会員審査を担う者たち
皇宮の地下。
一般の貴族はもちろん、皇宮で働く者でさえ滅多に足を踏み入れない一室があった。
そこに三人の男女が集まっている。
一人目は、帝国の文官。
冷静な判断力と優れた洞察力を持ち、皇宮内でも特に信頼されている男。
二人目は、ルヴェリア王国の外交官。
他国との交渉を幾度となく成功させてきた切れ者。
そして三人目は、皇帝直属の侍女。
情報収集と人物調査を得意とし、皇宮内でもその能力を高く評価されている女性だった。
三人の前には、一枚の書類が置かれている。
そこには一人の人物の名前。
「今回の加入候補者は?」
帝国の文官が尋ねる。
「帝国貴族です」
外交官が答えた。
「紹介者は?」
「第八番・セドリック・ヴァルモン。皇帝付き侍従です」
「なるほど」
侍女が書類に目を通す。
「では、紹介者による保証は確認済みですね」
「はい」
「本人の身辺調査は?」
「問題ありません」
「殿下との接触歴は?」
「これまで数回」
「その際の態度は?」
「一貫して礼儀正しい」
三人は静かに頷いた。
これが、会員審査を担当する者たちの仕事だった。
⸻
「では、確認します」
侍女が書類を閉じる。
「当会への加入には、既存会員による紹介が必要」
「はい」
「紹介者は、その人物を保証する責任を負う」
「はい」
「そして、紹介を受けた人物を審査担当が確認し、三名の合意をもって正式加入とする」
「その通りです」
淡々とした確認。まるで重要な国家機密を扱うような慎重さだ。
実際、この会の中には帝国や王国の重要人物が数多くいる。誰でも加入させるわけにはいかない。
「それから」
外交官が言った。
「本人には、会の存在そのものを不用意に外部へ話さないよう念を押しておく」
「当然です」
「特に――」
三人が同時に口を閉じる。
そして、侍女が小さく言った。
「殿下には、絶対に知られてはいけません」
「……それは最重要事項だな」
「異議ありません」
三人は真剣な顔で頷いた。
何しろ、この会の存在をアリア本人が知れば、きっと彼女は、
――「そんなもの、作らなくてもいいのに」
と言うだろう。
そして会員全員が精神的に撃沈する。
⸻
「では、紹介理由を確認します」
侍女が書類をめくる。
「第八番・セドリック・ヴァルモンからの紹介理由は――」
彼女は一枚の紙を取り出した。
「『この者は、殿下がお困りの際、見返りを求めず手を差し伸べた』」
「……」
「続きがあります」
侍女が読む。
「『その者の行動に対し、殿下が向けられた笑顔をこの目で確認した。あの笑顔を向けられる人物であれば、殿下に害をなす者ではないと判断する』」
三人が黙る。
「……なるほど」
帝国文官が頷いた。
「つまり、セドリック殿はその人物自身だけでなく、殿下の反応も判断材料にしたわけか」
「はい」
「随分と慎重だな」
「セドリック様ですから」
外交官が苦笑する。
「陛下のお側に長く仕えている方です。殿下に関することとなれば、あの方が慎重になるのも当然でしょう」
「……確かに」
侍女も頷く。
だが、彼らは知らない。
セドリック本人が、この紹介理由を書いた時、かなり真剣な顔をしていたことを。
⸻
その頃。
当のセドリック・ヴァルモンは、皇帝執務室にいた。
「セドリック」
「はい、陛下」
「アリアは?」
「本日は庭園にてアルノー・レインフォード隊長とお過ごしになる予定です」
「そうか」
「午後からは図書館へ向かわれる可能性もございます」
「……可能性?」
「殿下が昨日、読みたい本があると仰っていましたので」
「分かった」
レオンハルトは書類へ目を戻す。
数秒後。
「庭園には誰が?」
「カイル・グランディス隊長が同行します」
「そうか」
さらに数秒。
「図書館には?」
「……陛下」
「何だ」
「先ほどから、殿下の予定を三度確認されております」
「……」
セドリックは淡々と続けた。
「会員たちのことをお笑いにはなれませんね」
「……」
「皆、殿下のご予定を気にしておりますので」
「……余計なことを言うな」
「失礼いたしました」
そう言いながらも、セドリックの表情には僅かな笑みが浮かんでいた。
内心では思っている。
――陛下も、随分と殿下を気にかけていらっしゃる。
だが、それを口にするほどセドリックは命知らずではなかった。
⸻
その頃、庭園。
「アルノー、見てください!」
「はい」
アリアが一輪の花を指差している。
「この花、ルヴェリアにもありましたよね?」
「ええ。ですが、帝国のものとは少し品種が違います」
「そうなんですね」
アリアは嬉しそうに花を眺めた。
「どちらも素敵ですね」
「殿下らしいお言葉です」
アルノーが微笑む。
少し離れた場所では、カイルが周囲を警戒していた。
「カイル様」
「はい」
「こちらの花、綺麗ですよ」
「……そうですね」
「でしょう?」
アリアが笑う。
カイルはほんの少しだけ表情を緩めた。
その様子を偶然、庭園の入口から見ていた人物がいた。
皇帝からの伝言を届けに来たセドリックである。
そして、彼はふと足を止める。
アリアがカイルへ向けている笑顔、アルノーへ向けている笑顔。
どちらも同じだった。
心から安心し、相手を信頼している者の笑顔。
セドリックは静かに目を細めた。
――なるほど。
自分があの推薦をした理由を改めて確信する。
⸻
その日の夕方、秘密の会議室。
「審査結果を報告します」
審査担当の三人が書類を提出した。
「今回の候補者について、問題はありません」
「異議なし」
「私もありません」
侍従――セドリックではない別の進行役が頷く。
「では、正式加入――」
「少々お待ちください」
セドリックが口を挟んだ。
全員が彼を見る。
「今回の候補者は、まだ正式な会員ではありません」
「……そうでした」
「審査を通過しただけです」
「なるほど」
「では、本人への確認が必要だな」
「はい」
審査担当の一人が答える。
「紹介の段階では、本人には会の存在を知らせません。審査を通過した者にのみ、初めて会の存在を明かします」
「情報が外部へ漏れる可能性を考慮して、ということか」
「その通りです」
「そして、本人が加入を望めば正式な会員となる」
「はい。本人が断れば、それまでです」
「……なるほど」
全員が頷いた。
こうして、会員数はまだ二十四名のまま、正式加入を待つ加入候補者が一人、増えただけだった。
⸻
「ところで」
帝国宰相が名簿を見る。
「番号の話はどうする?」
「十番ですか?」
「そうだ」
全員の視線がアルノーへ移る。
「……また私ですか」
「当然だろう」
帝国騎士団長が言う。
「殿下に幼少期から仕え、現在も王国側の護衛隊長として殿下を守っている」
「十分すぎる」
「しかし、本人が希望していない」
「それが問題なのだ」
王国宰相が腕を組む。
「本人が欲しがらないからこそ、与える価値がある」
「……」
アルノーは頭を抱えた。
「本当に理解できません」
「殿下のためなら理解できなくても構わない」
「それは暴論では?」
「この会では正論だ」
「……」
アルノーは黙った。
どうやら、何を言っても勝てないらしい。
⸻
その夜。
アリアは自室で一人、今日もらった本を読んでいた。
「……ふふ」
思わず笑みがこぼれる。
その笑顔を廊下を通りかかった侍女が見た。
その数分後、秘密の会議室。
「……殿下が先ほど、とても楽しそうに本を読んでおられました」
「何の本だ?」
「それは――」
「確認しておこう」
「記録を」
「待て」
誰かが止める。
「それは会員審査の対象ではない」
「……そうだったな」
全員が真顔で頷く。
だが誰一人として、その報告を無意味だとは思っていなかった。
なぜなら、この会の目的はただ一つ。
アリアが幸せに過ごせること。それだけなのだから。
⸻
そして会員名簿の十番の欄は今日もまだ、空白のままだった。
その隣には正式加入を待つ、二十五人目の候補者の名前。
さらにその先には、まだ誰も知らない新たな推薦の可能性が眠っている。
アリアだけが何も知らないまま。
「明日は何をしようかな」
そう呟いて、幸せそうに笑っていた。




