⑥
「もう、いいの?」
問いかけたのは、陽菜の声だった。
今二人は、莉子の住むアパルトメントの一室に移動していた。
あの後。
莉子は吹っ切れたように表情を明るくすると、早速準備を始めた。
ただの空元気だったかもしれない。だが、今はそれで良かった。
莉子は陽菜に頼んで、少しだけ時間をもらった。
そして、客室の外に立つ衛兵に数枚の便箋を頼み、言葉をしたためた。
それは、ルミィ、ガラン、サイラスに宛てる別れの手紙。
それらを衛兵に託し、陽菜と共にバルコニーを後にしたのだ。
少しの私物をまとめ、莉子は陽菜を振り返る。
「うん。お待たせ」
陽菜は微笑んだ後、少しだけ部屋の入口で立ち止まった。
「唆すようなことをした私が言えることじゃないけどさ、本当にあれで良かったの」
「手紙のこと? ……まあ、絶対怒られるだろうね」
でも、と莉子は続ける。
「生きてればまた会うかもしれないし。そのときにちゃんと謝るよ」
「……なんか、昔から思い切りいいところあるよね、莉子ちゃん」
「あんたに言われたくないわよ」
それもそっか、と陽菜は笑った。
莉子が、ふと疑問を口にする。
「それで、船があるって聞いたことはあるけど、どうやって行く? 港まで陸路で行ったら絶対バレるよね」
「ふっふっふ。私がさっきどうやってここに来たのか、忘れたのかい」
「え、まさか飛んでくつもり?」
陽菜は鷹揚に頷き、莉子に背中を向けてしゃがみ込んだ。
微かに引き上げた口元に自信を覗かせ、ちょいちょい、と手招きする。
「えー、おんぶかよ」
「乗り心地は保証するぜ、お姉さん。今なら運賃も、タダ」
莉子は少し躊躇ったが、確かに他にいい方法も無さそうだ。
諦めたように息を吐くと、陽菜の華奢な背中におぶさった。
「よっしゃ、出発しんこーう!」
陽菜が元気に言うと、その背中に大きな黒い翼が生える。
そして、バサッと軽く振っただけで、二人はあっという間に城壁よりも高い位置に舞い上がった。
「あわわわわ」
突然の強烈な浮遊感に、莉子は思わず泡を吹く。
陽菜はその様子が可笑しいのか、からかうように笑っていた。
そして追撃をかけるように、わざとらしくよろめく。
「うっ、重い」
「……」
莉子は半眼でじっと睨んだ。
「やめて、やめて。無言で左右に身体を振るのやめて。ほんとに落ちる」
「また二人で転生するか、ああん?」
そんな他愛のない話をしていたら、二人はいつの間にか王都を抜けていた。
莉子が後ろを振り返ると、街の灯は徐々に遠ざかり、建物も小さくなっていく。
「きっとまた、ここに来る機会もあるよ」
「……そうだね」
莉子は、改めて陽菜の身体にきゅっと捕まった。
「そう言えば、陽菜は何かこれからやりたいことあるの?」
「うーん、そうだなぁ。……あ、ひとつ思いついた! 莉子ちゃんは?」
「私も何となく思いついたのなら」
そして、二人はどちらからともなく笑った。
何となく同じことを考えているような気がしたのだ。
「じゃあ、せーので」
「うん」
「せーのっ」
「「喫茶店!」」
真夜中の澄んだ空気に、二人の声が重なって飛んでいった。




