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「もう、いいの?」


 問いかけたのは、陽菜の声だった。

 今二人は、莉子の住むアパルトメントの一室に移動していた。

 

 あの後。

 莉子は吹っ切れたように表情を明るくすると、早速準備を始めた。

 ただの空元気だったかもしれない。だが、今はそれで良かった。


 莉子は陽菜に頼んで、少しだけ時間をもらった。

 そして、客室の外に立つ衛兵に数枚の便箋を頼み、言葉をしたためた。

 それは、ルミィ、ガラン、サイラスに宛てる別れの手紙。


 それらを衛兵に託し、陽菜と共にバルコニーを後にしたのだ。


 少しの私物をまとめ、莉子は陽菜を振り返る。


「うん。お待たせ」


 陽菜は微笑んだ後、少しだけ部屋の入口で立ち止まった。


「唆すようなことをした私が言えることじゃないけどさ、本当にあれで良かったの」

「手紙のこと? ……まあ、絶対怒られるだろうね」


 でも、と莉子は続ける。


「生きてればまた会うかもしれないし。そのときにちゃんと謝るよ」

「……なんか、昔から思い切りいいところあるよね、莉子ちゃん」

「あんたに言われたくないわよ」


 それもそっか、と陽菜は笑った。

 莉子が、ふと疑問を口にする。


「それで、船があるって聞いたことはあるけど、どうやって行く? 港まで陸路で行ったら絶対バレるよね」

「ふっふっふ。私がさっきどうやってここに来たのか、忘れたのかい」

「え、まさか飛んでくつもり?」


 陽菜は鷹揚に頷き、莉子に背中を向けてしゃがみ込んだ。

 微かに引き上げた口元に自信を覗かせ、ちょいちょい、と手招きする。


「えー、おんぶかよ」

「乗り心地は保証するぜ、お姉さん。今なら運賃も、タダ」


 莉子は少し躊躇ったが、確かに他にいい方法も無さそうだ。

 諦めたように息を吐くと、陽菜の華奢な背中におぶさった。


「よっしゃ、出発しんこーう!」


 陽菜が元気に言うと、その背中に大きな黒い翼が生える。

 そして、バサッと軽く振っただけで、二人はあっという間に城壁よりも高い位置に舞い上がった。


「あわわわわ」


 突然の強烈な浮遊感に、莉子は思わず泡を吹く。

 

 陽菜はその様子が可笑しいのか、からかうように笑っていた。

 そして追撃をかけるように、わざとらしくよろめく。


「うっ、重い」

「……」


 莉子は半眼でじっと睨んだ。


「やめて、やめて。無言で左右に身体を振るのやめて。ほんとに落ちる」

「また二人で転生するか、ああん?」


 そんな他愛のない話をしていたら、二人はいつの間にか王都を抜けていた。

 莉子が後ろを振り返ると、街の灯は徐々に遠ざかり、建物も小さくなっていく。


「きっとまた、ここに来る機会もあるよ」

「……そうだね」


 莉子は、改めて陽菜の身体にきゅっと捕まった。


「そう言えば、陽菜は何かこれからやりたいことあるの?」

「うーん、そうだなぁ。……あ、ひとつ思いついた! 莉子ちゃんは?」

「私も何となく思いついたのなら」


 そして、二人はどちらからともなく笑った。

 何となく同じことを考えているような気がしたのだ。


「じゃあ、せーので」

「うん」

「せーのっ」


「「喫茶店!」」


 真夜中の澄んだ空気に、二人の声が重なって飛んでいった。

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