第4話 ② (ルミィ視点)
「ぜえ……ぜえ……」
リリーに辿り着く頃には、ルミィとヴィエラはとっくに息が切れ、せっかくお洒落に決めてきた髪も崩れてしまっていた。
二人同時に扉を開けると、中にいたリゼ様と魔王アリシアの二人が話しているところだった。
「おお、二人ともおはよ……何してんの?」
愛しのリゼ様が挨拶をしようとしたところで、こちらの表情を見て半眼になる。
「おは、おはよう、ございます……。こいつが、ずっと付け回してくるもので」
「い、言いがかり……っ。短足のあんたと違って、私は普通に、歩いてただけですけど……っ」
なによ、と言い返そうとしたところで、アリシアが苦笑した。
「こらこら。これから営業だってのに消耗しきってどうするの。そんなんじゃ一日保たないよ」
もっともな意見を突きつけられ、ルミィは言葉を失った。
(何なのよ、魔王のくせに)
最近、ずっと頭がモヤモヤする。
アリシアもヴィエラも、ついこの間まで殺し合っていた関係なのに、こうして傍にいる。
今だって、何か悪さをすれば問答無用で始末しようと思っているのだ。リゼ様には悪いが、こちらにも譲れないものがある。
それなのに、二人にそんな悪事の気配は全くない。
それどころか、むしろその様はまるで――。
(人間みたいなことしちゃってさ……)
ルミィだって、リゼ様とアリシアの境遇を知らないわけではない。
聞くところによれば二人は元々別の世界からやってきた存在で、アリシアでさえ元は人間だった。
そんな荒唐無稽なことが起きるのか、というそもそもの疑問はある。
それでも、敬愛するリゼ様の言うことだ。出来れば信じてあげたいし、だからこそ今二人がこうして仲睦まじく喫茶店なんてものを開いているということは理解している。
だが、それと心が納得するかどうかは別の問題だ。
ルミィは無意識に首のペンダントを握りしめた。
胸の奥をチクリと刺すような痛みが残る。
そんな居心地の悪さみたいなものが、店が開いてからも薄っすらと残り続け、時折アリシアやヴィエラの方に視線を向けてしまう。
今日は何度か、うっかりアリシアと目が合っては、目をそらすことを繰り返していた。
そして正午の時間。
「あ、しまった。鶏肉切らしちゃった。ごめん陽菜、ちょっと出てくるね」
ふとリゼ様がそんなことを言って、店を出る支度を始めた。
しかし、それをアリシアが「あ、ちょっと待って」と止めると、こちらに目を向けてきた。
「ねえ、ルミィちゃん、ヴィエラ。あなた達二人で買ってきてくれないかしら」
「えっ」「陛下……?」
突然の指示にルミィは目を丸くする。
横のヴィエラも呆然と口を開けていた。
「な、なんで私がっ……あ、いや、買い出しが嫌なのではないですが、なんでこいつと!」
他の誰かとならともかく、よりによってヴィエラと二人きりなど、まっぴらだ。
拳を握りしめて必死に拒絶するルミィに、アリシアは微笑みかけた。
「これも仕事の一環だよ。ルミィちゃんだから頼みたいんだけどなぁ」
「うっ……」
甘ったるい声で、上目遣いをしてくるアリシア。
その絶妙な響きと責任感を煽る言い回しに、思わず言葉が詰まった。
今日に至るまで、頼まれたら断れない自分の性格をこれほど忌々しく思ったことはない。
「……あなたのためじゃないですからね。仕事だからやるだけです」
そして、呆気なくルミィはお使いを引き受けた。
せめてもの抵抗で、憎まれ口を叩かねば気がすまなかったが、アリシアは満足そうに笑みを浮かべるのみである。
後ろに立つリゼ様が「扱い上手いなぁ」と呟いている。
こっそり言ってるつもりなんでしょうが、丸わかりですからね。
内心ぶつぶつと文句を言いながら身支度を整え、ヴィエラに声をかけた。
「ほら、行きますよ」
「あ、ちょっと待って」
先程と同じ台詞でもう一度アリシアがルミィを止める。
「今度はなんですか」と仏頂面で応じると、彼女は笑顔のまま紙切れを渡してきた。
それを広げると、鶏肉以外の様々な食材がリストとしてまとめてある。
「ついでにお願い。ねっ」
「……はあ、まあいいですけど」
本当に油断ならない魔族である。
ルミィはその紙切れを乱暴にポケットにしまい、店を出るのだった。




