第2話 ③
「本当にあんたたちは……」
問題児二人をキッチン裏に集め、莉子は呆れる。
ルミィは「うぅ……申し訳ありません」とすっかりしおれてしまっているが、ヴィエラに至っては「私は間違ったことは言っていません」とそっぽを向いている。
そんな二人を見て陽菜が苦笑いをしながら、「まあまあ」と莉子を宥めた。
「二人とも、手伝ってくれようとする気持ちはすごく嬉しいんだけどね。莉子ちゃん、ちょっと役割分担を見直さない?」
「役割分担?」
「うん。今のままだと、二人の苦手なところがモロに出ちゃってるでしょ。ここはきっちり役割ごとに分けて、お互いの得意なことに専念させる方がいいと思うんだ」
陽菜の提案に、莉子は顎に手を当てた。
(確かに。二人の能力を別々の方向に特化させれば、無駄な衝突や事故も起きないか)
「なるほど。じゃあ、まずはルミィ」
「は、はいっ!」
「ルミィは愛想もいいし、声もよく出てるから、今日からホールを担当してもらえるかな。その代わりキッチンには入らず、料理の味付けにも関わらないこと。これ絶対条件」
「ええーっ! 私、せっかくだからお料理の腕も磨きたいのに……」
不満げに唇を尖らせるルミィだが、莉子がジロリと睨むと「……わかりました」と大人しく引き下がった。
「それと、片付けやテーブルの清掃もお願い。得意の魔法でパパッと綺麗にできない?」
「あ、それならお安い御用です! 店中、一瞬でピカピカにしてみせますよ!」
自分の得意分野を頼られ、パッと表情を明るくするルミィ。
それを見て、莉子は次にヴィエラへと向き直る。
「そしてヴィエラ。あなたは裏方と経理をお願い。接客は一切禁止」
「なっ……私を店に出さないというのですか。陛下のお傍でお仕えするのが私の役目だというのに!」
ヴィエラが色めき立ったが、陽菜がすかさずフォローを入れる。
「ヴィエラって、魔王城の書庫でずっと過去の歴史の分析をしてたじゃない? すごく頭がいいんだから、お店の売上計算や在庫管理を任せたいんだよね。私がやるより絶対に正確だし」
「陛下……」
「それに、私の淹れるコーヒーの豆の分量や温度設定、ヴィエラなら完璧に管理して再現できるでしょ? 私のこだわりの味を裏で守れるのは、ヴィエラしかいないの」
「……っ!」
陽菜に頼りにされたことで、ヴィエラの瞳がカッと見開かれ、そしてみるみるうちに頬が赤く染まっていった。
「お任せください、アリシア様! このヴィエラ、当店の帳簿も在庫も、そして至高のコーヒーの味も、寸分違わず完璧に管理してみせましょう!」
ヴィエラは胸に手を当て、深く、それはもう見事な臣下の礼をとった。
「よし、まあ餅は餅屋ってことで。二人とも、張り切っていくよ!」
「はい!」「餅……?」
こうして四人は再度役割を見直して営業を再開したのだった。
◇
そして、さらに一週間が経った今、店は思いの外順調に回っていた。
「では魚介の塩スープと黒パンを。花茶もいただけるかな」
「かしこまりました。オーダー入りました!」
ホールではルミィが元気な声で客の注文を取っている。
ぱたぱたと忙しそうに駆け回っているが、その表情は実に楽しげだ。
そしてキッチンでは陽菜が驚いた声を上げている。
「す、すごいね、ヴィエラ……。コーヒー豆全部挽いてくれたの?」
「はい。分量も粒単位で揃えてあります」
「数えたの?!」
「すみません、冗談です。ですが、この程度なら造作もありません」
陽菜が「すごいね」とヴィエラを撫でると、恍惚とした顔を浮かべた。
こちらはやや怪しい雰囲気があるが、先日の接客に比べたら遥かに上出来だ。
これだけ調子を取り戻したのも、ひとえに陽菜の采配のおかげだろう。
二人のことをよく見ているのだな、と今更ながらに莉子は感心した。
かつて肩を並べて笑い合っていた頃とは違う、どこか眩しい彼女の横顔に、莉子は名前のつかない思いをそっと飲み込んだ。
そんな中、ホールからキッチンへと戻るルミィの姿が視界の端に移った。
何かを急いでいるように見える。
どうやら食器を取りに来たようで、小さい背を必死に伸ばして、棚を開けようとしている。
そのとき、ちょうど後ろにいたヴィエラが気付かずに振り返った。
「あ」
莉子が声をあげたときにはもう遅かった。
小さな背中にヴィエラの肘が当たり、よろめいたルミィの手から皿が滑り落ちたのだ。
やばっ――。
とっさに耳と目をふさいだが、いつまでも皿の割れる音はしない。
恐る恐る目を向けると、ヴィエラとルミィの二人が同時に皿を支えていた。
自然と、お互いの顔が近づく。
二人は、しばし無言で見つめ合った。
「――っ」
かと思えば、今度は同時に顔を背けた。
二人の間に沈黙が流れる。
やがて、ルミィがおずおずと口を開いた。
「あ、ありがと」
「別に。気をつけなさいよ」
そこまで見て、莉子は自分が息を止めていたことに気付いた。
見ている側の方が余程汗をかいているのだから仕方がない。
ふと隣を見ると、陽菜も固唾を飲んでその様子を見守っていた。
どうやら考えることは同じだったようだ。
二人は顔を見合わせ、小さく吹き出した。
最近、何となく視線が合っただけで、陽菜が何を思ったのか分かる瞬間が増えたような気がする。
「よし、残りも頑張ろうか、陽菜」
「うん」
莉子は、不思議と胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
そのとき、小さく息を呑む音が聞こえた。
ホールへテーブルを運ぶ前のルミィが、ちょうどこちらを見ていたのだ。
その目は、まるで自分の知らない莉子の姿を見たみたいに丸くなっていた。
閉店後、ルミィとヴィエラの二人をテーブルに座らせ、莉子と陽菜はキッチンに回った。
二人は訝しげな顔で莉子たちを見ていたが、少しして、陽菜が二人分の皿を運んでくる。
「わあ、なんですかこれ!」
そこに乗ったものを見たルミィがキラキラと目を輝かせる。
陽菜が微笑んだ。
「ちょっとしたスイーツだよ。二人とも一週間頑張ってくれたから、ご褒美」
にひひ、と陽菜は無邪気な笑顔を浮かべた。
陽菜やヴィエラに対して距離を置くルミィも、毒気を抜かれたように瞬きを繰り返している。
ヴィエラはヴィエラで、普段の無表情はどこへやら、口元が緩んでいた。おそらく彼女が見ているのはスイーツではないだろうが。
「で、では遠慮なく」
そして二人は同時にスプーンで一口食べ、ピタリと動きを止めた。
しばらくの間、咀嚼するかすかな音だけが店内に響く。
先に動いたのはルミィだった。
はう、と気の抜けたような吐息を漏らすと、両手で自分の頬を包み込み、そのままふにゃりと眉を下げて机に突っ伏してしまった。
一方のヴィエラは、スプーンを持ったまま微動だにしない。
ただ、手元の皿を穴が空くほど凝視したまま、何度も小さくコク、コクと喉を動かしている。
二人は感想を言い合うことも忘れ、すぐに次のひと口へと競うようにスプーンを動かし始めた。
静かだった店内に、金属が皿の底をなぞる、かすかな音が連なり始める。
普段は四六時中いがみ合っている二人が、今このときだけは黙々と同じものを食べている。
それがなんだか微笑ましくて、莉子と陽菜は二人だけで顔を綻ばせた。
なんてことのない一日が、今夜もこうして過ぎていく。
今朝と同じくらい冷たい空気が肌を撫でる。それでも、この店に集った灯火のような賑わいが、彼女の心に確かな温もりを感じさせたのだ。




