタスクに過ぎなかったのだ。
「あー、人間がこのダンジョンでちまちまバグ(モンスター)を掃除し続けてくれるから、全体の魔素密度が100っていう超低レベルな安全圏でフリーズ(安定)してるというのも正しそうだね☆」
「ああ。いびつだが、完璧に調和したエコシステムだ。あの街の経済とこのダンジョンが共依存関係にあるというマクロデータの裏付けが取れたな」
他人の下手クソなゲームプレイを特等席から眺めながら、その仕様の裏側をすべて解き明かしていく。この上ない知的好奇心の充足に、俺はソファの背もたれに深く体重を預けた。引きこもりリモートワーク、最高すぎるな。
「浅層の基本仕様は完全に把握した。さて、ルリ。このままログを閉じてもいいんだが……」
俺はコンソールの端で、一本の奇妙なスレッドが静かに警告アラート(黄色)を吐き出しているのに気づいた。
「ん? 何これ☆」
ルリがポップコーンを咀嚼する手を止め、画面を見つめる。
ドローンの長距離パケットスキャンが、さらに深い下層へと続く暗い階段の奥から──微弱だが、明らかに浅層とは「質の異なる」奇妙なノイズを検知していた。魔素の流動ベクトルが、そこだけ局所的に不自然な渦を巻いている。
「……測定値にわずかなスパイク(偏り)が出ているな。ただの低レベルダンジョンにしては、少々ノイズの周波数が不穏だ」
「潜ってみる? ジェイくん☆」
ルリがニヤリと、悪戯っぽいギャルの笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。
「階段を降りると係数が変化する、まるでレイヤーだな。我が家のドローンは完全無欠のステルス仕様だからどれほど深淵に潜ろうが、俺の安全は100%保証されている。ということで」
俺は不敵に笑うと、キーボードを叩いてドローンの高度を下げさせた。安全圏からの実写デバッグ・ストリーミングは、どうやらここからが本番のようだった。




