第11話 ②
結局ミーシャの腹の音と、疲労の色を見せつつあったセリアとトーマの様子を鑑みて、一行は件の食堂へと足を踏み入れていた。
昼時ということもあり、店内は商人や旅人たちで熱気を帯びており、莉子たちが席に着けたのはそれから三十分が過ぎてからだった。
羊肉のスープが莉子のもとに届き、その温かさに人心地ついたとき——ふと隣のテーブルの声が耳に入った。
「……なあ、ここから少し北に行ったところに小さな町あるだろ。あそこの噂、聞いたか?」
エールをあおっていた恰幅の良い商人が、声を潜めて向かいの男に話しかけている。
「ああ。なんでも、この辺りを牛耳ってた悪徳商館が、一晩でもぬけの殻になったって話だろ? おっかねえ用心棒たちもみんなどこかに消えちまったとか」
「聞いた話じゃ、全員どこかでおっ死んでんじゃねえかって話だけどな。しかもその下手人ってのが、噂じゃ魔族の二人組なんじゃないかってよ」
「魔族ぅ? なんだって魔族が人間の商館を潰すんだよ」
「そんなこと俺だって知らねえよ。誰かが近くで見かけたんじゃねえか?」
その言葉に、莉子のスープをすくう手がピタリと止まった。
ミーシャたちも、自然と隣のテーブルへ聞き耳を立てる。
商人は空になったジョッキを持ち上げて店員に二杯目を注文すると、「それによ」と続けた。
「不思議なことに次の日にはその魔族たちの姿もさっぱり消えてたんだとよ。まあそれで余計噂になってるんだろうがな」
「正義の魔族ってことかい? バカ言うなよ」
「さあなぁ。どこまで本当かは分からんが。あ、いや、思い出した。その町に棲み着いてた半魔のガキがいたらしいんだがよ、みんなに煙たがられてたそいつも、その一件以来姿を消したらしいぜ」
「おいおい、良いことずくめじゃないか。冗談にしても、人間への腹いせか何かのほうがまだ信憑性あるぜ」
商人の向かいの男は信じられないというように首を振って酒を呷ったが、莉子の心臓は早鐘のように激しく鳴り始めていた。
羅針盤の方角だけでははっきりとした所在は全く分からない。人里に紛れ込んだ魔族なんてよくある話。
だが——二人組の魔族に、半魔の子ども。
それらの情報が、莉子の脳裏に浄夜祭の一幕を浮かび上がらせた。
(まさかね……)
薄い可能性であるはずなのに、もし彼女が関わっているのだとしたら、という想像をしてしまう。
もしあの祭の夜に出会った半魔の少年と一緒なのだとしたら。
あのとき、陽菜は何もしなかった。
それは彼女が弱いからではなく、莉子とともにいるためだ、と言った。
そしてそんな彼女の在り方を、莉子は受け止められなかった。
己の正義を振りかざし、彼女を否定したのだ。
陽菜がリリーを後にした夜。
彼女は今にも消えてしまいそうな、やつれた顔をしていた。
その表情に、莉子はいつの間にか、陽菜を守るべき存在だと思っていた。
(陽菜は……私がいなくても、前を向いて歩けているの?)
もし噂が陽菜のことであるなら、それは間違いなく喜ぶべきことのはずだ。行方の知れない親友の無事が分かったのだから。
それなのに莉子の胸には、靄がかかったかのような重苦しさが広がっていた。
いつから、自分が助けてあげなければダメだと思っていたのだろう。私だけが陽菜を受け入れてあげられるのだと信じていたのだろう。
もしかしたらこれまで抱いていた気持ちはただの思い上がりで、彼女は莉子の手の届かない場所で少しずつ変わろうとしているかもしれない。
「莉子さん……?」
ミーシャが心配そうに莉子の顔を覗き込む。
莉子はハッと我に返り、「大丈夫」と無理に微笑むと、味の感じられないスープを飲み込んだ。
手元の羅針盤の針が、北を指して小さく揺れている。




