第15話 ③
その日の午後、ヴィエラは仲間たちと連れ立って、いつもより少しだけ遠くの森へ足を伸ばしていた。
森の奥まで行けば、きっと以前母に褒められた青い花よりも、さらに美しく咲き誇る花に出会えるはず。
そんな無邪気な好奇心に駆り立てられて、ヴィエラの足取りはいつもよりさらに軽かった。
村からは随分遠くまで来たところで、子どもたちはついに、険しい崖の斜面に咲くひときわ鮮やかな花を見つけた。
どうしてもあのお花をお母さんに見せびらかしたい。ヴィエラのその願いを叶えるため、仲間たちは互いに手を取り合い、落ちないように身体を支え合って斜面へと身を乗り出した。
泥だらけになりながらも、ついにその美しい花を摘み取った時の誇らしい気持ちは、幼いヴィエラの胸を満たして余りあるものだった。
しかし、花摘みに夢中になっているうちに、空はすっかり茜色に染まりきっていた。
「いけない、日が暮れちゃう!」
日が暮れる前に帰らないと、おそろしいムンガがやってくる。母の言葉を思い出したヴィエラたちは、急いで森の道を駆け戻った。
だが、集落へ近づくにつれ——何やら風に乗って運ばれてくる空気がおかしいことに気付く。
それは、家族の帰りを待つ温かい暖炉の匂いではない。喉を刺すような、ひどく焦げ臭い煙の匂い。
息を切らして森を抜けた子どもたちは、そこで足を止めた。
目の前に広がる光景を、幼い脳が理解できなかったからだ。
集落は、天を焦がすほどの巨大な紅蓮の炎に包まれていた。
木造の小さな家々が次々と焼け落ち、半狂乱になった大人たちが逃げ惑っている。そして、炎の爆ぜる音や人々の悲鳴に混じって、あちこちから『ガチャリ、ガチャリ』という、この森には存在しないはずの冷たく硬質な金属音が響いていた。
「な、なに……あれ……」
ヴィエラたちは咄嗟に背の高い草むらへと身を潜め、震えながら広場の様子を窺った。
燃え盛る炎に照らし出されていたのは、全身を銀色の鉄で覆った者たちの群れだった。角も尻尾も持たず、顔を兜で隠した彼らは、手にした鋭い武器で逃げ遅れた村人たちを次々と追い詰めている。
(角がない……もしかして、あれが……?)
作り話だと思っていた母の言葉が、氷のように冷たい実感となってヴィエラの背筋を這い上がった。
あれが、ムンガなのか。
その時だった。隣に伏せていた仲間の一人が、突如として喉を引きつらせたような小さな悲鳴を上げた。
少年の視線の先には、彼の両親である若い夫婦の姿があった。そして彼らの目の前には、一人の人間の兵士が、血に濡れた剣を高く振りかぶっている。
命乞いをする夫婦の言葉を最後まで聞くこともなく、無慈悲な刃が躊躇なく振り下ろされた。
「お父さんッ! お母さんッ!!」
少年は半狂乱になって叫び、草むらから飛び出した。ヴィエラたちが止める間もなく、崩れ落ちた両親の亡骸にすがりつき、わあわあと泣き叫ぶ。
しかし、人間の兵士は血まみれの剣を払うと、足元で泣きじゃくる幼い子どもにすら一片の同情も向けず、あっさりとその背中を断ち割った。
少年の声が、ふっつりと途切れる。
あまりにも理不尽で、あまりにも容易い死。
それまで息を潜めていた子どもたちの限界は、とうに超えていた。
隠れていることがばれた恐怖とパニックが弾け、子どもたちは一斉に散り散りになって夜の森へと駆け出していった。




