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王女殿下の幸せを守る会と彼女にだけ甘い氷帝陛下  作者: 凛桜


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9/13

会員審査を担う者たち

 皇宮の地下。

 一般の貴族はもちろん、皇宮で働く者でさえ滅多に足を踏み入れない一室があった。

 そこに三人の男女が集まっている。


 一人目は、帝国の文官。

 冷静な判断力と優れた洞察力を持ち、皇宮内でも特に信頼されている男。


 二人目は、ルヴェリア王国の外交官。

 他国との交渉を幾度となく成功させてきた切れ者。


 そして三人目は、皇帝直属の侍女。

 情報収集と人物調査を得意とし、皇宮内でもその能力を高く評価されている女性だった。


 三人の前には、一枚の書類が置かれている。

 そこには一人の人物の名前。


「今回の加入候補者は?」


 帝国の文官が尋ねる。


「帝国貴族です」


 外交官が答えた。


「紹介者は?」


「第八番・セドリック・ヴァルモン。皇帝付き侍従です」


「なるほど」


 侍女が書類に目を通す。


「では、紹介者による保証は確認済みですね」


「はい」


「本人の身辺調査は?」


「問題ありません」


「殿下との接触歴は?」


「これまで数回」


「その際の態度は?」


「一貫して礼儀正しい」


 三人は静かに頷いた。

 これが、会員審査を担当する者たちの仕事だった。



「では、確認します」


 侍女が書類を閉じる。


「当会への加入には、既存会員による紹介が必要」


「はい」


「紹介者は、その人物を保証する責任を負う」


「はい」


「そして、紹介を受けた人物を審査担当が確認し、三名の合意をもって正式加入とする」


「その通りです」


 淡々とした確認。まるで重要な国家機密を扱うような慎重さだ。

 実際、この会の中には帝国や王国の重要人物が数多くいる。誰でも加入させるわけにはいかない。


「それから」


 外交官が言った。


「本人には、会の存在そのものを不用意に外部へ話さないよう念を押しておく」


「当然です」


「特に――」


 三人が同時に口を閉じる。

 そして、侍女が小さく言った。


「殿下には、絶対に知られてはいけません」


「……それは最重要事項だな」


「異議ありません」


 三人は真剣な顔で頷いた。

 何しろ、この会の存在をアリア本人が知れば、きっと彼女は、


 ――「そんなもの、作らなくてもいいのに」


 と言うだろう。

 そして会員全員が精神的に撃沈する。



「では、紹介理由を確認します」


 侍女が書類をめくる。


「第八番・セドリック・ヴァルモンからの紹介理由は――」


 彼女は一枚の紙を取り出した。


「『この者は、殿下がお困りの際、見返りを求めず手を差し伸べた』」


「……」


「続きがあります」


 侍女が読む。


「『その者の行動に対し、殿下が向けられた笑顔をこの目で確認した。あの笑顔を向けられる人物であれば、殿下に害をなす者ではないと判断する』」


 三人が黙る。


「……なるほど」


 帝国文官が頷いた。


「つまり、セドリック殿はその人物自身だけでなく、殿下の反応も判断材料にしたわけか」


「はい」


「随分と慎重だな」


「セドリック様ですから」


 外交官が苦笑する。


「陛下のお側に長く仕えている方です。殿下に関することとなれば、あの方が慎重になるのも当然でしょう」


「……確かに」


 侍女も頷く。

 だが、彼らは知らない。

 セドリック本人が、この紹介理由を書いた時、かなり真剣な顔をしていたことを。



 その頃。

 当のセドリック・ヴァルモンは、皇帝執務室にいた。


「セドリック」


「はい、陛下」


「アリアは?」


「本日は庭園にてアルノー・レインフォード隊長とお過ごしになる予定です」


「そうか」


「午後からは図書館へ向かわれる可能性もございます」


「……可能性?」


「殿下が昨日、読みたい本があると仰っていましたので」


「分かった」


 レオンハルトは書類へ目を戻す。

 数秒後。


「庭園には誰が?」


「カイル・グランディス隊長が同行します」


「そうか」


 さらに数秒。


「図書館には?」


「……陛下」


「何だ」


「先ほどから、殿下の予定を三度確認されております」


「……」


 セドリックは淡々と続けた。


「会員たちのことをお笑いにはなれませんね」


「……」


「皆、殿下のご予定を気にしておりますので」


「……余計なことを言うな」


「失礼いたしました」


 そう言いながらも、セドリックの表情には僅かな笑みが浮かんでいた。

 内心では思っている。


 ――陛下も、随分と殿下を気にかけていらっしゃる。


 だが、それを口にするほどセドリックは命知らずではなかった。



 その頃、庭園。


「アルノー、見てください!」


「はい」


 アリアが一輪の花を指差している。


「この花、ルヴェリアにもありましたよね?」


「ええ。ですが、帝国のものとは少し品種が違います」


「そうなんですね」


 アリアは嬉しそうに花を眺めた。


「どちらも素敵ですね」


「殿下らしいお言葉です」


 アルノーが微笑む。

 少し離れた場所では、カイルが周囲を警戒していた。


「カイル様」


「はい」


「こちらの花、綺麗ですよ」


「……そうですね」


「でしょう?」


 アリアが笑う。

 カイルはほんの少しだけ表情を緩めた。


 その様子を偶然、庭園の入口から見ていた人物がいた。

 皇帝からの伝言を届けに来たセドリックである。

 そして、彼はふと足を止める。

 アリアがカイルへ向けている笑顔、アルノーへ向けている笑顔。

 どちらも同じだった。

 心から安心し、相手を信頼している者の笑顔。

 セドリックは静かに目を細めた。


 ――なるほど。


 自分があの推薦をした理由を改めて確信する。



 その日の夕方、秘密の会議室。


「審査結果を報告します」


 審査担当の三人が書類を提出した。


「今回の候補者について、問題はありません」


「異議なし」


「私もありません」


 侍従――セドリックではない別の進行役が頷く。


「では、正式加入――」


「少々お待ちください」


 セドリックが口を挟んだ。

 全員が彼を見る。


「今回の候補者は、まだ正式な会員ではありません」


「……そうでした」


「審査を通過しただけです」


「なるほど」


「では、本人への確認が必要だな」


「はい」


 審査担当の一人が答える。


「紹介の段階では、本人には会の存在を知らせません。審査を通過した者にのみ、初めて会の存在を明かします」


「情報が外部へ漏れる可能性を考慮して、ということか」


「その通りです」


「そして、本人が加入を望めば正式な会員となる」


「はい。本人が断れば、それまでです」


「……なるほど」


 全員が頷いた。

 こうして、会員数はまだ二十四名のまま、正式加入を待つ加入候補者が一人、増えただけだった。



「ところで」


 帝国宰相が名簿を見る。


「番号の話はどうする?」


「十番ですか?」


「そうだ」


 全員の視線がアルノーへ移る。


「……また私ですか」


「当然だろう」


 帝国騎士団長が言う。


「殿下に幼少期から仕え、現在も王国側の護衛隊長として殿下を守っている」


「十分すぎる」


「しかし、本人が希望していない」


「それが問題なのだ」


 王国宰相が腕を組む。


「本人が欲しがらないからこそ、与える価値がある」


「……」


 アルノーは頭を抱えた。


「本当に理解できません」


「殿下のためなら理解できなくても構わない」


「それは暴論では?」


「この会では正論だ」


「……」


 アルノーは黙った。

 どうやら、何を言っても勝てないらしい。



 その夜。

 アリアは自室で一人、今日もらった本を読んでいた。


「……ふふ」


 思わず笑みがこぼれる。

 その笑顔を廊下を通りかかった侍女が見た。

 その数分後、秘密の会議室。


「……殿下が先ほど、とても楽しそうに本を読んでおられました」


「何の本だ?」


「それは――」


「確認しておこう」


「記録を」


「待て」


 誰かが止める。


「それは会員審査の対象ではない」


「……そうだったな」


 全員が真顔で頷く。

 だが誰一人として、その報告を無意味だとは思っていなかった。

 なぜなら、この会の目的はただ一つ。

 アリアが幸せに過ごせること。それだけなのだから。



 そして会員名簿の十番の欄は今日もまだ、空白のままだった。

 その隣には正式加入を待つ、二十五人目の候補者の名前。

 さらにその先には、まだ誰も知らない新たな推薦の可能性が眠っている。

 アリアだけが何も知らないまま。


「明日は何をしようかな」


 そう呟いて、幸せそうに笑っていた。

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