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迷い子たちの冒険  作者: やす。


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第十話 迷い子たちの幕間 〜第四幕〜

無事に奉納を終えた保存会の面々は、拠点とする公民館へと引き上げた後、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。

「や〜ぎさぁ〜ん。飲んでまふかぁ〜?」

 既に呂律がアヤしくなっている陽介が、太一の肩へと、しなだれ掛かってくる。片手にはしっかりと、ビール瓶が握られており、その中身は情け容赦無く、太一のグラスへと、注がれていく。

「陽介君、今夜はご機嫌だな。」

注がれたグラスに口を付けつつ、太一が応じると陽介はつぶらな瞳を潤ませて、背中から太一に抱きついて来た。

「僕ぁ〜ねぇ〜感動したんれすよぉ〜。二人の踊り〜ホンっトに良かったれす〜。」

そう言いながら、彼は太一の背後から手を回すと、彼の背中に顔を擦り付けて、感涙にむせいでいる。

「分かった分かった。それはもう何度も聞いたから。」

太一は背中越しに陽介の頭をぽんぽんと撫でながら、苦笑いを浮かべつつ彼をなだめる。

「お、陽介。出来上がってんじゃないか。あと太一は俺んだぞ。」

隣に座る退助が、陽介を引き剥がしにかかるが。

「あ〜、なかしまさぁ〜ん。またこんなトコに居てぇ〜、今日は〜やっぱりぃ〜二人のコンビぃ〜最っ高ぉ〜っした。」

 陽介はそう言うと、今度は退助に正面から抱きつき。その厚い胸板に顔を埋めている。

「こらっ!陽介‼︎大概にしろ。そこに貼り付いて良いのは太一だけだ!」

(いや…貼り付いたコトは、無いと思うが…)

「…おい退助、誤解を招く様な事を言うな。」

太一のその言葉に、退助が返す。

「なぁ〜にが誤解だ〜。現にこの間もふろ…」

「沈めっ!」

「ごぷっ」

太一はそう叫ぶと、側に置かれていた一升瓶を、退助の口に捩じ込み、彼の口からその体内へと、大量の日本酒が流れ込む。

「ごっごっごっご…」

 やがて退助は白目を剥いて後ろへ倒れた。陽介はと言うと、退助に覆い被さり、いつの間にか彼の胸の上で眠っていた。

「ふぅ、危ないトコロだった…。」

空になった一升瓶を片手に、額の汗を拭いながら、そう呟く太一。

「…太一っちゃんよ…おまえさん、意外とオソロシいヤツだったのじゃな。」

 突然現れた勘吉が、完全に意識を失った退助を突つきながら、そう呟く。 そこへマイク越しに、白石の声が響いた。

「え〜皆さん、今日は大変お疲れ様でした。本日を以て、今年の保存会の活動は終了となりますが、来年また皆さんと元気に、顔を合わせる事ができれば良いと、思っております。では、会長に一言いただいて、今日はお開きにしたいと…。」

 その刹那、白石からするりとマイクを奪った勘吉の絶叫が、会場に響き渡った。

「おい野郎ども!夜はまだまだこれからじゃっ‼︎今夜は帰れると思う…がぽっ」

 次の瞬間、勘吉の口には笑顔を保ちつつも無言の白石の手によって、芋焼酎「昇天」の一升瓶がねじ込まれていた。その中身がぼこぼこと音を立て、みるみる内に減ってゆく。さすがの勘吉も、これには悶絶し意識を失う。そして白石は空になった一升瓶を片手に、何事もなかったかの様な笑顔で、その場を締める。

「それでは皆さん。また来年、お会いしましょう。」

 その様子を近くで目撃した澪が、隣に座る湊の腕に縋り付き、青ざめながら囁いた。

「た、種子島って、コワいトコだねぇ…。」

「…うん。これは…俺たち大変なトコロに、来ちゃったのかもしれない…。」


(注)良い子は決して、マネをしてはイケないよ。


1.


 眠る退助を背負って、太一が湊と澪を伴い自宅へと帰り着いたのは、もう夜も更けた頃の事だった。二人が借りている車は、一旦太一たちの自宅へと停めて、直会に参加していたのだ。

「それにしても退助さん、よく眠ってますね〜。」

そう言いながら退助の頬を突つく澪。彼の口からは、もにょもにょと何か言葉にならない寝言が漏れている。

「な〜に、放っときゃ良い。朝になったら勝手に起きるだろ。」

(このヒト、意外とオニだな。)

そう心で呟く湊と澪を広縁へと案内して、太一は寝室へと向かう。

 退助の身体を寝室のベッドへと横たえた太一は、湊と澪が座る広縁のダイニングテーブルまで戻ってくると、二人に尋ねる。

「何か、軽い物でも作ろうか?慣れない場所で、気疲れもしただろう。」

その気遣いを、湊がやんわりと断る。

「あ、いえお構いなく。直会で、結構いただいちゃいました。」

「そうか?」

 そう言いつつ太一はお盆に、湯気を立てる三人分の湯呑みを運んで来た。

「丁度いい機会ですので太一さんには、お知らせしておきたい事があります。」

その湯呑みを受け取りながら、澪が太一に話し掛ける。

「原生圏に…関する事だな?」

「お気づきでしたか。」

 湊の問いに、彼は答える。

「ああ、何となくな。研究で忙しい筈の二人が、すんなりこっちに来れるとは、思ってなかったし。」

「はい。これは個人的な休暇に偽装した方が、怪しまれずに事を運べるとの、鷹宮局長の計らいでした。」

 その澪の言葉に太一は苦笑いしながらも、納得するしかなかった。

「あの人らしいじゃないか。で、今回接触する本命は、白石先生だろ?」

「そこまでお分かりになってらしたんですね。それなら、話は早いです。」

 湊は太一の洞察に、改めて驚かされながら言葉を返し、目配せで澪に促す。

「俺たちが今回託されて、運んで来た『預かり物』に関してなんですが…」

 三人の間で交わされた、「預かり物」に対しての説明と、直近の原生圏の情報に関する話は、そのまま深夜まで続いた。


2.


 「…おはよう。…うぅ…アタマ痛ぇ…。」

翌朝、退助はそう呟きながら、三人が食卓を囲む広縁へと姿を現した。

「おはようございま〜す。」

「お先にいただいてます。」

 口々に挨拶をする湊と澪に続いて、太一が話し掛ける。

「おはよう退助。朝飯、食うか?」

「…いや…済まん。今朝はいい。それより太一…水…くれないか?」

「昨夜あんなに飲むからだろ?ほら、味噌汁だけでも飲んどけ。」

太一はそう言うと、退助の前に氷水の入ったグラスと、味噌汁をついだお椀を差し出す。今朝の具は、退助の二日酔いに備え、太一が冷凍庫に常備しているシジミが、たっぷりと入っていた。

「あぁ…そうだな。いつもありがとな。」

(え〜っと…「あんなに」飲ませたのは、太一さんの方だったのでは?)

 と、思いはしたものの、恐ろしくてとても口には出せない、湊と澪だった。

「いつの間にそんな飲んだっけなぁ…俺も弱くなったかな?…ホントに、なんも覚えて無いんだよなぁ。」

その問いには誰も答えず、食卓には味噌汁を啜る音だけが響き続けた。


3.


 「ホントにここで良いのか?空港まで送るぞ。」

朝食後にシャワーを浴びた退助は太一と共に、自宅の玄関先で車に荷物を積み込む、湊と澪に声を掛ける。

「ええ。お名残惜しくなっちゃいますから、ここで。」

「お世話になりました、また来年も来ます!」

各々に感謝の言葉を述べた二人は、太一と退助それぞれと、代わる代わる握手を交わす。

「おう、来年また来い。実はこっちには、職域相撲大会ってのも有ってな。俺も漁協から誘われたんだが、今年は棒踊りに専念したくて、ご遠慮してたんだ。次はそっちも出るから、ぜひ二人で観に来てくれ。」

 それは太一も知らされていなかった話である。意外そうな顔をする太一の向かい側で、湊はどこか違う世界へと…飛んで。

「はうっ!」

 澪がそんな湊の脇から、彼の肋骨の隙間を狙い打撃を与え、その肺を強打する。勿論、それは太一と退助からは死角になって見えない。榊澪…恐ろしい子…。

「ま…まぁとにかく来年は、もっとゆっくりした日程で来てくれ。」

 顔色を変え身悶えする湊の様子に、全てを察した太一は額から一筋の汗を流しつつ、そう話した。退助は相変わらず。

「?」

という様子で、湊を見ている。どうやら、自分の言葉が火種になっている事には、気づく気配も無さそうだ。

 やがて退助は、二人をその厚い胸板へと抱き寄せる。

「…お前達…ホントによく来てくれたな。帰っても身体には気をつけろ。」

 その退助の熱さに包まれた二人は、込み上げる感情に言葉が詰まる。そして一言、言葉を絞り出すかの様に答えた。

『……はい。』

 そして二人を乗せた車は、静かに太一と退助の自宅を後にして、次の目的地へと向かい走り出す。残された二人はその影が小さくなっても、その場に肩を寄せ佇み、いつまでも見送っていた。


4.


 太一と退助に別れを告げた二人は、空港へと至る道すがら、宇宙開発機構附属病院を訪れていた。心療内科へと白石を訪ね、約束が有る事を受付に告げると、やがてアナウンスの声に診察室へと招き入れられる。白石はそのとき端末へと向かい、診察の空き時間を使って、カルテの整理と症例の纏めに余念がなかった。

「白石先生。お忙しい中、申し訳ありません。」

 机に向かっていた白石は、澪のその声に視線を向けると、二人に椅子を勧めながら、にこやかに言葉を掛ける。

「おはようございます。お待ちしていましたよ。」

その穏やかな声を聞きつつ、二人は椅子に腰を下ろした。

 「ありがとうございます。今日お伺いしたのは、他でもありません。」

湊の言葉に、白石は頷きながら返す。

「はい。鷹宮局長からの『預かり物』の事ですね。」

「ええ。早速、これが現物なのですが…。」

 澪は上着の内ポケットから、名刺入れに偽装された輸送ケースを取り出すと、指紋認証でそれを開錠する。ケースは小さな空気音を立てると蓋を開き、その中身を露わにする。

 それは極小のチップで、その表面には電子顕微鏡サイズの回路が、高密度に刻み込まれ淡い光を放っている。

「これが例の…。」

驚きを含んだ白石の声に、澪が説明を始める。

「はい。これを使う事によって被験者の……」

 その長い説明を聞き終えた白石は、納得と共に確認の問いを返す。

「しかし、これはあくまでも保険に過ぎないと、言う事ですね。」

「はい。何せまだ実験段階の代物なので、どの程度の効果を発揮するのかは未知数です。動作も一回きりに限られますし。」

そこへ湊が言葉を重ねる。

「そこは、あくまで本人達の意思…と言うか彼らの、絆の強さに依るでしょうね。でも今回見た限りでは、その心配も杞憂に感じられるとの、確信を持てました。」

 白石は安堵の表情を強めると、二人へと言葉を返す。

「お二人がそう感じられたなら、おそらく間違いは無いでしょう。これはきっと彼の助けになると…私も信じたい。」

 澪からケースを受け取りつつ、白石は力強く確認する。

「ご苦労様でした。『預かり物』確かに受領いたしました。」


5.


 空港へと戻り、実は保安部の一般社会への「隠れ蓑」として設置され、表向きの営業を続けているレンタカーショップへと、車と拳銃の返却を済ませ、任務完了の報告を終えた湊と澪は空港のラウンジで、出発までの時間を過ごしていた。無論ここで過ごす時間も、太一から二人への、もてなしとして贈られた物である。

「あの二人…大丈夫だよね?」

手に持っていたコーヒーカップを、ソーサーへと戻しつつ澪が呟く。

「心配は要らない…と思うよ。それに…。」

 ラウンジの窓から、滑走路を飛び立つ飛行機を眺めながら、湊が返す。

「…それに?」

その横顔を見つめ、澪が返事を促す。

「もし何かあったら俺たちが、またすぐ飛んでくれば良いさ。」

 澪の顔を真っ直ぐ見つめ返しながら、力強く湊は言う。その表情に、澪は今まで感じた事のなかった強さを見い出し、少し頬が赤くなる。そして愛しい人の笑顔に応える。

「うん、そうだね。そうしようよ。」

 やがて二人は、搭乗案内のアナウンスに促され、搭乗口へと消えていった。


6.


 その数日後、種子島の空が秋の深まりを見せる様になった頃の、ある日曜日の午前中。太一と退助の自宅へと訪れる、二人の人影があった。呼び鈴の音に玄関の引き戸が開き、そこに太一が顔をだす。

「やあ、陽介君に里奈ちゃん。いらっしゃい、待ってたよ。」

「今日はお休みのところすみません。」

 陽介がそう言うと隣に立つ里奈が、手に持っていた包みを差し出す。

「今日はわざわざお時間を取ってくださり、ありがとうございます。これ、少しですけど。」

里奈が差し出した包みを、太一が受け取る。それは、退助の尾行事件の際に、太一が差し入れとして買ってきた焼き菓子と、同じ品物だった。

「ああ、これはご丁寧にありがとう。退助も、これ好きなんだよ。まぁこんな所で立ち話も何だから、どうぞ上がってくれ。」

「それじゃあ…お邪魔します。」

 太一は二人を、居間のソファへと案内する。昭和を感じさせる古民家風家屋の室内は、太一と退助が二人で選んだ、シンプルでモダンな家具で統一され、落ち着いた雰囲気に整えられていた。

(わぁ、素敵。)

と言う感想を里奈は胸の内に抱いたが、それを口にする前に、男の姿がローテブル越しのソファに見えた。退助が緊張に固まっていたのである。

「よ、よぉ、よ陽介に、り、里奈ちゃん。きょ、今日はゆ、ゆっくりしていって…ほ、ほしいんだな。」

 そこへ太一が四人分のコーヒーカップとお茶菓子を持って現れた。

「あの…中島さん、どうされたんですか?」

「ああ、それかい?気にしないで良いよ。今朝からずっとこうなんだ。」

太一は、テーブルの上にコーヒーとお菓子を配りながら、心配そうな里奈にそう話しつつ、退助の隣に腰を下ろす。

「実は僕たちの挙式が、来年の春に決まりました。」

陽介の言葉に、太一は柔らかく笑い、言葉を返した。

「それは良かった、おめでとう。」

「で、今日は、お二人に折り入ってお願いが有って参りました。」

「は、はイっ‼︎」

 退助は辛うじて返事を絞り出すが、動揺で完全に声が裏返っている。

「お二人には是非私たちに、ご媒酌の労を賜りたいと願っております。」

太一は穏やかな笑顔で頷き、退助へと目配せをする。

「よ、陽介…と、里奈…ちゃん。」

『はい。』

 ようやく少し落ち着いてきたのか、退助は若い二人にそう呼びかけ、陽介と里奈は、異口同音に返事を返した。

「その…なんだ。こう言う事には慣れない…って言うか、初めてなんだが…うぅん、本当に俺たちで良いのか?自分でこんな事言うのもおかしいが、俺たちはその…一般的な連れ合いでは無い…んだが。」

 退助がそう話した後で、太一が言葉を繋いだ。

「普通に考えれば…白石先生ご夫妻にお願いするのが、それこそ一般的だと思うけど、それは考えなかったのかい?」

「僕たちも、最初はそうしようかと考えては居たんです。でも…。」

陽介はそう言うと、里奈の方を見て、微笑んだ。

「その…お二人とお知り合いになれて、これまで八木さんと中島さんの関係を見てきて…私たちはやっぱり、将来お二人みたいな夫婦になっていければ良いって…そう思えたんです。」

 里奈のその言葉を受け止めた上で、それでも尚、退助は腕組みをして考え込む。

「…うぅん…二人が俺たちの事を、そんな風に受け止めてくれている事は、素直に嬉しいし、感謝もしてる。ホントにありがとな。」

 退助はそう言うと二人に頭を下げ、更に言葉を続ける。

「でも、これからの暮らしの事を考えると、世間一般の受け止め方…ってのも考えた方が…」

(お!退助にしては、珍しく物事を考えてるじゃないか…。)

 と、太一が長年連れ添った相方に対してとは、到底思えない。とても失礼な賞賛を抱いた次の瞬間の事だった。

「何が世間一般じゃ。退ちゃんらしゅうも無いのう。」

太一と退助の座るソファの背もたれの背後からニョキっと現れた、見慣れた顔……榊原勘吉。

『うわぁぁぁぁぁっ!』 

その場の四人が、四者四様の悲鳴を上げた。

「勘吉っ!テメェどっから入り込みやがった‼︎」

「若いモンがさっきからグダグダと、細かい事を気にするで無いわ。」

 問い詰める退助の言葉も、涼しい顔で受け流す勘吉。

「思いっきり気にするわ‼︎」

 そう怒鳴る退助の背後から更に聞き覚えのある、穏やかで冷静な声が聞こえてくる。

「今回ばかりは、私も会長と同意見ですね。」

 その声に、太一が頭を抱えながら呟く。

「…白石先生まで…。」

 勘吉は太一と退助の間に、どっかと腰を下ろすと二人の肩を抱きながら囁く。

「若い二人が、なけなしの勇気を振り絞っての願い事に来とるのに、それを無下に断るのかのぉ?なぁ、退ちゃんに太一っちゃんよ。」

 そんな勘吉の囁きに、困った様に考え込んだ末、退助は遂に腹を括った。

「よし分かった。引き受けよう!こうなったら、やってやろうじゃねぇか‼︎」

してやったりの笑顔で、勘吉は太一にも尋ねる。

「太一っちゃんも、それで良いかの?」

「まぁ、退助がやる気なら、俺はそれで。」

 その返事を引き出した勘吉は、陽介と里奈に向かい、笑顔で親指を立てながら、片目をつぶってみせた。はっきり言ってブキミである。

『ありがとうございます!』

 若い二人はそう言うと、満面の笑みを見せ、互いに微笑み合った。


7.


 「そうと決まれば、早速始めにゃならんて。」

勘吉の言葉に、退助が怪訝な顔で尋ねる。

「始める?何をだ。」

「心配などせんでも、そろそろやって来る頃じゃて。」

 その時玄関の引き戸が開けられる、カラカラという音に続いて、ドヤドヤと上がり込んでくる複数の足音が、家中に響く。

「ちわ〜っす、会長。会場はここっすか?」

 リビングにヒョイと顔を出したのは、保存会若手の一人だった。

「おう!よう来たのう。むさ苦しい所じゃが、ゆっくりしていってくれ。」

「勘吉!テメェ言うに事欠いて、何てコト言ってやがる‼︎」

 退助の抗議をヨソに、続々と運び込まれる酒と料理の数々。

「あ、陽介さんに里奈さん…は、ともかくとして、なんで八木さんに中島さんまで居るっすか?」

 別の若手の質問の声に、太一は呆れ顔で答える。

「居るも何も…ここは俺たちの家だ。」

 家主の意思を無視して、着々と宴会の会場へと変えられていく二人の家に、先ほどまでとは違う種類の足音が、パタパタと入ってきた。

「お邪魔しま〜す。って、あら〜里奈ちゃん。今日はオシャレして、素敵になってるじゃないの〜。」

保存会婦人部の面々である。

「あら会長さんも〜。お元気そうで何より。」

 そして最後に、子供たちの一団がやって来て、里奈と陽介の前に整列し、言葉を揃えて挨拶をする。その誰もが、大人たちと共に棒踊りを奉納した顔ばかりだ。

『里奈先生、陽介さん。ご婚約、おめでとうございま〜す。』

「わ〜!みんな来てくれたのね。どうもありがとう‼︎」

 その様子を呆然と眺めながら、退助が力無く呟く。

「コイツら…ホントに勝手なコトばっか、しやがって…。」

その肩にそっと触れながら、太一が囁く。

「でも退助。ほら見てみろよ、あの二人の顔。」

退助が視線を移した先には、仲間と子供たちに囲まれ、照れ臭そうに頭を掻く陽介と、泣き出しそうな笑顔を浮かべる里奈の姿が在った。

「…そうだな。ま、良いか。」

 その二人を見つめる退助の顔にも、自然と笑顔が浮かぶ。が、次の瞬間、その背後から元凶の声が聞こえた。

「これで何もかも、万事めでたしじゃ。」

『そんなワケあるかぁぁぁっ‼︎』

 木星圏の英雄二人の鉄拳制裁が、勘吉の顔面に炸裂した。


8.


 廊下で伸びている勘吉を尻目に、陽介と里奈の婚約祝賀パーティーは宴もたけなわ、と言った状況だ。大人たちは程よく酒に酔い、ご婦人方は里奈を囲んで、馴れ初め話に花を咲かせていた。退助はというと…食事に飽きた子供たちと、庭で本気の追いかけっこを繰り広げている。

 そんな様子を、縁側で飲み物を片手にぼんやりと眺めている太一に、輪の中から抜け出して来た里奈が話し掛ける。

「あの…隣、良いですか?」

「ああ…。もちろん、どうぞ。」

里奈は遠慮がちに、太一の隣へと腰を下ろすと、まず彼に詫びる。

「ホントに今日は済みません。私たちの為に、多大なご迷惑をお掛けして…。」

「あ、いや。そんな事はいいんだ、俺たちも結構楽しんでいるから。」

 里奈は小さく呼吸を整え。太一に、とある頼み事をする。

「ご迷惑ついでと言っては、なんですが。八木さんにはもう一つ、お願いしたい事が有りまして…。」

里奈からの意外な申し出に、太一は首を傾げながら応じる。

「なんだろう?俺にできる事なら良いんだが…。」

太一のその言葉に、彼女は意を決し話し始める。

「私たちの学校では来週、文化祭の開催が予定されているんですが…。」

「文化祭か…そう言えば、そんな時期になったよね。」

そう相槌をうつ太一に、里奈は事情を説明する。

「はい…。それで実は、文化祭で講演をお願いしていた、郷土史研究家の佃 喜一郎教授が、急病でご入院されまして…。」

「ああ。その人の本なら、図書館で読んだ事があるよ。」

「そうだったんですね。で、お願いしたい事と言うのが…。」

(これは雲行きが怪しくなって来たな…)

と、太一が感じた瞬間。

「八木さんに是非、代わりに講演をお願いしたいんです。」

(やっぱりか!)

 太一は冷や汗を拭いながら、なんとか回避出来ないかと、思案を巡らせる。

「いやぁ…俺なんかでお役に立てるかどうか…。」

「真に急なお話で、準備期間も十分にお取り出来ない段階で、無理なお願いである事は、重々承知しております。でも、そこを何とか、私たちを助けると思って…。」

里奈は太一に身を乗り出し、彼の手を握りながら懇願する。

 そこへ困惑する太一の元に、遊び疲れた子供たちを引き連れた、退助が戻って来る。

「お、どうした里奈ちゃん?困った顔して。」

「あ、いや実は…。」

と、困り顔で事情を説明しようとする太一の言葉を遮る様に、圧をかけて押す里奈。

「子供たちに取った緊急アンケートでも、宇宙の話が聞きたいっていう意見がトップだったんです。それなら、八木さんをおいて、他にお願い出来る方が居ないんです。」

 その様子を見て、退助が言う。

「なんだ、太一。やってやりゃ良いじゃねぇか。」

「退助。お前、簡単に言うけどなぁ。」

朝までの自分の状態を、遠い棚の上に放り上げて、無責任な事を言う退助。

「みんなも、このオジサンの話し、聞きたいよなぁ〜?」

『うん。聞きたぁ〜い‼︎』

口々にそう言う子供たち。

 その声に押され、遂に腹を括…らざるを得なくなった太一。

「そこまで言われたらなぁ……。よし分かった。引き受けよう!」


9.


 「本当に最近の八木さんには、驚かされてばかりですよ。」

その日は久々の、カウンセリングの日に当たっていた。診察室で、太一と向き合った白石は、相変わらずの穏やかな表情の中にも、若干の驚きを込めながら、彼にそう語りかける。

「いやぁ、見事に外堀を埋められてしまいまして。」

 白石が、太一が講演の依頼を引き受けた事を知らされたのは、祝賀会が終わりを迎えようとしていた頃の事であった。

「里奈ちゃんと桐野君から聞かされた時は、本当に驚きました。全く、突然人様の家に押しかけた挙句、そんな頼み事までしていたなんてねぇ。」

(押しかけたくだりに関しては、あなたも人の事を言えないのでは?)

 と、内心では思いつつも、口に出して太一はこう言う。

「まぁ、これも何かのご縁でしょうから、やってみようと思いました。」

「そうですか…。」

 と、優しく応じながらも、主治医である責任上、白石は太一の変化に注意を向けつつ、尋ねる。

「この事が八木さんにとって、重圧になったりは、していませんか?」

「はい、大丈夫です。夜は眠れていますし、食欲も普通に有ります。」

 太一は穏やかな表情で、白石の問いに答える。事実、カウンセリングに通う頻度も減り最近は、ほぼ薬も飲まなくなっている彼だった。

「…そうですか。それなら安心です。ところで、講演会では何を話されるか、お決まりになられたんですか?」

 太一は宙に視線を向けながら答える。

「そうですねぇ…話しと言っても、自分の経験から出るもの以外は無いかなと考えています。」

「そうですね。お二人の宇宙での経験を話されるだけでも、子供たちには十分、興味深い事柄だと思います。あ、ところで…。」

「はい、何でしょう?」

白石の言葉に、太一は不思議そうに返す。

「ご相談したいのは他でもありません。例の『預かり物』の植え込みに関しての事です。」

「あ、そうですね。やっぱり、やらなきゃいけない事…なんですよね。」

 やはり太一は気の進まない面持ちで答える。

「万が一の保険くらいに、考えていただいて良いと思います。役割を終えれば、身体に吸収されてしまう程度の物ですし。」

 白石のその言葉に、太一は決心を固め頷く。

「分かりました、お願いします。」

太一のその返事を受けて、白石は具体的な日程の確認に入る。

「それでは、来月…一泊二日の定期健診の日程に、言葉は悪いですが『偽装』する形で行いたいと思いますが、それで如何でしょう?」

 その提案は、太一に取っても最善の物であると、感じられた。

「了解です。それでお願いします。」


10.


 朝晩の風に冷たさが混ざり始め、昼間との温度差を、その身に強く感じられる様になった頃。文化祭当日を迎えた太一と退助は、里奈の務める小学校を訪れていた。

 その日の太一は、普段は身に着けないスーツ姿に身を包み、若干の緊張をその顔に滲ませながらも、校長をはじめとした教職員たちと、笑顔で挨拶を交わしている。

「お、良いねぇ。絵になってるじゃないか。さすが俺の太一だ。」

 そんな彼に、話しかける一人の声があった。

「な〜かし〜まさん。鼻の下が伸びてますよ〜。」

「おう、里奈ちゃんか。今日はお招き、ありがとうな。」

「いえいえ。中島さんの後押しが無ければ、八木さんにはお引き受けいただけなかったでしょうから。」

「そうか?アイツは困ってる人を、見過ごしに出来るヤツじゃないさ。」

 ふと気になり、退助は里奈に尋ねる。

「そう言えば、陽介と白石先生も来るんだよな?」

「ええ。棒踊りの演舞も、プログラムに入ってますから。」

 その言葉に、退助の表情がにわかに曇る…。

「そうか…。と、言うコトはヤツも…。」

「…ええ、来るでしょうね。」

「まったく、あの爺さんは。」

「とにかく私たち教職員も、最大レベルの警戒で臨みますので、中島さんはお気になさらず。文化祭を楽しんでいってください。父兄たちによるフリーマーケットに、模擬店も催されますので。」

(この町の先生って、どこまで大変なんだよ…)

 その心労を、慮らずには居られない退助だった。


11.


 学校側との挨拶を終えた太一は、午後の講演の時間まで退助と共に、文化祭の模擬店を見て歩いていた。辺りにはポップコーンを焼く甘い香りや、粉物特有の香ばしい、ソースの匂いが漂っている。

「…と、言う事があってな。」

「ホントかよ…。」

 退助の説明に、頭を抱える太一。そんな事を話しながら校庭を巡っていると、ふと目に入る鬼退治ゲームの屋台。

「がおー!」

屋台の真ん中には、鬼の姿を模した筐体が据え付けられ、子供たちはキャッキャとはしゃぎながら、その赤鬼へとボールを投げつけている。

「おい、退助!あの鬼…。」

そこには、まごうコト無き見慣れた顔は、鬼の着ぐるみ姿の……榊原勘吉。

「ちょっと会長、何やってんですか!」

「がおー!」

「…バカなのか?」

「がおー!」

退助はおもむろに料金箱に小銭を投げ込むと、側のボールを掴み、思い切り振りかぶる。

「沈めっ‼︎」

 その全力の投球モーションから繰り出された豪速球は、鬼の鳩尾を見事に捉え、彼は悶絶して崩れ落ちた。

「…よし。ここはもう十分だ。」

歩き去る二人の後には、倒れた鬼が一体。痙攣する身体を、子供たちに突つかれていた。

 喉が渇いた二人は、屋台で買ったレモネードなど飲みながら、模擬店巡りを続けていた。校庭から屋内へと入り、様々な催しを見物して歩いていると、次に目に入った看板は…『お化け屋敷』。

「…本格的だな。」

その作り込みの細かさに息を呑む退助に、太一も思わず追随する。

「ここ…ホントに小学校か?」

 そこへ響き渡る女性の悲鳴。二人は迷わず、お化け屋敷の出口へと走る。

「おい!どうした!?」

転がり出る様に、出口から飛び出して来た女性を抱き抱え、退助が尋ねる。

「あ…あの中に…。」

ひどく怯える女性の様子を見かねた太一は、退助に向かって叫ぶ。

「退助!行くぞ‼︎」

 太一のその言葉に、入り口の方へと再び走る二人。受付で律儀にチケットを買うと、入り口から中へと飛び込む。

 その途中、あらゆる障害を二人は乗り越える。のっぺら坊に、ろくろ首。お約束のお岩さんやお菊さん。化け猫、子泣き爺やヌリカベに、ぬらりひょんまでもが、二人の行手を阻んだ。やがて二人は、最後の障害へと辿り着く。

 そこには、禍々しい閻魔大王…の、コスプレに身を包んだ、…榊原勘吉。

「悪い子は居ねぇかぁ!」

「…また…。」

呆れ果てる太一。

「ホント。あんた一体、何やってんだ?」

「悪い子は居ねぇかぁ!」

しかも演じるキャラを、完全に間違っている。疲れ果てた二人は、もう構わずに出口へと向かう。

「お願い、素通りだけはやめて…。」

 そう涙ながらに縋り付く閻魔大王を足蹴にする退助。

「え〜い、やかましいわっ!」

二人が去った後には、よよと泣き崩れる彼の姿だけが、取り残されていた。

 講演の開始まで、残りが一時間ほどになった頃。二人は再び、校庭の模擬店を見ながら歩いていた。

「まったく、あの爺さんはホントに…。」

そう呟く退助に、太一が言う。

「なぁ退助。そろそろ腹…減らないか?」

「あぁ、そうだな。お前はそろそろ、なんか食っとかないとな。」

その日の校庭には様々な屋台が並び、良い匂いがそこら中に漂っている。

「うん。たまには買い食いも良いだろう?」

太一の提案に、退助が乗る。

「お、あそこにお好み焼きの屋台があるぞ。行ってみようぜ!」

その二人を呼び止める、聞き覚えのある声。

「ヘイ!そこのイカしたお兄さんたち‼︎イカしたタコ焼はどうだい?」

 二人が横目に見ると、そこの屋台にはカンカン帽にサングラス、ダボシャツにダボズボン。腹巻き姿に雪駄履きの……榊原勘吉。

「ガラ悪っ!」

「今時…それは無いだろ…。」

 もはや他人の振りで、足早に通り過ぎようとする二人。その太一の足に、またもや縋り付く勘吉。

「だからお願いぃ、素通りはやめて!」

「ええぃ!世間体の悪い‼︎」

 振り解こうとする太一の耳に、周囲の小声が聞こえてくる。

「え…あの人たち…お年寄りを虐めてるんじゃない?」

「うわ…なんかひくわぁ…。」

 太一と退助の背中を、冷たい汗が流れ落ちる。

「よよよ。ワシも…文化祭に混ざりたかったんじゃ…孤独な年寄りを、独りにせんでくれぇ…。」

 さすがの二人も、遂に勘吉に相手せざるを得なくなる。

「分かった!分かったから。良い加減、太一から手を離せ。」

 そのまま勘吉に、屋台の中へと引っ張り込まれた二人。そこにはご丁寧に、イートインのスペースまで設えてある。早速二人の前に、並べられる海鮮焼きの数々。

「ふふん。伝説の漁師の腕前、恐れ入ったろう?ほれ、褒め讃えても良いのじゃぞ。」

その無駄に鮮やかな手際に、呆れる様に呟く退助。

「なにが、『混ざりたい。』だ、自分が一番楽しんでるじゃねぇか。」

 勘吉から振る舞われた料理は、どれも絶品の美味さを誇っていた。真に意外な事であったが、二人はいつの間にか、その屋台の味を満喫していた。

「…美味いな。」

アサヒガニの塩茹でにかぶりつきながら、退助が呟く。絶妙な塩加減と、濃厚な蟹味噌の風味が、彼の味覚を満たしていた。

「ああ…意外だ。」

 脂の乗った鰆を味噌漬にした、甘塩っぱくどこか品の良い味付けと、程良い焼き加減に思わず太一も唸る。どちらも、思わず一杯やりたくなる逸品の料理ではあったが、講演の本番を間近に控え、二人とも我慢している。

「どうじゃ?ワシの事を、もっと見直しても良いのじゃぞ。ほれほれ。」

 そうだな…などと、二人が思い始めたその時。

「あ、お二人共ここに居らしたんですね。里奈ちゃんが探してましたよ。」

 勘吉の屋台の暖簾をひょいと捲り上げ、白石が顔を出した。

「おう、恒一か。どうじゃ?お前もちょっと食うていかんか?」

「あ、会長。ありがとうございます。今はまだ、子供たちの準備が残ってますので、陽介君と一緒に後ほど。」

 白石はそう言いつつ、太一たちの食卓を覗き込む。この日は講演会の後、文化祭を締め括る「郷土芸能発表会」の手伝いの為に小学校を訪れている彼らだった。

「あぁ、これ。いつもの割烹からのケータリングですね?」

 そんな彼の、何気ない一言に太一と退助が反応する。

「え?」

「…何?」

 そう呟きつつ、二人が勘吉の座る席に目をやると…そこには既に、彼の姿は無かった。

「そう言うコトか!」

「…やられた。」

 勘吉の去った屋台には、頭を抱える太一に退助と、それを不思議そうに見つめる白石の姿が、残されていた。


12.


 遂に太一は壇上へと上がった。会場となった体育館には、自由参加であるにも関わらず、沢山の子供達が詰め掛けており、その様子からは今回の講演に対する、彼らの関心の高さが伺える。太一が会場全体を見渡すと、子供達の列の後ろの列に父兄に混ざり、退助が誇らしげな笑顔で壇上の相方を見つめ、その隣に白石に陽介の姿が見えた。里奈は教員席に座っている。

 ふと彼が来賓席に視線を移すとそこにはスーツ姿に身を包み、来賓のリボン徽章を左胸に付け、ドヤ顔で佇む……榊原勘吉。

(…世の中が分からん。)

と、苦笑いを浮かべつつ心の中で呟き、額に一筋の汗を滲ませる太一。

 やがて小さく息を整えた彼は、児童らに対して呼びかける。

「皆さん、こんにちは。」

『こんにちは〜!』

太一の呼びかけに、子供たちの元気な返事が返ってくると、彼の表情にも安堵が見えた。

「宇宙とは…大変不思議な場所であると、私は思っています。例えば、他の天体…まぁ他の星と言う事なんだけど、例えば木星。地球とは平均、約七億八千万kmという、絶望的…と言っても差し支えのない、距離に隔てられています。」

太一の話に息を呑む聴衆に対して、彼は言葉を続ける。

「今から四十年以上の昔、木星太陽化計画が始まったばかりの頃。木星との往復には、片道数ヶ月以上の時間が必要でした。それでも、その前の時代の船と比べると、随分速くなってはいたんだけどね。その中を、宇宙線…これは太陽みたいな星から、宇宙空間に放たれる放射線の事なんだけど、当時の技術ではこれを完全に防ぐ事は出来ませんでした。あとは宇宙塵…と言ってもこれはエイリアンの事では無くて、宇宙を飛ぶ星の欠片なんかの事だね。そう言う物と戦いながらの航海でした。」

 そこまで話し終えると、太一は卓上に用意された水を一口含み、再び息を整えると話を続ける。

「やがて、宇宙船のエンジンに使われている核融合炉が小型で強力な物になって来ると、船の速さは、『亜光速』という光に近いスピードに達し始めて、星を隔てる距離を人間は克服出来るようになっていったんだけど、そこでまた、人は新たな問題に直面する事になるんだ。それが何だか分かるかい?」

 彼のその言葉に、会場は小さい騒めきに包まれる。児童たちの間には小さく。

「わかんな〜い。」

と言う、戸惑いの声が漏れ始める。そこへ太一は言葉を投げかける。

「…はい。それはね、所謂『時間の遅れ』と言う事なんだ。船の速さが上がっていくと、宇宙を翔ぶ者と、地球に残る人との間には同じ時間が流れなくなる。これはね、生きていく上ではやはり寂しいと、感じられる事なんだ。」

 その言葉に、会場は静寂に包まれる。

「そんな中で、大切になっていく物は何か…と言うと私には、人との縁や絆だと思えるんだ。宇宙でどれだけ危機的な状況に置かれても、縁で結ばれた仲間が隣に居れば、最後まで諦めずに帰る道を探す力になる。また、地球で待ってくれている人が居れば、その存在もまた、過酷な環境を生き抜く為の力になってくれると、私は信じています。」

 静まり返る会場の中、聴衆の後列で何故か退助だけが、顔を真っ赤にして照れている。

(バカ太一。ヨリにもよって、こんな所で惚気やがって…)

「いま皆んなは、勉強や運動とか…この後の棒踊りの演舞もそうだけど、色んな事に一生懸命取り組んでいる事だと思う。その時にはどうか自分の隣を見て欲しい。そこには同じ時間と場所を共にしている、掛け替えの無い仲間が、いる筈だから。そんな存在を、どうか大切にして生きていって欲しいと、私は願っています。」

 講演は進み、質疑応答の場面を迎える。担当の教諭が質問を募り、沢山の児童たちが元気よく賑やかに、手を挙げてアピールしている。太一はそんな中から、中学年くらいの大人しそうな男の子を選び、そこへマイクを持った里奈が歩み寄り、その緊張気味な声を拾う。

「八木先生、宇宙って無重力なんですか?」

その質問に、太一は答える。

「そうだね。厳密に言うと、無重力と無重量は区別されるんだけど、大雑把に言えば無重力で良いと思うよ。」

「ありがとうございました。」

 男の子は、そう言うと自分の席に腰を下ろす。場内は再び、指してもらいたい児童たちのアピールで、喧騒に包まれる。

「はい…じゃあ、そこの子。」

 次に太一が選んだのは高学年くらいの、ちょっとヤンチャそうな男子だ。里奈がマイクを近づけると、音が割れそうな元気な大声で質問を投げ掛ける。

「じゃあ先生、ウンチも浮くんですか!?」

その質問に、里奈の表情は凍りつく。

「ちょっと…」

彼女のその叱責の言葉を、太一は壇上から穏やかな表情で遮りつつ、ニコリとしながら男子の質問に答える。

「浮くぞ〜。そのウンチが地球の軌道を回っているとすると、ウンチは大砲の弾よりも速い速度で宇宙を飛んでいる事になるんだ。」

 太一は背後のホワイトボードに、図を描いて説明し始める。

「で、そのウンチを…同じ高さ、同じスピードで、同じ方向に飛んでいる宇宙船から見ると、ただの浮いているウンチなんだが…。これを、同じ高さで交差する宇宙船にぶつけたら、どうなると思う?」

 太一のその言葉に、会場の児童たちからは口々に。

「ええ〜。」

「分かんな〜い。」

そんな声が上がり始める。そこへ太一が。

「実はウンチで、その宇宙船を壊す事が出来るんだ。」

 太一のその言葉に。

「うわ〜、ウンチってスゲぇ〜!」

子供たちは、口々にそう呟き始める。

 その側でマイクを持つ里奈は頭を抱え、後ろで見ていた退助は腹を抱えて笑い、その隣の白石と陽介は…呆気に取られていた。

「先生!実際にウンチで宇宙船を壊した人って、いるんですか?」

その男子の問いに、太一は答える。

「実際には居ないね。今の船にはそう言う事を防ぐ為の防御機構が、何重にも装備されているし、パイロットは常に宇宙塵に対する警戒を怠らないからね。後ろで笑ってる、コワい顔のおじさんも、実はそう言う事が、とても上手な人なんだよ。」

「ははは…はっ!」

 腹を抱え笑う退助に、子供たちの視線が集まりその彼の姿に、笑いが起こる。来賓席の勘吉はと言うと。

「うむ。これは見事なうんちくじゃな。」

…等と、どうでも良い感想を述べていた。

 講演会の時間も大詰めを迎え、太一が最後に指した質問者は委員長タイプの、すこし耳年増な印象の女の子だった。

「でも宇宙に行くのって、限られた人だけだし、殆どの人にとっては遠いトコロだと思います。親戚の叔母さんは、人が宇宙に出るのは自然破壊だって言ってるし。」

 その少女の最後の一言は、側で聞いていた退助を、一瞬ヒヤリとさせた。それは、原生圏の主張に通じる部分で、太一のトラウマを刺激するのでは無いかと、心配したからだ。だが太一は毅然とした中にも優しさを忘れずに、質問に答える。

「本当にそう思うかい?」

「私たちは一見この教室に座って、さっきからずっと動いていない様に見える。だけど実際は、この地球って言うでっかい宇宙船に乗って、さっきのウンチじゃ無いが、それと同じ様に、スゴい速さで太陽の周りを回っているんだ。」

 静まり返る子供達。

「そしてこの太陽系自体も、常に銀河の渦の中を回りながら位置を変えている。」

いつの間にか、太一の話に聞き入る子供達。太一は続ける。

「そして、今の私たちの暮らしには宇宙からもたらされる資源を抜きにしては成り立たないものになっているよね?それなら、私たちが宇宙からほんの少しの恵みを取り出し、生活を成り立たせていく事も、また自然の営みの一部ではないかと思うんだ。」

「実はこの太陽系にも寿命がある。」

子供たちが息を呑む。

「何十億年も先の話だけどね。」

 会場に小さな笑いが起こる。

「でも、だからと言って人間が前に進むのを止めてしまったら、未来には辿り着けない。」

「自然を大切にする事と、挑戦する事は、必ずしも反対じゃないんだ。」

「皆には、知らない世界を怖がるより、まず興味を持ってほしい。」

「それが私の願いかな。」

 そして講演会は終わり、太一は子供たちの拍手に送られながら、壇上を去る。ステージを降りた舞台裏では、里奈が彼を待ち受け、その労を労う。

「八木さん、お疲れ様でした。素晴らしい講演でした。子供たちの心にも、きっと何かが残ったと思います。」

「ありがとう。」

 里奈の労いに、そう短く答えた太一が視線を移した先には、見慣れた退助の優しい笑顔が在った。

「おつかれさん、太一。」

「ああ。ありがとな。」

そう言葉を交わし合った二人は、並んで体育館を後にした。

 校庭へと出た二人は、文化祭を締め括る郷土芸能の発表会を眺めつつ、語り合う。眼前では陽介の唄と白石の太鼓に合わせ、子供たちの棒踊りが披露されている。

「大丈夫だったか?」

屋台で買ってきた紙コップのコーヒーを、太一に渡しながら退助はそう尋ねる。

「ああ…最後の女の子の事か。」

「その…お前の…心の傷に、障るんじゃないかと思ったんだ。」

 太一は湯気を立てるコーヒーを一口啜ると、退助の問いに苦笑いしながら答える。

「…いつまでも、お前に甘えてる訳にはいかないからな。」

「そうか…。」

 退助はそれ以上何も言わず、隣に佇む太一の横顔を少しだけ見た。眼前では、陽介の唄と白石の太鼓に合わせて、子供たちが棒を振り続けている。掛け声と、棒を打ち合う乾いた音が、秋の夕焼けの中へと溶け込んでいった。二人は並んだまま、しばらくその様子を見つめていた。

 言葉はもう、必要なかった。


13.


 種子島の空気にも、冬の気配が混ざり始めた頃。二人の家の郵便受けに、とある通知が配達されていた。

「うわぁ…今年もか…。」

心の底から嫌そうな表情で、退助が嘆く。

「受ける決まりだ。観念しろ。」

 太一が食卓に朝食の準備をしつつ、退助に諭す。二人に届いた郵便は宇宙開発機構からの、定期健診のお知らせだった。

「現役時代は宇宙線に晒され続けたんだからな。お互い診てもらわんと、身体の中の事は分からんぞ。」

「うぅ…病院嫌い…。」

(子供か?コイツは…。)

 内心そう呆れながらも、口に出してはこう言う太一だった。

「そうやってお前は…また俺に寂しい思いをさせる気か?」

太一のその言葉に、退助の脳裏には前世の記憶がよぎった…。


 やがて、退助が病に伏す。太一は、何度も見舞いに通う。病室の薄暗い光の中、退助の胸は静かに上下する。

『……太一。』

かすれた声。

『ここに居る。』

それだけで、言葉は足りていた。握った手は、かつて触れられなかった温もりを持っている。遅すぎた。だが、無駄ではなかった。

 二人は、最後の瞬間まで言葉にせず、それでも確かに「分かり合って」いた。


 ある晴れた昼下がり、病室の窓から遠くに、海が見えた。退助の胸は浅く上下し、呼吸は細く、潮の満ち引きの様に揺れている。太一は、枕元の椅子に腰を下ろし、その痩せた手を握っていた。

 かつて神輿を担い、褌姿で笑い合い、汗と疲労にまみれて並んで歩いた男の手。今は細く、軽く、まるで別人の様だ。だが、その温もりだけは、確かに昔のままだった。

『……海は…静かか?』

退助が、掠れた声で呟く。

『ああ。今日は波も穏やかだ。』

太一の声は、いつもより低く、柔らかい。

『……覚えてるか。』

『何をだ。』

『…海水浴の…事。あの年の…旅。』

太一の胸が、きゅっと締め付けられる。

 今よりも、少し若かった頃、息子たちが独り立ちした頃合いに、二人の半生に対して家族より贈られた、労いの旅。褌を締め、潮に身を浸し、笑いながら並んで泳いだ、あの日。

 海水に濡れた肩。日に焼けた背中。言葉を持たないまま、確かに「通じ合っていた」瞬間。

『あのとき……。』

『俺は……お前と…一緒に居られて…嬉しかった…。』

それだけの言葉だった。だが、太一の胸には、生涯抑え続けた感情が、一気に溢れかける。

『……俺もだ。』

たったそれだけ。告白ではない。だが、それで十分だった。二人は、遂に言葉にせず、それでも最後の最後で確かに「確かめ合って」いた。

 夜が深まるにつれ、退助の息はさらに弱くなっていく。太一は、その手を握りながら、心の中で何度も呼びかける。若い日の俺たち。祭りの夜。汗と煙草と弁当の匂い。海の光。川の冷たさ。全てが、一つの波となって押し寄せる。

 退助の目が、ゆっくりと閉じる。

『……ありがとう。』

最後の言葉は、風のように軽かった。そして、静かに息が止まった。


 …さすがの退助も、この話を出されると太一に勝てない。

「う゛…。」

言葉に詰まる退助に、しめしめと言葉を掛ける太一。

「だからお前には、身体に気をつけて欲しいんだ。」

「……行く。」

(よし、勝った‼︎)

 なぜかとても、姑息な男になっている太一。だが言葉に出しては、穏やかに優しく。

「うん。分かってくれたなら、俺も嬉しいよ。さ、飯食おうぜ。」

 太一お手製、好物の甘めの卵焼きを頬張りながら、退助が呟く。

「それにしても、今年は日程…別なんだな?」

 いつもは同じ日程の、一泊二日の人間ドックなのだが、何故か今年だけは二人の日程は別々に組まれていた。

「そうだな…まぁ、病院側の都合だろ。」

 実際の所は、例の「預かり物」の植え込み処置を健診に「偽装」する為に取られた措置なのだが、それを退助に知らせるかどうかは、太一の意思に委ねられていた。


14.


 「良い子にしてるんだぞ。」

太一が健診の為、宇宙開発機構附属病院へと赴く朝。出掛けに退助へと掛けた言葉が、それだった。日程は退助の方が先に組まれていたので、今度は太一の番…と、言う訳だったのだ。

「子供じゃ…ないんだぞ。」

 呆れ顔で呟く退助に、太一が畳み掛ける。

「おかずは冷蔵庫に有るから、飯は自分で炊くんだぞ。着替えは風呂場の脱衣所に揃えて置いて有る。あと洗濯物は…」

「はいはい。ちゃんと表返して、洗濯機に入れとくよ。」

「…分かれば宜しい。」

 そんな二人の間に、少しの笑いが起こる。

「明日の昼過ぎには帰るから。夜は何食べたい?」

 その優しい表情の太一の問いに。

「たまには外で食おうぜ。」

それは退助なりに、太一を慮った言葉だった。

 自動運転の無人タクシーを利用して、病院に到着した太一は先ず、主治医である白石の元を訪れた。

「あ、八木さん。お早うございます。お待ちしていました。」

挨拶と共に椅子を勧められた太一は、彼に挨拶を返しながら腰を下ろす。

「お早うございます。先生、今日は宜しくお願いします。」

「はい、承知しました。」

 太一の挨拶に、短く返事を返した白石は、今日の手順を説明する。

「では、お昼までは通常通りの検査を先ず、受けてもらいます。そして午後から植え込みの手術を行い、今夜一晩は経過観察の為、入院していただく事になります。」

「…了解しました。」

 太一の言葉に、若干の緊張を感じ取った白石は、優しく応じる。

「処置自体は一時間も掛かりませんし、痕もほぼ残りません。気楽に考えてください。」

 彼はそう言うと、担当の看護師を呼び出し、太一を病室へと案内する様に指示を出す。太一は看護師に促され、割り当てられた病室へと向かい、歩き出した。

 夕方、鎮静剤から覚めた太一は病室の窓から、遠くに見える海を眺めながらまだ覚め切らない眠気の中で、ボンヤリと考える。

(あのとき…遠い昔に…退助を看取った日の海も…こんな風に…穏やかだった気がする…。)

 やがて眠気が去り、ベッドから起き出した彼は洗面台の鏡に写った、頭に包帯の巻かれた自分の姿を見て、ふと苦笑しながら独りごちる。

「これは…退助には見せられないな。」

 その時、ノックの音と共に病室のドアが開くと、そこには白石の姿が在った。

「あ、八木さん。もうお目覚めでしたか?」

「あぁ、先生。」

太一はそう言うと白石に促され、鏡の前からベッドへと戻り、白石はベッド脇に置かれたスツールに腰を下ろした。

「処置は問題なく、上手く行きました。でも念の為今夜一晩は、安静を心がけてくださいね。もうすぐ食事の時間ですが、食欲はありますか?」

「はい。今日は朝から絶食だったんで。」

「はは…そうでしたね。もう間もなく、配膳の時間になりますので、そのままお待ちください。明日は朝の内に、もう一度検査をして退院になると思います。どうぞお大事に。」

 白石は太一にそう告げると、病室を後にする。

「夕食…か。退助のヤツ、ちゃんと食べてるだろうな?」


15.


 秋の気配が遠ざかり、種子島の空気にも冬の勢力が増してきた頃。二人がこの家へと還ってきた年も、間もなく終わろうとしていた。どこか遠くから聞こえてくる除夜の鐘の音を聞きながら、太一は年越し蕎麦の準備をしている。

 その背後で気配を消し、台所の冷蔵庫へとにじり寄るアヤしい影が一つ。

「こら退助!何やってる?」

太一のその一言に、びくっ!と反応した賊のお目当ては、彼のここ数日間の努力の結晶である、太一お手製、豪華三段重の、お節料理であった。

「…その…おせち…食おうぜ。」

「ダメだ。それは明日の朝って言ってるだろ?」

「ちぇ。」

 そんな退助を、愛しさの混ざった苦笑で眺めつつ、太一は言う。

「ほら、蕎麦が出来たから運んでくれ。」

「はぁ〜い。」

湯気を立てる丼を、退助が広縁のダイニングテーブルへと運び、配膳をしていると、太一が別のお盆に、アイスペールと洋酒の瓶を乗せて運んで来た。それは、湊と澪が二人にと贈ってくれた物だった。

 二人は向かい合って座り、蕎麦を啜り始める。そして退助が、グラスに氷と琥珀色の液体を注ぎ、一つを太一に手渡す。彼らはグラスを合わせ中身を一口飲むと、どちらからとも無く口を開く。

「…このボトルも、そろそろ空くな。」

「ああ…二人とも、元気にしてると良いけどな。」

 太一の手のグラスの中で、氷が音を立てながら姿勢を変える。

「なぁ…退助。」

「…うん。どうした?」

グラスをテーブルに置きつつ、彼が呟く。

「来年も…こんな時間が続けば良いな。」

「ああ…それも悪くない。」

と、退助が答えた瞬間。

「もっと、えきさいてぃんぐな一年になる事は、必至じゃ。」

「うわぁぁぁぁぁっ‼︎」

 そこへヒョイっと現れた見慣れた顔は……榊原勘吉。その腕には…見覚えの有る重箱が抱えられていた。そして彼がポリポリと齧っているのは…太一が塩抜きして薄皮を取り、特製のタレに漬け込み仕上げた数の子。

「勘吉テメェ!どっから…ってそれ、俺が一番楽しみにしてた数の子じゃネェか‼︎」

「うむ。確かにこれは絶品じゃ。伝説の漁師もビックリ。」

 退助は闘気(?)を発しながら指の骨を鳴らしつつ、勘吉の背後へと迫る。

「ほぉ、そうかい。…で、何か言い遺す事は有るか?」

そのとき、玄関の引き戸の音と共にドヤドヤと上がり込んでくる、複数の足跡。なんだろう?この既視感は。

「明けまして、おめでとうございまぁ〜す。」

 新年の挨拶と共に顔を出す、保存会若手の面々。

「お前らなぁ…。」

頭を抱えながら、退助が呟いたそのとき。

「まぁ、良いじゃありませんか。」

そこには当然の様に佇む、白石の姿が在った。

「うわ、先生!奥さん置いて、こんな所に居て良いんですか?」

驚きながら、太一が尋ねる。

「奥さん…女友達引き連れて、温泉に行っちゃったんです…。」

「…意外と、ご苦労されてるんですね。」

気の毒そうな太一の言葉に、答える白石。

「お願い…今夜は一人にしないで…。」

その細い目の奥は…涙に潤んでいた。

「なぁ〜んじゃ恒一。情けないのぉ、嫁に逃げられたくらいで…がぽっ!」

 白石は無言のまま、勘吉の口に一升瓶を捩じ込んでいた。そのラベルには、「芋焼酎 天誅」と書かれている。

「ごぽごぽごぽ…。」

音を立てて、みるみる無くなっていく瓶の中身…それが空になると共に、勘吉は白目を剥いて卒倒した。倒れる寸前、重箱だけが退助の手により救出される…が、数の子だけが、キレイに無くなっていた。

「あ〜あ、コイツ。全部食っちまいやがって…。」

「退助お前…心配するトコは、そこなのか?」

そう囁く太一の額には、冬場にも関わらず、一筋の汗が光っている。

 その間にも、大量の酒と料理が運び込まれ、家主の意思は再び無視され着々と、宴会場へと変えられていく、二人の家。

「……………。」

もはや、二人から出てくる言葉は無かった。そこへ更に入ってくる、二つの人影。

『明けまして、おめでとうございま〜す。』

 陽介と里奈が、お揃いでやってきた。

「はぁ…もう好きにしてくれ。」

と、口々に呟く太一と退助だった。

 乾杯が終わり、新年会の喧騒に包まれる事になってしまった、二人の家。広縁のテーブルから、飲み物を片手にリビングと客間で繰り広げられる、どんちゃん騒ぎをボ〜ッと眺める退助の前に、コトリと一枚の皿が置かれた。その皿の上には、つけ込まれ琥珀色に染まった数の子が盛られていた。

「お前、楽しみにしてくれてたんだろ?」

「おぉ‼︎まだ有ったのか?」

「まぁ、少しはお客さんも来るだろうし、予備くらい作ってあるさ。」

 退助はその琥珀色の一本を口の中へと放り込み、ポリポリと齧ると、ビールで胃の中へと流し込み、ご満悦の様子だ。

「これコレ!コイツが無いと、一年は始まらないからな〜。」

退助の隣に座り、彼のグラスに自分のグラスを重ねる太一。

「…ん。どうした?」

「…今年も宜しくな、退助。」

「ああ、また今年も一緒にな。」

 何気なく交わされる、二人の言葉。この時にはまだ、それを素直に信じられる空気が、彼らの間には流れていた。


はい、お久しぶりです。中の人です。


今回で幕間を無事に、締める事ができました。ついつい、長くなってしまって申し訳ないとはおもって居りますが、作者の見たい場面を詰め込み、この様な形となりました。

次回からは、また本編へと戻る事になります。二人が、原生圏との決着を付ける話に…なるんじゃ無いかなと、考えてはいますが相変わらず、予定は未定にして決定に非ず…ってコトでまた、気長に待って…くれている方が居るのか居ないのかは、定かではありませんが、また次のお話でお会いしましょう。


ありがとうございました。

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